(萬子。純正九蓮宝燈)
透華の手を読んだ美穂子はその時点で撤退を決めた。アガりを挫けば運気は下がるというのが選手の間では広く信じられていることであるが、透華のそれはむしろ上がっているように見える。こちらの攻撃は効いているにしても多少手を遅らせる程度の効果しかないようである。
最終的な勝利を前提に勝負を続けるのは危険。次の局に回すのも危険。ならば萬子をツモるリスクを承知の上でこの局で勝負を終わらせるしかない。
麻雀は四人で対局するゲームである。ただ一人が絶好調であったとしてもその煽りを受けた別の誰かが飛べばその時点でゲーム終了。終了時点で得点が上回ってさえいれば、並の調子である人間でも絶好調の人間に勝つことができる。
中々そういう状況を許さないからこその絶好調なのだがその点、今回は透華以外の三人で明確に協調しているのだからまだ救いはある。
問題はその意思を共有できないかもしれないということだ。
美穂子はゆみと京太郎の手を再度確認する。手早く、それでいて誰かを飛ばす手組ができるのはゆみしかいないのだが……その手の伸び方は二種類存在し、簡単な方は現時点で成立できてそこそこ点数も高い。
平素であれば願ったり叶ったりだろう。だが、透華以外の誰かを一撃で飛ばすことを考えるとそれでは火力不足だ。
そしてここで意思統一の問題が出てくる。あくまで透華を打ち取る考えであれば、簡単で安い方の手でも問題ない。自分は撤退と判断した。やっつける提案をしたのは京太郎であるが、彼ならばここで路線変更と言うのは確信が持てる。
だがゆみはどうだろうか。加治木ゆみという選手のことを美穂子はほとんど知らない。高校で良い成績を出す人間というのは大体は遅くとも中学の時から結果を出し始めるもので、インターハイ個人戦ともなれば全国各地から集まった面々であっても、同年代であればほとんどは顔見知りだ。
当然その手の傾向もある程度は知っている。それだけ公式戦に出ていて、それだけ交流する機会もあった。あの選手はこうであるという像が美穂子の頭の中に出来上がっている。龍門渕の五人もそうだ。彼女らが表に出てきたのは去年のことであるが、県大会全国と公式戦に記録が残り、対策を練る時間が一年もあった。
小学生からの顔なじみ程ではなくても彼女らの像も出来上がっているが、高校から麻雀を始め県大会がデビューであったゆみは、像を結ぶまでには至っていなかった。
ならばそれ以外の部分で判断するしかないのだが、現時点でもゆみに対する美穂子の競技選手としての評価は『踏み込み鋭く好戦的』である。続行か撤退の二択であれば続行を選択しそうな気がしてならない。
それでも必ず負けるという訳ではないはずである。続行するならするでベストを尽くすつもりだが勝つために最善を尽くすというのであれば、ここで撤退するというのが美穂子の考えである。
(勝利の定義をもう少し詰めておくべきだったかしら……)
事前の取り決めはしつこいくらいに確認するべしだ。京太郎が昔師匠の咏に教えられたことであるが、美穂子もそれには同意見である。京太郎の発案とは言えもう少し踏み込んでおくべきだったかと今になって少し反省するが、あの時点では執事で頭が一杯でご奉仕というのはどういうことかしらと考えるのに忙しくそこまで頭が回らなかった、とこちらは猛省する。
我欲に振り回されるとロクなことにならないと学びを得たことにして、思考を切り替えた美穂子は手牌から三筒を切った。これで食いついてくるなら『続行』しかない。祈るような気持ちで美穂子はゆみを見つめる。
美穂子の視線を受けたゆみは、しかし彼女の方に視線を向けることさえなく当たり前のように山に手を伸ばした。ツモってきた牌を見て、ゆみの顔に喜色が浮かぶ。そこで初めてゆみは美穂子の方に視線を向けた。どうだ! という内心が伝わってくるような視線の強さに美穂子はゆみの評価を改めた。この人は麻雀においては好戦的であるが、真摯で、それ以上に熱い人だ。
