セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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現代編21 全国大会強化合宿編① new!!

 

 

 

 

 

「うちが一番のり見たいだし」

 

 四校の中で最初に到着したのはやはり風越だった。風越とは付き合いの長い施設で関係者以外とバッティングすることを防ぐため、毎年八月一杯は風越が抑えている。強豪の私立故の金の使い方である。

 

 例年は三年の引退が済み新体制が発足してからの合宿突入になるため、部員全員バスで来るのが通例だが、今回はレギュラー五人のみであるためコーチの車での参加である。

 

 三年の美穂子からすると三度目となる場所だ。これが最後と思うと感慨深いものがあるが、去年に続き今年も団体戦では全国に行くことはできなかった。自分一人とは言え全国に行くのだから、風越のキャプテンとして恥ずかしい試合をしないようにしなければと例年にも増して決意は固い。

 

 京太郎も来ることだしこの合宿で成長して全国で良い結果を残さなければ。そんな美穂子の耳に耳慣れない音が聞こえた。音のした方に視線を向けると、ちょうど施設の駐車場に車が転がるように走り込んでくるところだった。

 

 フォルクスワーゲンタイプⅡと呼ばれるクラシックカーがぎゃりぎゃりと音を立てて風越女子の面々の前を通り過ぎ、ひっくり返るのではないかというくらい後輪が持ち上がってどすんと音を立てて停車する。ひょっとして中の人は無事ではないのではと居並ぶ面々の心配を他所に、がらりと開いたドアの中からぞろぞろと鶴賀の選手たちが現れた。

 

 様相はいつものようにケロリとしている智美とそれ以外ではっきりと分かれているが、智美以外の面々も一部多少顔が青いことを除けばとりあえず無事ではあるようなので、美穂子はほっと胸を撫で下ろした。

 

「免許、お持ちだったんですね?」

「家業柄必要になるからなー。早速使う機会があって良かった。龍門渕と清澄はまだ来てないのかー?」

「もうすぐ着くってさっきラインが飛んできたっすよ」

 

 鶴賀も風越も学校部活が一緒ということで乗り合わせてきたが、京太郎の話では清澄と龍門渕は龍門渕が車を出して二校で乗り合わせてくるという。

 

 知らない仲ではないとは言え、他所の学校の人間を六人も拾ってくるというのは相当な手間であるはずだが、部長である透華はその辺りを苦労とは思わず当然のことと思ってやっている節がある。京太郎からも聞いてはいたが、美穂子の想像を超えて大分仲良しであるらしい。全員女の子なのに……と思わないでもないが、男女の間とて友情は成立するのだろう。一々目くじらを立てるのも女として美しい行いとは言えない。

 

 どういう訳か悶々とする感情に向き合っているとほどなくバスがやってきた。修学旅行などでクラス単位で乗る、あの程度の大きさのバスである。部員六人で公立の清澄が手配したとも思えないから龍門渕の仕切りなのだろうが、バスには観光バス特有のロゴとか社名が見当たらなかった。どうも個人所有のバスであるらしいことに居並んだ庶民たちが感心していると、バスは美穂子たちの前でゆっくりと止まった。

 

 ぞろぞろと降りてくる清澄龍門渕の面々に、美穂子は京太郎の姿を探す。彼は衣に肩車をして最後に降りてきた。目当ての男性を見て心が華やいだ美穂子が声をかけようとした、それよりも一瞬早く池田が動いた。

 

「京太郎!」

「華菜さん、お久しぶりです」

 

 胸に沸き立つこの感情を何と呼べば良いのだろう。自問自答する美穂子の顔を見た池田以外のレギュラーが悲鳴をあげて逃げたことにも気づかず、美穂子はしばし彫像のように動きを止めた。レギュラー三人はその場をぐるぐる回りながら誰が事態を収拾するかを押し付けあう。最終的に池田はお前の担当だろうということで白羽の矢をぶすりと刺された美春が完全に腰が引けた状態で池田に話しかけた。

