全員が全員妄信的だと面白くないかと。
『名前』の重要性は言わずもがな。
個人を識別するのに必要なものだし、例え同姓同名であろうと、その人が生きている証とも呼べるものだ。他人に認識された時点で個別名称が生まれるのだから、本来ならば全員が持ち合わせているものと言える。
しかし、目の前の老婆に
正確には本人が忘れたと言うべきか。どうやら数千年も生きているとなると、名前すら忘れてしまうらしい。人の寿命を生きる俺には理解できない感覚だな。
故に俺達は彼女のことを『ばーさん』『おばば』『長老』『ご隠居』と好きに呼んでいる。
第一部隊において後方支援――専ら『結界術式』や『封印術式』を得意とする、俺の知っている範囲内で、第一部隊の中では一番古株の、生きる伝説が彼女だ。だから『長老』とも呼ばれている。
彼女の経験から語られる知識と、お得意の後方支援には幾度となく救われたのは共通の認識だ。
「ここを拠点として様々な情報を統括してんのか。確かに見つかりにくい場所ではあるし、長老なら適役だよなー。これもゼクスが?」
「ご隠居の能力ならば各地に散らばるメンバーの情報を集めることができる上に、仲介役として連絡がとれる術式を組むことが可能です。要するにオペレーターですね」
ゼクスの言葉にティナが疑問符を浮かべるので、俺は彼女に分かるような言葉を選んで説明を始める。
長老の特異能力……つまり異能みたいなものは、自分の思っていることを任意で遠くにいる相手に伝えることのできるもの。意識さえすれば相手の思っていることも受け取れるので、我が部隊の通信手段の最前線を支える能力だ。『念話』ってやつだな。
もちろん欠点もある。
「複数の相手が同時に伝えてきたとしよう。一度に複数の意見なんざ聞き取れるわけがないだろ? 加えて、一定の実力……この定義が曖昧だったから説明が難しかったけど、どうやら一定のレベルを越えてないと念話は使えないらしい」
「レベルに左右される異能、ですか。今まで聞いたことがありませんね。どのくらいのレベルを必要とするのでしょうか?」
「アイリスの千分の一あれば余裕」
「それ不可能って言いません?」
元王女様は冷や汗をかきながら苦笑いを浮かべていたが、前々から説明する側だった者としては明確な数字が記載されてると説明が楽だわ。
昔は長老の念話の対象を説明する基準として、前世の俺が最低ラインとか言われてたからねぇ。まるで前世の俺がゴミカスだったみたいな印象を、新しい仲間に与えたくない俺としては、判断基準がレベルなのは非常に有り難かった。俺だって見栄張りたいんよ。
というかレベル基準だったのか。そのことについて内心かなり驚いている。
しかし、レベルという基準もそうだけど、前者の欠点もかなり目立つ能力とも言えよう。聖徳太子じゃあるまいし、複数の相手の伝達を聞き取って纏めるのは非常に難しいものだ。
それでも長老は八人程度なら同時に処理できる。
長年培った経験は恐ろしいもんだよ。
「人間の支配領域に関する、ある程度の情報は集まったさね。……だけど魔族や獣人の情報収集担当からの連絡が来ないんだよ。どこで道草くってんのか」
「せめて生存確認くらいは欲しいから、連絡は必ず寄越せって前々から言ってるだろうに。アイツ等は何考えてるんかねぇ……」
俺と老婆ば同じタイミングで溜め息をつく。
戦争を起こすと勘違いをしているのなら、せめて頭の隅に『ホウレンソウ』の言葉くらいは残しておいてほしかった。
「それを言うならアンタもだろう。そろそろ後ろの娘を紹介して欲しいんだけどね。現地妻かい?」
「お? 前世から童貞貫いてる俺に喧嘩売ってんのか?」
こちとら前世から計算して三十越えてんだぞ? 魔法使い通り越して大賢者に至ってんだぞ?
