セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

82 / 96
現代編12 長野県大会 団体編④

 

 

 

 

 

 

 囲碁や将棋と異なり運の占める要素が大きい麻雀は、その歴史の中で興行的な見栄えの良さと競技としての公平性を常に秤にかけてきたその結果として、複数の基本ルールが存在する。

 

 タイトルごと、あるいは団体ごとにルールが異なるその状況は、麻雀という競技の絵変わりにも貢献しており、特定のルールが好きというファンは特定のタイトル戦に強烈に惹きつけられるなど、ファンの固定化先鋭化と引き換えに大きな利益を生み出してきた一方で、ある種の弊害を生み出し続けてきた。

 

 その弊害を最も受けるのは皮肉にもプロではなく、プロを目指そうとするアマの選手たちである。

 

 プロは複数のチーム、団体、タイトル戦からリーグなど戦う場所が複数あるのが当然の環境であるが、アマの『公式戦』を管理している団体は日本国内に置いては一つであり、そも小中高大と学生たちの大会と言えば概ね、夏の全国大会とそれに連なる予選を指す。

 

 この大会の諸々を決めるのがアマ公式戦を管理している団体なのであるが、団体は一つでもルールは複数ある。

 

 そして複数のルールにはそれだけの支持者がおり、常に綱引きをしているのだ。少年少女の青春の集大成とも言うべき夏の全国大会は、ルールが固定されていないのである。

 

 支持者たちの綱引きの結果、どの基本ルールで行くのかはその前年になるまで解らない。同じルールが複数年続くこともあれば一年ごとに変更されることもある。当然選手たちにはルールの向き不向きがあり、その違いで成績も大きく異なる。

 

 それで将来が決まるのだから堪ったものではないが、これが改められるような気配はまるでない。ならば幅広いルールに対応できるようにと、強豪校はどのルールが来ても良いように対策を組むのが常である。

 

 そんな今年のルールはクイタン後ヅケあり、一発裏ドラありで赤は四枚。しかし役満の重複はなしという所謂『雀荘ルール』に少し手を加えたものだ。去年は赤と一発が、一昨年は裏ドラもなかったことを考えると大盤振る舞いも良い所である。

 

 技巧やら駆け引きやら、運以外の要素に重きを置く選手には嫌われているルールであるが、プロリーグでは主流のルールであり、国際的な大会でも多く採用されている。破壊力のある麻雀が見られるとファンの間でも人気を博しており、今年の大会が例年にも増して注目を集めているのはこのルールのおかげとも言えた。

 

 清澄にとっても今年がこのルールなことは追い風と言える。一年三人二年一人三年一人で部員全員という背水の陣である清澄は、こと技術という点では全国の名門校に聊か劣るものの才能、地力という点では勝るとも劣らないと京太郎は考えている。

 

 とは言っても、全国区まで行けば技術も才能も持ち合わせている選手が当たり前のように出てくる。県大会は通過点……という表現をすると対戦相手を侮っているようで嫌なのだが、それでも一年中心で大会経験の不足している清澄は今後も技術面が課題となるだろう。

 

「さて。こうして危なげなく決勝戦当日となってしまった訳だけど……」

 

 決勝戦当日。案内された控室で清澄高校麻雀部部長、竹井久は部員一同を見渡して言った。危なげなくという言葉の通り、清澄高校は周囲の予想を裏切って一回戦からこちら、順調に駒を進めていた。

 

 二回戦に至っては中堅の久でコールド勝ちと、ブロックの中では他の追随を許さない強さと言っても良かった。前年度インターミドルチャンプの原村和がいるとは言え、彼女はまだ一年生であり、学校は無名校。しかも部員はその和を含めても団体戦エントリーぎりぎりの五人しかいない。

 

 これで他の部員に高校麻雀での実績があればまだしもだが、今年エントリーしている和以外の四人の内二人が一年生であり、他は二年が一人と部長で三年が一人。彼女ら全員が高校麻雀での実績は皆無。

 

