セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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現代編24 全国大会強化合宿編④

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺たち三人で結託して透華さんをやっつけます」

「通しとやらを使って手牌を共有するということか?」

「それだとズルなのでそこまではしません」

 

 毅然と言い放つ京太郎にゆみは内心疑問を覚えた。自分の言ったことと京太郎の言ったことの間に明確な境界線があるように思えない。ルール的選手の倫理的にどの辺りまで許容範囲であるのか。競技歴の短いゆみにはいまいち掴み切れない問題である。

 

 だが、京太郎が麻雀という競技に非常に真摯であることはゆみにも解った。彼が自信満々にそれを口にし、周囲がそれを一切とがめないというのであればそれは少なくとも誤ったことではないのだろう。できれば自分一人の力でという普段抱えている思いは一先ず封印しておく。今はこの麻雀バカの少年から学べるものを学べるだけ学ぶ時だ。

 

「要は俺たち三人で牌を共有しようぜということです。39対13ならほら、何だか勝てる気がするでしょう?」

「それは数字の錯覚だ。実際には結託する方が不利な可能性もあるということは、君にも解ると思うが……」

「そこを技術と精神力でカバーします。一人と三人で三人の方が明確に有利なことがありますさてなんでしょう。はい、元気に手を挙げてくれた美穂さん」

「手番が三倍になる、ということかしら」

「すばらしい、さすが美穂さんですね」

 

 ぱちぱち小さく拍手をすると、美穂がえへへと恥ずかしそうに照れる。何だこの茶番、と思いながらもゆみは京太郎にならって拍手をする。加治木ゆみは空気の読める女なのだ。

 

「これによって軌道修正をするチャンスが余分に生まれます。多角的な視点を共有することでそのチャンスも活かしやすくなるでしょう。別々の敵が三人いると思って打つのと、味方が二人もいると思って打つのでは感じ方も違いますから、ゆみさんにも良い刺激になると思いますよ」

「多角的な視点を共有すると当然のことのように言ったが、それはどうやってやるものなんだ?」

「方法も何もゆみさんならできますよ」

「そうね。京くんの言う通りだわ」

「正気なのは私だけか?」

 

 できないと思っているから聞いているのにできると言われても信じられるものではない。京太郎と美穂子にからかわれていると思ったゆみの視線が険しいものになったのを見て、京太郎は少し慌てた様子で手を振った。

 

「俺も美穂さんも本心で言ってますよ。個人戦の時点でほぼ完成されてて、今日の対局を見た限りでは問題ありませんでした。できると思えばできる。ゆみさんは既にそれくらいの完成度です」

「君にそう言ってもらえるのは嬉しいが……」

 

 言われるだけで実感できるのならば誰も苦労はしないのだ。

 

 しかし、京太郎のことはゆみも信頼している。彼がそう言うのならばそうなのだろうと無理やり納得することにしてそれ以上口にはしなかった。

 

 当面ゆみが納得してくれたと察した京太郎は改めて説明を再開する。

 

「並び順は美穂さん、ゆみさん、俺の順番で行きます。基本戦略は透華さんにアガらせないことです。俺は咏さんの言いつけでポンチーができないので最後になります」

 

 何気に重要なことが漏れ聞こえてきたような気がするが席順としては順当なためゆみは黙ってそれを受け入れた。全員の雀力が同程度という前提ならば、透華と一番打った回数があるだろう京太郎が彼女の上家に座るのは理に適っている。

 

「アガり役は福路ということか?」

「俺がトス役重視というのは変わりませんがアガり役は状況を見てってことで良いでしょう。アガりに近い方がアガるということで、その辺は流れで」

 

 手の進み具合を察しろと難しい要求をしてきたかと思えば、言葉の閉めは流れでときた。理屈にそって全員で行動するよりも、個人の力量に任せてアドリブで動けという風である。誰が何をするかというのが作戦だとゆみは解釈しているが、京太郎のそれは誰がやるというのを決めた時点で終わっているように思う。

 

 つまるところ彼の作戦はこの三人が集まった時点で終わっているのだ。多大な自信と過度の信頼にやる気になっている自分にゆみは少しだけ驚いた。できると言われた能力を早く試してみたいと思うし、京太郎の期待に応えて龍門渕透華に勝ってやりたいとも思う。単純に麻雀がしたいのだ。強い相手がいて頼れる仲間もいる。普段と違う条件というのもなるほど、京太郎が言ったように面白い。

