「光るものはあるな。むしろ光るものしかない」
自前の能力によって運を吸い出されるという珍事を身に受け目を回したマホを横目に見ながら京太郎は自分で書き起こした牌譜に視線を落としていた。優希と咲のように打った局二局分の牌譜である。開局前に倒れた局は須賀京太郎のように打っていたのだろうと思うと見れなかったことが悔やまれるが、それは後の楽しみにするとして今は解っていることの整理を優先する。
「若干荒っぽい所はあるが打ち回しからオカルトまで優希と咲そのものだ。これがオカルトによるものだとしても長くはもたないようだけども」
「根拠を聞いても良いかしら大参謀」
「優希を複数局続けてできるのなら東場の間は維持するでしょう。真似は長くても一局。牌が配られた段階で強制的に切り替わるか任意にやってるかは解りませんが、少なくとも同じ真似は続けては使えないみたいですね。クールタイムが長いのか一度真似をするまでに何か別の手順を踏む必要があるのか……今の時点ではクールタイム長いが推しです」
牌譜に視線を落としたまますらすらと京太郎の言葉が続く。よくもまぁ二局見ただけでここまで出てくるものだとひっそりと感心しつつ、真剣な表情で牌譜を眺めている京太郎に久の視線は釘付けに……なりそうになった所で意識を取り戻した。
執事の時からこっち調子が狂って仕方がない。須賀京太郎というのはデキる後輩には違いないがたまに意地悪になるところがある。ひょっとして全て解っててからかってるんじゃないかと思う時もあるのだがまぁ気のせいだろう。
全ての判断基準が男な女なんていくらなんでも面倒くさいにも程がある。流石にそこまで重い女には
大人の女になろう。それが卒業までの目標である。
久の内心の葛藤を他所に目を覚ましたマホがのろのろと起き上がった。ぼんやりした表情で周囲を見回したマホは、しかし不思議そうに首を傾げた。
「……インターミドルは?」
「去年の話なら私が勝ちましたし今年はまだ始まってません。寝ぼけてる……というか調子が悪いなら中断して休んではどうですか?」
「マホなら大丈夫です! 続きをやりましょう!」
一瞬で眠気が吹き飛んだらしいマホが卓に戻る。同中グループの面々は顔を見合わせてやれやれという顔をすると同じく卓に戻った。運気を吸われると体調が悪くなるということもないではない。神境では京太郎も何度も体験したことであるが、マホの様子を見るに体調不良という風はない。それでもということはある。少し注意を深めることにして、マホの後ろに戻った京太郎は早速自分の推察を試してみることにした。
「ちょっと趣向を変えてみよう」
サイコロのボタンが押される前に提案されたことで、マホの視線が肩越しに京太郎を向いた。視線だけで指は動いていたのでサイコロのからころ回る音が聞こえる。本来なら気を失った時に牌をひっくり返したマホのチョンボであるが、それはなかったことにしての継続である。東一局三本場。卓によって配られたマホの手牌は索子混一色のリャンシャンテン。アガりを重ねて流れを引き寄せている気配の手牌を前に京太郎は問うた。
「この局面、
「これです!」
と二枚使いの五索を指す。ほぼノータイムの声にマホの手が見えない和は不安そうな表情を浮かべる。先輩の問に適当に答えたと思ったのだろうが、不満でなく不安な辺りに和なりにマホへの好感度が高いことが伺えた。
理論派の和に対してマホは優希と同じく感覚派だ。優希が点差を感覚で処理しきれず彼我の差の認識が曖昧だったのと同様にその後輩であるマホも何切る問題が得意なようには見えない。同中の先輩である和が適当に答えたと判断したのはもっともだが後ろでマホの手を見ていた京太郎と久はマホの判断が牌効率的には正解であることが見て取れた。
それなりに勉強をしていれば誰でも導き出せる選択。仮に池田がこれで正解をして喜んでいたら貴子から怒号が飛んで来るレベルの難易度だ。初心者ならばともかく名門校でレギュラーを張っている人間ならばできて当然の難易度であるが、牌を切る手付きさえたどたどしいマホがノータイムでやったというのは目の前で見ていても聊か信じがたいことではあった。
