セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

84 / 96
現代編14 長野県大会 団体編⑥

 

 

 

 

 

 竹井久の心はかつてない程に凪いでいた。外面はともかく内面における感情の起伏が激しいと自認している彼女にとって、ここ数年でもっとも落ち着いていると言っても過言ではない。

 

 それは久自身が精神的に成長したとか部長としての自覚に今更目覚めたとかそういうことではなかった。全ては京太郎のおかげである。中堅戦に挑む前、気合を入れるために優希にしたようにやってくれと打診したら生意気にも断りやがったので、無理やり抱き着いてみたのだ。

 

 軽いハグなどではなく身体を押し付けるようなくらいの力強さに咲や和が『セクハラですよっ!!』と大騒ぎだ。それをのらりくらりと躱しながら横目に見た京太郎は、久と視線を合わせるのを避けるように身体ごと明後日の方向に向き直った。

 

 これで嫌そうな顔でもされたら後輩たちの好感度を下げただけの誰得な話だったが、そうではないようなので安心した。紳士ぶるのが得意な京太郎ではあるが性欲がない訳ではないのだ。自分も十分にその対象と再認識できただけやった意味はあっただろう。

 

 脈があると解ればあらゆることに気持ちが入るというものだ。彼には行儀の良いお嬢様のような女よりも手間のかかって面倒くさくて性格のねじ曲がった年上が合うに決まっている。本当に本当に年上で良かった。手間がかかって面倒くさくて性格のねじ曲がった久は深い笑みを浮かべると、卓上に気持ちを切り替えた。

 

 一半荘目、南二局。東場を回して対戦相手のおおよその力量は掴めた。

 

 国広一。京太郎からの情報がなければ気づくこともなかっただろうがなるほど、言われて見てみると独特なテンポで打ちまわしているのが見て取れる。よほど集中していないと気づかない内にリズムを乱されているということもあるかもしれない。京太郎のように目が良いとこの少女と打つのは苦労するだろう。

 

 京太郎は一緒に打っていて楽しい相手だが、この少女はその逆かもしれない。相手に楽をさせない麻雀ということであればこれ以上の打ち手は中々いないと久でも思うが……一緒に卓を囲みたいかと言われれば少し考えてしまう。

 

 良い娘ではあるんだけどね、と当たり障りのない感想で思考を結び、次の相手に移る。

 

 蒲原智美。意外なことに鶴賀の部長だ。京太郎のかわいい巨乳の従姉である妹尾佳織の幼馴染で京太郎とも知己であるらしい。本人は中学高校と競技麻雀に打ち込んだ様子はなく、そもそも鶴賀の麻雀部からして、京太郎のガールフレンドが入部して漸く団体戦規定の五人が揃ったくらいと、清澄との共通項に少しだけほっこりする。

 

 さて肝心の腕前であるが、はっきり言って大したことはない。基礎を通り一遍学んだ程度と言えば良いのだろうか。麻雀好きが高じて部活を立ち上げましたという経歴にしっくりくる、そんなレベルの腕前だ。

 

 加えて特別運が太いという訳でも技術や才能が光るという訳でもオカルトがある訳でもない。狙い撃ちにするとしたら狙いごろな相手であるが、それは残りの一人の力量に依る。

 

 文堂星夏。三年連続で生まれた名門風越の一年生レギュラー。去年の池田、一昨年の美穂子は中学麻雀でも鳴らした特待生であるが、この星夏は一般入部での昇格組である。特待生以外のレギュラーというのも珍しい話ではないが、一年生でのそれは珍しい。

 

 何しろ同級生の特待生、二年、三年の部員全員を追い抜いてのレギュラー獲得である。技術以前にその勢いは目を見張るものがある。これで技術が伴わなければ勢いだけと見ることもできるが、全国行きこそ逃したものの去年の県大会では良い所まで行っている。去年、一昨年のデータを鑑みれば特待生でもおかしくない成績だ。特待生でないのは単純にめぐり合わせが悪かっただけだろう。

 

 レギュラーを取るに足る実力と経歴がある。一年生とは言え警戒に値する実力があるというのが久の見立てだ。

 

