セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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現代編20 長野県大会 個人戦編④

 

 

 

 

 

 

 

 原村和というのはこの一年で最も麻雀界隈で有名になった名前である。毎年一人は生まれるはずの全中王者であるが、その知名度は現在最強の女子高生として活躍する宮永照にも匹敵している。照は二年連続の王者であり小学生の時から世代最強として知名度は抜きんでていたが、原村和はそうではない。

 

 麻雀に限らず、ほとんどの競技においてその実力はそれにかけた努力の時間と、努力の質の二乗に比例する。小学生よりも中学生が、中学生よりも高校生が強く、また途中から始めた人間がその世代で活躍することが少ないのはこのためであるが、原村和がここ最近では数少ない途中参加組であることが彼女の知名度拡大にも拍車をかけた。

 

 これに困ったのは高校の関係者である。大抵の強豪校はスカウトに力を入れており、関係者の面通しは最低でも夏の大会の前には済んでいるものだ。学校の方の都合もあるが、強豪校への進学は概ね遠方への引っ越しを伴うため、進路の決定のためにも時間を多く取りたいという保護者側の言い分もある。

 

 夏の大会の結果がスカウトの条件に加わっていることもあるのだがそれはともかく。原村和の活躍は完全にそのスカウトシーズンの後であったので、どこの強豪校も完全にノーマークだったのだ。宮永照がその時期に受け取っていた名刺の数が百に届こうかというくらいであるからその差は解るというものだろう。

 

 だからと言って諦めるという選択肢はスカウトたちにはない。原村和がインターミドルを制しそうだと解った時から準備を進めていた彼らは優勝が決まると一斉にアプローチをかけた。どの名門校も最高の待遇を約束したそうであるが、原村和の返事はどこ相手でもそっけなかったそうで、最終的に彼女は地元の公立高校に入学した。

 

 それが京太郎が進学する予定の清澄高校であると解った時には忌々し――奇妙な縁を感じたものであるが、原村和の選手としての研究は彼女の入学の可能性があると解った時点で貴子と共に入念に行った。

 

 中学生として見るならば評価は最上。話題性を考えても一年生レギュラーは固い。デジタル打ちの精度は聊か低いがリーグ戦で揉まれていけばある程度は改善されるだろう。デジタル打ち故破壊力のなさも目につくが失点も少ない。稼いだ点数を守る2から4番手ならば一年でも良い仕事をしてくれるのではないか。

 

 去年、キャプテンを引き継いだ後での分析がそれである。一年経って実際に対局をしてみて今の風越の環境に当てはめるのであればなる程、自分たちの読みはそれほど間違っていなかったと確信が持てる。

 

 デジタル打ちの精度は上がっている。破壊力はなくともアガリ率は高く失点も少ない。それでも総合得点で龍門渕や清澄の選手を抑えて二位につけているのだから、試合運びも悪くないし牌運も勝負強さもある。京太郎の指導の賜物だろう。短所は消え、長所が良く伸びている。

 

 それら全てを踏まえてなお、実際に原村和に相対した美穂子は強く思った。

 

 

 物足りない。

 

 

 麻雀を打つ上で何に重きを置くのかは選手それぞれだ。美穂子の場合は感性に基づく『読み』であり、和の場合はデジタル――牌効率に基づく『確率』である。初心者がよくやる手牌だけのものではなく、その視野は卓上全体にまで広がっている。場の全体の状況を見て確率の高い低いでどう打つかを判断している訳だが、その視野はどういう訳か卓上で綺麗に止まっている。

 

 視野を固定していると言っても良いかもしれない。俯瞰して場を見ているようだが、そこにデータとしての対戦相手は含まれていないのだろう。あくまで卓上にあるものが全て。視野を狭めることで読みの精度を上げる狙いもあるのだろうけれども、さて、対戦相手もいる競技で対戦相手に目を向けないというのはいかがなものだろうかと美穂子は思う。

 

 だが京太郎が噛んでいる以上、今の和の状態には理由があるに違いない。美穂子や貴子の考えるこうした方が良いというのは先々のことまでを考えた話である。高校生活は後二年あるのだから中長期的な育成を考えるのであれば、視野を広げる練習はできるだけ早く始めた方が良い。

 

 和が風越に来たのであればそう育成したのだろうが、清澄の京太郎はそうしなかった。視野が広がりきり、それに慣れるまでは如何にインターミドルチャンプであろうと時間がかかる。おそらくは早めに、もっと具体的に言うならばこの大会で結果を出さなければならない事情が和個人か清澄の麻雀部にあるのだろう。