決意の表明とでも言うようにゆみは手牌から赤五筒を叩き切った。一番高いハードルを既にクリアしたのだ。後はもう予定調和である。
「ポン」
京太郎の九筒を鳴き、七筒を切る。
「ポン」
二度目のポン。京太郎の一筒を鳴き、二筒を切る。まだまだ行きますよ、という京太郎の視線にゆみは口の端を上げつつちらと透華を見た。敗北を悟ったのだろう。これ以上ないという仏頂面にゆみのテンションがどんどん上がっていく。
「ポン」
三度目のポン。京太郎の中を鳴き六筒を切る。この辺りでギャラリーがざわつき始めた。鳴き始めから終局を確信していた人間は果たしてどれだけいたのか考える。
「ポン」
四度目のポン。これはゆみの声ではない。京太郎の五索を美穂子がポンし――。
「ポン」
五度目のポン。美穂子の切った發を鳴いて四筒を切る。ゆみはこれで裸単騎だ。最後に残った一枚を伏せ、美穂子に視線を向ける。
「ポン」
六度目、最後のポンだ。ゆみの切った四筒を美穂子が鳴き、切ったのは白。
「ロン」
白 ①①① ⑨⑨⑨ 發發發 中中中 ロン白 ドラ白
「混一色、対々和、混老頭、發、中、小三元 ドラドラで三倍満。福路の飛びで終了だな」
ギャラリーから歓声があがる。美穂子の飛びは風越にとっては聊か受け入れがたいものではあったのだが、劇的な勝利というのはそれだけ興奮を誘うものだ。いくら美穂子を尊敬していようとも、彼女らも麻雀に青春を賭ける選手なのだ。
方々の賞賛の声の中、ゆみは倒された裸単騎の白を見る。この局ゆみの配牌は。
①①②④⑤⑥⑦⑨⑨白發中中 ドラ白
この形だった。美穂子の懸念に反してゆみも透華の気配は察知していた。この局で終わらせなければ次の透華の親でまとめて飛ばされるだろう。勝つ気があるならばこの局で誰かを飛ばして勝負を終わらせるより他にない。
京太郎と美穂子に手が入っておらず、また透華に当たり牌を掴ませ放銃させるというのは現実的ではないため一番持ち点の少ない美穂子を飛ばすことになるが、それでも最低三倍満は必要になる。
一度もゆみがツモらずにアガることも可能ではあったが、それでは満貫にしかならない。この配牌から三倍満に広げるには白か發を自力で引いて重ねるしかないのだ。それは透華の当たり牌を掴むという即敗北に繋がるリスクを許容することになるが、勝つ方法がそれしかないのであればやるしかない。
山に手を伸ばして引いた牌を確認するまでの時間、今までの人生で一番緊張した。望む牌を引けた瞬間、今までにない達成感を得た。自分はまだ麻雀を好きでいられるだろう。たかが練習試合でと人は言うかもしれないが、この一戦、あのツモは加治木ゆみにとってそれだけの価値があったのだ。
「最初に三筒を切ったのは何故だ?」
「アガり番は加治木さんだから、選択権は貴女にあると思って」
「試された訳か。私は福路の眼鏡には適ったかな?」
「もちろん。進学先は同じみたいですから、来年からよろしくね」
「こちらこそ」
美穂子と固い握手を交わす。お互い『読みの鋭い選手である』と京太郎から紹介されていただけあり親近感を抱いていた。これから進学先が一緒なのであれば、意見を交換する機会も増えるだろう。実力の程は肌で感じることができた。高校生としての競技生活が事実上終わったゆみは今からその時が楽しみでならない。
「それにしても福路の望み通りの結果になったな」
いつの間にか京太郎の姿は消えていた。ゆみのアガりが成立した後、彼は一礼してさっさと席を外し廊下に出て『ハギヨシ』なる人物を探し始めた。それがどういう御仁なのか知らないが、賭けの負け分を実行するのに必要な人物なのだろうと察する。きっと執事だなと一人納得していると、幾分気配が穏やかになった透華が疑問の声を上げた。