 

「か、華菜ちゃん。きょ……じゃない、須賀くんと仲良しになったみたいだけど私の知らないうちに何かあったのかな?」

「一昨日買い物先でばったり会ってさー。今日チビたちにケーキ作る予定だって話したら手伝いますよって言ってくれたからうちに招待したんだ。そしたら手伝う所か丸々作ってくれたからお茶でもどうだってお茶もしたんだよ。チビたちに絡まれて大変だったよ。『お姉ちゃんがカレシ連れてきたし!』って」

 

 この娘はどうして的確に地雷を踏みぬいていけるのだろう。いつも優しいキャプテンの見たことのない表情を横目に見ながら美春はどうにかして事態を収拾できないのものかと考えを巡らせる。離れて他人のふりをしている残りのレギュラー二人はアテにならないし、コーチは面白がっているばかりで関わろうとしていない。自分がやるしかないのか。意を決した美春が口を開こうとするよりも先、地雷原でタップダンスをしていた池田が妙に得意げな顔で口を開き、

 

「笑っちゃうよな! だから私は言ってやったし『こいつはキャプテンの彼氏だぞ』って!」

「華菜っ」

 

 いきなり正答を宣った。普段通りに戻って感極まっている様子の美穂子を見て、美春を含めたレギュラーたちはほっと胸を撫でおろした。そういう振る舞いができるなら最初からやってほしいものである。

 

「いやいや華菜さん、彼氏違います。俺なんかが彼氏じゃ美穂さんかわいそうですよ」

「そ、そんなことはない、と思うわよ?」

 

 直前ににやけてしまったせいか言動まで怪しい美穂子である。それをフォローだと解釈したらしい京太郎は、年上のお嫁さん系美少女の配慮に苦笑を浮かべる。

 

「美穂さんにそう言ってもらえると嬉しいですね」

 

 もーと美穂子が照れている傍でやり取りを黙って眺めていた咲と和は『またか……』という表情を浮かべていた。本人の話を聞くに全国でせつなさを炸裂させていたことは間違いない京太郎であるが、その実績のなせる業か女の扱いが非常に上手い。自分たちを相手にしている時には実感できないことでも、こうして他人相手にしているのを見ると非常に実感できる。

 

 それで美穂子の顔を見て思うのだ。自分も多分ああいう顔をしているんだろうなと。だがそのような理解が得られたとて、他人がそういう顔をしていて気分が良いはずもない。恋する乙女は排他的で利己的なのだ。須賀京太郎は清澄の子であることを示すため、咲と和は協力して京太郎の両腕を掴むとずるずる引きずっていく。

 

「さて早速で悪いが提案がある」

 

 京太郎が清澄のグループに戻るのを待ってから貴子が話を切り出した。貴子は風越の位置から話して、ちょうど学校別に居並んだ全員を見渡して続ける。

 

「この中で全国に行くのはうちの福路と清澄の女子だけだ。実力向上を目指すという建前でこうして集まったのだから、全国に行く奴の打つ機会を増やすのは当然にしても、他ではできないような趣向を一つ取り入れてみたい。須賀」

「なんでしょうか」

「福路以外の四人で卓を立てる。お前はそのうちの誰か一人の後ろについてアドバイスをしてもらいたい」

「俺の代わりに風越の誰かが打つ……ってことで良いんでしょうか」

「一言で言うならそんな感じだな。いつもと違う視点で打つというのはうちの連中にも良い刺激になるだろう。福路からお前のことは聞いてる。風越を助けると思って受けちゃくれないか」

 

 貴子の割と真摯な視線を受けて、京太郎は久を見た。京太郎個人としては受けたいと思っているが今は清澄の一人として参加している。久がダメだと言ったら断るつもりで彼女を見たのだがその律儀な心中を看破していた久は苦笑を浮かべながら言った。

 