 

 だがどれだけ才能があったとしても、磨かないのでは意味がない。強豪校で死ぬほど揉まれた和であれば美穂子ももう少し危機感を抱いたのだろうが、中学生時代からの延長線上、それも予想の範囲を出ないレベルの強さであれば、相手にするのに問題はない。いくら京太郎でも質を伴った頭数を用意することはできないのだなと、心中で苦笑する。

 

「テンパイ」

「テンパイ」

 

 五八索待ちの高め三色の和の待ちに対し、美穂子はその辺り牌をがっちり止めてテンパイしている。これだけ当たり牌を掴まされるのだ。和も相当に勝負強いのだろうが、残念ながら和のうち回しは美穂子や京太郎のようなタイプとは極めて相性が悪い。

 

 加えて今日の美穂子は自分でも出来過ぎと思うくらいに絶好調だ。個人戦を前に思う所があり少ない牌譜を読み込んだ。原村和の手牌はもはや、配られた瞬間にガラス張りである。

 

 対する和がうち回しに苦心しているのが美穂子にも見て取れる。デジタル打ちの理想は感情が入り込む余地もなく機械のように正確に打つことであるが、苦心が対戦相手に見えるようではまだまだだなとも思う。気持ちの強さは美穂子も敬意を持つ所ではあるけれども、それでうち回しの精度が落ちているのでは意味がない。

 

 何とかしようと理に沿わないことを行いそれで良くない結果を呼び込む。いつも通り理に沿ったうち回しをすることが遠回りでも最善の結果に繋がることを心の底から理解できるようになるのは、自分はどれだけ弱いんだと悔しさで涙した後のことなのだが……先達として、後輩にとってそういう相手であれればと思わないでもない。

 

 それで牌を置くのであればそれもまた人生であるが、再び立ち上がれるのなら、より強いうち手になって帰ってきてくれることだろう。そういう相手と戦ってみたいと思うし何より、京太郎と共に研鑽を続けるのであれば、それくらい乗り越えてもらわないと嫌だ。

 

 オーラス。一本場で続行。現時点での和との点差が二万三千点。和はハネ満の直撃か三倍満のツモか出アガり。対して美穂子は二位の和に大きく差を付けてのトップであるので、軽いアガりで良い。

 

 去年に引き続き今年も団体は負けてしまった。名門風越の名をこれ以上落とさないためにも、ここは軽く一捻りと行きたい所であるが、和の気合がそうさせているのか手が思うようにまとまらない。一年生とは言え相手は強者だ。出来過ぎな運もようやく下り坂に入ったと見るならば、そろそろ店じまいにするべきだろう。

 

「ポン」

 

 和の第一牌を鳴き、ツモをズラす。その上で美穂子は手牌の中から白を切った。

 

「ポン!」

 

 対面がそれに食いつき、和の手番が飛ばされた。和の現在の手牌は、

 

 五赤五五六七357②③⑥⑦中 ドラ3

 

 ――こうだ。先ほどのツモが中なので手は進んでいない。この状況この巡目にしてはかなりの手が入っている。まさか直撃はあるまいが、一発で裏が三枚乗れば三倍満の可能性は残り、和はこういう時にそれを引くタイプであるという予感がする。

 

(店じまいで正解ね)

 

 ひっそりと自画自賛しながら、バラバラの手牌からドラの三索を切る。和の視線が僅かに細められるのが見えた。が、

 

「ポン!」

 

 対面がまたしてもポンだ。役牌ドラ3。たかが満貫だが、和に直撃すれば二着からラスまで落ちる。勝ちたいという思いは、美穂子にだって感じ取れる。理屈ではなく感情の機微の問題なのだ。勝ちたい相手とトップラスになるという結果が脳裏をよぎってしまえば、平静でいるのは難しいだろう。

 

 その気持ちは美穂子にも解るが、自分であれば迷わず前に出る。目標はこの卓でトップになること。値段が高いと解る手で既に二回も鳴いている選手がいるのだからもたもたしている暇などあるはずない。どのみちここで他人にアガられたら試合終了なのだ。これで当たるという確信を持てる牌を引いたのであればともかく、和が勝つには被弾を覚悟で前に出るしかない。

 