「じゃあ何でそれを切るのか説明できるか?」
「これが一番お得です!」
「これを切ってもお得に見えるが……」
京太郎の指が隣の四索を指す。場の状況によっては選ぶこともあるが牌効率的には次点の選択肢である。流れに乗った親の第一打。広く取るのが正着であるから、僅かではあっても有効枚数の多い五索を切ることを多くの人間は推すだろう。マホの感性に沿って正しい選択をした訳であるが、他人から揺さぶられると自信も揺らぐというもの。自分の選択にどの程度自信があるのか。京太郎が見たかったのはそこだった。
真面目な顔で言ってくる京太郎にマホは首を傾げたが、しかしにっこり笑って言い切った。
「こっちの方が、ちょっとお得です!」
「これもそれなりにお得ということは解る訳だな」
多少揺さぶられた程度では判断は揺るがない。中々堂に入ったマホの態度にふんふむと京太郎は黙考する。しかも直感的に正解に行きついている訳ではなく過程を踏んでいる気配だ。どちらが有利かだけでなくどの程度有利かも把握できるようである。理屈でなく感性で導き出せるなら大したものだが、和の思考を追っているならその下地にあるのは理論だろう。どんな能力であれそれを真似できるのであればそれを使いこなすだけの下地がある。かみ砕いて説明できないだけで、マホには和の打ち回しが今の時点でも理解できているのだ。
その素質を活かせるかは日頃の鍛錬にかかっている。苦手意識は才能に蓋をすることだってある。可能性を追求するために一番有効な手段はいつの時代も『とりあえずやってみる』だ。
「それじゃあ和の真似とかそういうのは抜きにして、マホの好きなように打ってみてくれ。チョンボとかそういうミスをしないように俺がツモり方を教えるから」
「解りました!」
元気よく牌を切り出すマホに気配が変わった様子はない。『マホの好きなように打つ』は『好き放題やって良い』と解釈もできる。曖昧な言い方をしたのだから誰かの真似を始めたとしても咎める気はなかったのだが、好きにと言われて真似をせず自分の力で打つことを選択したマホのことを京太郎は好きになりかけていた。
「何もしてない時は必ずこの姿勢というのを作る。ちょっと難しく言うとホームポジションだ。膝の上に両手を置くのでもいいしひじ掛けを握るのでも良い。これ自体に特に意味はない。競技に打ち込むのに支障のない範囲で好きに決めてくれ」
ついでに集中しやすいポーズなりを発見できると良いのであるが、中々これというのは見つからないものである。京太郎は咏や霧島神境での指導から背筋を伸ばすと集中できるのだが、大半の選手はそれだとストレスが溜まって仕方がないと不評だ。和のエトペンがあればというのは全国的に見てもレアで選手としてはお得な要素なのだ。
「自分の手番じゃない時には必ずその姿勢でいること。慣れるまではある程度ポンチ―カンは封印した方が良いかもな」
はい! と元気よく返事したマホは本当に口にチャックをしたようにへの字口にした。ツボに入ったらしい咲が視線を逸らして笑いをこらえている。自分が感情表現があまり得意でない咲は表裏のないドストレートな感情表現をするタイプに感情を揺さぶられやすい。大親友の淡に構ってもらえると凄く喜ぶし、逆に和に煽られるとすぐに頭に血が上るし良く笑い泣くようになった気がする。
情緒不安定過ぎやしないかと思わないでもないのだが、お姉ちゃんであるところの照も父君の界もこれで良いと太鼓判を押している。二人からすると今までは他人と関わりなさ過ぎたのでむしろ良い変化だと喜んでいるのだ。好き嫌いで言えば京太郎も今の咲の方が好きである。
「自分の手番が来たら一呼吸置いて、それから牌山に手を伸ばす。ツモってきた牌を手牌の上に置く。何を切るか考えて決めたら手牌からその牌を抜いて河に置く。それから手牌の上の牌を仕舞う。特にツモる前の一呼吸が大事だ。ぼーっとしててツモる場所を間違えるのは、少牌や多牌よりもずっと多いミスだから気を付けろ」