 それどころかここ二年、個人でも団体でも公式戦での活動記録が皆無という、部の存続さえ危ぶむような活動実態となれば、個人に期待だなと周囲が判断するのも無理もなく、団体での活躍は全くと言って良い程期待されていなかったのだが、蓋を開けてみればまさかの快進撃である。

 

 これに困ったのが清澄と同じブロックの高校だ。長野は長らく風越と龍門渕の二強体制であったため、それ以外の二つのブロックは当たりとされてきた。頑張れば決勝まで行けるし、もしかしたらそれ以上も、という訳である。

 

 なのにその二強に匹敵するかもしれない強さを持ったダークホースが現れてしまった。原村だけのワンマンチームならまだ手の打ちようもあったが、他の四人も皆手練れときている。しかも原村以外にデータがほとんどないのだから始末に負えない。

 

 哀れ、清澄と同じブロックのチームは早々にお通夜ムードとなり、他の三ブロックの学校のための生贄になってしまったのである。

 

「まぁ、ここに至るまで全力には程遠かった訳だけどね」

「それも仕方ないですよ」

 

 久の軽口に京太郎は苦笑を浮かべて同意する。

 

 半荘一回勝負ともなればどんな組み合わせでも紛れが起こることはあるが、今年の団体戦は選手五人による半荘十回勝負である。

 

 麻雀に限った話ではないが、どんな競技でも試行回数が多い程あるべき姿に近づいて行くもので、より強い方が勝ち易い仕組みになっているものだ。

 

 麻雀力などという解りやすい数値がある訳でもないものの、文句なしに強い選手の数が多い方が勝つのは当然のことで、麻雀の選手については目の肥えた京太郎が見ても清澄の五人は女子高生の中では非常に強い部類に入る。

 

 リサーチのために今年の県大会の予選は全て目を通しても、清澄と同等の選手が五人揃っているのは長野全体を見回しても龍門渕くらいしかいなく、次点で風越といったくらいだ。

 

 つまりその二校以外が相手であればよほどの悪条件が重ならない限り、今年の団体ルールでは負けることはない。それくらいに清澄の実力は長野県下では突出しており、その結果が決勝戦への出場である。

 

 最初は初めての公式戦ということで少しは緊張していた咲も、一戦二戦と重ねる内に緊張も解れてきている。今は決勝直前。あの日より因縁のある相手ということで、気力も充実しているようだった。

 

 今は清澄に割り当てられた控室で最後の打ち合わせを行っている。室内には観戦用のモニターとソファが三つ。風越くらいの大所帯を想定しているのだろうが、選手のみ六人の清澄高校麻雀部には聊か広すぎる部屋だった。

 

「さて……もうすぐ試合な訳だけど京太郎。最後のおさらいをお願い」

「風越、龍門渕ともにオーダーに変更なし。龍門渕の方は一度衣姉さんが行方をくらまして危ないタイミングがあったそうですが、ハギヨシさんと純さんの活躍でことなきを得ました」

「それは大変だったわね……」

 

 野球やサッカーと異なり今年のルールでは一度補欠と入れ替えたレギュラーは大会終了まで復帰できない。大将の衣まで回った段階で彼女が不在であると、補欠の人員でそれを補充しなければならず、そうなった場合大会の規定で衣は県大会中は復帰することができないのだ。

 

「そもそもあっちって補欠いるの? この前いたのは五人だけだった気がするけど」

「歩も――セッティングとかお世話をしてくれたメイドさんいたろ? あの娘も部員だよ。俺たちの同級生」

「京太郎くんにかわいく手を振ってたメイドさんですね」

 

 和の言葉には何やらトゲがある。歩が可愛いのもかわいく手を振っていたメイドさんなのも事実だが……と、それを口にしたら戦争になることくらいは京太郎にも解った。そうだな、と曖昧な返事をしてお茶を濁すと和もそれ以上は追及してこない。平和主義者という訳では欠片もないものの、和だって好き好んで戦争をしたい訳ではないのだ。

 

「さて。今更打ち合わせするようなことは特にない訳だけど……」

 