「何か賭けでもしていまして?」
「時に龍門渕。ああではなくなったのはいつのことだ?」
「どの程度かによりますけれど、完全にということであれば対局が終わってからですわね」
「勝負の前に須賀が約束したんだ。『東場が終わっても龍門渕があの状態だったら執事コスでご奉仕する』とな」
これも『東場が終わっても』の定義によるが、あの状態でなくなったのが対局が終了した後であれば条件は満たしたと言い張ることはできるだろう。対局は終了したが東場は終わってないと言い張ることもできようが、京太郎がそういう見苦しいことをするタイプでないことはゆみも理解していた。姿が見えないことだしご奉仕の準備をしているのだろうと察していたのだが、美穂子はそうでなかったらしい。
これからご奉仕という可能性に至った美穂子は小さく奇声をあげて挙動不審になる。どうしましょうとおどおどしながらも席を立って逃げようとはしない。ご奉仕甘受は当然だがその心の準備ができていないという風である。控え目に見えてしっかりと図々しい。麻雀を打つならこうでなくてはなとゆみは心中で密かに感心していた。
「それでハギヨシを探していたんですのね」
「私と福路は当然受けるが残りの二人をどうするかは須賀が戻ってきてから決めようと思う」
ご奉仕の件を聞いてゆみの近くをうろうろしていた少女らの間に緊張が走る。学校別に公平に行くのであれば、残りの二つは清澄と龍門渕であるが、当事者優先ということであれば透華が残りそうな気もするし、清澄枠はそもそも京太郎が入るかもしれない。
執事コスでご奉仕するのであれば卓には入らないとは皆が思っていたが、入ると身構えていたのにダメでしたではダメージが酷い。勝負は京太郎が戻ってきてから。ジャンケンか早い者勝ちか。それとも最近プチ喧嘩の多い清澄で採用されたスマッシュシスターズでの決着か。
三番目と読んだ咲と和は京太郎のカバンから各々の得物を取り出して素振りを始める。やわらかハンマーで突きの練習を始める咲とふかふかヘルメットを卓球のスイングのように振り回す和を他の高校の面々が何事かと眺める中、京太郎が戻ってくる。
「遅くなりました」
戻ってきた京太郎を見て美穂子の呼吸は止まった。上等な仕立ての執事服が彼の長身と伸びた背筋に似合っている。革靴の立てる小さな足音。腰元に見える銀色の鎖。燻った金色の髪に黒色が良く映えていた。
以前に見たことのある一と智紀さえ絶句している中、背筋を伸ばし堂々と歩いた京太郎は透華たちの卓の前で一礼した。
生粋のお嬢様である透華は京太郎を見て鷹揚に頷く。
「男っぷりが増したように思います。精進しているようですわね京太郎」
「本職のハギヨシさんとかを見た後だとお恥ずかしい限りですが。余興ということであれば皆さん許してくださるでしょう。では約束の通り、俺はこの卓でご奉仕します。美穂さんとゆみさんは決定なので、龍門渕から一人決めてもらえますか?」
「衣! 京太郎のご奉仕ですわよ!」
集団から飛びぬけて京太郎の元へ走っていく衣を見て、同じ龍門渕の一と智紀が苦虫をかみ潰したような顔になるが、衣相手では文句も言えない。この状況で誰か一人を指名せよと龍門渕の人間に問えば、衣以外は全員衣を指名する。
透華の判断はその手順をすっ飛ばしたものだが、一も智紀もそれで納得できた。衣ならば仕方がないと思うと同時に、麻雀選手として次のチャンスへと気持ちを切り替えていく。
そんな仲間の心情を知ってか知らずか、満面の笑みを浮かべて胸に飛び込んできた衣を抱っこして椅子に座らせる京太郎を見ながら、ゆみが問う。
