セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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現代編29 全国大会準々決勝編②

 

 

 

 

 

『コマちゃん参上ですっ!』

 

 対局場に向かうまでの廊下で小蒔のそんな口上を聞いた巴は思わず面食らってしまった。我らが神境の姫様が口上と共に両腕を大きく広げてポーズまで決めている。神境の外でここまで調子に乗っているのは相当に機嫌が良い証拠だ。

 

 うきうきな小蒔はその場でぴょんぴょん跳ねながら皆で仲良しになってきたこと、京太郎から喧嘩はしないでくれと伝言があったことを告げると、足取り軽く控室に消えて行った。きっと控室でもさっきの口上をやるのだろう。霞の面食らった顔を見ることができないのは残念でならない。

 

 控室に消えて行った小蒔の神代家は霧島神境が今の場所に開いた時から存在する名家中の名家であり、巴の狩宿を始めとした分家を束ねる宗家であり神境を拠点とする家々の代表である。その姫である小蒔はいずれ神代の家督を継ぐ同年代の巫女を束ねる存在で、神境の界隈では大抵のことが許される立場にある。

 

 六女仙とはその姫を支える巫女六人を指す。姫が家督を継いだ時、神境の要職はこの六人で担うため、六女仙に選ばれることは神境での栄達を約束するもの。選ばれることは神境の巫女にとっては大変名誉なことなのだ。

 

 小蒔の幼馴染で彼女の覚え目出度く、年齢が近くておまけに退魔師という肩書が揃っていた以上巴が選ばれることは半ば確定していたのだが、それでも正式に六女仙に選ばれた時、狩宿の親戚一同が狂喜乱舞したことをよく覚えている。

 

 六女仙の六つの席は筆頭とその予備が石戸で埋まっているため、石戸以外の家からすると枠は四つしかない。それなのに分家の数だけでもその数を超えるものだから歴史ある家でも何代にも渡って縁がないということもザラにあった。石戸の他にほぼ毎回選ばれているのは薄墨くらいのもので、滝見は一代、狩宿は三代、十曽に至っては六代ぶりである。

 

 そんな六女仙の仲間たちも癖はあるが皆良い娘たちだ。彼女らと一緒にいるのは楽しいし、仕える姫様は品行方正で見目麗しく、まさしく大衆が想像する和の姫様像を体現した存在であるがこの姫様が中々一筋縄では行かないお方なのである。

 

 試合に出ていく時は真面目モードだったから対局が終わるまでそのままかと思えば、戻ってきたらコマちゃん宣言。姫様があっぱらぱーなことは今に始まったことではないが今回のそれは付き合いの長い巴にしても超展開だった。

 

 京太郎が霧島神境の子なのは形あるものは必ず滅びるというくらいに当然のことであるので、小蒔が宮守の先鋒――例の『シロサン』に突っかかった時には『やっちまうのですよーっ!!』と初美を筆頭に控室で大いに盛り上がったものだが、京太郎の差し金と思しき差し入れを食べた途端、さっきまでいがみ合っていた二人がまるで十年来の親友ですと言わんばかりに仲良しになり、対局が終わったら一緒に記念撮影までしていた。

 

 急に仲良しになった小蒔を見た時の霞と初美の呆然とした顔は、ヒートアップしていた彼女らには申し訳ないが中々笑いを誘い、堪えるのに苦労した。この笑い話については後で京太郎と共有することにして。この急展開。如何に京太郎の差し入れが小蒔に刺さったのかがよく解る。

 

 小蒔の世話は傍仕えでもある六女仙がすることが多く食事も六人が持ち回りで作るのだが七人で完結する環境といっても神境の中だ。食事の慣習は神境の慣習に則るため味付けや献立は七人の好みとは絶妙にズレている。定番の味、故郷の味と言えば巴たちにとってはその味付なのであるが、それが好みかと言われれば必ずしもそうではない。