 久が時計を見る。控室入りをしたのは試合開始の三十分前。久の言う通り大体の打ち合わせは前日に済ませ、新たに入手した情報もないために、これから思い思いのことをして過ごしてきた。試合開始が迫り、そろそろ移動の指示が放送で来るはずである。

 

 館内放送でコールされれば、優希の手番だ。

 

「私たちを代表して京太郎。優希を励ましてあげてちょうだい」

「それは構いませんが……こういうのは部長がやった方が良いのでは?」

「私がやるよりも京太郎がやった方が良いに決まってるでしょ。ほら、やったやった」

 

 久に背中を押される形で前に出された京太郎は、優希に視線を合わせるように膝をついた。その京太郎に合わせて僅かに身を屈める優希の両頬を、両手でそっと挟む。じぇ? と小さく首を傾げる優希の額に、京太郎は自分のそれを重ねた。

 

「いいか優希。お前は麻雀強い。流石はタコスに選ばれしタコスの民だ」

「じぇ!」

「だが残念なことに、俺の見立てでは純さんや美穂さんの方が強い。東南戦のルールではお前は苦戦を強いられることだろう」

「じょー……」

「でもな、それがどうしたって話だよ。強い奴が必ず勝つなら、態々卓を四人で囲む必要もないんだ。強い奴と弱い奴がやってもどっちが勝つか解らないから、麻雀は難しくて面白いんだ。弱い俺でも、お前たち相手にトップになることあるだろ? なら、俺より強いお前があの人たち相手にトップを取れない道理はない」

 

 言葉が染み入ると、その興奮を示すように優希がこつこつと額を打ち付け始める。早く試合がしたい。優希のモチベーションが確かに上がったことが理解できた京太郎は、優希を開放すると笑みを浮かべた。

 

「めいいっぱいやってこい。お前が暴れまわるのを、楽しみにしてるよ」

「おうよ! 行ってくるじぇ!」

 

 気合十分。ずんずん足音も高く控室を出ていく優希を京太郎は満足げに見送った。これで仕事は果たしただろうと久たちを振り返ると、先輩二人はひそひそと京太郎に聞こえるように内緒話をしている。

 

「京太郎はああやって女をその気にさせるのね……」

「気を付けないといかんのぉ」

「人聞きの悪いこと言わんでください……」

 

 からかわれているだけなのは解っていたため、京太郎も苦笑で済ませる。気分屋で牌に気持ちが乗りやすい優希相手には、あれくらい思い切り発破をかけるのが丁度良いのだ。言ったことも全て本心だから何一つ後ろ暗いこともない。

 

 後は先鋒戦をトップで通過してくれれば言うことはないのだが、優希にも言った通りあの二人が相手では厳しいと京太郎も考えている。

 

 しかし、勝負にならないということはないはずだ。欲を言えばもう少し時間が欲しかった所ではあるが、それを言っても仕方がない。やれることはやったのだから、後は結果が出るのを待つばかりである。

 

 こういう時、唯一選手でない立場というのは歯痒いものだが、であればこそ、自分にしかできないこともあるだろうと前向きに考えることにする。

 

 さて、と控室を見回すとモニタそっちのけで何やら髪を整えたり鏡に向かっている同級生二人の姿が見えた。

 

 

 

 

 

「――お前らにはやらないぞ」

「そういうの良くないと思うよ!」

「優希だけ贔屓はズルいですよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本一有名な音痴のガキ大将のテーマを口ずさみながら廊下を歩く。気分は絶好調。今なら宮永姉が相手でも負けないのだじぇ、と機嫌良く歩く優希の姿に、先に競技場出入り口まで来ていた純が気づいた。

 

「ようタコス。今日は随分機嫌良さそうだな」

「純くん先輩こんにちはだじぇ! お察しのとーり絶好調なのだじょ。京太郎にパワーを貰ったからな!」

 

 わはは、と笑う優希に純は苦笑を返し、あいつと同じ学校だとそういう特典があるんだなと心中で呟いた。この件が智紀と一の耳に入ったらまたうるさいのだろうが、そうなるのは時間の問題だろう。いいないいなと衣も交えて大騒ぎする友人の姿を脳裏に思いながら、優希を促して競技場に入る――その寸前のことである。

