セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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現代編08 清澄麻雀部改造計画⑥

 

 

 

 

 

 須賀京太郎は一人、夜闇の中を走っていた。合宿中ではあるが久に時間を貰ったのだ。

 

 靖子に言われてから体力作りのためのランニングは毎日やっている。元々運動は苦手ではなかったから苦にはならなかった。学校に行く前と帰ってからの三十分ずつ。合計毎日一時間は走る様にしているのだが、高い身長とジャージ姿もあって近所のおばちゃんには何部? と聞かれることもしばしばだ。運動部に入ったと思われたらしい。麻雀部ですと正直に答えると、ご婦人たちはとても意外そうな顔をする。

 

 体力作りはプロの間でも推奨されているが、靖子が死んでも嫌だと言っていた通りプロでもやっている人間は少ない。何故そこまで根付いていないのかと言えば、それはその下積み時代である学生の時分にそれをやらなかったからだ。

 

 協会の高校生部門でも体力作りは推奨こそされているが必須という訳ではない。所詮は文化部の一種であるので走らせて故障のリスクを増やすくらいなら、少しでも多く対局をしてもらった方が良いということなのだろう。

 

 実際、肉体的な体力が必ずしも思考の体力に結び付く訳ではない。現に病弱な怜などは肉体的な体力はからっきしだが、恐ろしく頭に負担のかかる未来視の能力を負担はあるにしても使いこなしている。

 

 ちなみにその未来視の能力であるが、怜本人の『何か横文字でかっちょいい名前がほしい』という要望により、二人で検討した結果『Futuristic Player』と命名された。能力名というよりは怜個人を指す名前となってしまったが、怜本人はこれを気に入っているらしく、二人の時は必ずこう呼ぶんやで、と強制される運びとなった。

 

 そんな怜を筆頭にオカルトなパワーを持っている京太郎の世界中の友人たちは大体、体力自慢という訳ではない。例外は霧島神境の巫女さんたちで運動が苦手そうな小蒔や霞さえ体力だけはある。二十四時間休まず祈祷を行えるのが、巫女として独り立ちできる最低条件だからだ。

 

 運動が得意な初美や湧は言うに及ばず、巴などは巫女服で後ろ向きで走るというハンデを背負わせてさえ、京太郎の方が先に力尽きるという化け物っぷりだ。

 

 では須賀京太郎の麻雀に体力は必要ないのか。自分に問うてみたが結論は『絶対に必要』だった。『相対弱運』というハンデを背負って戦う以上、武器は一つでも多い方が良い。体力作りを真面目にやっている人間が少ないのであれば、体力があるというのはそれだけアドバンテージにはなるだろう。それがどれだけ微々たるものであったとしても、前進には違いない。

 

 勝つためには全ての手段を取るべき。咏に師事するようになってから京太郎はずっとそのつもりで勉強してきたし、実践してきた。

 

 では何故その指針を決めた咏が、体力作りについて何も言ってこなかったのか。靖子から体力作りについて言及された時、気になって聞いてみた所、小さなお師匠様は決まりが悪そうに言った。

 

『靖子ちゃんと同じ理由だよ。走りこみなんて死んでもやらねーからな』

『俺だけで走っても良かったのに……』

『弟子だけ走らせるなんてかっこつかねーだろ?』

 

 だったら一緒に走る、という結論にはならないらしい。運動が得意というイメージは弟子である京太郎にもない。熱心に身体を動かしているよりは、部屋でごろごろしている方がイメ―ジには合うだろう。実際にはかなり勤勉でおしゃれな人で、中でも香には並々ならぬ拘りがあるのだがそれを知る人は少ない。

 

 良い香りですね、と顔を近づけたら美少女のような悲鳴を挙げた咏に思い切りビンタされたのも懐かしい思い出である。女性の匂いを嗅ぐのはダメなのだということを学んだ小学生の夏である。

 

『なら俺が咏さん担いで走りますよ』

『……………………』

 

 沈黙にも種類があることを京太郎は知っていた。電話越しでも解る。咏のこれは『良いなと思っているけれどすぐさま口に出すのはプライドが邪魔して言い出せない沈黙』だ。

 

『よろしくご検討ください!』

 