 

 霞や明星は神境の繊細な――巴に言わせれば不必要に薄い味付が好みだそうであるが、小蒔と初美は特に濃い味付を好む傾向にある。そんな好みを京太郎は熟知していた。客人に料理をさせるという無作法も、俺が作ってあげたいんですという強い主張で退けた京太郎である。彼の作る料理が小蒔も六女仙も皆好きだった。

 

 そんな『京太郎が自分のために作った』差し入れであるから、個人の怒りもお互いの闘争心も吹き飛ばしてしまったのだろう。拳を振り上げて白黒をつけるというのも決して悪いことばかりではないが、京太郎は可能な限りそれを最後の手段にしようとする。そのために全力を尽くすし奔走もする。神境で彼が六女仙同士の喧嘩の仲裁や各々の失敗のフォローに入ったのは十度ではきかない。

 

 この点については巴にも苦い思い出がある。

 

 京太郎がまだ鹿児島に住み神境に通ったり泊まったりしていた頃、皆で叩いて被ってじゃんけんぽんをやろうと、確か小蒔が言い出した時だったと思うが流石は京太郎も男の子。その日は凄まじい集中力を発揮して連戦連勝。最終兵器ですっ! と小蒔に背中を押されて相手になった巴にも驚異的な集中力を発揮して互角の勝負を繰り広げた。

 

 無論当時の巴も一般人の範疇に収まるレベルになるよう手加減をしていたが、その限界を京太郎は突破しようとしていた。十本先取の勝負で九対九。じゃんけんは京太郎の勝ち。お互い得物に手を伸ばしたがこの時点でコンマ一秒は遅いと巴は悟った。

 

 その瞬間、反射的に手加減をやめてしまった巴の身体は高速でヘルメットを掴むと直線的な動きで振りぬき京太郎の顔面を殴打して吹っ飛ばした。ヘルメットも子供向けで発泡スチロール製の柔い仕様であったため大事には至らず、むしろ霞に吹っ飛ばされ慣れていた京太郎はすげーすげーと喜んでくれたのだが、憎からず思っている少年に手を挙げてしまったという事実に巴は生まれて初めて人前で号泣した。

 

 ごめんなさいと連呼する年上の女に申し訳なく思ったのか、京太郎は今も定期的に気にしてませんよアピールをしてくる。スマッシュシスターズなどと名付けて清澄で流行らせたと連絡が来た時には思わず眼がしらが熱くなったものである。

 

 男相手というだけで好き放題やりたがるのは神境の巫女のどうしようもない習性なのか、六女仙は大体この手のエピソードが二つや三つある。色々な意味で迷惑をかけた彼の顔を立てようという意識が、あるいはそんな彼に良い顔をしたいという意識が強く働くのか彼が所属している間は平和的な争いが起きるようになり、それが今も続いている。京太郎が神境にいた証が残っているのだと思うと嬉しいものだ。

 

 女同士の争いの調停者として中々優秀である京太郎は、一重に女を良く観察している。

 

 例えば清澄だ。ぽんこつだけど頑固な所があるけど突撃思考だけどたまに面倒くさい所があるけど。京太郎から聞く清澄評はダメな所から始まって沢山の良い所が続き、翻って最初に挙げたダメな所も良い所だと結ばれる。自分が他所がどんな表現をされているのかどうしようもなく気になるそれは彼の人間性を表した素敵なものだと思うが、清澄メンバーの中で一人だけ巴が『けど』を聞いたことのない人物がいる。

 

 それが今回の対局相手の染谷まこだ。

 

 実家が雀荘でバイトをしている。部活の先輩で一つ上の学年。優しい。頼りになる。麻雀が上手い。料理が中々上手い等々、日々のやり取りの中で集めた清澄麻雀部の情報の中で、まこだけは短所の話を聞いたことがない。

 

