セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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現代編11 長野県大会 団体編③

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「対策会議…………ですわっ!!」

 

 透華の号令に夜間ということで控えめな音量の拍手が響く。夜の龍門渕家本邸。透華が私用で使っている部屋の一つである。私室という訳ではなくあくまで透華のものとして割り当てられている部屋であり、私室はまた別に存在する。

 

 透華が主に本邸で卓を囲む時に使う部屋であり、純などは単純に『麻雀部屋』と呼んでいた。龍門渕邸の部屋の例に漏れずだだっ広く、中央に設えられた卓の他には軽い飲食のためのカウンターとプロジェクターなどの映像機器が取り揃えられている。

 

 透華たちが集まる時、映像関係の管理は智紀の仕事であるので、今回も画像映像のセッティングは彼女が行っていた。大型モニタの前に立つ透華の指示に従いてきぱき動く同僚の背中を見ながら純が呟く。

 

「衣はどうした?」

「良い子はおねむの時間ですわ。歩も寝かしつけるまであちらにいるということです」

「仲間外れって後で怒らないかな?」

「かもしれませんわね。だからこのことは私たちの秘密ということで」

 

 人差し指を唇に当てる透華に同調して、三人も同じ仕草をする。衣のことを大事に思っているのは共通していることであるが、お互いに全く秘密のない関係でもない。特に今回のことは衣の耳にはいれない方が良いだろうというのは、ここにいない歩を含む全員の共通見解だった。

 

 衣には純粋に勝ち負けだけを楽しんでほしい。京太郎からの頼みが発端とは言え、衣は今初めて『宮永咲』という好敵手を得て燃えているのだ。そのため大分精神に斑ができており、一言で言えば大分調子に乗っている状態だ。

 

 素の能力は高いからどうあったとしても並の相手ならばなぎ倒せるはずだが、相手は京太郎一押しの選手である。練習試合の時の感触を見るに原村和を始めチームメンバーも実力者揃いで自信家の集まりである龍門渕の面々をしても『無策で挑むは難し』という判断で今日集まるに至っている。

 

 ハナから負けるつもりでいる訳ではないものの、勝つための努力はしておくに越したことはない。去年などは長野県内であれば勝って当然という雰囲気であったため、対策会議などしたこともなかったのだが……状況が変われば方針も変わる。

 

 今の清澄高校はそれだけ龍門渕の四人にとって侮り難い存在であったのだ。何よりあの須賀京太郎がいる学校なのである。色々あって所属する学校こそ違くなってしまったが、彼女らにとって京太郎というのは身内だ。

 

 誰よりも麻雀大好きな彼の前で無様を晒すのは死んでも御免だったし、何より彼を相手に手を抜いていると思われたら嫌だった。持てる力の全てを尽くして実力で勝つ。

 

 身内の学校を叩き潰すのは忍びなくもあるが勝負とはそういうものだ。

 

 それに長野の代表が京太郎の所属する清澄ではなく龍門渕ということになれば、今度こそ龍門渕(うち)の子ということで全国に連れていくことができる。勝者総取りという解りやすい構図だ。全員で泊まりの旅行などしたこともなかったし、年頃の乙女としては力も入るというものである。

 

「とは言うものの、清澄以外にマークしなければならないような所はありまして?」

「春からの公式戦のデータは全部取り寄せて検討してみたけど、強いて挙げるなら風越。他は正直大したことはない」

「風越かぁ……去年の先鋒強かったよなぁ」

「福路美穂子。今は風越のキャプテン」

 

 かたと智紀がノートパソコンを操作して、プロジェクターに美穂子のプロフィールと戦績が表示される。

 

 長野に生まれ小学五年の時から現在に至るまで個人ではずっと全国出場。中学の時も団体戦ではエースとして活躍し、特待生として風越に入学。一年の時から団体メンバーであり、去年一昨年と上級生を差し置いて個人で全国出場を果たしている。

 

 事実上高校がデビューである龍門渕の面々とは真逆の典型的な麻雀エリートの経歴だった。

 

 去年、龍門渕が大活躍し全国への出場が切れた時も、美穂子が個人で出場を決めたことで最低限の面目を果たしていた。今の風越にとってはまさに柱だろう。名門だけあって他のメンバーも粒揃いではあるのだが、美穂子一人の実力が傑出している。