「好きにしなさい」

「好きにします。喜んでお受けします久保コーチ」

「助かる。それじゃあ、部屋に荷物を運び込んだら最初にそいつをやっちまおう。併せて感想戦だ。卓は既に用意してある。準備ができたらホールに集合してくれ」

 

 

 

 

 

 荷物の運び込み自体はぱぱっと……すまなかった。京太郎をそのまま泊まらせようと画策した衣が自分で用意したお泊りセットを押し付けて龍門渕の部屋に引きずりこもうとしたり、それに対抗した咲と和がエキサイトした一幕はあったが、龍門渕には夏休み中に行くことを約束してその場は収まった。

 

 龍門渕だけ得をしてると咲や和はぷりぷり怒っていたが、君ら一緒に全国行くだろと一に言われると勝った立場であるため口答えできずにやり込められてしまった。勝って行く訳ではないが龍門渕も同行はするので全国に行くと言えば行く。

 

 資金力に余裕がありまくるので夏休み全体の時間の使い方を考えると清澄よりも大分リードしている上、お泊りを取り付けたことでそのリードは更に広がっていた。そのことに咲たちが気づくとまた言い合いが再燃するので京太郎は無言を貫いた。ちゃんと気づいているらしい久の視線が背中に痛いが我慢する。

 

「それにしてもあっさり風越コーチさんの提案受けたよね京ちゃん」

「企画としては悪くないだろ。やったことはないから俺も面白そうだと思ったし」

「私も良いと思います。京太郎くんがデキる清澄の子であることを示す良い機会です」

「僕も原村に賛成かな。京太郎は龍門渕の子だけど」

 

 それは当然とばかりに宣う一に和がぎろりと視線を向けるが一の方はどこ吹く風である。仲良くしろとは言わないが喧嘩はするなというのが京太郎の望みであるものの、自分の帰属がどうなっているのかは色々な方々が譲らない問題であるので口を挟む訳にもいかない。

 

 何があっても引かないタイプのお姉さんたちが全国にはまだ数人いるのだが、これは彼女らには言わない方が良いのだろう。保身のために固く口を閉ざす決意を固めた京太郎に、姉的余裕からたまたま口を挟まなかった衣が問いかける。

 

「きょーたろ。それは何だ?」

「咏さんからもらったんだ。これみて奇声をあげる奴がいたら優しくしてやれって」

 

 師匠の咏が予告なしに行動するのはいつものことで、これもその例に漏れず昨日の夜いきなり送られてきた。届いたら連絡しろと手紙も入っていたので連絡したら、そのように言われた次第である。

 

 京太郎からすれば実用的な品ではあるのだが、興味がない人間では一見では用途さえ解らないだろう。現に衣は京太郎が抱えるそれをしげしげと眺めている。この愛らしい姉にさて、何と説明したものか。歩きながら頭を捻っていると、対局室に設定されたホールに到着した。既に風越と鶴賀の選手は全員集まっているようで、気持ち速足でホールに足を踏み入れた京太郎の耳に、

 

『あーっ!!!』

 

 と奇声が届いた。鶴賀からは睦月が、風越からは星夏がそれぞれ血相を変えてすっ飛んでくる。

 

「それ、それは! 今年の三尋木プロの限定バインダーっ!!」

「抽選で50人にしか当たらないって話なのに、手に入れたんですかっ!!」

 

 すげーとコレクター色丸出して熱い視線を送ってくる二人に京太郎は苦笑を浮かべる。二人の言った通り京太郎の持っているものは()()()プロ麻雀せんべいを五袋買うと一口応募できる懸賞の商品である。今年のシークレットレア担当の四人のプロ、小鍛治健夜、三尋木咏、瑞原はやり、戒能良子に対応した限定カラーのバインダーで、一人のプロにつき抽選で50人の当選者が出る。

 

 当選者に贈られるものには一番から五十番までの番号が振ってあり、対応するプロに渡されるバインダーの番号は00となっている――とは公式サイトにも書いてあることであるが、京太郎の持っているのはその00のバインダーである。

 