 短所が見えるほど交流がないのかと思えばそうでもないらしい。それ以外の要素は他の四人と同じくらいに聞こえてくる。あの京太郎から褒める所しか聞こえてこないとはいったいどんな完全無欠の人間性をしているのか。

 

 オーダー的に自分が対局することが解っていた巴は密かに楽しみにしていたのだが、その疑問は卓を挟んでまこに相対した時にはもうほとんど解決していた。

 

 魂の形というか感じられる力の波長がとても大らかである。図形で表現するのであればほぼ完全に近い球形。人間関係においては誰とでも仲良くなれるタイプで組織の潤滑剤だ。早い話が京太郎と同じで、尖っていたり歪な形をした魂の人間にこの人は自分を受け入れてくれると本能的に思わせそれらを引き寄せるタイプだ。

 

 そりゃあ仲良くもなるし信頼もされるはずである。それでいて年上。自分の立場で言うのも何だが手のかかる年上ばかりを相手にしてきただろう京太郎からすれば、ここまで手のかからない年上の女性は新鮮なことだろう。

 

(まぁだからこそ安心って訳なんだけど)

 

 聞いている範囲では単純に接点が少ない。一緒に過ごしている時間は同級生の三人の方が多いようであるし、危険度で言うならばバイト先が同じである原村某の方が遥かに高い。あんなふしだらな人を兄様の近くに置いておけません! と小さい方のおっぱいおばけが敵対心をめらめら燃やしていたが大きい方はむしろ挑戦的な視線で彼女を見やっていた。

 

 自分の方が京太郎の性癖には刺さると確信を持っているのだろう。最悪二番でも三番でも良い身としてはさっさと手を出してくれた方が御相伴にあずかれて嬉しいのだが、妙な所で奥手な大きい方のおっぱいおばけは何年も同じ所で足踏みをしている。そんなだと取られちゃうよーと内心で舌を出す自分も、足踏みをしているという意味では同類だ。

 

 身内にも外にも思う所は沢山あるのだが、とりあえず今は麻雀である。気もそぞろで麻雀をする人間を京太郎は心の底から褒めてはくれないだろう。派手に勝てなくても、そつなく丁寧に。清澄の眼鏡は宮守の金髪美少女を的にかけたようであるし、同じ眼鏡として応援するのも吝かではない――。

 

 気分が乗ってきたらしいまこが、これから本気を出すとでもいうように眼鏡を外した。

 

 

 宮守の美少女の方を応援しよう。巴はあっさりと宗旨替えをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故か眼鏡を外した瞬間、永水の選手から圧が増した気がした。視線を向けるとにこりと微笑まれる。虫も殺さない慈愛に満ちた微笑のように思えるが、何故だか背筋がぞっとした。

 

 京太郎の話では『永水では一番話が通じる』相手のはずなのだがこの分だとどこまで信用できるか解ったものではない。大体にして彼の人物評価は誰が相手でも良い人良い子で結ばれる。悪口というか陰口というか『ここがダメ』という話は誰が相手でも結構するのだが、彼からすればそこも良い所だと本気で思っている節があるのでアテにならない。京太郎の場合プラスとマイナスは両立するのだ。

 

 その昔不思議なパワーで吹っ飛ばされて池に落とされたり、投げ飛ばされて背中に座られて説教されたりと中々ハードなエピソードの多い永水の大将も京太郎の中では頼りになるお姉さんなのだから、彼の守備範囲の広さが伺える。友達のおばあちゃんと友達抜きで友達付き合いができるのは伊達ではないのだ。

 

 永水は笑顔で感情を覆っている反面、宮守の方は解りやすくて良い。黙っていれば誰が見ても美少女といった風なお嬢さんが、やたら闘志に燃えた瞳で盤上を睨んでいる。勝ってやるんだという気持ちが炎となって見えるようだ。

 