 

「あら。貴方が片岡さんかしら?」

 

 背後から声をかけられた優希が振り返る。視線の先にいたのはにこにこ笑った美人さん。合宿のスライドの中で京太郎とケーキを作っていた『美穂さん』である。そういう事情で優希は彼女の顔を知っていたが、向こうはそうではない。

 

 写真の中では色違いの両目をきらきらさせていた美人さんは、どういう訳か今日は右目を閉じている。歩きにくくないのかと気にはなったが、昔の漫画では両目を閉じて気を高めるという乙女座の人がいたと聞くし、お姉さんなりの願掛けか何かなのだろうと気にしないことにして、優希は素直に頭を下げた。

 

「だじょ? 片岡優希。京太郎がいつもお世話になっております」

「ご丁寧にありがとう。私は福路美穂子よ。京くんからいつも聞いてるわ。今日はよろしくね」

「よろしくだ、じょ……」

 

 お互いに挨拶を交わしてそのままフェードアウト、のはずだったのだが、優希は短いやり取りの中に聞き捨てならない単語を聞いた、ような気がした。横を見れば純も渋い顔をしている。気がしたではなくその通りであったらしい。

 

「龍門渕の貴女は……井上さんだったかしら。貴女のことも京くんから聞いてるわ。よろしくね」

「ああ、よろしく……」

「お姉さん。京太郎のことは京くんって呼んでるのか?」

「そうよ。一緒に私のことも美穂さんって呼んでってお願いしたの。友達いないからそういうやり取りに憧れてたんだけど……もしかして子供っぽいかしら?」

「いや、いいんじゃないかと思うじぇ。仲良しなのは良いことだ」

 

 それは紛れもない優希の本心だったのだが、彼女は言葉とは別の意味で戦慄していた。隣にいた純も、奇しくも同じ気持ちである。

 

 今の京太郎にお付き合いをしている女性がいないことは知っている。実はこっそりと、という展開もないではないが、彼の性格であれば彼女ができたら皆に知らせるだろう。

 

 つまり今の彼はフリーのはずで、目の前の美少女も当然彼女ではない。はずなのだが……私がこの世でただ一人の彼女ですと言わんばかりの堂に入った彼女ムーヴに、優希も純も背中に冷や汗をかかずにはいられない。

 

(このお姉さんを咲ちゃんと和ちゃんに引き合わせたら修羅場だじょ……)

(ネコミミメイド確定の国広くんと智紀が見たら血の雨が降るなこりゃ……)

 

 彼女でもないのにこの振る舞いをしていたら京太郎を憎からず思っている少女らは喧嘩を売られていると思うだろう。本人に敵対行為をしている気配がなく、実に京太郎好みの容姿をしているので猶更始末が悪い。

 

 できることなら一生関わり合いにさせたくない所である。特に交流がないのであれば福路美穂子は三年生であるので、全員二年の龍門渕と、一年である京太郎とはそこまで深い関係になるはずもなかったのであるが、それは現時点で無関係であればの話。

 

 清澄入学以前からの付き合いであれば咲以外の麻雀部員よりも付き合いが長く、麻雀や料理などの趣味が合うという共通項があって更に年上でおもちだ。加えて美穂子本人に京太郎と関わっていくつもりが強くあるようだから、どこか遠くの場所に進学なり就職なりでもしない限り、今の関係は続くことだろう。

 

 今日以降のことを思うと気分が滅入る優希と純だったが、今は目の前の試合のことだ。無理やり気持ちを切り替えて遅れてきた鶴賀の選手と共に会場に入る。

 

 広いホールの中央に、全自動麻雀卓が一つ。プロリーグでも良くあるいかにもな演出をされたその場所に、選手全員が並んだ。

 

 卓上には場決め用の四枚の牌が伏せられている。最初に会場入りした美穂子が全員を振り返って手を差し出した。お先にどうぞ。それを舐められているとは取らなかった優希がそれに一番乗りした。

 

「出親いただくじぇ」

 