 本来は咏が持っているはずのものであるが、昔から彼女は雅なコレクションにしか興味を示さないため、この手のものは全て京太郎にくれるのである。おかげで京太郎の部屋には市販された咏のグッズが全て、しかもサイン入りで存在している。部屋のスペースは無限ではないし正直邪魔に思わないでもないのだが、言うと怖いので口が裂けても言えない。

 

「実はカード持ってきてるんだ。後でトレードとかできないかな!?」

「コレクションを見せてくれるだけでも嬉しいです!」

 

 コレクターの戦闘力はどれだけレアものを持っているかで決まると聞く。限定50冊のバインダーの価値は彼女らにとってはとても高かったようで、その目は京太郎にも解るくらいきらきらとしていた。

 

(良子さんのバインダーも持ってる……というのは黙っておこう)

 

 昔からプロ麻雀せんべいカードをそこそこ集めていたことは知っていたので、自分のバインダーができたと送ってくれたのだ。一応師匠である咏には知らせておいたのだが、先月のタイトル戦の予選で、良子が咏にボロ負けするという事態になったことには自分は関係ないのだと信じたい所である。

 

「文堂お前はさっさと卓につけ。須賀、お前は文堂の後ろで頼む。コレクション自慢で縁ができた所だ。ちょうど良いだろ?」

「そうですね。上から見せびらかしてこいと言われた甲斐がありました」

「上からか……ならしょうがねーな」

「京太郎の上って誰のことだし?」

 

 星夏に倣って卓につく美穂子以外のレギュラーを横目に、貴子が視線を向けてくる。言っても良いかという確認なのだろう。見た目ワイルドなのに律儀な人である。藤田プロが勧める訳だなと思いながら、京太郎は小さく頷いた。

 

「こいつは三尋木プロの弟子だ」

「まじでっ!?」

 

 池田を始め知らなかった面々から驚きの声が上がる。知らない人間の方が少数であり、清澄と龍門渕は全員、鶴賀も桃子と佳織は知っている。少数派かつ知らない側だったと気づいた美穂子が微妙に不満そうな顔をしていることに気づかない京太郎は、苦笑を浮かべながら卓についた星夏の後ろについた。

 

 京太郎がそうしたのを見て慌てて他の風越の面々が着席する。全員が着席するのを待って、貴子が口を開いた。

 

「それじゃあ、今回の趣旨を説明する。ルールは県大会同様今年の高校競技ルールの東南戦だ。文堂のみ須賀が後ろでアドバイスをしながら打つ。他の連中はそのアドバイスが聞こえるだろうが聞いてないつもりで打ちまわせ」

「文堂須賀と華菜ちゃんたちってことではないのかし?」

「あくまで個人戦ってことを念頭に打ちまわせ。情打ちとかもなしだ」

「わかったし!」

 

 瞬間、それまでころころ表情が変わっていた池田の目に気迫が燃える。牌に感情が乗るタイプと分析していたが、実際に相対してみると気持ちの切り替えが早くスムーズだ。流石に全国区の学校である風越の特待生で入るだけのことはある。実力は認めつつもにゃーにゃー言うかわいいマスコット――清澄で言う優希のポジションくらいのつもりでいた京太郎は改めて気を引き締めた。

 

「お互い慣れないうち回しになると思うけどよろしく」

「よろしくお願いします!」

 

 同学年なのにヤケにばかっ丁寧である。カードの件に加えて咏のことが解った以上無理からぬことではあるのだろうが、京太郎としてはできればざっくばらんに行きたい所である。関係を深めるのは今後に期待するとして、今は麻雀のことだ。

 

 場決めの結果、池田が出親。美春、星夏、深堀と続く。星夏は池田の対面だ。できればちょっかいをかけやすい池田の上家が良かったが、それも麻雀である。

 