 師匠の食いつきが悪くないことを察した京太郎はここぞとばかりに押しまくる。神奈川にいた頃は一緒にお昼寝までした仲だというのに、咏がプロとなって忙しいことも相まって実際に顔を合わせる機会は少ない。顔だけはビデオチャットで週に一回は見ているものの、触れ合える機会というのは大事にしたい。

 

『…………ま、気が向いたらな』

 

 遠まわしなイエスを貰った京太郎は、咏に見えないのを良いことにガッツポーズだ。それを思い出すと走る足にも力がこもる。大事な師匠だ。落としてケガをさせるなんてことはあってはならない。心の中で雄叫びを挙げた京太郎は、夜の闇の中ダッシュした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「京太郎のどこが好きか告白しあうゲーム!」

「いえー、だじぇ!」

 

 出先でしかも夜であるから静かに盛り上がる二人に、まこが静かに追従する。そんな三人を和と咲は静かに見つめていた。

 

 同じ一年なのに優希はすっかりあちら側だ。どうにもこの小動物は年上に可愛がられるのが得意らしい。いつもの指定席である京太郎がいないため、今は久の上でいえーしている。久もいつもはまこや京太郎と一緒にいる優希を構えてご満悦だった。

 

 まこは内容に乗り気というよりは説得を諦めた気配である。部では一番の良識派なのだがどうにも久には甘い。

 

 三年生で部長で学生議会長という久のステータスは、普通に高校生活を送っていると中々逆らいにくい所があるが、まこが遠慮しているのはそういう部分ではなく久個人の気質に寄る所が大きい。単純に久のことが友人として好きなのだろう。この人のやることならと苦笑を浮かべる様は、昭和の頃にはドラマに良く出ていたと聞く、ダメ男に惚れこんだ女性のようである。

 

 そんな生き方に思う所がないではないが、原村和ははっきりと物を言う女だ。

 

 誰が相手でも自己主張を曲げないその姿勢は敵を作ることも多く、それが友人の少なさにも繋がっているがそれを後悔したことはない。嘘や虚栄心や裏切りとは無縁の生き方は和の小さな誇りでもあるのだが、

 

「あ、参加してくれたら京太郎がどう思ってるのかこっそり聞いても良いわ」

「参加します。ほら、宮永さんも早く座ってください」

 

 それも時と場合に寄るのだ。いきなり裏切った和に無理やり咲が座らされたことにより、告白しあうゲームは成立の運びとなった。

 

「見た目は結構良い線行ってると思うのよね。まず身長高いし」

「体育でも活躍しているじょ。私は見る機会はそんなにないんだが」

 

 優希は京太郎とクラスは違うが、お隣のクラスのために体育は合同である。男女別のカリキュラムであるためそれにしても運動する場所は別なのだが、同じ時間にやるだけあって。他のクラスよりは見る機会に恵まれている。

 

 運動神経は悪くなく、チームでやるスポーツの場合は大抵活躍している。流石にそれを専門にする運動部には遅れを取るようだが、高い身長と目立つ髪色も相まって、ともかく目立つのだ。女子からも黄色い声援をそれなりに浴びている……ように思う。モテ男という程ではないが。

 

「運動神経悪くないのね。麻雀やってなかったら運動部に入ってたのかしら。咲、京太郎がどんなスポーツ好きか知ってる?」

「自分でやる分にはそんなにこだわりはないみたいですよ。強いて言うなら球技が良いって言ってました。見る分には……サッカーとハンドボールだって言ってました」

「サッカーはともかく、ハンドボール?」

「お友達のフランス美人に勧められたらしいですよ」

「心中察するわ。それにしてもハンドボールは意外ね。私はルールも知らないけど」

 

 私も、と女子全員が追従する。女子相手にマイナースポーツであるとそんなものだ。サッカーだって知っているルールはキーパー以外は基本手を使ってはいけないことくらいだ。どうすればオフサイドなのかだってさっぱり解らない。

 

「実は、京太郎を紹介してくれと言われたことがあるんじゃが……」

「誰にです!?」

 

 血相を変えて食ってかかる和にまこは苦笑を浮かべる。

 

「わしの場合は同級生じゃな。なんじゃ、かわいい顔した働き者の一年が麻雀部にはおるっちゅうことでお試しでお付き合いしてみたいとか何とか」

「お試しでお付き合いだなんて!」

 