 

「作戦会議はこれで終わりか? 半荘これで持つというなら、後は全力で臨むだけだが」

「いえ、持たせるのは東場だけで大丈夫です。南場は普通の麻雀になりますので、俺たちの共闘も東場だけですね」

「……半荘戦という想定なのだよな?」

「はい。ですが透華さんの性格を考えたら、俺たちの共闘を前に今の状態は東場くらしか持ちません。自信あります。もし東場が終わってもあの状態だったら、執事コスで二人にご奉仕しても構いません」

「別に君の執事に興味はないが――」

 

 罰ゲームの内容を自分で言い始めた京太郎に苦言を呈しようとしたゆみの袖を、掴むものがあった。ゆみが見やると、視線の先にいたのは当然のことながら美穂子である。何やら真剣な表情の美穂子を見つめ返すと、美穂子はゆみの袖を強く三度も引いてきた。無言ではあるが必死な容姿にゆみは美穂子を見返して小さく苦笑を浮かべる。

 

「いや、やはり執事しかないな。東場が終わってもあの状態だったら、私と福路にご奉仕だ」

「了解です」

 

 袖はゆっくりくいーと引っ張られた。顔を見ても視線を合わせようともせず何やらもじもじしているが、感謝の念は伝えたいらしい。そんなに京太郎の執事が刺さったのだろうか。巷ではメイドだの執事だのが流行っている、いや流行ったという話を聞かないでもない。ブームがまだ続いているのか解らないくらい、ゆみはそういったものに興味がなかった。

 

 だが知らないだけで奥深い世界ではあったようで、美穂子の顔には『至福』と大きく書かれて見えた。まだ条件を満たした訳ではないし、条件を満たすようであれば自分たちには不利なことである。それで無意識的に手を抜かれるようだとゆみとしてはたまったものではないのだが、そこは美穂子を信じるより他はない。

 

 福路美穂子は名門風越のキャプテンだ。まさか私利私欲と淫欲に負けて青春をかけた麻雀で手を抜くなんてことはあるはずがないのだ。

 

「じゃあ気合を入れますんで皆で輪になりましょう」

 

 あまりに京太郎が自然に言うものだから、特に抵抗をするでもなくゆみも軽く肩を組んで京太郎、美穂子と輪になった。息がかかるくらいの距離に二人の顔がある。平然としている京太郎と心臓の音が聞こえそうなくらいに顔を赤くしている美穂子との対比が眩しい。

 

「それでは――勝つぞ!!」

『おーっ!!』

 

 京太郎の声に合わせて握りあった手を全員で突き上げる。京太郎一人身長が高いものだから傍から見ると聊か不格好になったのだろうが、ゆみを含めて当事者の中にそれを気にした人間はいなかった。

 

「さて……お待たせしました透華さん。それでは始めましょう」

「気合の乗った良い声でした。場決めはどうします?」

「それなんですが、透華さんは好きに席を決めて良い代わりに俺たちは三人並べさせてくれませんか?」

「京太郎……」

 

 呆れの成分が大分強い怒りの表情である。悪戯をした弟を叱ろうとする姉の表情をする透華に京太郎を見れば、京太郎に悪びれた風はなく澄ました顔だ。厳しいが弟に甘い姉と奔放だが姉のことは好きという二人の関係性が見えるようである。

 

 弟気質な部分を見慣れていないのか、桃子を始めとした同級生組が京太郎の態度に目を丸くしている。逆にそういった面々を見た龍門渕の面々や佳織などは後方姉貴面をして得意がっているがそのどちらでもないゆみは、ただこんな一面もあるのだなと感じるのみである。

 

「まぁ、京太郎の頼みなら仕方ありませんわね」

 

 結局早々に姉の方が折れた。満面の笑みを浮かべて礼を言う京太郎に、透華は満更でもない笑みを返す。小言を口にはしても、なんだかんだ弟分の事がかわいいのだろう。

 