 後ろに立って指示をしながらというのは経験がない。うち回しに口を出すということはあったが、それはあくまで打つのは別の人間だ。今回は文堂が牌を握っているだけで実質打つのは京太郎本人である。間に一人を挟んでいるせいか、運の流れがほとんど感じられない。フラットに打つ感覚というのも久しぶりだなと感動していると、親の池田から切り出しが始まった。続いて美春はツモ切り。星夏の手牌は

 

 一一三五九①⑤⑧⑨2南西白 ツモ4 ドラ②

 

 このような形である。京太郎の言葉を待たず、当たり前のように定石通り南を切ろうとした星夏に、京太郎は声をあげた。

 

「待て」

「……コーチ。まだ一度も牌を切ってないのに心が挫けそうなんですがっ!」

「成長のためだ我慢しろ文堂。須賀、なんでダメなのか説明を頼む」

「上家南家の吉留さんがドラトイツ含みの筒子混一色気配で南もトイツです。拙速気味なので一鳴きはないかもと思いますが念のためケアします。文堂、この局は引き気味に打とう」

「…………」

「みはるん安心しろし、これはワシズ牌じゃなくて普通の牌だし」

 

 牌を裏側から眺める美春に池田がフォローを入れる。続いて何故そこまでという視線が風越の四人から向けられるが、その『何故』を解説するのは難しいし、今はまだその時ではない。

 

「続けても?」

「ああ。今解ってることは全部言って良い」

「了解です。吉留さんの手も高いがこの局は池田さんに要注意だ。横に広くタンピン系、高めの三色の気配が見える。加えて手も早そうだ。池田さんに連チャンされると手がつけられなくなるから、まず池田さんの親を流すことに重点を置こう。最悪振り込むことまで覚悟しておいてくれ」

「…………」

「華菜ちゃん大丈夫だよ牌は透けてないよ」

 

 しかめっ面をして牌を後ろから眺める池田に美春がフォローを入れる。まだ一巡もしていない状況でそこまで読まれるのは選手としては不可解だろう。だが強豪校の選手ほど深く分析はされるもので、池田は長野県においては強豪校である風越のエース級選手だ。しかも一年の時からレギュラー、団体戦では大将なので牌譜にも事欠かない。

 

 加えて今のレギュラーの中では一番ポーカーフェイスが苦手ときている。正直まったく分析ができなくても態度を注意深く観察しているだけでテンパイしているかしていないかくらいは誰でも解る気がするのだが……先日妹さんたちと仲良くなり『お姉ちゃんのことよろしくだし!』と元気いっぱいに頼まれたばかりなので、清澄としてはライバルなのだがどうにかしたい所ではある。

 

 だが今は未来のことではなく対局のことだ。星夏に打ってもらいながら分かったことをその都度言葉にしていく。対局者たちは打ちにくいことこの上ないだろうが、根が素直なのか星夏は京太郎の言うことに一々頷き受け入れていた。

 

 京太郎がどう考えながら打とうとしているのか自分なりに考えながら打ちまわしているのだ。流石に一年で強豪風越のレギュラーに、特待生を抑えてなっただけのことはある。自分と同学年だからこれから二年は県内で凌ぎを削ることになる訳だが、それが今から楽しみだ。

 

「池田さんがテンパイしたぞ」

 

 六巡目。対面の池田がツモった瞬間の宣言に、その池田からじっとりとした視線が向けられる。年上からのそういう視線には弱い京太郎だが、対局中なら話は別だ。強い心で受け流していると諦めたのか、気持ち強い声で池田からリーチの声がかかった。

 

 南家の美春は残念ながら手が進まずまだリャンシャンテン。南を絞ったのが効いたのだろう。奇しくも残り二枚の南を星夏が抑える結果となった。引き気味に打つことはとりあえずクリアできた形となる。

 

「さて、怖い池田さんに相対している訳だが残念ながらこのままだと一発でツモられそうだ。三色はもう確定してて、そこにメンタンピン一発ツモ赤。プラス要素は裏ドラが乗っても三倍満には届かない所くらいだな」