「私はよくやるじぇ!」
「優希はもう少し気を付けていこうなー」
はははと笑い声が漏れる。和だけでなくマホもムロも笑っている。同じ部活にいた頃からこういう空気だったのだろう。優希やマホというムードメーカーありきなのだろうが、和のようなタイプが素直に笑っている辺り良い雰囲気の部活だったことが想像できる。
「後は視線を手元に向けることだな。どこをツモる。どこに置く。どこから抜いて、どこに置くか。どの動作の時にも山と接触する可能性があるし、自分の手牌をひっくり返すこともある。大会には制服で出るだろうけど、袖に余裕のある服を着る時には注意だぞ」
「はいセンパイ!」
返事は元気で気持ちが良い。誰の真似もしていない時のマホは初心者丸出しの動きでぎこちないが、アドバイスはすぐに実践しようと律儀にその通りに実行している。それでも危なっかしさはあるがチョンボが多いと自覚している選手の改善のためにはこれくらいでちょうど良いと京太郎は経験で知っていた。
小学生の時分、レジェンド教室でこの傾向にあった桜子に晴絵が用いていたのがこの方法だ。当時から所作が綺麗と褒められていた京太郎も手伝って指導に当たったが京太郎が奈良から引っ越す頃には改善されていたので効果は折り紙付きである。これでダメなら膝に乗せるしかないと晴絵も言っていたのでマホのぶきっちょさがそこまでではないことを祈るばかりである。何とかすると言った以上膝に乗せる覚悟くらいはあるができれば衆人環視の環境でやりたくはない。
「中々良いな。これならすぐにテンポ良く打てるようになると思うぞ」
「ありがとうございます!」
「ああそれとその牌は優希に当たりだ」
「え」
「ロンだじぇ!」
マホに阻まれていただけで風は吹き続けていた優希の手がついに爆発した。混一色、白、中、小三元、三暗刻、ドラドラ。ダマなのは一手変わりで四暗刻が見えていたからだろう。見逃しもないではないが、親のマホに先行されている状況でマホから当たり牌が出たのであれば倒すより他はない。三倍満の放銃で一気に懐が寒くなってしまったマホだが本人は優希の三倍満を一緒に喜んでいた。凄いですと褒めちぎってくるマホに優希もご満悦である。
そんな喜びの中次の局。まだ興奮冷めやらぬとアガった優希よりもテンションのアガっている様子のマホに京太郎は言った。
「次の局は久さんの真似をしてみてくれ」
「久さんって誰ですか!?」
「こちらにおわす麻雀がとても上手でかっこよくて頼りになる清澄の部長さんだ」
「部長さんですねわかりました!」
久が何やら頼りなく袖を引っ張ってくるのだがそれには気づかないふりをする。申し訳ないが今良い所なのだ。気づかないふりをして久の良いところかっこいいところをマホに吹き込んでいると袖を引く力が段々と増してきた。最初はくいくいだったのが今はぐいーである。振り返ったら顔を真っ赤にしているような気がするがそれでも気づかないふりを続ける。今はもっと良い所なのだ。
任意に誰の真似をするか選べる。真似をしないという選択もできる。真似をしなかったことでペナルティが発生している気配もない。後はどれくらいストックができるのか。ストックするための条件も知っておきたい。現状どちらも制限はないんじゃないかというのが京太郎の予想であるが、世の中上手い話だけで回る道理はない。今気づいていないだけでペナルティが既に発生している可能性がある。打ち回しを注視しながら見ていると悪待ちをしたマホがさくっと出アガって終わった。三倍満を振り込んだ後なのに、誰かの真似をしている時のマホはツモも絶好調である。
アガって得意そうにしているマホにそっと背後から忍び寄る。牌がせりあがって次の局に切り替わった段階で京太郎は問うた。
「さて。久さんならこの局どうすると思う?」
「わかりません!」
力強さは同じだが和の時とは内容が異なる。おやと久が首を傾げるが、京太郎からすると予想の通りだった。