 鳴かれたドラに視線を落としたのは一瞬のこと。その一瞬で迷いは振り切れたように見える。全国を制しただけのことはある。気持ちの切り替えも上手い。勝つのだという強い意思も、それを支えるだけの技術もある。一年生にしてはという前提の上のものだが、卓上、そして勝ちたい相手だけを見ているようでは、まだまだ視野が狭い。

 

 小さく、美穂子は和に笑みを向けた。忌々しそうに受け止めた和だが、直後、美穂子の意図を察すると表情が険しくなる。美穂子のツモ番だ。時間と相手は待ってなどくれない。さて、と小さく息を吐き美穂子は既にテンパっている対面の当たり牌を切り出した。

 

 当たり牌を見逃す理由はない。それでも対面は一瞬美穂子に視線を送った。非難の色も何もない。ただ良いのかと確認をするような旧友の視線に、美穂子はどうぞと笑みを返した。

 

「ロン」

 

 ならばアガろう。美穂子の差し込みを受けて対面が手を倒した。美穂子の予想の通り白ドラ3。一本場で8000点の打ち込みであるが、リードを崩すには至らない。対してラスだった対面は美穂子の打ち込みで三位に浮上。順位が入れ替わった。

 

 アガラスであれば外野から文句もつこうが、トータルトップと二位が入れ替わることもなく、かつ本人の順位が入れかわるのであればどうとでも言い逃れはできる。ギャラリーが見たいのは注目選手の無双だろうけれども、それに付き合ってやる理由は選手にはない。誰だって、負けるよりは勝つ方が良いのだから。

 

「ありがとうございました」

 

 点棒のやり取りを確認してから、美穂子は立ち上がって頭を下げる。和の反応はない。椅子に座ったまま卓をじっと眺め微動だにしていなかった。それは美穂子が今に至るまで散々見てきた光景である。勝者があれば敗者がある。競技だから当然だ。打ちひしがれている様に心が痛まないでもないが、そこで勝者から声をかけられることがより残酷なことになることも美穂子は知っている。

 

 和とは仲良しではないが知らない仲ではない。言ってあげたいことも色々あるが、それにはある程度時間を置く必要がある。

 

 後ろ髪を引かれる思いで卓を離れた美穂子だったが、対局室を出る頃にはそれも忘れていた。全勝でのトップ通過は県の高校麻雀史上初のこと。自分の実績をひけらかすようなことを福路美穂子はしない。今回の結果はあくまで全国大会への通過点であり、全勝で通過しようがギリギリで通過しようが、後の結果に関係するものでもない。

 

 むしろ、運のピークを予選に持ってきてしまったようで、選手として本戦での先行きに不安を覚えないでもない美穂子だったが、まぁそれでもたまには自分を誇り、自慢というのをしてみても良いのだろう。

 

 私もすごいでしょう? そう胸を張ったら、彼は褒めてくれるだろうか。きっと自分のことのように喜んでくれる。嬉しそうに笑う京太郎の姿を思う美穂子の足取りは軽かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪く思わないでやってね」

 

 俯き項垂れている自分に、対局者の一人が短く声をかけていく。最後にあがったその上家の選手の顔は見えない。握った拳に更に力がこもる。

 

 自分はやれると思っていた。京太郎と共に研鑽を積んで、インターミドルを勝った時よりもずっと強くなったと思っていた。誰が相手でも勝ってやるんだと、個人戦もトップ通過するつもりでいた。部活仲間の咲たちも含め、牌譜は穴が空く程に読み込んだ。

 

 できるだけのことはしたはずだ。油断はしていない、全力を尽くした。

 

 それでも、だがそれでも、あの女は自分を歯牙にもかけなかった。全力を尽くしてなお負けた。その事実が今更身体にのしかかってくる。全国には行ける。二位でも予選通過は予選通過だ。一年でその切符を手にしたのだから、一位でなかったとしても周りはそれを褒めてくれるだろう。京太郎だって喜んでくれるに違いない。

 

 だが、原村和は勝ちたかったのだ。誰にも負けないと強い気持ちで戦ってそして負けたのだ。拳に更に力がこもり、涙があふれてくる。声をあげなかったことが、和の最後の抵抗である。

 

 原村和はこの日、生まれて初めて悔しくて涙を流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(簡単に勝てる相手と思ってはいませんでしたが……)

 

 対戦相手の予想を超える手ごわさに、数絵は内心で舌を巻いていた。

 