 龍門渕、鶴賀、風越。三校の対戦相手を直接観察した上で、誰を的にかけるのか。

 

(風越一択ね)

 

 警戒心の薄い真っ当な選手というのは久からすれば狙い所である。加えて単純な彼我の点差を考えると、先鋒戦で美穂子が稼いだ分のリードをそろそろ帳消しにしておきたいのだ。

 

 ターゲットが決まると何か、自分と相手の間に繋がったのを感じる。

 

 まこと二人でいた去年にはなかった感覚。京太郎と一緒に打つようになったことが原因だろう。中学時代、京太郎と打っていた咲は特に自覚していないというから全員がそうだという訳ではないのだろうが。ここ最近の久は自分が対象に含まれている時のみ、面子に京太郎がいなくても運の流れを感じ取れることがある。

 

 対象を取ったことが形になったとでも言えば良いのだろうか。自分のやってきた打ち方に明確な枠組みが感じ取れるようになってきたことは、実は久の麻雀人生においては大きな転換点であった。

 

 一が注視してくる。何かしている、これからすることを感じ取ったのか。龍門渕が対象、あるいは清澄だけが浮上するのであれば対処の一つもしようが、久の視線の動きから狙いが風越であることが解ると見に回る判断をした。

 

 麻雀は四人でやる競技である。次鋒戦が終わり、点棒は依然風越がリードしている。トップの風越が鬱陶しいのは他の三校にとっては同じことだ。他にも被害が出るのであればともかく、風越だけが落ちるのであればそれを止める理由はない。

 

 久が警戒していたのは、それも考え方の一つと開き直られることだ。風越の点数が削られるということは、吐き出された点数が清澄に移動するということでもある。風越が凹むよりも自分以外が浮上することを良しとしない場合、積極的に妨害することも考えられた。

 

 一の判断は久にも伝わる。こういう共同歩調は嫌だという選手も少なからずいるので、協力とはいかないまでも、消極的な賛成をしてくれるのはありがたい。

 

「リーチ」

 

 カモは決まった。横やりもない。それならば、後は竹井久の独壇場だ。未来のある一年を的にかけるのは、三年として聊か心苦しくはあるのだが――これも勝負だと諦めてほしい。

 

 星夏の手がぴたりと止まった。逡巡しているのが手に見て取れる。素直に伸びた勝負手。打点も高いが後手を踏んだ。勝負に行くか迷っているのだろう。先鋒の美穂子が稼いだ点数を考えれば中堅の仕事は点数を維持して次に繋ぐこと。戦略として攻めずに守りに入るというのも間違いではない。

 

 短期的な目で見れば守るという判断をしても誰も彼女を責めないはずだ。特に今は団体戦。彼女だけの戦いではなく、また去年負けた龍門渕に勝ち、全国に行けるかどうかがかかっている試合なのだ。

 

 冒険はしない。守りに行く。それが正しい判断なのだ――だとしても、

 

(この手、この状況で下りるような打ち方はしていない! でしょ?)

 

 頼りになるキャプテン。尊敬できる先輩。共に切磋琢磨できるチームメイトに優秀なコーチに名門の看板。面識さえない目の前の少女に悪い所は何もないが、二年前の自分になかったものを全て持っている星夏に、久は言いようのない苛立ちを覚えていた。

 

 地獄単騎の一萬が切り出される。ロンと発声すると、星夏は信じられないという目を久に向けてきた。対局相手は大体そういう顔をするのだ。その顔が、やってやったという感情が、久を最高に高ぶらせる。

 

 麻雀って楽しい。手間がかかって面倒くさくて性格が捻じれているという自覚はある。こんな麻雀で良いのかと思ったこともあるにはあるのだが、きっと京太郎は褒めてくれるだろうと思うとそういう感情も霧散する。

 

 世の中に悪態を吐いていた頃とは違う。部室でたった一人燻っていた時とも違う。今の竹井久はチームとして戦っている。役目は点を稼いで守り、それを次に回すこと。勝ち方に注文を付けるのは後でも良く、後に注文さえつかないのならば何も気にすることはない。

 