 

 ワンマンチームと評価されるのは風越も嫌だろうが、純が美穂子をコテンパンにするような展開になってしまうと、残りの四人ではそれをカバーできないのは想像に難くない。

 

「この女は今年も先鋒なのか?」

「安定感では群を抜いてるし、エースを先鋒に置くというセオリー通りなら他に選択肢がない。私が監督コーチなら福路美穂子は必ず先鋒にする」

「去年大将が衣にボロ負けしてたけど、そこと変わるってことはない?」

「そのボロ負けした池田華菜が今の風越のナンバー2。成績を見るに微妙に安定してないから先鋒を任せるには不安だけど、爆発力はあるから大将向きではある。三番手以降が微妙に見劣りもしてるし、先鋒福路大将池田は去年のままだと思う」

「なら池田さんの相手は衣だから問題ないとして、問題はこの福路さんだよね。純くんとしてはどう?」

「正直あんまり相手にしたくはねーな……」

 

 そもそも透華が衣と戦うに足る相手として集めた龍門渕の面々は、およそ才能という点で同世代の中では突出している。高校麻雀で活躍しているのはそれこそ、幼い頃から麻雀をやっていましたという人間ばかりであり、風越などはその典型で特待生である福路美穂子や池田華菜はその代表だ。

 

 そういう選手に比べると龍門渕の面々は他人と卓を囲んだ経験に乏しい。それでもただ勝つだけであるならば、経験の差を覆すだけの能力が五人にはあった。経験の差が勝負の内容に直結するような場面はそうなく、才能に裏打ちされた実力だけでも龍門渕の面々は勝っている。

 

 県下では二番目の規模を誇っていた本来の龍門渕の麻雀部は誰も五人に勝てなかったし、去年の全国大会でも準決勝まで駒を進めた。

 

 もっとも、優勝するつもりでいたのにも関わらず準決勝で敗退することになったのは、自分たち以外の出場校をさっさと飛ばされて勝負を決められた、団体戦の経験の差が出たことによる。

 

 個人としては五人は問題なく強い。ただ点数を稼ぐだけであれば五人とも全国屈指の実力を持っているが、こと団体戦ということになるとただ点数を稼いでいるだけでは勝てない面もある。

 

 その点、福路美穂子はそういう麻雀が上手い。一人が五人集まっている龍門渕に対して彼女の麻雀は五人の内の一人、さらに言えば五人が担当する十半荘の内、最初の二半荘を受け持っている自覚の元で動いている。

 

 チームのために点数を稼ぐ、という目的は誰もが同じくする所であるが、そのためにどういう手段を取れるかに経験の差が出てくる。美穂子は当たり前のように好調な人間の足を止めるために他人に差し込みをしたりアシストをする訳だが、それは井上純では考えもしないことだった。

 

 基本いつもいつでも一人で三人を相手にするのに、美穂子は時折二人で、あるいは三人で一人を潰しにかかってくる。全体を見て場況をコントロールし、常に先頭に立つのではなく最終的に先頭に立っていることを目標に半荘を回していく。

 

 読みも鋭く振り込みも少ない。これでいて流れに乗るのも上手く素の運も太い。非常に健全に麻雀の神に愛されているのだろう。悪手が運を切るというジンクスと同様に、最善の積み重ねが幸運を呼び込むというのは麻雀関係者に限らず広く信じられている迷信であるが、美穂子は全力でそれを体現している。正直にいって付け入る隙がない。

 

「感覚じゃなくて理論の積み重ねで手を読むタイプらしいから、理屈から外れたタイプには苦戦しそうだね」

「ならこの中じゃ国広くんが一番だな。今さらオーダー変えられねえのがアレだけど」

「今からでも僕の打ち方真似してみる?」

「やだよ。疲れる」

 

 データを前にしては見たが結局の所解りやすい手の打ちようがない。何か付け入る隙があるのであればまだしも、美穂子について解っているのは両目を開いた時にパワーアップするということのみだ。

 

「瞬間最大風速で押し切るということであれば、片岡さんが相性良いのではなくて? 打つ手がないなら先行逃げ切りで押し切るのが良いと思いますけれど」

「一年後だったらまだしも今のあいつじゃ厳しいだろ。あいつが中学ん時から京太郎とつるんでたら解らんでもないが」

 