 スロースターターである数絵にとって、東南戦で最大限注意しなければならないことは、東場の間、自分が浮上する前に勝負が決してしまうことである。自分がいくら気を張って打ったとしても、自分以外のヘボが打ち込んで飛んでしまっては元も子もない。

 

 勝負を続行させるためには最悪差し込みも辞さないというスタイルは、幼い頃から祖父の背中を見てきた数絵にとって選択肢の一つであるが、数絵本来のやり方は勝負時までじっと耐え忍び一気に爆発するというものである。

 

 できればその形で南場まで持っていきたい数絵は、比較的引き気味に打ちまわしていたのであるが、対する咲はそれに乗っかる形でうち回した。

 

 対局している数絵にも、怖い程に集中しているのが良く解る。場の雰囲気は明らかに咲一人に支配されていた。残りの対局者は確か三年だったはずだが、小柄な一年生の雰囲気に既にお通夜ムードだ。

 

 気持ちが全てという気はないが、後ろ向きで勝てる程競技麻雀も甘くはない。ここでどちらかあるいは両方が崩れて、点棒が咲に流れこむことだけは避けたい展開だったものの、場を支配した咲が選んだのはある意味もっとも堅実な方法だった。

 

 現在東4局0本場。数絵の親であるが、ここまでかかった局数は15局。東パツの出親で12本も棒を積んだ咲は今のところ一回も振っていない。振らず、ツモらせず、アガり続ける。罰符でさえ一度も支払っていない咲の点数は既に55000点を超えていた。

 

 そこに無理やり救いを見出すとするならば、今回の競技ルールでは二ハン縛りがないということ。あるならばとっくに誰かが飛んでいただろう。小さいアガりとは言え、自分以外にはアガらせないという強い意思は、積み棒の数で場に影響を及ぼした。

 

 南場まで後一局であるが、東場最後の親は数絵自身である。ここで前に出れば少しは点棒を稼げるだろうが、東場は続行になる。加えて咲が一人リードしているために、数絵を含めて全員の点棒が危険水域目前まで減少している。

 

 誰かが箱を割ったらそこで試合は終了だ。南場で逆転する算段ではあるものの、今の咲の集中力では直撃を取るのは難しい。必然、他の相手から直撃を取るかツモアガリをするしかない訳であるが、まだ南場に入っていない状況で咲以外の点数を削ってしまうと、南場で咲を逆転する前に他者が飛んでしまう危険が高まる。

 

 競技選手としては非常に後ろ向きで気に食わないが、振らず、ノーテンで親を流すのが良いのだろう。こんなことなら北家にするんじゃなかったと心中でため息を吐き咲を見る。

 

 短く視線が交錯する。恐ろしく集中していた咲のそれが、ほんの一瞬解けた気がする。その僅かな笑みで相手の意図を理解してしまった数絵は、勢いで物を決めてしまった少し前の自分の判断を先ほど以上に激しく後悔した。

 

「カン」

 

 数絵の対面から咲が大明カン。この半荘だけで咲の嶺上開花は既に7回。これでまたツモかと牌を切った選手は身構えたが、咲は嶺上牌を積もるとそれを手に仕舞い、初牌の一筒を切り出した。

 

 責任払いが発生しなかったことに対面は胸を撫でおろしていたが、数絵は逆に咲の振る舞いが既に彼女の運が仕上がっていることを確信させた。()()を防ぐにはもう咲の手番に回さないこと、もっと言うのであれば次のツモで数絵がアガるしかないのであるが、数絵の手は残念ながらテンパってもいない。

 

 万事休すだ。諦めの境地でツモ切りした数絵を横目に見ながら咲はツモった牌を見もしないで宣言する。

 

「カン」

 

 ここまでくれば他の選手二人も危機感を覚えた。ひょっとしたらひょっとするのか。自分の手牌よりも他人を注視する対局者を気にもせず、咲は淡々と王牌に手を伸ばし、

 

「カン」

 

 ツモってきた牌を手牌に入れて四牌を倒す。これで三つ目。あまりの淀みのなさに普通のことにさえ錯覚してしまうが、一人でカンを三つ重ねるだけでもそうあることではない。

 

 ましてこの淀みのなさと落ち着きっぷりである。自分の行っていることは全て予定の通り。王牌に何があるかなど知っていて当然という咲の振る舞いに、今更ながら他の対局者たちの背に怖気が走る。

 