 喧嘩しないようにと遠まわしに京太郎が釘を刺してくれたことが実感できる光景である。そうでなければきっとこの視線は自分の方に向いていただろう。お人形さんのような見た目の割に内面はかなりのお転婆で京太郎の評価も『宮守で一番好戦的』。この対局においては粛々と麻雀を続ける姫松の選手だけがまこの癒しだった。

 

 全くとまこはため息を吐く。好いた男が女所帯にいたら気が気でないのはよく解るが、そこに所属しているからと言って他の四人のように矢印を出している訳ではない自分にまで敵意を向けるのはやめてほしい。

 

 京太郎に対して思う所はまぁ、ないではない。彼がバイトに来てからこっち家族全員と常連が皆口を揃えて『あの子にしておきなさい』と熱心に進めてくるのだ。特に母親からの推しが激しく一緒にバイトをしているのが和なものだからもっと積極的に行きなさいと毎日うるさくて仕方がない。

 

 それは当然京太郎の耳にも届いているようで、気を使ってくれたのか先週全国前にとデートに誘われたのだ。既に夏休み期間ではあるが平日である。行きたい所は? と聞かれても特に思い当たらなかったので、京太郎の発案でモールを冷やかすことになった。

 

 何を着ていくか悩んでいる様を見て母親には散々からかわれた。こんなことならもう少しお洒落に気を使っておくべきだったかと思っても時間は巻き戻ったりしない。これで大丈夫なのかと悶々とした気分のまま当日を迎え、待ち合わせ場所に来た京太郎に似合ってますよと褒められてようやく気が晴れた。

 

 その後は何となくどちらかが行きたい場所に行ってランチをしてお茶をして夕方には解散。甘酸っぱいことなど何もなくただ話をしただけで物凄い速さで時間が過ぎた。

 

 帰宅し部屋に戻り、着替えてからベッドに寝転がり深々とため息を吐いた。何があった訳ではない。デートらしいデートであったかと聞かれても他にデートをしたことがないのだから比較もできない。手を繋いだりもないし、いかがわしいことも一切なかった。

 

 ただ、言い訳のしようもなく、心の底から、今まで出かけた中で今日この日が一番楽しかったというだけの取り留めのない話である。また一緒に二人でどこかに出掛けたいと強く思うがそれだけの話だ。他の四人のように熱を上げている訳ではないし、燃えたり燻ったりもしていない。

 

「ポン」

 

 一通り無意味な自己弁護をしつつも、まこの身体は勝手に動いていた。全国大会のオーダーは都道府県予選のものが基本的には引き継がれる。変更そのものは認められているが、それもメンバーの入れ替えだけで順番までは入れ替えられない。

 

 その上、一度引っ込めた人間は再登板できないという中々厳しい条件であるため、予選の時点で最強のオーダーを決め、残りの人間でそれをバックアップするという方法が定番だ。麻雀という競技の性質上、他のスポーツのように最初は二軍で戦い危なくなったら一軍に入れ替えるという戦法も通用しない。

 

 それ故人数の多い名門校などは誰を何処で使うかを、対戦校のオーダーを予想した上であれこれ考えるのであるが、部員五人の清澄はそういう苦労とは無縁だった。

 

 この五人でどういうオーダーを組むのがベストか。実際このオーダーは久と京太郎が相談して決めたものだが、自分が考えても同じ結果になるとまこは思っていた。精々相手によって次鋒と副将が入れ替わる余地があるかというくらいで、いじる余地がほとんどない。

 

 故に対戦校の誰が相手になるかということは京太郎もあまり考えていなかったはずだが、実際に相対してみて、これほどやりやすい相手はないなと思えた。

 

 宮守の次鋒、エイスリン・ウィッシュアート。

 