 と、和はぷんすこ怒る。和にとって交際というのは程度の差こそあれ真剣に行うもので、決して軽い気持ちで始めるものではないのだ。ではどうやって取っ掛かりを掴むのか、というのがあらゆる恋愛で最初にぶつかる問題なのだが、実はこの原村和、その解決方法に全く心当たりがない。

 

 気持ちが軽いとは言え、一応異性というものに触れあおうとしているだけ、まこの同級生の方がある意味真剣とさえ言える。恋愛観は人それぞれだ。久も別に誰それとお付き合いしてきた経験がある訳では全くないのだが、あらゆる異性を相手に京太郎のような如才のなさを求めると、死ぬまで独身でいる可能性だってある。

 

 ちなみに久はお試しに付き合いというのは肯定派である。真剣に付き合ってみてからこんなはずじゃなかったと思うのは、男の立場であれ女の立場であれ避けたい所ではあるだろう。深い付き合いをする為にはある程度は、軽い付き合いも許容するべきだ。いきなり深い付き合いを要求されるのは、男でも女でもドン引きである。

 

「ちなみに私もあるわよ。一年以外には中々好評のようね。我らが京太郎は」

「私、紹介してくれって言われたことないですけど……」

 

 おずおずと咲が手を挙げる。

 

 中学一年からの付き合いであるが、同級生からも上級生下級生からもそんなことは言われたことはない。話の端々から女の子の影が見え隠れするので、モテるだろうなという予感はひしひしと感じてはいたのだが、淡やモモの一件以外でそれを体感したことは少なくとも中学生の時はなかった。

 

 もしかして勘違いかな、と思うこともしばしばだったのだが、咲のその考えを久は笑って否定する。

 

「そりゃあ、咲には言わないでしょう。同級生からしたら、咲とお付き合いしてると思うんじゃない?」

「えっ……」

 

 まさかそんな、と思った。中学の時にしてたことと言えば、ほとんど毎日放課後を一緒に過ごしたりお互いの部屋を行き来したりお弁当を週に三回は交換したりたまに二人でデートしたり(おじゃまむし)と三人でデートしたり淡と三人で遊んだりモモも含めて四人で遊んだり、

 

「宮永さん私に喧嘩を売っているならはっきりとそう言ってくれますか?」

「ひゃ、ひゃめてよふぁらむらはん!」

 

 口をタコにされたり頬をむにむにと引っ張られたり、和の攻撃に咲が抗議の声を挙げる。何だかんだ仲良しな二人に安心する久だった。

 

「料理得意っていうのはポイント高いよな? タコスは絶品なのだじょ」

 

 現在部で最もその恩恵を受けている優希はにこにこと京太郎の長所としてそれを挙げる。和が交換しているお弁当と言い、麻雀部でたまに出てくるお茶請けと言い、京太郎の料理の腕はとても優れている。流石に素人にしてはという枕詞が付くのだが、現役の男子高校生ということを考えると、その腕は破格と言っても良いだろう。

 

 趣味の一環とは本人の談であるが、その割にはお菓子、和食、洋食、中華とレパートリーは多岐に渡る。その腕は昼食時のお弁当にも表れており、男子のお弁当は茶色いという常識を覆す彩り鮮やかなお弁当は和たちだけでなく周囲の女子にも女子力高いと一目置かれている。

 

「調理実習でも大人気でしょうね」

「もう引っ張りだこですよ……男の子に」

 

 総合して女子の方が料理ができそうというのは老若男女古今東西遍く持たれているイメージであろうが、少なくとも京太郎のクラスに限って言えばその差は大したことない。調理実習は男女混合で行われるため料理ができる人間は、平時の人間関係を全く無視して引っ張りだこになる。

 

 京太郎と咲は同じクラスだが、男子ではぶっちぎりで京太郎が、女子は僅差で咲が一番料理ができるため、戦力の集中を防ぐという意味から一緒のチームになることは少ない。思えば中学の時からそうだったような気がする。女子に男子にちやほやされながらお料理する京太郎をぐぬぬと眺めるのも、宮永咲にとってはまぁいつものことなのだ。

 