「京太郎は今晩はここに泊まらず一度帰るのでしょう?」

「ええ。夕飯をここで食べたらハギヨシさんに送ってもらう予定です」

「少し遅らせなさい。頼みを聞いた返礼をしてもらいましょう。食後に一局、いかが?」

「透華さんのお誘いなら喜んで。でも、悔しくて眠れなくなっても知りませんよ?」

「その鼻っ柱をへし折ってさしあげますわ!」

 

 言葉の内容に熱はあってもトーンは控えめ。怒りを制御しているというよりも冷静に怒っているというおかしなテンションである。そのテンションのまま、透華は北家を選び、それによって全員の席が決まった。元々決めてあった着順の関係で、ゆみが透華の対面に座る。

 

「さ、始めましょうか。偉大さを弟に知らしめるのも姉の役目。お二方には申し訳ありませんけれど、私の華麗さの添物となっていただきましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 龍門渕透華は選手として普段と全く異なる一面を持っている。京太郎から話には聞いていた美穂子だったが、その状態の透華と戦うのはこれが初めてのことである。実戦では見せたことがないという話でもあるから、ほとんどの人間にとってはこれが初公開ということになるのだろう。

 

 風越は名門であり選手の層も厚いがそれで必ずしも勝てる訳ではない。麻雀と同じだ。戦う前に人事を尽くすということは勝つための確率を上げるもの。それを突き詰めたとしても絶対に勝てるという領域には至らないのだ。

 

 去年からの龍門渕や今年の清澄が良い例だろう。特に来年の龍門渕は風越が全国を目指すにあたって最大の障害になると美穂子は見ている。一年五人で全国に行った面々が来年全員三年生になる。大抵のチームは一年でがらりとメンバーが入れ替わるのに、龍門渕だけ三年毎回一緒だ。この経験値の差は非常に大きい。

 

 後輩のために少しでも情報をと思っていた美穂子にとってこの状態の透華と戦うチャンスを得たことは渡りに船だった。どの道記録はされているが、直接対局した人間がかみ砕いて行う感想戦は、情報の質が違う。

 

 極限状態でのみ出てくる症例とは聞くが、それを聞いても美穂子は全く安心していない。選手にとって問題なのはできるかできないかである。状況を絞って可能だということは即ち、練習などによってその状況が拡大することもありえるのだ。

 

 最悪、来年の団体戦では常に透華がこの状態という可能性だってないではない。今から一年も時間があるのだ。敵は最大限に強くなっていると考えて、考えすぎということはないはずだ。

 

 名門校ともなれば毎年オーダーに手を入れるものであるが、それは名門校故に毎年メンバーが変わるからだ。今年は去年と同じメンバーで来年もその見込みであるのだから、先鋒から大将までオーダーは不動のままだろう。

 

 だとすれば透華と来年当たるのは副将ということになる。今年のレギュラーが順当に来年もレギュラーなのであれば星花辺りが戦うだろうというのが美穂子の予想だ。

 

 京太郎の頼みであるからまずは勝つことが前提であるが、できるだけ長くこの透華との対局を記録に残し情報を集めたい。個人としての福路美穂子ではなく、選手としてでもなく、風越のキャプテンとしての思考で、からころと回るサイコロを眺める。

 

 東一局。出親の美穂子の下家にはゆみ、対面には京太郎。上家に透華という席順は京太郎の弟交渉が通った結果だ。男子の京太郎と今年で引退の三年二人と、龍門渕への可能な限りの配慮が京太郎らしい、というのは考えすぎかもしれない。

 

 手は可もなく不可もなく。自分と相手の状態を打ちながら確認し、状況に合わせて打ち手を変えていく。そのように進めていくのがいつもの美穂子の戦術であるが、手を開けた瞬間競技選手としての直観が強く囁いた。

 

 このまま普通に打っていたら確実に負ける。勝者は龍門渕透華。自分のアガリ番は下手をしたら一度も来ない。そういったものを感知する感性は乏しいものと思っていたが、それを肌で感じられるくらい今の透華と自分たちとでは状態に凄まじいまでの差がある。

 

 京太郎が手を組もうと言ってくる訳だ。ここまで状態に差が出ること。これを含めて透華の能力ということであれば単独で打倒するというのは困難を極める。

 