 透華の話題に上った片岡優希は、順当に行けば団体戦で純と当たる相手である。この間の練習試合で対戦もしたが、純の彼女に対する評価は非常に高いものだった。

 

 東場で風が必ず吹くという特性は考えるまでもなく非常に強力なものだ。東風戦であればそれこそ宮永照相手でも良い勝負をするのだろうが、残念ながら団体戦は東南戦であり、二半荘余分に戦うということはそれだけ優希に地力を要求する。

 

 そして純にとっては幸か不幸か、優希は明らかに東南戦を戦う地力に乏しかった。南場で相対的に弱くなるだけならばまだしも、思考の体力が明らかに不足していて脇も甘くなっている。京太郎がいるならばその対策も進めているだろうが、先の練習試合の段階でまだその傾向がみられていた所を見るに、努力がある程度実を結ぶのはもう少し先のことになるだろう。

 

 全国で勝つことを前提に動いているようで純の気も沸き立つのだが、今日を生き延びなければ明日という日は永遠に来ないものだ。オーダーにおける京太郎の苦心が垣間見え、純の顔にも苦笑が浮かぶ。

 

「ああいう上手い奴を相手に戦う経験に不足してるのは、俺もタコスも似たようなもんだろうしな。いくら南場で脇が甘くなるって言ってもまさか二半荘で十万点も吐きだしたりはしないだろうが……その辺りはまぁ、福路に食い荒らされないように祈るしかないな」

「よくあることだから問題ない」

 

 RTSに限らず戦略シミュレーションを手広く遊んだ智紀にとって、AIが自分にとって都合の悪い行動をしてこないように祈るのは日常茶飯事のことだった。

 

「いつの間にか清澄の対策にスライドしていましたけれど、それなら次は染谷さんの対策ということでよろしくて」

「よろしいよろしい」

 

 ぱ、と画面が切り替わり染谷まこの姿がプロジェクタに映し出される。歩を含めた六人が彼女に会ったのはこの間の練習試合の時が初めてであるが、京太郎から『すげーいい人です』という自慢を度々聞いていたので、初めて会った気はしていなかった。

 

 実際人あたりも良く、よく笑い気配りもでき、一緒にいて心地よいと思える京太郎が懐くのも解る人間で、癖のある部長とは対照的な印象を受けたものだった。

 

「牌譜を見る限り対応力に非常に優れているように思えますわね。かといってデジタル打ちとは違いますし、先の福路美穂子や京太郎のように観察力に優れているようにも思えません」

「視線は間違いなく卓から動いてなかったよ。京太郎みたいに対戦相手を観察する習慣はないみたいだね」

「じゃ何を基準に対応を決めてんだ? 勘……にしちゃあ精度が悪い気もするが」

 

 衣のように第六感で判断できる人間は、行動を牌譜に起こした時に傾向が見えるものだ。純たちは衣の牌譜を見慣れているので、紙に起こされた記号からでもある程度はその傾向を読み取ることができる。

 

 牌譜と対戦してみた感じを総合する限り、衣のような感性で打ちまわしているような気配はなかった。智紀のようなデータ麻雀というのが一番近い気もするのだが、同じく智紀と対戦経験が豊富で、かつ牌譜を見たことがある純には、それもどうも違うように思えた。

 

「多分経験。実家が雀荘らしいから、対戦回数が非常に豊富。客の腕の差もばらつきがあるし、その経験が全部引き出しから出せるなら、対応力の高さは頷ける」

「その理屈で行くと雀荘の店員最強説とか出てきそうだけど」

「経験が多いことそのものよりも、無限にある引き出しの中からほしいものをすぐに引っ張り出せるのが異常。真似できるなら真似したい」

「ともきー、何か対策ある?」

「ある。経験に基づいて戦術の幅が広がるならそこが明確な限界でもある。長野の雀荘、部員の少ない清澄だと経験値の累積は私たちが思ってるほど高くない。千里山姫松臨海の三年とかだったら手が付けられなかったと思うけど、長野の予選で今戦うならそこまで怖くない」

「来年勝てる自信はありまして?」

「それは来年の私に聞いて」

 