 全員の視線が和に向いた。お前の番だ、というその視線に和は考えを巡らせる。ふと和の視線が自分の大きな胸に向いた。その胸に度々向けられる京太郎の視線を思い出した和は、僅かに頬を朱に染める。

 

「……すけべですよね」

「原村さん。おっぱい大きい自慢なら後にしてもらえるかな……」

「ひゃめてくらさいみやならさん!」

 

 さっきの仕返しとばかりに和の頬をむにむにとする咲である。仲良しだなーと優希は友達として安心した。和は良い奴なのだがちょっと難しい所がある。優希はそれを苦に思わないしむしろかわいい所だと思うのだが、多くの人間はそう思わないらしく、積極的に交友関係を広げようという意思もないことから、はっきり言って和は友達が少ない。

 

 関係を維持するのにもあまり労力を割かないタイプなのだろう。奈良の友達とは京太郎と知り合うまでは連絡もほとんど取っていなかったようであるし、麻雀部に入らず優希もいなければ誰とも会話せずに生活するまで想像できた。

 

 咲と和の関係に安心しているのは久も同じである。今の一年の増員があまり見込めない以上、和たちが卒業するまでその学年は現在のメンバーが維持される公算が高い。人当たりが良いと言っても京太郎は男子であるので、女性として同じ目線で話ができるのは優希だけだった。

 

 友達の数が多いと偉いという訳では勿論ないが、話相手がたった一人というのは如何にも寂しい。どういう人間だって孤独に苛まれることがあることを、竹井久という人間は嫌というほど知っている。かわいい後輩にそんな思いはしてほしくなかったのだが、京太郎が連れてきてくれた少女は思いの他和と波長が合うようだった。会って対して時間も経っていないのに、これだけ親しく接することができれば大丈夫だろう。

 

「すけべなのが良い所なの?」

「いえ、手放しにそういう訳じゃないんですが……胸に目を向けるにしても何というか、許せる感じと言いますか……」

「それは惚れた弱みってことではなく?」

「そういうことじゃ! ない、と思います……多分」

 

 何とまぁかわいい顔をするものだと久は感心した。こういう顔を素直に見せることができれば、京太郎でもころっと落ちてしまいそうだが、へそ曲がりの和ではそうもいかないのだろう。

 

「距離感を測るのが上手いんじゃないかの。ルーフトップでもいて欲しい時にいて欲しい所にいるぞ、あの男は」

「見ても怒られないギリギリを解ってるってことかしら」

「確かにそういう表現だとすけべな感じがしますね」

「見られて嬉しいものなの?」

「見られる種類にもよりますけど、全く興味がありませんとされるよりは、見てもらえた方が良いんじゃありませんか?」

 

 誰でも良いって訳じゃありませんけど、と和は言葉を結ぶ。ただし京太郎に限るという訳だ。他の同級生の男子が同じことをしても和はおそらく同じことを言わない。上手な立ち振る舞いも一重に、そこに至るまでの信頼の積み重ねがあるからこそだ。技術だけ上手くてもその担い手に問題があれば結実しないものである。

 

「その距離感はどうやって身につけたのかしら。才能?」

「全国津々浦々で女の子に鍛えられたんだと思いますよ。長野以外の女の子とは私も接点ありませんけど」

「咲みたいなのが全国にいるってことよねそれ」

「恐ろしい話だじぇ……」

 

 麻雀の団体戦は4チームで行われる。一チームは五人だ。ルールは年度によって細かな、時に大きな変更が行われるのだがこのレギュレーションだけは第一回の時から全く変更がない。

 

 つまり自チーム以外の選手は補欠を除いて15人。これが全員京太郎の関係者だとしたら一体どんなことになってしまうのか。

 

 もっとも、そこで京太郎も一緒に顔を合わせる機会はおそらくあるまいが。団体戦の開始前、補欠を除いた選手全員が一同に会することもあるが、そこに京太郎が加わることはないだろう。何しろ彼は男子だ。

 

 そういう機会もなければそも、自分が対戦する選手以外と改めて顔を合わせる機会というのは実のところない。皆学校の行事の一環として来ているので、大会期間中はあまり自由な時間というのは少ない。

 