 言って、選んだ牌は宣言の通りに『東』である。小さく口笛を吹く純を他所に、さっさと席に着いた優希はキコキコと椅子の調整を始める。小柄な選手が必ずやるお馴染みの風景だ。

 

 調整に励む優希を他所に、美穂子は残った二人にも視線を向ける。自分は最後で良いらしい。強者の余裕にいらっとした純であるが、好意だけは素直に受け取ることにした。できれば美穂子の下家にはなりたくないものだがという考えが通じたのかどうか。純が引いたのは『西』だった。

 

 残っているのは『南』と『北』である。美穂子の順番は最後。ならばこの地味な女が『南』を引けば全て丸く収まる。まだ名前も覚えていなかった鶴賀の選手に念を送る――それが通じたのかどうか。鶴賀の選手――津山睦月の引いたのは『南』だった。

 

 深々と溜息を漏らす純を他所に、美穂子が最後の『北』を裏返す。優希の椅子の調整が終わるのを待った全員が、卓を挟んで視線を交わす。

 

『よろしくお願いします』

 

 長野県大会女子団体決勝戦。先鋒戦の開始である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あー、まずいなこりゃ……)

 

 からころとサイコロの回る音を聞きながら、純は心中でぼやいた。まだ牌も配られていない内から、優希に流れが極端に偏っているのをびんびんに感じていた。

 

 東場で吹くタイプというのはこの前の練習試合の時から把握していたが、今感じているのはその時の比ではない。あれからの練習で一回りも二回りも成長していたのか。それとも本人が言った通り京太郎に励まされたのが効いているのか……

 

 おそらくその両方だろうな、と当たりを付けた純はげんなりしていた。何しろこれからその絶好調の面白い生き物と二半荘も戦わないといけないのである。どうにかするつもりで控室を出てきた以上何とかしないといけないのだが、相手は自分よりも大分麻雀の上手い美穂子と大分下手くそな鶴賀の選手である。組み合わせは最悪と言っても良かった。

 

 基本、麻雀というのはトップを取りに行くゲームであるが、一位のみが全国に行けるという地方団体戦決勝戦の性質上、この試合における傾向は一際強い。

 

 今は十半荘の一半荘目。今後の九半荘でどの程度楽に打てるかを決める重要な局面である。最初に稼いでそれを守る方が楽だという考えが現在では主流のため、ほとんどの強豪校は先鋒にはエースを当てる。

 

 大将も重要な役割であるが、チーム内の序列で言うと二番目であることが多い。龍門渕は衣の性質上、消去法で彼女が大将になっているが、全国的にはそれも稀有な例である。

 

 逆にそのセオリー通りの布陣をしているのが長野の強豪校の一つである風越である。去年個人で全国に出場し、団体戦でも去年自分を苦しめた美穂子のことを、純は良く覚えていた。ノリに乗った優希も脅威であるが、この女も十二分に警戒に値する。

 

 優希と美穂子。その二人を真っ当な脅威とするなら、はっきりとしたマイナス要素になるのが鶴賀の選手だ。歩を含めた衣以外の五人で検討したが、彼女本人は全く脅威ではない。選手五人の分析をするに大将副将が本命で、残りの三人は適当に配置したのだ、というのが龍門渕の見解である。

 

 こうして対峙してみても、脅威は感じない。真っ当な人間で真っ当な選手であるが、実力という点では大きく自分たちに劣る。それが実に良くなかった。

 

 一人実力が大きく劣る人間がいる場合、そいつから如何に搾り取るかという局面になることが多い。団体戦のため自分を含めた全員が持つ点数は十万点と普段の四倍もあるが、それが二半荘で飛ぶこともあるのだということを、実際に飛ばした純は良く知っている。

 

 そしてその時よりも状況は悪くなっている。純が一人を飛ばした時は自分以外の三人が等しく大したことがなかったが、今回は鶴賀の一人だけが大きく劣っている。鶴賀を狙えるのは一人ではないのだ。

 