 高評価が続くものだと苦笑して、智紀は次のスライドを呼び出した。

 

 清澄麻雀部部長竹井久。清澄の学生議会長――所謂生徒会長であるらしい。癖のある雰囲気の通りに癖のある打ち回しをする。一も特殊な打ち回しをする方であるが竹井久はそれに匹敵するだろう。

 

 常にそうであるという訳ではないものの、竹井久はここぞという時に待ちの悪い方でテンパイを取り当然のようにツモアガるのが、過日の練習試合でも見て取れた。

 

「気になって昔の牌譜を取り寄せてみた」

「あの部長そんなに有名人なのか?」

「家庭の事情で苗字が変わってるけど、中学の時は個人で全国に出場してる。さっきの福路美穂子と宮永照とこの部長の三人が三年前の長野の代表」

「卓を囲むのが嫌になるメンバーだね……」

「あの人はいざという時の手段の一つじゃなく、これが自分の必殺技だと認識してる。悪い待ちは意表を突くためじゃなく明確に攻撃の手段」

「悪い待ち程引きが強くなるってことかね」

「常にそれだと確率が仕事してないなんてもんじゃないから、テンパイした時だけなんじゃないかな。それも毎回って訳じゃないと思うよ」

 

 智紀が牌譜に視線を落とす。その辺りは本人の証言がないと微妙に検証がしにくいのだ。少なくとも京太郎のように明確に裏目を引く確率が高い訳ではない。あくまで牌譜を見た限りではあるが、生来の引きは決して悪いものではないし普通にテンパってアガっている局面だってある。

 

 中学の時に宮永照やら福路美穂子と並んで全国に行くのだから、その時点では強者だったのだろうが、二人とは異なり竹井久は高校に進学してから一度も公式戦に顔を出していない。

 

 京太郎からは彼ら一年が入部するまでは部長と副部長の二人しかおらず、副部長が入部した時には部長が一人だったとも聞いている。清澄における部の規定がどうなっているのか智紀は知らないが、それが学校に部として認知されているのであれば対外的には何も問題はない。

 

 部員が竹井久一人であったとしても個人戦には出場できたはずだが、公式記録を引っ張り出して確認してみた限りその形跡はない。

 

 竹井久が一年だったのは智紀たちが高校生になる前の話である。その時を含めてどこかと練習試合をした形跡がないか調べてみたがこれも皆無だった。あくまで調べた範囲の話になるがここ二年の間、竹井久に公的に対外試合の記録は存在していないことになる。

 

 どれだけ活躍しようと高校に入学して環境が変われば違う競技に打ち込んでみるということもないではないが、竹井久は高校でも同じ麻雀部に所属しているにも関わらず、対外試合の記録がゼロなのだ。書類の上では少なくともやる気が全く感じられない。

 

 ところが竹井久は自分一人という部員の少なさにも関わらず麻雀部に所属し続けた。一年後染谷まこが増えて二人になってもそのままである。

 

 そうして公式戦記録が真っ白という部活としてどうなのかという状況が二年も続いた後、ようやく京太郎たち一年四人が入部して女子は団体戦の出場要件を満たすことになった。ここで竹井久は重い腰を上げる。

 

 これまで全く個人戦に出場しなかった女が、京太郎たちが入部した途端に精力的に動き出したのだ。京太郎から聞いた話では、後輩たちへの指導にも余念がないらしい。

 

 九人野球ならぬ五人麻雀だ。今年から精力的ということは、団体戦にのみ思い入れがあったのだろう。それまで部員を精力的に集めようとしなかっただろうことも含めて、ことここに至るまでには竹井久なりの葛藤があったのだろうと推察できるが、発足から対戦に至るまで特殊な事情で固まっているのは龍門渕も一緒だ。戦う上で個々人の事情は関係がない。

 

「少なくともテンパイに至るまでの過程で確率がどうこうということはない。悪い待ちをした時のヒキが異常に強いということ。悪いテンパイ形に取りたがることから、直撃を取る確率も高いということ。注意するのはとりあえずこの二点」

「テンパイ気配を感じたら、当面悪い待ちも疑ってみるってことで良いかもね」

「そういう意味では国広くんが一番相性良いかもな」

「まぁねー」

 