 知人の攻略法について、京太郎は貝のように口を閉ざしていた。聞けば当然教えてくれるはずだが、清澄のメンバーでそれを求めた人間は一人もいなかった。勝つために最善を尽くすのは当然だが、自分の心に嘘はつけない。ズルをして勝った、あるいはズルをした挙げ句に負けた――一生に一度の舞台でそんな心残りをするわけにはいかない。麻雀でぶっ飛ばしてやりたい相手であっても、筋を通して勝つ。それが清澄麻雀部の共通見解である。

 

 まこもそれに倣って自分で攻略法を見つけるべく牌譜を見たが、彼女については特に検討するまでもなく攻略のとっかかりは見えていた。

 

 どういう理屈か知らないが、エイスリンはアガりへの道筋を着実に進んでくる。それは予選最高のアガり率という数字となって表れていて、麻雀という競技においては無敵の性質のように思えるが、実際にエイスリンと向かい合ってみて、事前の予想は間違っていなかったと悟った。

 

 おそらくエイスリンに見えている道筋は一本だ。複数ある中から一つを選んでいるというのではなく、最初から一本しか見えていない。それから外れると、現状では軌道修正ができないようである。そうなってしまった場合、新たに道を見つけるというのも事実上できていない。一度崩れてしまえば、少なくともその局は安泰だ。

 

 加えてエイスリンは優希だってここまでではないというくらい顔に考えていることが出る。起きてほしくないことが起こったんだな、というのは顔を見れば解った。最初は困惑だったものが悔しさ一色の顔に変わった辺り、彼女の対応としてはこれで正しいのだと確信も持てた。

 

 ここまで相性が刺さる以上、京太郎はそれを把握していただろう。このオーダーの重なりが意図したものでは必ずしもなかろうが、そこは勝負である。運が悪かったと諦めてもらうより他はない。

 

(活躍できておらんかったしなぁ……)

 

 思えば胸を張って控室に戻るということが予選が始まってからこっち一度もなかったように思う。後輩にさえ心配され慰められるというのは決して面白いことではなかった。

 

 全国まで連れてきてもらった。仲間と共に研鑽した日々が報われたと実感できる時が、ようやく来たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(悔しい!)

 

 大勝利で戻るはずだった控室までの道を、エイスリンは足音高く歩いていく。出ていく時にはぱしゃぱしゃやっていた人々も負けて戻ってきた時にはそっとしておいてくれるようで、カメラもマイクも向けられずにここまで来たが、誰にも放っておかれる状況というのが余計に寂しさを誘った。

 

 生まれて初めての悔し涙が零れる。まだチームが負けた訳ではない。戻って皆と一緒に応援しなきゃいけないのに、一人で泣いていたら泣き虫の豊音は一緒に泣いてしまう。しかし泣き止もうと思えば思うほど涙があふれてきた。

 

 通知音が耳に届く。その瞬間、エイスリンは泣いていたことも忘れてスマホに飛びついた。エイスリンのスマホの通知音は相手によって分けている。家族、麻雀部の仲間、こっちの友達、あっちの友達、その他大勢――。この通知音は京太郎のものだった。

 

『お疲れ様です。ベストを尽くせたと思います。カッコよかったですよ!』

 

 ああ、と小さくため息が漏れる。

 

 俺は清澄の部員なのでと全国大会中は連絡を控えると連絡をもらったことは記憶に新しい。自分以外にも同じ連絡が行っていたらしく『京太郎は宮守の子なのに!』と胡桃は小さな身体で怒り心頭だった。

 

『うちが優勝したら祝勝会に参加! お料理は全部京太郎に作らせる!』

 

 燃えに燃えた胡桃に同調して試合前に皆で気勢を挙げた。なのに白望は喧嘩はやめようと言ってくるし勝負はまた別の話! と勝つつもりで卓に向かえば京太郎の評判が凄く良いマコサンにこてんぱんにやられてしまった。だからこその怒りと悔しさだったのだが、身体の中で燃え盛っていたそれらが画面の文字を見て急速に薄れていく。

 