 ただ思うままに麻雀を打ち、点棒を稼ぐ。何て軽やかな気持ちだろう。今が全国の切符を賭けた決勝戦であるということさえ、久は忘れていた。あの半荘が人生で最高の状態で麻雀を打てていたと後に述懐する。中堅戦、前半荘。それは竹井久の独壇場だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思っていた以上にヤバい奴。一の竹井久に対する感想である。清澄で中学時代の牌譜がそこそこの数あるのが竹井久と原村和の二人。どちらも個人戦での全国出場のため団体戦のデータに至っては和が二戦ほどで久に至っては皆無だった。

 

 

 そんな少ないデータに加えて先の練習試合の牌譜も含めた上で皆で集まって十分に検討したつもりだったのだが……実際に久と相対して見ると打ち回しと、何よりその嗅覚は並外れたものだった。

 

 狙うべき弱者と狙うべきタイミングを見定め、それに合わせて行動するのが非常に上手い。有名所では去年全国を制した白糸台の『SSS』が打ち回しとしては近いのだろうが、狙い撃つと表現される弘世菫の打ち回しと比べると、罠を仕掛けて迎え討つと表現する方が近いかもしれない。

 

 どちらも狙われる恐怖があるが射手の姿が見えている分、相手としてはまだ弘世菫の方が安心できるように思う。警戒度を上げなければならないのもさることながら、それを持続していないといけないのもこの手のタイプの難しい所だ。

 

 とは言え。視線を可視化できるほどに感じられる一にとっては、それほど難しい相手でもない。気を張ってさえいれば相手をするのはそれほど難しくはないだろう。厄介な相手には違いないがそれでも、衣や宮永妹ほど高い壁を感じる訳でもない。

 

 ともきーが相手でなくて良かった。鶴賀の部長を『弱い所に来る』と煽っている久を横目に見ながら控室に戻ろうとする一の背に、久の声がかかる。

 

「おつかれ、国広さん」

「おつかれ。調子よかったみたいだね。風越にはご愁傷さまだけど」

「日が悪かったんじゃない? 後半も行けたら行くつもりだけど、流石に対策打たれそうなのよね」

「風越のキャプテンと知り合いなんだっけ? 三年前のインターミドルで一緒に県代表だったって聞いたけど。宮永姉と一緒に」

「色々事情があってインターミドルには参加しなかったし、会話した記憶がないのよ。京太郎の話じゃ向こうは覚えてるみたいだから、私だけ損してる感じね」

 

 苦笑を浮かべる久にちょっとだけイラッとくる。京太郎を抱えてるんだからそれだけで大幅なプラスのはずなのに。宮永妹がいなければ今ごろ龍門渕の部室で京太郎と和気藹々やれていたのだと思うと、今更ながらにムカムカと来る。

 

 だがそれを顔に出したりはしない。ポーカーフェイスはマジシャンの基本であり、麻雀を打つ時の基本でもある。与える情報は少なければ少ない程良い。

 

 そう。と無味乾燥な相槌を打って去ろうとする一の背中に、久の軽い声が届く。

 

「ああ。調子の良い原因だけど京太郎かもね。控室を出る時にハグしてもらったのよ。国広さんもどう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ムカつくムカつくムカつくっっ!!! 何あの清澄の部長っ!!!」

 

 一の前半の健闘を称えるために立ち上がった龍門渕の面々は、控室のドアを閉めるや否や猛然とキレ散らかす一の姿に呆然とした。特に衣は一に飛びつこうとダッシュ――しようとした姿勢のまま硬直している。

 

 天真爛漫を絵に描いたような衣でも、流石に今の一に抱き着くのは躊躇われたのだ。

 

 それほど、一と怒りというのはイメージに合わない。そういうのは龍門渕では透華の領分である。一はいつもにこにこして、相手の感情をのらりくらりと躱し、自分の感情とも上手く付き合っていくデキる女というのが衣のイメージだったのだが、一は今衣の前で地団駄を踏んで悔しがっている。

 

 一とは透華が彼女をメイドとして雇用し始めてからの付き合いだ。本家令嬢の透華、元々衣の母に仕えていたハギヨシ、実は四代続けて龍門渕従者の家系出身である歩たち三人以外の中では一番付き合いが長いはずだが、ここまで感情を露わにする一の姿は初めて見た。