 ふふん、と得意そうに一が薄い胸を張る。対戦相手の視線や動作の機微に敏感な一は、その中身まではともかくとして、テンパイしているかどうかをほぼ100%の確率で看破できる。

 

 竹井久は面前の傾向が強く、悪い待ちの時でも平気でリーチをかけている。それがより自分の手を印象つけ、待っている悪い待ちを出させる傾向を強くしているのだろうが、ダマで直撃を取りに行くのもちらほら見られた。

 

 値段が同じならばハネ満ツモよりも満貫直撃の方が差が詰まるのが麻雀だ。リーチをしている時に警戒するのは当然として、ダマの時にも常に気をはっている必要があるだろう。その点、一は相手としてうってつけだった。

 

「さて、じゃあおっぱい怪獣は無視して宮永咲に行こうかな」

「待ってくださいまし!」

 

 自分の対戦相手を予告なしで飛ばされた透華は当然抗議の声を挙げるものの、一は無視して智紀を促した。智紀も一の意見に同調しているらしく、原村和のスライドをすっ飛ばして宮永咲のスライドを出すが、そこは透華も突撃思考のお嬢様である。

 

 強引に智紀のノートパソコンを奪い取ると操作して、スライドを原村和の物に戻した。

 

「もう。どうしてそういう意地悪をしますの一っ!」

「えー? だっておっぱいじゃん。いいよ別に」

 

 けっ、と舌打ちまでしている始末である。普段はくるくると表情が変わり笑顔の絶えない一にしては久しく見ていない攻撃的な表情である。何が原因なのかは彼女の言葉からも明らかだった。

 

「智紀だって中々巨乳でしてよ?」

「ともきーはいいじゃん、いざとなったら同盟組めそうだし。原村は絶対独り占めするからだめ絶対」

 

 両手で大きく×をしてまで主張してくるのを見るに本当にダメなのだろう。歩を含めた龍門渕の六人の内、透華と純を除いた四人の友人関係はほとんど身内のみで完結している。リアルに顔を合わせて一緒にどこかに行く相手というのが龍門渕の外だと皆無に近いのだ。

 

 そんな中にあって、須賀京太郎というのは一や智紀にとっては唯一とも言って良い年齢の近い男子であり、はっきり言ってしまえば懸想の相手でもある。

 

 その京太郎がこの前の練習試合の日、ゆさゆさと揺れる原村のおっぱいに一々視線を向けていたのを見れば、原村への黒い感情がぐおぐおと渦巻くというものである。おもちではない一ならば猶更だ。

 

 これで原村和が京太郎に興味がありませんという顔をしていればまだ溜飲も下がったのであるが、彼女は彼女で京太郎に中々熱のこもった視線を向けているのだから始末が悪い。

 

 智紀も京太郎の態度は決して面白いものではなかったが、一と異なりそれなりに巨乳であるという自負からか、幾分か余裕があった。それでも原村和は敵であるという認識に違いはない。一から同盟の申し出があったら喜んで引き受ける用意があった。

 

「さて、気を取り直して原村和の話に行きますわよ!」

「行きますわよはいいけどよ、別に話すことなくね?」

 

 純の言葉に全員の沈黙が続く。理由は簡単だ。原村和がどういう打ち手かというのは透華のデジタル路線進出の過程で散々議論したからだ。

 

 精度の微妙に低いデジタル打ちである。それでもインターミドルを制したのだから世の高校一年のほとんどよりは強いということになるのだが、正直清澄の五人の中では一番脅威度が低い。理屈に沿った行動をし順当にアガりを引くだけの相手ならば、明確な対策はないものの怖くはない。

 

 原村よりも前に行くというのであれば話は別であるもののこれは団体戦だ。半荘二回の戦いで何が解るでもない。オカルトによる明確な脅威が現状確認できない以上、特にこれと言って話すこともない。

 

「京太郎がついてるならデジタルの精度も上がってそうだけど……」

「上がった所でなって話だよな。100戦やってトータルって勝負ならまだしも、二回の直対じゃあっちもこっちもどうしようもねーし」

 

 仮に全ての場面で自分にとって最も都合のよい選択をし続けていたとしても、最終的にそれで勝利することができるとは限らない。確率はあくまで確率だ。結局の所何をツモってくるかというのは運による要素が強い。