「和なら?」
「それはですね――」
先ほどと同じ質問をぶつけるとやはり先ほどと同じような密度で返答があった。和ならどうするという視点は今も健在のようである。対局で真似をした久の思考を追うことはできなかったが、先ほど思考を追ったはずの和のことは追うことができた。思考を追うくらいではストックは消費されず、またストックを消費した場合は思考を追うこともできない。自分の中に常時複数人の他人がいてその他人と相談しながら対局ができると考えれば破格の能力だ。他人のオカルトを使ってストックを消費する方がむしろデメリットにも思えてくるがそれも状況によりけりである。
真似していない対局を見るにマホは基礎からしてまるでダメなので色々な状況に対応できる一人を常時ストックしておいて、その他のオカルトをどういう状況で使うのか使い時を見極めながら適宜最適なオカルトを駆使して点棒をもぎ取り勝利していく。現状のへっぽこ具合ではそうするのが一番簡単に勝ちに繋げることができるだろう。
幅広いオカルトに理解があってそれらと対局の経験があり、ある程度以上の知識をもって対策を講じることができる。京太郎がマホの能力を持っていたとしたらアドバイザー役はノータイムでトシにするが――心情的には咏にしたいのだがその咏を始め出会った人間大体が彼女を『妖怪』と表現する。勝つことを考えるなら彼女しかいないのだ――マホが出会ったことがある範囲でとなると数も絞られる。
普通に打つなら和で良いのだろうが和はデジタル麻雀の極致にいるようなタイプであるので、自分が多様なオカルトを持ってオカルトを相手に戦うという状況をおそらく想定できない。まずは基礎力の向上とストックの確保だろう。後はマホの知人で幅広いオカルトに理解があってそれらと対局の経験があってある程度以上の知識をもって対策を講じることができる人間ができることを祈るしかない。
「チョンボの対策はそのまま続けていれば効果ができるだろう。見ていた感じそこまで落ち着きがない訳でも不器用な訳でもなさそうだ。室橋さん悪いんだけども部活の時に見てやってほしい」
解りましたとムロが頷く。反応が薄いが他の同中組が大体キャラが濃いせいで相対的に薄く見えているだけなのだろう。これが普通なのだと思いなおすが、京太郎の周囲には大体濃ゆい性格の少女ばかりであったためムロのようなタイプはどうにも壁を感じる。ここから適度な距離感を見つけ出すのがコミュニケーションだなと思い直し、マホの育成プランを練り直す。ストック確保の手段は模索するとして、そのためにはやはり対局回数を増やすより他はない。マホムロのために時間を使っているが、今は合同合宿中には違いない。これが終わったらまた他校との対局に戻らなければならないのだ。
「久さん俺が間違ってました。やっぱりマホにも他の皆と打ってもらいましょう」
「京太郎、何だか悪い顔してるわよ」
「そうですか? 皆、マホが真似っこ得意なことは内緒にしてくれよー」
はーい、と気の抜けた返事が皆から返ってくると京太郎は満足そうに頷いた。その顔は中学時代ずっと一緒にいた咲をして過去一悪い笑顔だったと評するほどのものだったのだが、本人がそれを自覚するのはずっと先のことである。
「そんな訳でゲストが入ることになりました。高遠原中二年の夢野さんです。午後の対局では俺の枠の代わりに入ってもらおうかと思うってるんですが――」
「断固反対!」
元より京太郎は好意で入れもらっている側である。それが勝手にというのは角の立つことではあるけれども、反対まではされないだろうと高を括っていたら強力な反対意見が早速出た。既に卓について待っていた一が小さな身体をいからせて反対を主張している。
「サーブも何だかちょっとだけだったのに対局まで減らされたら大損だよ! 京太郎は僕のことが嫌いなのかな!?」
「それについては必ず埋め合わせをしますのでご勘弁を。どこでも好きな所をおっしゃってください。夏休み中、必ずエスコートしますので」