 

「それで、何にムカついてますの?」

 

 小柄な分体力もない。一通り言いたいことを言いつくし、荒い息を吐く一に透華が声をかけると、一は透華に飛びついた。

 

「聞いてよ透華。清澄の部長が酷いんだよ! 試合の前に京太郎にハグしてもらったって僕に自慢してきたんだ!」

「また豪快な嘘に騙されたもんだな国広くん。清澄部長の思うツボだぞ」

「何で嘘だって解るのさ!?」

「京太郎が自分からあの部長にハグするなんてある訳ねーだろ」

 

 純は自信たっぷりに言い切った。

 

 京太郎との付き合いは精々二年という所だが人となりの解りやすい部分は把握している。彼は女友達からの幼少の頃からの調教により、女性からの頼みは基本的に断らず、断ろうとしても凄まじい抵抗を覚える体質になっているようだが、同時に防衛本能も研ぎ澄まされたらしく相手への踏み込みに関しても何やら厳格な基準が存在した。

 

 その一つが自発的な肉体的接触を可能な限り行わないというものである。須賀京太郎というのは距離感が抜群であり、いてほしい距離にいるのが得意な男だ。手を握る、肩に手を置くくらいのことはたまにするが、それでも精神的な気安さに比べるとその回数は驚くほどに少ない。

 

 まして抱き着くなどは論外で、これは女性の方から頼んでも断られる傾向にあり、女性の方から抱き着いても、どうにかして逃げようとする。

 

 純など、殊更女性を意識させるようなタイプでなく、何度も京太郎に抱き着いたりしているが、普段の素直さから比べると非常に激しい抵抗にあったのを覚えている。女性と判断する相手には基本、この対応なのだろうというのが純の解釈で、その女性の範囲には久も含まれているというのが見解だ。

 

 京太郎が自発的にハグを行ったというのは考えにくく、精々が久の方から不意打ち気味に抱き着いたという所だろう。場合によってはそれさえ避けられている可能性がある。その辺は京太郎に聞かねば解らないことだが、これも調教の成果か、女性が関わることについては頼もしいことに口が固い。

 

 聞いても教えてはくれないだろうが、とにかく、自発的なハグは久の嘘であるというのが純の考えだ。これらの見解は龍門渕では共有しているものであり、以前にこの手の話をした時には当然一もいたのだが、あまりの怒りにその記憶がすっぽ抜けてしまったようだ。

 

 純の言葉を受けて落ち着きを取り戻した一は、そこで漸くそのことに思い当たる。

 

「…………清澄の部長もやるね」

「それだけ国広君を警戒してるってことだろ。見た目ほど気持ちよく打ってる訳じゃないと思うぞ」

「それが分かっただけでも収穫かな」

 

 身体の中の熱を吐き出すように、一は深く息を吐いた。気持ちの切り替えの早さは勝負をする上で重要なこと。熱くなりやすいことは悪いこともあるが、昂った感情が必要な時もある。要は感情をある程度コントロールできれば良いのだ。龍門渕の中ではとりわけ熱くなりやすい透華のメイドである一は、自分くらいは冷静でいられるようにしようとそういった訓練も欠かしていなかった。

 

「さて。何かアドバイスとかある? 必勝法とか編み出してくれてると助かるんだけど」

「悪待ちにいくらなんでも兆候がねえってことはねえと思うんだが、一緒に打ってみてどうだ?」

「雰囲気はどうにか感じ取れるかな。少なくともダマに振り込むってことはないと思うよ」

「テンパイが毎回悪待ちって訳じゃないから。必要以上に警戒する必要はないと思う」

「ここぞと言う時にやってくるかも、くらいで良いかな?」

「それをエサにしてくる可能性もありますから、警戒半分ってところですかしら。喰えない相手ですわね本当に……」

 

 練習試合の時が全てであれば良かったが、今日の久は明らかに以前よりも研ぎ澄まされている。全力で向かってくる相手ならば叩き潰せば良いが、点棒で劣る相手を叩き潰す勝負になってしまうと、狙い撃ちをしやすい久は強敵だ。