 

 翻って、デジタル派は年間トータルなどの長期戦の方が強いと言われているが、それも圧倒的なツモ力やオカルトの前には如何にも頼りない。牌効率だデジタルだというのはあくまで手段の一つであり、決定打にするには聊かパンチが弱いのだ。

 

 それでも勝ち続け頂点を取ったのだから原村某の地力というのは疑いようがないのだが、事実として正しく打っているのであれば、それこそ対戦相手としては手の打ちようがない。

 

「そう言えばのどっち原村説ってどうなったの?」

「決定的な証拠、というのはありませんわね」

 

 ネット上でも特にそういった噂はなくあくまで透華の勘に基づいた節である。牌譜を見た限りの共通点もあるにはあるが、透華の言った通り決定打に乏しい。一応智紀が率先してネット上での情報収集を試みたものの本人がどこぞに現れたケースなどは皆無であり、特定のネット麻雀にしか現れない。

 

 観戦者の中には今でも運営の作ったAI説が実しやかに囁かれているが、運営の公式解答はNOである。AIだとしても正直にゲロるはずがないと、まだまだ信じていないユーザーも多数いるが、衣を除いた四人の共通見解としてAIではなく人間ということで落ち着いている。

 

 分析が進んだのはそこまでだった。打ち回しに若干の共通項が見られること、一貫したデジタル打ちであること以外に、牌譜上では原村和とのどっちに共通点が見られない。それでも透華が勘以外にものどっち原村説を捨てきれない要因は――

 

「見た目がこれですものね」

 

 プロジェクタに『のどっち』のアバターが表示される。ふりふりの真っ白な天使コスにピンク髪のツインテール。キャラメイクを限界まで使用して原村和を再現したらこうなるのではというくらいに見た目は似ている。

 

 だがこれで本人じゃねと結論つけるのは早計なのだ。この見た目のアバターを使っているユーザーだけでも智紀が確認した限りで10人はいるし、衣装違いも含めるならそれ以上。加えて『のどっち』という単語を含むユーザー名はそれを遥かに超える。

 

 そもそも本家ののどっちでさえアバターの姿は一定ではないのだ。『白い』『ふりふり』『かわいい』というのが外せない要素と見えるがコスの共通項はそれだけだ。

 

 天使ルックもネット麻雀上のタイトル戦で着用しているから代名詞のようになっているが、トータルすると羽の生えていない期間の方が長いくらいである。

 

 ならばコスの中身はと考えても、髪色のピンクもツインテールも課金要素なしで使用できる初期設定の内の一つである。女性アバターの初期髪型の中ではツインテールは人気トップ3に入ることもあり、適当に決めたらああなる確率は実の所それなりに高い。

 

「もう京太郎に聞いた方が早いんじゃない?」

「そういうネタバレは私の趣味ではありません」

 

 こちらは王者で向こうは挑戦者である。王者には王者らしい振る舞いが求められるもので、透華的にはその戦いの前に弟分相手にお願い、と手を合わせるのは主義に反するのだった。仲間が不利になることは絶対に言わないだろうが、このラインだったら京太郎は口を割るというのも確信が持てる。聞けば必ず答えは返ってくるのだ。

 

 ならば謎は謎のままという方が粋ではあるのだろう。少なくとも県大会が終わるまでは謎のままでいることに、透華は今決めた。

 

「さて、最後は宮永咲ですが……」

「担当衣だしこれも別に検討する必要ないと思うんだけど」

 

 しない理由もないのであるが、する理由も思いつかない。検討することそのものに価値があるのは間違いないものの、その結果を衣が共有することはまずない。こういう検討を衣は興が削がれると言って好まないのだ。

 

 個人戦で戦うかもしれないと考えれば一たちにとっても無駄ではないのだが、彼女らの予定としては団体戦で優勝して全国行きを決めた場合、今年も去年と同様個人戦のエントリーは取り消すつもりでいる。

 

 つまり団体で戦う予定のない自分たちが率先して咲の情報を仕入れるということは、個人戦の対策をしていることに他ならない訳で、勝気な人間の集まりとしてはイマイチ気乗りがしないのだった。

 

「なぁ宮永ってのはあの宮永なのか? 宮永照の親戚とか」

「実の妹だそうですわよ」

 