「最後の一人は君が座るのか?」
「いえ、俺はご奉仕役なので清澄から一人。さっきは誘えなかったので」
椅子に座って『わー執事だー』と若干知能指数の下がった久はぼーっとやり取りを眺めていたのだが、一同を横切った京太郎はそんな久の前に膝をつく。
「お手をどうぞお嬢様」
その声音に、そうするのが当然という風に久は手を重ねる。京太郎に手を引かれた久はとてとて歩き、引かれた椅子に腰かけた。辛うじて意識を取り戻したのは、両隣に座るゆみと衣のにやにやしたいやらしい顔と、正面に座る美穂子の雌の顔を見てからだ。
直感する。ここに鏡などないが、今の自分は正面に座る雌と同じ顔をしているに違いない。湯だり切った頭で周囲を見回すと『悔しい!』と全身で主張する咲と和の顔が目に入った。
部長として言わなければならないことは解っている。咲や和を優先するべきだ。私は部長で三年で年上なんだから。らしいことをしなければいけない。いけないのに――心の底から湧き上がってくるのはどうしようもないくらいの高揚感と、みっともない優越感。あっちじゃなくてここにいることに果てしない喜びを感じている自分に眩暈がする。
この熱が去って冷静になればどうしようもない自己嫌悪に陥るのが目に見えているのに、近くでせっせと働く京太郎の姿を目で追っていると、後輩に席を譲るための言葉はケバいくらいに桃色の霧の奥に消えてしまう。
悪い男に引っかかって破滅する人間の思考が少しだけ理解できた気もする。彼女らは状況が見えていない訳ではないのだ。目の前にあるのが破滅に続く道だとしても、そこに向かって歩く足を止めることができないだけなのだろう。この感情がきっと彼女らを動かすのだ。
咲も和もかわいい後輩。彼女らを応援したい気持ちも当然ある。それなのにこの席に居座る自分は何て嫌な奴なんだろう。高揚感の中でさえ自己嫌悪に陥る久であるが、後にこの時の自分を苦笑と共に振り返る。
本当、良い恋をしてたじゃない
そこまで割り切るためには時間が必要だった。欲望と自己嫌悪と同時に戦いながら苦悩する久を後目に、透華が切り出す。
「さ、私たちも対局ですわよ!」
弟分相手に盛る他校の雌どもに姉として思うところがないではなかったが、ここで口を挟むのは野暮でしてよ、と判断した透華の音頭でご奉仕テーブル以外智紀のPCでランダムに決められたオーダーに従って散っていく。京太郎の卓に残ったのは着座した四人と京太郎。それにそのフォローのためにカートをころころ押してきた歩の六人であるが。
「その一卓に二人でご奉仕って偏り過ぎじゃないかな!?」
「この半荘が終わったら順番に回りますのでもう少しお待ちください一お嬢様」
「絶対だよ!」
一だけでなく着座した全員に良い具合に気持ちが乗っている。過不足ないテンションの上げ方と言うのは指導者として常に気を配る所であるのだが、執事一人いれば解決できるのだなと貴子は世の無常を嘆く。
ご奉仕で頭がぼーっとしているのか山を前に出すのに失敗して盛大に牌をぶちまける清澄の雌とそれをフォローする執事の様を写真に収めた貴子は、手慣れた手つきでそれを風越OGのグループチャットにアップした。ほどなくして、OG達の文面が殺到する。
『久保ォ!! お前更生したと思ってたのに!! 指名料おいくらですか?』
『合宿中に執事のデリバリーなんて名門風越の風上にもおけませんわ!! なんて破廉恥な女なんでしょう……その執事私もアテンド可能ですか?』
『欲望ダダ漏れだぞババアども。ちなみにいくら払う?』
『差し向かいで一緒にご飯食べてくれるだけで十万は固い』
『執事コスで接待してくれるなら二十万出す』
『一晩付き合ってくれるならもっと出す』