 となれば、理詰めと数の力で圧殺するというのは理にかなっていると言える。公式戦では透華を倒すことだけ念頭に置けば良いという訳にもいかない。チームか個人かはその時々だろうが選手は大抵己の利のために戦っているからだ。合宿らしいなと心中で微笑みつつ、美穂子は手を進めていく。

 

 麻雀は対局終了時の点棒の多寡で順位を決めるゲームである。負けないだけなら一度もアガらなくても達成は可能であるが、ことトップを狙うとなるとそうも行かない。アガりに向かうためにはある程度は振り込むリスクを許容しつつ動かねばならない。

 

 リスクをどこまで、どういう風に許容するかが選手の個性の大きな要素となる訳であるが、個性という面に限って言えば透華以外の三人は似通った要素が多いと言える。

 

 観察からくる推論に重きを置き、徹頭徹尾それに従って動く。感性よりも理屈に従って打ち回すタイプであり、理性的であることが求められるタイプだ。

 

 理性的であるということを完遂できるのであれば運の状態に左右されにくいという長所があるが、勝負の趨勢によって気持ちが上下するのが競技選手というものだ。これに向いていると言われ続けてきた美穂子でさえ、視点が不要に偏るというのは頻繁に起こるので、そうでない選手にとっては選手生命を賭けるには聊か頼りなく見えるかもしれない。

 

 だが美穂子は自分のこのうち回しが気に入っていた。確かに打撃系のような華はないかもしれないが、これこそが麻雀である、と心の底から思っている。

 

 そんな思いを共有する人間として、果たして加治木ゆみというのはどんなものか。

 

 手元に残っている限りの牌譜を全て借り受け全て記憶し、何千何万と分析を重ねてきた京太郎と異なり、美穂子はゆみのことをほとんど知らない。高校から麻雀を始めた、最近発足した麻雀部所属であるから公式戦に関するデータがほとんどなく、存在を知ったのも団体戦決勝で当たることになってからで、分析を始めたのもその時が最初だ。

 

 牌譜を見て驚いたものだ。打ち回しは鋭く、映像で見た限りではあるが視野も広く読みも深い。これで牌に触ったのも最近であるというのだから、よほど麻雀という競技が肌に合っていたのだろう。当然努力も勉強もしたのだろうが、それに抜きんでて才気が走っている。

 

 共に戦う人間としては心強いと思うと共に、もう少し早く麻雀と出会っていてほしかったと選手として思う。聞けば進学予定先は同じ国立であるというから、これからしばらくは共に切磋琢磨できる相手の力量をここで肌で感じておきたい。

 

「リーチ」

 

 七順目。上家の透華がリーチをかける。手番を回せばツモられる。美穂子たち三人の視線が一瞬交錯した。感じたことは同じであると理解した美穂子は『失礼』と一言断りを入れて、彼女にしては珍しく手牌と河を眺めて長考した。

 

 ゆみも京太郎もテンパっていない。ゆみは一向聴で京太郎は二向聴。美穂子に至ってはそれ以前なのでアガらせるとしたらゆみということになる。ゆみに聴牌を入れることは美穂子の手からでも可能だが、ゆみがアガれる牌を京太郎はおそらく持っていない。

 

 透華に回さないという前提であれば、京太郎が透華に当たらない牌を美穂子に鳴かせ、美穂子が改めて振り込むという形になる――そこまで分析して、美穂子は何の躊躇もなくゆみの手を進めるための牌を切った。

 

 それしか手がないというのならばそうするまでだ。その時に至るまで尽くせるだけの手を尽くしたのであれば、後は流れに身を任せるより他はない。それしかないと解っているのに躊躇するのは、先々に気持ちが萎縮し打ち方まで縮こまるということを美穂子は経験で知っていた。福路美穂子は自分の読みを信用しているし、それ以上に須賀京太郎を信頼している。

 

 まだまだ短い付き合いであるが、こと麻雀に限って京太郎が美穂子の期待と信頼を裏切ったことは今までただの一度もないのだ。

 

「チー」

 

 ゆみが美穂子の手を鳴く。これでゆみは聴牌。ゆみの切り出した牌を無視してツモった京太郎は、それが当然とばかりに二索を切った。

 

「ポン!」

 