「まぁ弟分の愛を疑うなんて愚かなこと解ってたよ僕は。先輩なら後輩を優しく指導するのも務めだよね。僕は断然京太郎に協力するよ」
「ありがとうございます一さん」
今日のゲストの靖子が一人増えたためにローテーションが少し変わっている。団体全国行きの清澄女子は全員。個人で全国行きの美穂子とゲストの靖子は全対局入るとして、団体メンバー+2であるから4で割ると二人余る。二人足すか二人引かないといけない訳だが、これは前日と同じく引く方が採用された。
この枠には全国には行かずもう引退というゆみと智美が入っている。入りたい時には鶴賀の誰かと交代と決めているがゆみは喜んで京太郎の後ろに張り付いていたし、智美もジュース片手に観戦の方が性に合っているらしく入れ替わりは発生していない。
午前はこれで上手く回っていたので午後もこれでオーダーを既に組んでいる。マホの対応は少し長めに取った午後の休憩中にやっていたので、これが午後の対局一発目なのだが、それに同卓の予定だった一が勝負所と見て一気呵成に攻めあげたのだ。
良い恰好をしたいと思っている人間にこの類の攻撃は使いにくい。かわいいワガママと思ってくれれば良いが、そうでなければ醜態をさらすだけ。ワガママにしてもお願いにしてもタイミングというものがあるのだ。ここだと思って迷わず動いた一の嗅覚の勝利である。
同じことを考えていた智樹や桃子はぐぬぬと一を睨みやるが、一番槍を取られただけで功成らずとなった訳ではないと思い直した。二番煎じはイマイチ気分が良くないものの、一はデートしたんだからと切り出しやすくもある。八月前半は全国大会で予定を食われるから後半の予定を早めに確保しなければ。少女たちの目は真剣だった。
そんなこんなで対局が始まる。京太郎はマホの後ろで打ち回しを監督しながら観戦していた。京太郎の紹介であるからどんな強者かとマホを知らない面々は思っていたようであるが、手付きが初心者丸出しなことに少なからず驚いていた。
で、あるならば彼の意図はこの少女の教育なのだろうと言われずとも理解する。高校生の強化合宿でやることでもないような気もするがそれはそれだ。マホが素直で先輩に目をかけられるタイプなのも奏功し、同卓した面々は気付いたことを逐次アドバイスしてくれた。
同卓しているのは一、まこ、星夏の三人である。対局経験が飛びぬけて豊富なまこは状況に応じたアドバイスをするのが得意で教え上手なことは知っていたが、後輩皆無の一が中々親身に指導をしてくれ、一年である星夏もあれこれと世話を焼いている。
今一年と言っても去年までは三年だった訳で、特待生でなかったとは言え名門風越の門を叩いたのだから部で後輩の面倒を見たこともあったのだろう。後ろからの京太郎のアドバイスから打ち回しの時点で難アリと悟ったのか、細かな注意点をそれとなく教えてくれている。
目を見張るのはマホの方だ。確かに物覚えは悪く進みはゆっくりであるが、アドバイスを受け入れ『変わった』というのが実感できるのだ。確かな手ごたえを感じると教える側も嬉しいもので挟む口にも熱意が籠っていく。気づけば京太郎がアドバイスをするまでもなく同卓した三人だけでマホの指導体制は完成していた。
「また良い奴を連れてきたもんだな須賀」
気づけば仕事がほとんどなくなっていた京太郎が目を丸くしていると、隣で貴子がくつくつと笑っていた。
「結構な才能を持ってる娘なんですが現状それ以前の問題でして。対局を重ねてもっと滑らかに動いてくれればと思って連れてきたんですが、することがなくなっちゃいました」
「教える側からしたらこれ以上はないだろうからな。指導者を育てるタイプの生徒ってのがたまにいると先代から聞いちゃいたが、こいつがそういうタイプなんだろう。打てば響くっていうのかね」
「今日あったばかりでまだ少ししか教えてませんが。教えるのって難しいですね」
「簡単ですねと言われたらシメてるところだ。私も毎日勉強だよ。私らを教えてた先代の心境を思うと背筋が凍る。福路を始めお行儀の良い連中ばっかりで私は幸せだ」