 

 点棒を考えると残りの半荘で久が風越を飛ばすようなことがあれば、残りの二人を待たずして勝負が決まってしまう。

 

 一年で経験が薄いとは言え名門風越のレギュラーだ。あちらのキャプテンは久と戦ったことがあるというから、軽い対策くらいは指示してくれているだろう。後半戦は前半ほど容易くはないと思いたい所だが、それ込みで久が打ちまわせるとしたら、

 

「軽めに打って流すのが良いかもね。いや、僕も素直な麻雀打ってるつもりはないけど、清澄の部長もとびっきりだね」

「頼んだぞ国広君」

「任せておいてよ。ハンバーガーでももりもり食べて、気楽に待ってて」

「話は終わったな? それでは衣たちからも一に力を分けてやろう」

「それはありがたいけど、どうやって?」

「清澄の部長はきょーたろから力を分けてもらったようだからな。衣たちも同じように一にしてやるのだ」

 

 ほらほら、と衣の号令で歩を含めた部員たちが集められる。意図を察したハギヨシがスマホを構えて移動するのを見ると、一は一目散にドアに向かって駆けだす――が、純に回り込まれてしまった。

 

 はなせーと大暴れする一を真ん中に据えると、身長の関係で後ろに純と智紀が。両脇からは歩と透華が抱き着き、正面に衣が収まる。全方向を包囲された上にカメラを向けられた一は流石に緊張するが、考えてみれば写真を撮るだけだ。どうということはないとにこやかに微笑むと、

 

「今の流行りはダブルピースらしい」

 

 と智紀に唆され、反射的に両手でピースサインをする。おかしくない? と気づいた時には既にシャッターは切られていた。ひょっとしてとても恥ずかしいポーズをさせられてしまったのでは。動きを止めて考えてしまったのが行けなかった。早速ハギヨシからスマホを受け取った智紀がスマホを操作しているのを見た時には全てが手遅れだった。

 

「ともきー、ちょっと――」

「送信」

「…………予想が当たってほしくないって一縷の望みをかけて聞くんだけど、誰に送ったの?」

「京太郎。タイトルは『かわいい僕の照れ顔ダブルピース』」

「ともきーのバカっ!!」

 

 脱兎のごとく駆けだす一を龍門渕の面々は微笑ましく見送った。緊張も良い感じに解れたようであるから、後半戦は久が相手でも良い勝負をしてくれるだろう。地力にはそこまで差がないのだ。相手の傾向が解り、精神状態も問題ないのであれば勝てない道理はない。

 

 スマホが震える。京太郎からの返信だろうと見てみると、

 

『楽しそうですね。次は俺も混ぜてください』

 

 身持ちの堅い京太郎もこういう皆でやる接触には付き合ってくれるのだ。抱き着こうとしても身構えられる智紀としては、そういう機会は活かしておきたい。

 

『えっちなご主人様だにゃー』

 

 いつかの猫耳メイドを持ち出して返信する。既読がついて数秒待っても返信がない。思い出して恥ずかしさで身もだえているのが想像できる。そういう対象として見られているのだと思うと気分も良いが、今は目の前の決勝戦だ。

 

 分析担当は自分の仕事。仲間が打つ時にはそちらを見るが、空いた時間は全て対戦相手のリサーチに使う。勝てば全国。清澄が負けるということは、京太郎を身内として連れ出せるということでもある。

 

 万全を期すのであれば個人の三枠も清澄以外で独占する必要がある。1枠は福路美穂子で埋まるだろうから後二つ。これを龍門渕で取れれば京太郎独占計画も安泰だ。全国に散らばっているだろう敵たちに、京太郎が誰のものかというのは知らしめなければならない。

 

 仮に団体個人で全滅したとしても観戦には行くだろうからあまり違いはないのかもしれないが、全国で出会う敵たちは全国出場を決めてきているだろう。胸を張って堂々と相対するためには、全国出場は望ましい。

 

 明るい未来のためにも手は抜けない。煩悩を振り払うように頭を振ると、智紀は画面に没頭した。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。