 三つ目までが当然ならば勿論、四つ目も当然なのか。四槓子はルールによって成立の条件が異なる役であるが、今回の競技ルールでは四つのカンを一人で成立させた上で最後の王牌ツモで手牌の一枚を重ねなければならない。四槓で場が流れてしまうためにチャンスは一度きり。あらゆる役満の中でも屈指の成立しにくさであるが……いまやこの卓にそれが成立しないと思っている選手はいなかった。

 

「カン」

 

 王牌からのツモを含めて手牌を四枚倒す。残った牌は一枚。最後のツモ――咲は当然のようにツモ牌を引き、役名を宣言した。

 

「ツモ。四槓子」

 

 大きく、大きく息を吐いて数絵は手牌を伏せる。咲が最後にツモった牌は対面から最初にカンをした時に河に捨てた一筒。つまり咲は元々一筒単騎の四暗刻でテンパっていたにも関わらず、対面の切った南を明槓して成立したトイトイ三槓子嶺上開花ドラ3を放棄してまでアガり牌だった一筒を一度切り、一枚のカン材を自力でツモった上で残り二枚のカン材を王牌から掘り起こし、底に眠っていた一度自分で切った一筒を引きなおして役満を上がった。

 

 他の二人は頭が混乱して一度アガリを放棄したことも理解できていないだろうが、数絵にはここまでの手段を取った理由に察しがついていた。

 

 最初の責任払いでアガっていたら数絵の対面が飛んで試合が終了していた。誰かを飛ばした上でのトップ通過なのだから三位は安泰と思いたい所であるが、射程圏内の選手が好条件に好条件を重ねたら逆転の可能性もないではない。

 

 選手として念には念を入れたかったのだろう。自力でカン材をツモって役満をアガるこの形にするのであれば、数絵が親を被り全員が箱を割って終了となる。稼げるだけ稼ぐという方針が一切ぶれることなく、その執念がマルAトップという結果に繋がった。

 

 何とも強欲なことだと思うが、これくらいの気持ちでなければ上には行けないのだろうと、数絵はむしろ清々しい気持ちでいた。選手としてこれ以上ないくらいの完敗である。

 

 ありがとうございましたと力ない声で言ってふらふらと去っていく二人を無言で見送りながら、足を投げ出し全身の力を抜いている咲を見やる。集中力を使い果たしたのだろう。抜き身の刃のように鋭かった気配は霧散し、前世紀に流行ったらしい気の抜けたパンダのような風である今の姿からは、先の実力など想像もできない。

 

「正直もっと自分はやれるものだと思っていましたが完敗でしたね」

「あるにしても、南浦さんが言うほど差はないと思うよ。こんなに集中し続けたの初めてだよ。すごくつかれた。しばらく何も考えたくない。カピーたちと戯れて京ちゃんの背中でゆっくりしたい……」

「見るからに疲れていますからね。今日は自宅でゆっくり休んでください。カピーが何かは知りませんが京太郎の背中は私が使いますので」

「それはちょっと違うんじゃないかなっ!!」

「殿方は自分に微笑む女よりも打ちひしがれて俯く女を選ぶものだとおばあ様も言っていました。今の私はまさに京太郎の背中を使うに相応しい女と言えるでしょう」

「そんなドヤ顔で言われても説得力ないよ!」

 

 疲労を押して食ってかかる咲に宥めながら、数絵は電光掲示板を見た。トップは確定。二位の原村何某はこれまでの安定感を考えれば沈むまい。最終戦前の点差であれば咲は三位に浮上した上マルAトップ――1試合で獲得できる最高点数を確保したのだから最終戦前の五位以下が同じマルAトップを取ったとしても点差は詰まることはない。

 

 つまりは今年の個人戦代表三名は、他の試合の結果を待たずして確定したということだ。その中に自分が入れなかったことに思う所がないではないが、これまで経験したどの試合よりも得るものがあったのだからお釣りが来るくらいである。

 

 咲ほどではないが自分も疲れた。京太郎の背中で休むことは魅力的ではあるものの、襟をつかんでぶんぶん振ってくるかわいらしい豆狸のような同級生が、使うことを許してくれそうにない。

 

 ならば愛情よりも友情を取ることにしよう。風邪を引いて寝込んでいる友人も、しばらくすればこの結果を知るはずだ。見舞いに行って敗北を励まされるというのも何だか違う気がするが、今は無性に友人の顔が見たい気分だった。

 

 

 

 

 

 


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