 美穂子が唯一鳴ける牌を切り出した京太郎に心の中で最大限の賞賛を送りつつ、美穂子はゆみの当たり牌を切り出す。

 

「ロン」

 

 ゆみが手を倒して東一局は終了。タンヤオドラ1の二千点である。淡々と点棒のやり取りをしている間に、主に風越の面々から小さな歓声が挙がった。風越の四人は美穂子の周辺で観戦しており、京太郎以外の三人の手が見えていた。歓声があがったのは美穂子大好きの池田でさえ透華のアガリを半ば確信していたからだ。

 

 三四赤五六七345③④⑤⑧⑧ ドラ⑧

 

 手牌は倒されることなく卓に吸い込まれてしまったため美穂子たちは知る由もなかったが透華の手牌はこのような形だった。配牌は決して恵まれていなかったのに、この形になると知っていたかのように手を進め、リーチをかけた。自分に手が入ることを疑わない、好調な時特有の打ち回しはその迷いのなさ故により大きなツキを呼び込む。

 

 自分がこの手の波に乗るタイプであるから、だからこそ池田はこれをアガりそこなった透華の不調を予感した。アガれるはずの手をアガることができなかった。麻雀に神様がいるのだとしたら、それは最も嫌われる行為の一つである。

 

 出足を挫いて自分たちで美穂子たちはアガったのだ。これなら龍門渕打倒も難しいものじゃないしと楽観的でいた池田の予想は、東二局五巡目に裏切られた。

 

「リーチ」

 

 ③④赤⑤⑥⑦⑦⑦西西西中中中 ドラ⑥

 

 麻雀の神様ってのは不公平な性悪クソ女だしと心中で嘆いてみる。ドラをツモれば裏ドラが乗らなくても三倍満。一発と裏ドラ次第では数え役満も視野に入ったヤバい手だ。加えて池田は経験から確信に近いレベルの予測をした。

 

 それは京太郎たちが対局前から奇しくも認識していたことである。透華に手を回したらツモられる。しかも手が落ちないどころか勝負の流れがどんどん透華に傾いているのが傍目にも理解できる。場を支配しているのは龍門渕透華だ。人数で勝っていても、美穂子たちは挑戦者なのだ。

 

 透華の河に切られているのはリーチ牌を含めて五牌しかない。ぼんやりと筒子だろうという予測は立つかもだが、透華にあがらせないためには彼女がアガる前にアガらないといけず、そのためには前に出ないといけない。透華のリーチを受けての美穂子の手は、

 

 三四八九①②③④⑤78南南 ドラ⑥

 

 上家に運でも吸われているのかというくらいの形である。透華に回せない以上この時点で美穂子のアガリ目はない。ならば鳴かせて振り込むしかないが、仮にこの手牌この状況で何を切れば良いのか池田には皆目見当がつかない。

 

 しかし、福路美穂子は迷わなかった。手牌から四筒を迷いなく叩き切った美穂子を見て池田が心中で絶叫を上げる。何でそんなの切れるんだし! というのが池田の本音であるが、美穂子からすれば当たる牌以外は全て安牌なのである。

 

 むしろ今回の手は美穂子からすると読みやすい。筒子の染手であり端三つが刻子。内数牌が七筒で残りの二つは字牌。七筒よりも上の数牌はなく、リーチは七筒に付随した多面張となれば、形は二つしかない。どちらだとしても四筒は通るのだ。

 

「チー」

 

 その四筒をゆみが鳴く。五筒、六筒からのチーで四筒を食い取り手から九筒を切り出す。そこから!? という顔をゆみのギャラリーがしたのが気になった、美穂子透華側に寄って観戦していた池田がカニ歩きでゆみの手を見に行こうとするが、鬼の形相をした貴子に肩を掴まれる。貴子は無言だったが『ちょろちょろしてんじゃねえぞ』という心の声は聞こえた。

 

 しんなりした池田が移動を諦めた矢先、京太郎が南を切った。それを美穂子がないて今度は一筒を切る。

 

 これでまた手が進むのかと思いきや、ゆみはこれをスルー。状況が劇的に動くことを期待していた池田は肩透かしを食らった気分だったが、それは次の京太郎にあっさりと崩された。

 