「さてはお前インナミだな京太郎!」

「黙って集中しろ池田!」

「どうすれば良いんでしょうか!」

「振り込む。幸い下家の深堀さんがひっそりと平和のみをテンパってくれている。当たり牌もカブってない。深堀さんは手替わりするのを待ってた訳だけど、親がリーチかけてるならアガってくれるだろう」

「…………」

「何度確認するんだお前ら。牌は透けてねえって言ってんだろ」

 

 今度は三人全員で牌を裏側から凝視する面々に貴子が苦言を入れる。星夏は一度京太郎を振り返ったが、特に何も言わず一人で表情を引き締めると牌を切った。池田の当たり牌でなく平和でテンパっている純代に差し込める牌は、手牌の中では一枚しかないように思えたからである。

 

 京太郎も特に指示は出さなかった。それくらいなら解るだろうという信頼が背景にあってのことだったが、事実、星夏は何も言わなくても京太郎が意図していた牌を切ってくれた。普段から真面目に打ち込み勉強しているのがよく解る。

 

「……ロン」

 

 釈然としない様子の深堀からロンの声がかかった。京太郎と星夏の予想通りの牌での待ちである。同じく釈然としない様子の池田が『失礼』とマナー通りに声をかけて本来自分がツモる予定だった牌をめくる。出てきた三萬だが、

 

「にゃーっ!!!」

「うるせえぞ池田!!!」

 

 それがまさに欲しい牌だったことで奇声をあげる池田に貴子が怒鳴る。予想通りの牌だったことに京太郎はひっそりと安堵する。自信があったからこそ自信満々で言った訳だが、現実を見るまでそれは絶対ではない。自分一人だったらそれで完結した話でも、今回は他人の代わりに打つ形で指示を出した。言わば星夏を巻き込んでいたのである。

 

 これで外していたら実力で風越のレギュラーを勝ち取った彼女に不信感を持たれてしまったかもしれない。麻雀に熱意を持って取り組む人は基本的に大好きな京太郎としてはそうならなくて良かったと胸を撫でおろしていたのだが、事態は少しだけ京太郎の予想していない方向へと進んだ。

 

「すごいです!」

 

 勢いよく立ち上がった星夏が京太郎に詰め寄る。細めの目を限界まで見開いた彼女の気迫に圧の強い女性には慣れているはずの京太郎が一歩後退った。

 

「これが、こんな視点で麻雀をしていたなんて……須賀くんやキャプテンが見ているのは、こういう世界なんですね! 私は感動しました!」

「感動しただけじゃ何もついてこねえぞ文堂」

「練習します勉強します! 私はこんな麻雀を自分で打ってみたいです!」

「福路や須賀みてえな視点は一朝一夕には身につかねえぞ。下手したら一度しかない高校生活を練習だけで潰すかもしれんがそれでもやるか?」

「やります! 私は麻雀を高校でやめるつもりはありませんから!」

「良く言った」

 

 満足そうに貴子は微笑む。一年レギュラーの星夏は風越としては期待の新人だろう。美穂子はこの夏で卒業なので、新体制の中核を担うレギュラーの飛躍はコーチとしては願ったり叶ったりの展開である。ここを切り取るだけでも風越としては今回の合宿を企画した意味はあったはずだが……小さくため息を吐いて振り返ると、清澄の面々からじっとりとした視線が向けられていた。お前はどこの子なんだという心の声が聞こえてくるようである。特に一年三人の視線がきつい。 

 

「居心地悪くなったらいつでも龍門渕に来て良いからね」

 

 いつの間に近づいていたのか。耳元で囁かれる一の声にぐらっと来ていると脛に蹴りが飛んできた。明らかにムカついている顔の久に襟を掴まれて引きずられながら、京太郎の胸にあったのは安心感だった。年上らしくにこにこしている久も良いのだが、感情をはっきり表に出してくれる方が京太郎としては安心である。面倒くさいところが良いところなのだ。

 

「俺は久さんについていきますよ」

「うるさい浮気者!」

 

 

 

 

 

 


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