 麻雀は終了条件を満たした時に一番点棒を持っている人間が勝つ。鶴賀を毟ることは簡単だが、彼女が箱を割った時、勝利条件を満たしている自信が実の所純には全くない。目に見えたカモであっても凹ませ過ぎると自分の首を絞めることにもなりかねない。

 

 破壊力はあっても技術はない優希はともかく、美穂子は鶴賀の箱下が見えてきたら容赦なく狙いに行くだろう。鶴賀の狙い撃ちはそれで龍門渕の勝ちが決まるくらいまでは控えておくべきと判断する。

 

 まずはとにもかくにも東場の優希を何とかすることだ。調子づいたこのタコスを放置していては、本気で東パツで麻雀が終わりかねない。鳴ける牌は何でもないて早アガリに徹する。自分にしては何ともみみっちい麻雀をしていると思いながらも、それが先鋒である自分の仕事だと割り切り、全幅の信頼を置く自分の感性に集中する。だが、

 

「リーチだじぇ!」

 

 五順目にしてタコスは牌を曲げた。高め一発ツモ、親倍。ひりつくようなプレッシャーが嫌な未来を警告していた。何もしなければ本当にそうなることを半ば確信していた純は当然のようにその宣言牌を鳴いた。

 

「ポン!」

 

 その行為に、あら? と美穂子は首を傾げる。一発を消したいのだというのは見れば解るがこの巡目で()()()()()()()というのは釈然としない。

 

 そうしなければいけない理由があるのだ。ならば美穂子の取れる手段は二つ。純の動きに迎合するかしないか。

 

 清澄、片岡優希についてはこれまでの県予選の牌譜しか情報がなかったが、東場に極端に強いという傾向は美穂子にも読み取れた。それを踏まえた上での美穂子の判断は実際に相対しても()()()()()()()()()()()というものだった。

 

 確実に吹くと言ってもその度合いはまちまちであり、逆に相対的に南場は弱くなる。今の力量なら東場に強いと考えるよりは南場に弱いと考える方がしっくりくる。南場に何とかする前提で、東場は固く打って甘い牌は打たない。

 

 幸い、牌を絞り易い上家に着くことができた。牌譜を見る限り面前派ではあったのだが、鳴きたい時に手を入れやすいというのは好位置である。後は龍門渕を見つつ鶴賀から絞り取るだけと考えていたのだが、純の行動を見て考えが変わった。

 

(このままだとツモられるのね?)

 

 純か鶴賀に鳴かせてツモ順を回さないのがベストであるが、残念なことに既に卓上の牌に手を触れてしまっている。純の雰囲気からもっと早くに彼女の意図を察するべきだった。まだまだ修行不足ねと苦笑を浮かべながらツモ切りをした美穂子を気にもせず、

 

「ツモ!! 6000オールだじぇ!!!」

 

 優希はあっさりとツモアガった。聊か高い授業料となったが優希の脅威は理解できた。この火力で集中砲火などされた日には冗談抜きで東パツで決勝戦が終わりかねない。ひっそりと美穂子は純と即席の同盟を組むことを決意する。

 

 長い風越の歴史の中でも文句なしに随一とされる読みの鋭さは普段、ほとんど放銃をしないという防御力の高さに活かされ、また踏み込みが鋭いという攻撃力の高さにも通じている。読みが鋭いということは攻防一体なのだ。

 

 片目を閉じたまま、美穂子は集中を一段階あげた。

 

 全ての選手が勝ちに向かうという前提であれば、あらゆる競技やゲームに置いて勝つことよりも負けることの方が容易である。

 

 そして麻雀というのは四人で卓を囲み、最終的な点数の多寡によって勝敗を決めるゲームだ。野球やサッカーなどのスポーツと違って持ち点をやり取りする都合上、自分の点数を特定の相手に付け替えるということがルール上は可能である。

 

 通しまで使ってしまえば罰則もあるが、抜きんでて強い人間を相手にするために即席の共闘体制が作られることはインターハイでもよくあることだ。近年の全国大会では宮永照の連荘を終わらせるために他の三人が死に物狂いになるという光景が散見されており、強敵に皆で立ち向かうというストーリー仕立てはむしろ、観客には受けているくらいである。