もう何年かしたら美穂子を招くことになるのだからもう少し上品になろうと言ったばかりなのだが、目を離すとすぐにこれである。女に幻想持ってそうな京太郎などには見せられない魔窟の現状に、その住人の一人である貴子はひっそりとため息を吐いた。
『で、この執事は何処の誰クンよ』
『清澄一年の須賀京太郎くんよ』
『一年ってことは去年までDCか。濡れる』
『確かにヴァルシオンとか乗ってそうな顔してるわ』
『そのDCじゃねーよ!』
『オタクどもは置いといて、津上お前いつから高校生が守備範囲に入った? お前は執事なら
アルフレッド・ペニーワースと答える女のはずだが』
『ガフかケインか悩みどころよね。それで須賀くんの話に戻るけど南浦プロが県麻雀協会に売り込んできてね。県の次の広報でこいつ使えないかって。そしたらおじさんたちが張り切っちゃってさ。ベストショットを選ぶのは俺だ! って』
『執事の魅力はおっさんも狂わすのか』
『永水じゃねえんだから執事コスで対局とかしねーだろ』
『受けると思うんだけどなコスプレ麻雀』
『久保。お前現地にいるんだから対局中の執事の写真とかないの?』
『執事に変身する前の奴っすけど』
先の対局中にぱしゃぱしゃやりまくっていた清澄の連中に交じって撮った写真をアップロードする。無言になることしばし。OGたちから返ってきたのはどれも感嘆の声だった。
『あー、こりゃダメだわ。おっさんはイチコロだわ』
『絵になる子ねぇ……見てよこのびしっと伸びた背筋』
『どういう教育を受けたらこんな打ち姿になるのか聞きたいね。うちは本当猫背が多くて。いやまぁ私もなんだけど』
『うちの教室に来てくれたら生徒だけじゃなくてお母さんたちも大喜びだと思うけど派遣とかマジでないの?』
『今はルーフトップのバイトで手一杯だそうで他の仕事請け負いは無理そうっすね』
『そういや染谷さんとこのお嬢さん清澄だったな』
『秋の懇親会会場は決まったな』
やんややんやと盛り上がる先輩どもを前に貴子は頭を抱えた。OG会――OGの親睦会とは別の部の運営にある程度関与している人間の集団――に所属している中では貴子が最年少なので面倒なことは概ね貴子の仕事になる。懇親会の幹事も当然貴子の仕事なのだ。
『久保さっきの写真表に出さないようにね。こんな雌の顔してるとこが表に出たら福路さんの路線変わっちゃう』
『風越のイメージアップがかかってるからさ。頼むよ』
『福路さん期待して私らみたいなのが出てきたら出オチ感半端ないけども』
『バカめ寄ってきたらこっちのもんよ』
『雌の顔って言うなら清澄のおさげも負けてないわよ』
『自分とこの部長既に誑し込んでるとか青春してるにも程がある。共学はこれだから……』
『苦くて酸っぱくて熱かったけど甘さのなかった高校時代を思い出すわー』
『二年でレギュラー取れなくて部屋で悔し泣きしてる時に龍門渕に行った友達から初体験を済ませたって嬉しそうに電話きた時のこと思い出すわー』
『合宿抜け出そうとしたら私だけ逃げ遅れてコーチに裏投げ食らったの思い出すわー』
『それ見てげらげら笑ってたら忍び寄ってきたコーチに腕極められて死ぬかと思ったわー』
『ロクな青春送ってないな私ら!』
ガハハと画面の向こうで笑う女たちは選手として風越の黄金時代を支えた面々であり、卒業後も母校に貢献してくれている現コーチの貴子から見ても大先輩方であり恩人だ。
幼年、小学生向け教室の教師から県内中学校の監督やコーチは将来的に風越に入ることを見込んで選手を鍛え、大学や実業団の関係者は卒業生の受け皿となるべくパイプの構築と増強に余念がない。先に名前の出た津上女史のように県の委員会にも風越女子の卒業生は幾人も入り込んでおり、県の麻雀界では最大規模の派閥を形成している。