 終わってからそのまま夏休みというのは定番の展開ではあるものの、全国まで来る学校であればその期間も短い、もしくは存在しないということは十分にあり得る。夏の大会で引退する三年生でもなければ確実に時間を確保するとはいかないだろう。顔を合わせるのであれば学校の予定も十分に加味する必要がある訳だが、それはつまり、それを勘案する必要がないほど少ない人数であれば自由も利きやすいということである。

 

 男子を含めても六人しかいない清澄の、数少ないアドバンテージである。

 

「まぁ私たちがいたとしても遠慮なく突っ込んでくるでしょうけどね。全国の咲は」

「その言い方はちょっと……」

 

 自分の他に十五人の自分が京太郎に群がっている様を想像して、咲は苦笑を浮かべた。仲良く皆で京太郎を分けようということには絶対にならないのが想像できる。

 

 さてもう一周、と久が言葉を続けようとした所で全員が口を閉ざした。外から足音が聞こえる。京太郎がランニングとお風呂から戻ってきたのだ。

 

 ふすまを開けて戻った京太郎はほっかほかだった。浴衣の隙間から覗く肌と鎖骨に思わずときめいている和を他所に、部屋をぐるりと見まわした京太郎は頸を傾げた。女子五人が顔を突き合わせて車座になっていたからだ。

 

「何してたんです?」

「皆で咲のかわいい所を話し合ってたのよ」

 

 裏切られた! という顔で咲が久を見るが、久の態度はどこ吹く風だ。女子としては男子のどこが良いか話し合っていたのを、本人に知られる訳にはいかないのである。

 

 そんな久の態度に当然京太郎は違和感を覚えた。話していたのはそれじゃないなということには確信さえ持てていたが、それを態々自分に伏せたということは、須賀京太郎が知るべきことではないのだと久が判断したことだ。それに異論を挟むつもりはない。女性が自分で引いた線を男の方から踏み越えるのは概ね自殺行為であることを、京太郎は今までの人生から学んでいた。

 

「そうなんですか。俺も参加したかったですね」

「京太郎はある? 咲のかわいいところ」

「そうですね。こいつネタバレしようとすると凄く怒るんですよ」

「それは誰だってそうだと思いますが……」

「まぁまぁ。あれだ、オリエント急行殺人事件の容疑者全員が――」

 

 ずばっと、普段の咲からは想像もできない速度で京太郎に飛びつき、容赦なく口を塞ぐ。海外ミステリーは咲の大好きなジャンルなのだ。京太郎自身、ミステリーはあまり趣味ではないのだが、中学時代咲と仲良くなり始めの時にオススメされて有名所は一通り網羅していた。

 

 視線で絶対に口を開くなと訴えてくる咲に、京太郎はこくこくと頷いた。もちろん嘘である。そんなつもりは全くないが、心優しい咲はそれを信じて京太郎を解放する。

 

「アクロイド殺しのトリックなんですけど」

「私だってキレる時はキレるんだよ、京ちゃんっ!!」

 

 手近にあった枕を渾身の力でばしばしたたきつける咲に、京太郎は笑顔だ。対する咲は首まで真っ赤にして怒っている。男主導ではあるがまさに痴話ゲンカという様相に京太郎と咲以外の全員は砂でも吐きそうな気持になっていたのだが、京太郎劇場はもう少し続く。

 

「まぁまぁそう怒るなよ咲」

「京ちゃんが悪いんでしょ!」

「そうだな。俺が悪いな。よしよし、落ち着け落ち着け……」

 

 枕をぱっと取り上げると、背中を向けさせてすとんと座らせる。怒りの熱はまだ咲の中で燻ぶっており、真っ赤になった首には汗が滴っていた。ともすれば男の子に見える咲であるがたまに色っぽい。それでもまぁ咲だけどな、と自分を納得させぽこぽこ雑に頭を軽く叩くようにして撫でる。

 

 雑に扱われていることは咲にも解っていたが、それが逆に気持ちを落ち着けさせた。ネタバラシ未遂は京太郎が自分をからかう時の常套手段である。

 

「とまぁこんな所なんですけどどうでしょうか」

「…………ごちそうさま」

 

 意外といじめっこなのだな、と理解した久はげんなりした様子でそれだけを口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




合宿編終了。
次から県大会編になります。
前の全国編のように短編の連作になるかと思いますのでご了承ください。

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