 

「リーチだじぇ!」

 

 東一局一本場。七巡目で優希のリーチが入る。勢いはまだ衰えていないように見えるが、先に比べると巡目が遅い。これを誤差と見るか流れの陰りと見るか。純と美穂子は断然後者の考えだった。自分の考えと対抗策が通じ勢いに陰りが見えているのだ。後で考えれば意見も変わるだろうが、危機に直面している時に事態をポジティブに捉えることができるのはある種の才能である。

 

 

 南家の鶴賀は現物で打ちまわす。美穂子の目から見て初心者の域を出ていない選手だが、良く集中できている。集中力が続いている限り、ベタ降りするだけならば何とかなるだろう。

 

 西家の龍門渕はきわどい所を攻めてくる。テンパイ――いや、イーシャンテンか。一瞬、純が視線をこちらに向けた。頼んだぞ。そんな心の声が聞こえた気がした。

 

(京くんのお友達に頼まれたのなら…………かっこいい所見せないといけないわ)

 

 薄い笑みを浮かべて、美穂子は卓全体を見るように視線を落とす。時間にして二秒。美穂子を良く知る人間にとっては十分な長考の末に、美穂子が切り出したのは出来面子を崩しての二筒。これもリーチ者の優希には聊か危ない牌だったが、美穂子にとってはどこ吹く風だった。

 

 案の定、優希は通し。一発でツモる。その未来を疑わずに手を伸ばした彼女を遮るように、純の声が響いた。

 

「ポン!」

 

 再び純の視線が美穂子を向く。みなまで言わないでと小さく笑って、美穂子は四萬を切り出す。

 

「ロン。タンヤオドラ1。2000の一本場、2300」

 

 アガりを拾った純は深々と溜息を吐いた。たった一局に凄まじく精神力を使ってしまった。

まだ一局しか終わってないのだと思うと気分が滅入るが、東場が怖い優希の出鼻を挫くことにはとりあえず成功した。気持ちが牌に乗りやすい優希が、目に見えて打ちひしがれている。この躓きはしばらく打ち回しに響くだろう。

 

 それが東場の間中続けば言うことはない。

 

 これで少しは脅威も削げた。一人の選手の受け持ちは半荘二回。次に東場が来るまで共闘は一時延期である。差し当たって東場を注意すればよい優希と異なり、美穂子は全てにおいて危険である。トータルの脅威度は優希を凌ぐと言っても良い。

 

 それと共闘できるのだから麻雀というのも中々面白い競技だと心中でボヤきながら淡々と巡目を進める。

 

 だが優希の勢いを削いだことが影響したのか。この局は特に盛り上がりも見せないまま終局を迎えた。

 

 気落ちした様子の選手たちを眺めながら、美穂子は心中で呟く。

 

(鶴賀ノーテン)

(清澄テンパイ。一一二三四③④⑤23789)

(龍門渕テンパイ。二二六七八⑥⑧345678)

 

「ノーテン」

「テンパイ」

「テンパイ」

 

 開けられた手はまさしく美穂子の予想の通りだった。あの展開でテンパイできた優希の運は流石と言えるが、テンパイそのものが遅かったこと、ドラもない平和のみということでリーチをかけられなかったのだ。

 

 その点純の手配は打点の高さは悪くないが、こちらは正真正銘の今テンである。

 

 自分の読みが冴えに冴えていることを確認できた美穂子は、一度強く両目を閉じゆっくりと開いて行く。

 

 思えば誰かに見てほしいと強く思って麻雀を打つのは久しぶりだ。そんな気持ちが調子にも影響しているのか、今日は朝から物凄く調子が良い。万全の状態で闘牌できることなど一生に何度もないと言うが、今がまさにその時なのだと強く実感できる。

 

(違うチームだけど、私が活躍したら京くんは褒めてくれるかしら……)

 

 悪戯っぽく微笑む美穂子を見て、純は危機は去ったのではなく強力になってまだ留まり続けているのだと理解した。二半荘全てこの調子である。楽はできそうにない……

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。