「やりがいありそうですよね風越のコーチは。で、質問なんですが――」
「個人なら県大会ベスト8が最低ライン。団体レギュラーならベスト4。どっちも全国に行けばまぁまぁ安全圏だ。成績が近い場合はうちの場合県内の選手が優先される。ここは学校によって違うだろうから、他の奴にも話聞いてみると良いぞ」
「もしかして顔に書いてありましたか?」
「この時期そういう顔のやつばっかり相手するからな。私が大学や企業に行く時は、お前みたいな顔してるんだろうが」
なるほどな、と京太郎は小さくため息を漏らした。『風越で特待生になるにはどうしたらいいか』というのが聞きたかったのだが、貴子は条件だけをそれとなく教えてくれた。何の条件と明言していないのは本来は部外秘の情報であるからだろう。聞いておいて何だが確かに他所の人間に聞かせて良い話でもない。
「うちは偏差値はそれほどでもないから一般でも入りやすい。人数が多いだけあって競争は激しいが対戦相手には事欠かないし卒業後の進路も充実してる。麻雀業界に進むことを前提にするなら長野ではうちが一番だろうな。逆にそれを考えないのであれば龍門渕の方が良いんだろうが、麻雀やる環境としては今はよろしくない。夢野の年齢で県内なら風越か清澄を勧める」
「モンブチダメですか」
「ダメだろう。部を五人で占拠してるから他の連中は同好会扱いで公式大会にも出にくい。奴らは来年まで残るから奴らの同級生は卒業まで同好会だ。奴らが来年引退して同好会の連中が部に復帰しても、外部との対局経験が少ないというのは割と大きなハンデになる。名門校は毎週末練習試合を組んで休みなしなんてザラだからな」
「マホが入学する頃に残ってる人たちは経験値が少ないってことですね」
「そういうことだな。なら層の厚い風越か知ってる奴のいる清澄が良いだろうってことだが、実績が出れば選択肢も増える。宮永姉は選び放題だったろう?」
「部屋の床をパンフレットが埋め尽くしてましたね」
「それで白糸台を選んだんだから何故だと当時はOG会でも話題になった。県内ならうち、県外なら千里山ってのは大方の予想だったよ」
パンフレットの制服を見て照さん似合うだろうなって思ってたのを見透かされたのが理由ですとは言えずに京太郎はただ苦笑を浮かべた。貴子はその笑みからこいつが勧めたんだなということを察していたがこちらも口には出さなかった。何にしても過ぎたことである。
「入学後の選手の成績が振るわないと責任問題になることもある。名門校の有力者にコネがあるなら直接ねじ込んでみるのも良いが、実績と実力はあるに越したことはない。やるならみっちりやっとけよ。お前の推しなら私も楽しみにしておく」
「ありがとうございます」
「ありそうな雰囲気だから興味本位で聞くが、お前のコネはどんなもんだ?」
「名門校で言うなら臨海と姫松と千里山の監督とは割と連絡を取り合ってます」
「……姫松はどっちだ?」
「郁乃さんの方ですね。善野監督とは本人の体調の関係でまだ会ったことはないです」
「お前なら世界中に知り合いがいても不思議じゃないと思ってはいたが、実際に聞いてみると驚きだな。アレクサンドラ・ヴィントハイムなんて並のことじゃスケジュールを抑えられないと聞くぞ」
「一年の半分以上は海外にいるそうですね。先週末にようやく中東の出張から帰ってきたとかで監督なんだから監督しなよという留学生からのクレームが四人分俺に入りました」
「そういうコネは大事にしておけよ。お前がいつか本当に教える側になった時に頼りになる」
「俺まだ一年ですが、気が早くないですか?」
「お前は選手よりは指導者向きだ。そして指導者になるなら覚えることは山ほどある。私みたいにあの時あれやっときゃよかったと毎日後悔したくなければコネは維持してもっと勉強しとけ」
やけに実感の籠った貴子の言葉に京太郎はそうしますとだけ答えた。二人の視線の先では誰の真似もしていないマホが一の一索を打ち取り初めてのアガりを拾っていた。
次回から、全国編です!