 そりゃつえー訳だなと純は大きく溜息を吐いた。去年の全国大会団体戦はブロックが反対側であったため、対戦の機会は訪れなかった。

 

 個人戦には衣を含め全員がエントリーしていなかったため、最強の女子高生宮永照とは対戦したことなどない訳であるが、世代の代表である彼女のことはそれほどアンテナを高くしなくても耳に入ってくる。牌譜なり試合の映像を見る機会も多々あったが、自信家の純や透華をして、一歳年上であることを差し引いても、自分たちの遥か上を行っていると思わせる程だった。

 

 これで元長野県民というのだから始末が悪い。高校時代は麻雀に打ち込むと決めたのであれば、長野に残っていた場合、進学先として候補に上るのは筆頭が風越で、次点が龍門渕だ。話が妙な方向に転がっていたらロートル麻雀部の中に宮永照が混じっていたかもしれないと思うと気分が滅入る。

 

「なら宮永咲についてはもし私たちが団体戦で負けたらという、物凄く実現可能性の低い未来が訪れたら検討する、ということでよろしいかしら」

『異議なし』

 

 話はこれで終了、と決めたら龍門渕メンバーの動きは早い。透華以外は現役のメイドなのだ。特に打ち合わせるでもなく自然と役割が分担され、室内の清掃まで始める。

 

「それにしても原村と言い福路と言い、京太郎の好みそうな女が目白押しだよな」

 

 会議の間、買い込んでいたハンバーガーを三個平らげた純がからかうような声音で一に言った。彼に関することで純がこういう振る舞いをするのは初めてのことではない。いらっとするのは相手の思うつぼだと解っていても、一は機嫌が急降下するのを止めることができなかった。

 

「…………純くんさ、僕に喧嘩売ってる? 正直に言ってごらん」

「いやいやいや、まさかそんなことある訳ねーだろ国広くん。あいつ麻雀以外のヒキはべらぼーに強いから、実は福路とも仲良しなんじゃね? と今思っただけだよ」

「そんな都合の良いことあるわけないよ!」

「ほんとにー?」

「ほんと! もし福路美穂子が京太郎と僕たちくらい仲良しだったら、ネコミミメイドでご奉仕してあげても良いよ」

「今時ネコミミっつーのが気に入った。それじゃあ俺はゴスロリメイドで媚びっ媚びの声出して甘えてやろう」

「そんなの誰得なのさ……」

「いつか隠し芸をやることになった時のために温めてたネタだからな。自分で言うのもなんだが破壊力あるぞ」

「どう転んでも僕だけ損してる気がする」

「京太郎は大喜びじゃねえかな。国広くんがネコミミメイドでご奉仕だし」

「京太郎相手にやるなんていってないよ!」

「カワイイ僕がネコミミメイドでご奉仕しにいってあげるのにゃー」

「やだ、ちょっとやめてよ!」

 

 既に文章を打ち終わったらしいスマホを純は高く持ち上げて妨害している。一はムキになって飛び跳ねるも、京太郎よりも身長の高い純に、小柄な一が届くはずもない。ちょっとだけ冷静になった一は意外に鋭いローキックで対抗するが、これも純に防がれる。

 

 恵まれた体格相応の運動能力をしている純に、身体を動かすこと全般で勝てるはずもない。それは一も解っていたのだが諦める訳にはいかなかった。福路美穂子のことについては多分に願望が込められている。ここで何もしないとメイドですにゃで確定なので諦める訳にはいかないのだ。

 

「全く仲良しですこと」

「プライドがかかってるんだからしょうがない」

「私、市井の流行には詳しくありませんけれど、猫の耳をつけてサーブするのがそんなに恥ずかしいことなんですの? いつものメイド服に猫耳が足されるだけじゃありませんの。衣なんて常時兎のお耳ですのよ?」

「恥ずかしさの基準は人それぞれ」

 

 そんなものですか、と透華は納得する。

 

「一の猫耳メイド、京太郎は喜ぶかしら?」

「どうせなら犬耳とかの方が良いと思う」

「京太郎は猫よりも犬派でしたかしら?」

「それは解らない。けど――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――違うデータが欲しい。猫耳メイドは私がもうやった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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