「ツモ」

 

 一二三⑥345789北北北 ドラ⑥ ツモ⑥

 

 予定調和という感じで淡々と点棒のやり取りをする美穂子たちを他所に、頭の中が疑問符で埋め尽くされた池田は救いを求めるように貴子を見た。細かい解説は感想戦まで取っておくつもりで解説してやるつもりはこれっぽっちもなかったのだが、こちらを見る池田が雨の中段ボールで震える子猫のようににゃーにゃー鳴いているように見えた貴子は大きくため息を吐くと池田の耳に顔を寄せた。

 

「須賀に龍門渕のツモを回したかったんだろう」

 

 その言葉だけで池田は凡その理屈を理解した。伊達に一年で名門のレギュラーを取った訳ではない。感覚の先行するタイプの選手であるが、名門の選手らしく池田も理論は学んでいるのだ。

 

 ゆみは手牌を伏せたまま卓に放り込んだが、おそらく彼女の手はバラバラだったのだろう。アガりを目指した鳴きではなくツモ番を弄るための鳴きであったから、ギャラリーもあの反応だった訳だ。

 

 それにしても、と池田は思う。理屈としては理解できる。透華が何をツモるかを読み、京太郎がその形でアガれるように待ち、全員でそのツモが回るように調整した。言葉にすればそれだけのことだが、前提を信じそのために行動するのは自分にはできそうもないと池田は強く思った。

 

 透華のツモを確信するのは、まだ理解できる。ツモられると外で見ている池田も感じたくらいだから、対局している三人はそれ以上に肌で感じたことだろう。三人くらいの読みの鋭さがあれば透華の手の形だって予想できるだろうし、ツモる牌の予想だってつくはずだ。

 

 透華のリーチがかかった瞬間、全員が自分の役割を理解し、そのように立ち回った。誰も長考していない。それが当然とばかりに打ちまわして、事実その通りになったのだ。

 

 そうなるように三人の手牌がなっていたのは運の要素も強いだろうが、その結果としてアガりを引き寄せたのは読みに基づいた三人の実力である。読みが鋭いと美穂子が自慢している所など見たことはない池田だが、それは美穂子が謙虚なだけというのではなく、彼女にとってはこれができて当然のことなのだと改めて理解した。

 

「高校生の時分でも『読みが得意』と自慢できるレベルってのはこれくらいってことだな。お前もプロを目指すならこれを目指して座学も真面目にやれよ」

 

 壁は高く大きいなと池田は思う。美穂子は尊敬できる人だし大好きだが、あまりに選手としてタイプが違うと参考にもし難い。

 

 だが苦手だからといって遠ざけてもいられない。目指す所が高く険しいなら、道が困難なのは当然のことなのだ。今年の全国が終われば美穂子も引退する。自分たちの世代が部を引っ張っていかなければならない。強くならなければならないのだ。今よりずっとずっと強くなって来年は龍門渕も清澄もやっつけて全国に行かなければならない。

 

 自分の小言に決意に燃える池田の目を見て、貴子は内心で安堵のため息を吐いた。団体決勝でお通夜のような表情をしていた時には肝を冷やしたものだが、風越の次のエースも自覚を持ってくれたようで一安心だ。

 

 龍門渕を筆頭に清澄も鶴賀も強敵だが、風越は名門だけに層が厚い。その辺りは龍門渕も同様だったが、透華たちの台頭と引き換えにあちらは層が薄氷のごとく薄くなった。来年を凌げばしばらくは風越の天下は約束されたようなもの。そのためにはとにもかくにも来年龍門渕も清澄も撃破して弾みをつけておきたい。池田に負けず劣らず、貴子の決意も固かった。

 

 そのためには透華の打ち筋をしっかりと見極めておきたい。美穂子と透華の手牌を眺める位置に陣取った貴子と池田は東三局、京太郎の親で彼女が手牌を開けた瞬間に凍り付いた。

 

「ダブルリーチ」

 

 一一一二三四五六七八九九九 ドラ白

 

「中々やりますわね。でも私も我慢の限界でしてよ? ですので先達に倣ってここは、この言葉を皆さんにお送りましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『大海の流れに掉さして陸に辿り着けるか、試されるといい』ですわ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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