 優しい子だから敵チームにコメント一つ送るのも葛藤したに違いないのに。それでもやらなければとこうして慰めてくれた。京太郎は決めたことをやりとげる強い子だ。そんな彼が宗旨替えを即断するほど、画面ごしにみたエイスリン・ウィッシュアートは酷い顔をしていたのだろう。

 

 それが今の自分の姿なのだと思うと途端に恥ずかしくなる。かっこいい自分でいたい。きれいな自分を見てもらいたい。それは女の子として当然のことなのだと母はよく言っている。

 

 袖で涙をぬぐって深呼吸をする。

 

 自分を曲げてまで京太郎は励ましてくれたのだから、それに相応しい返答をしなければならない。エイスリン・ウィッシュアートはお姉さんなのだから、年下の男の子に心配をかけた上に更に心配されるなんてことはあってはならないのだ。

 

 一瞬、もう少し困らせたら飛んできてくれるかしらと邪な考えが顔を出したが首を振って無視する。今の私はお姉さん! 心配いらないということを彼に伝えなければならない。

 

 だから一生懸命、掲げたスマホに向かって微笑む。

 

 会心の笑み! かは解らないけれども。迷っているといつまで経っても送れなそうだから勢いで送信する。送信ボタンを押したまま固まること数秒。ひょっとして写真写り悪かったかしらと心配になっておそるおそるスマホを覗こうとすると、ちょうど京太郎から返信があった。

 

『流石の美少女! この前の動画もかわいかったですけど、この写真のエイスリンさんすごくかわいいですよ!』

 

 やった! とその場でぴょんぴょん飛び跳ねてガッツポーズ。京太郎が褒めてくれたのなら良い写真だったのだろう。確認なんて後でいいわと持ち前の切り替えの早さを発揮したエイスリンは足取りも軽く控室に戻ろうとして――気づいた。

 

『ヘイ、チャロ。動画ってなによ?』

『この間皆で撮った奴ですよ。豊音さんが『エイスリンさんがちょーかわいいんだよー!』って送ってくれたんです。そこのけーってやつ』

『それは 記憶から 消しなさい』

 

 豊音の発案で流行りに乗って動画を取ろうということになり、珍しく白望も腰を挙げたので押し切られる形でエイスリンも協力する羽目になったのだ。やろうと言い出したのは豊音なのだからセンターに立てば良かったのに、気づけば自分がセンターに立ち踊って笑顔を振りまくことになっていた。

 

 正気に戻って動画を見て恥ずかしくなって絶対ネットとかにはあげないでと強く言い含めていたのだがそれだけだった。京太郎には見せないでと言ってないのだから豊音は悪くない。顔から火が出るほど恥ずかしいが当の京太郎はかわいいと言ってくれたのでヨシとする。

 

 その後、さっきの笑顔はしばらく待ち受けにしますとか寝言を言い出した京太郎に舌を出した写真を送り付けて話を強引に打ち切った所で、角から胡桃がやってくる。

 

「エイちゃんおつかれー」

「クルミ! ガンバッテ!」

 

 しゃがんだエイスリンの胸に胡桃が飛び込んでくる。ぎゅっと力強く抱きしめあった後、胡桃は手を振りながら対局場に向かっていった。小さな背中が二回りくらい大きく見える。精神的な頼もしさに身体の大きさは必ずしも関係ないという良い見本だった。

 

 気持ちも切り替えてバトンも渡した。後は声をからして応援しまくるだけである。異国の地でできた最高の友達。青春してるなとそこはかとない幸福を感じるエイスリンだったが、一言くらいは言っておこうとダッシュで控室に戻り、扉を開けた。

 

「トヨネっ!!」

 

 友情を前に恥ずかしい思いをしたと訴えたエイスリンだったが、連絡を控えると言った京太郎から自分だけ連絡をもらい、かわいい美少女と褒めてもらったという事実は羞恥心や友情よりも遥かに重かった。

 

 

 

 

 

 

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