対抗馬である龍門渕が豊富な資金力こそあるものの麻雀界への関与はそこまで熱心ではないことも最大である一因であるのだが、そんな地元の雄である風越もプロとして花開いたという選手は多くはない。毎年のように高卒プロを送り込んでいる千里山や姫松と比べるとその差は歴然としており、奈良の晩成と並んで『全国出場回数の割にイマイチ』などと陰口を叩かれることもしばしばだ。
かつてはその方面の希望の星であった貴子が大学在学中に方針転換して教育者として母校に戻ったため、久片ぶりの大当たりで器量よしで優等生の美穂子はOGたちにとっても希望の星なのだ。
団体戦が予想を覆しての清澄優勝で終わったことには驚かされたものだが、まだ個人戦があるとOG会の面々はかじりつくようにして中継を見ていたという。美穂子はそんな中で去年のインターミドルチャンプである原村和を破り全勝で全国行きを決めた。OGたちが号泣して喜んだことは想像に難くない。大分年下の美穂子を貴子以外の全員が『福路さん』と呼んでいる辺り只ならぬ敬意が伺える。
『石巻さん。さっき確認取れましたが福路だけじゃなく鶴賀の大将と清澄のおさげもそっちに進学予定らしいっす』
『やったぜ。来年はインカレ制覇マジで狙う!』
『後こっちはオフレコでお願いしたいんですが――』
「宮永ァ! お前の姉は地元戻ってくるってことで良いんだよな?」
「国立一本って言ってました!」
「サンキュー」
『――宮永照がこっちに戻るそうです。国立一本だって妹が言ってます』
『……石巻反応なくなったな』
『無理もない』
『私なら窓を開けて叫んでるね』
『インカレ四連覇が見えりゃそりゃ叫ぶわ』
『ちなみに例の執事とは中学からの縁だそうで大学にもぼちぼち顔出す見込みっすけど、福路の手前唾つけたりしないようにって連中にはそれとなく言っておいてください』
貴子は風越のOGであると共に地元国立のOGでもある。自分で行ければ良いのだが四月は何かと忙しいので他人頼みだ。石巻女史は当時から監督であったので貴子からすると高校と大学の先輩であり大学の恩師であり現在のOG会の同僚だ。
素行の関係で麻雀の成績があっても推薦が若干厳しかった所、彼女が熱心に働きかけてくれたので無事に入学できた経緯もある。グレた娘をきちんとした大学に入れてくれた人ということで両親に引きずられて頭を下げにいったのも記憶に新しい。風越の関係者の中では先代コーチに次いで貴子の頭の上がらない人だ。
『生殺しとかキツいわー』
『関係ない話ですが執事は菓子作りが得意とかで清澄は週替わりでスイーツの差し入れがあるそうっす。当然料理全般得意で藤田先輩はこいつのかつ丼なら毎日食っても良いって絶賛してました』
『高校生の内からそんな優良物件囲ってたら喪女一直線だろ。大丈夫か清澄』
『やっぱり私らで手取り足取りするしかないな』
『執事弘世の御前のマブみたいっすよ』
グループチャットにまたも沈黙が降りる。貴子は友達という意味で言葉を使ったのだが、もう少し強い意味で情夫という意味もある。そして金持ちの婦人が若い男を囲うというのも良くある話で、弘世の御前は燕の二羽や三羽飼っていてもおかしくない人物だ。
『やっぱり若い方は若い方同士で恋愛をすべきだと思いますわ』
『そうですわね。風越の人間らしくエレガントに行きませんと』
『久保さん、そういう恐ろしい話は次回からは早めにお願い致しますわね』
案の定、後者の意味で捉えたらしいOG達は完全に腰が引けていた。おもしれー人たちだよなほんと、とコーチの顔に戻った貴子の視線の先、今度は風越の雌が牌をぶちまけていた。
・スマッシュシスターズ
京太郎の考案した清澄のトラブル解決方法。ハンマーによる突きとヘルメットによる殴打が認められた叩いてかぶってじゃんけんぽん。怪我をしないように加工された道具により安心安全にバトれます。