椅子に座りながらほくそ笑むババアにメンチ切りながら、俺は後ろに座っていたティナを長老の前に立たせた。不躾に上から下を眺めるババアに元王女様は緊張した面持ちを見せる。
「彼女の名前はヴァレンティーナ・フォン・ミクトラン。名字から察するかもしれないけど、この国を治めてるミクトランさん家の元第三王女様だよ。この前俺達の新しい――」
「あたしはその子を仲間とは認めないよ」
「ゑ?」
いきなりの拒絶にティナは驚嘆を露にし、俺は不審なものを見るような眼差しを目前のババアに向けた。女神は不思議そうに仏頂面で首を傾げ、吸血鬼は目を細めつつ長老の言葉を待つ。
最初はボケたのか冗談なのか測りかねたが、どうにもふざけて発言したわけじゃないらしい。
根拠もなしに否定から入る奴じゃないのは知っているため、俺は椅子から立ち上がって、顔を青く染めているティナの頭を優しく抱き寄せながら尋ねる。
「……理由を聞こうか」
「ふん、癇癪でも起こすかと思ったんだけどね。感情的にならないから面白くもない。あぁ、もちろん坊主を試すために言ったわけじゃぁないよ」
琥珀を鋭く光らせ、鼻を鳴らす。
「そこのガキは素人目から見ても、とても戦闘に役立つような奴じゃないさ。ましてやレベルも低いってんだから、前方の支援すらロクに低いだろう? いいかい、あたし等の本質は『敵を殺すこと』だ。自分の身も守れないガキじゃ足手まといだよ」
「俺はそのガキとやら以下のレベルなんだが」
「アンタは元々戦うのが得意じゃないだろう? ……まぁ、それは理由のひとつさね。根本的に問題がある」
ババアは編み棒をティナに向けた。
「そのガキは純粋無垢なお人好し、多少胆が据わっているようだけど、血に慣れてる様子じゃない。あたし等『化物』とは遠く離れた存在じゃないか。ふん、怖い思いをしない内に立ち去ることだね」
なるほど、戦闘能力もなく、俺達を支援できるだけの能力を持っていないことは事実だ。否定しようもない。
だが長老が慈悲もなく一言で切り捨てた本当の理由は、ババアは彼女を『化物とは思っていない』ことにある。人を見る目がある歴戦のババアにとって、長老は彼女を『普通の女の子』だと思ったのだ。
前者の観察眼には称賛を送るに値する正確な評価とも言えようが、早計過ぎる結論だろう。
まぁ、ババアの言い分は理解できる。ティナはあまりにも俺達の仲間になるには
彼女はオペレーター兼記録役。今のところ、この異世界の情報を一番持っている部下だが、『知っている』ことと『理解している』のとでは雲泥の差がある。
だから彼女は――理解していないのだろう。
「……長老、アンタは神光教については知ってるだろう? ティナは『盗人の瞳』を持っていていることを踏まえて、同じようなことが言えるか?」
「――ほう?」
俺は彼女を安心させるように抱き寄せながら、長老に彼女の経歴を語った。彼女に聞かせるには残酷な現実で、思い返したくない類いの話なため、当然ティナは唇を噛み締めて耐えていた。
実際に俺と一緒の光景を共有したアイリスと、他から情報を得て俺よりも神光教に詳しいゼクスの補足もあり、俺の想定していた以上に彼女の立場を伝えることができた。やっぱ俺達には厄介な相手だし、神光教滅ぼしたほうがいいんじゃね?
最初は耳を傾けていた長老であった。しかし、この前の村を襲撃した神光教の話辺りで不機嫌そうに眉を潜め、処刑直前の様子を説明する頃には、編み物製作の手を止めて、物凄い形相で聞き入っていた。
不愉快極まりないと語るが如く、無言で編み棒をへし折ったときなどは、ティナがあまりにもの恐ろしさに涙目で俺の後ろに隠れる位であった。余談だが元から付き合いのある俺達ですら圧倒される程、ババアは冷静に烈火のように怒っていたのだ。無理もない。
長老は第一部隊で最古参の一人。俺よりも前線で殺し合い散っていった者達を見届け、もしかしたら仲間意識を一番大切にしている女性なのかもしれない。だから『同族から見放された同士』に敏感であり、暗黙の了解が働いていると見間違うほど、同じような境遇を生きてきた面々を誰よりも気にかける。
そんな彼女は――どのような想いで聞いていたのだろうか? 健気で可憐な少女を迫害した神光教への怒り? 彼女を忌避し人並みの生活を奪った連中への憤り? 忌み嫌われし能力を与えた世界への絶望? それを見抜けなかった自分自身への失望?
この様子では全て当てはまるに違いない。
「――ってなわけで仲間になりましたとさ」
「……あたしもボケちまったんかねぇ。そこらの老害と大差ない持論で決めつけるなんて、己のことながら焼きが回ったもんだ。そこの娘っ子もすまなかったね」
「い、いえ……」
素直に頭を下げた長老が頭を上げたとき、そこにあったのは嗜虐的かつ獰猛な笑みであった。
八重歯を覗かせ口を歪める。
「で、この街にも教会があったさね。いつ滅ぼすつもりだい、坊主? いっそのこと信者含めて神光教徒や教祖、
「賛成。人類居なくなっても私達は困らない」
「人類への宣戦布告……面白そうですね、一枚噛ませていただきましょう。戦を起こすのであれば、どの程度の人員を所望ですか?」
「あれ? 流れが変わったな?」
心底楽しそうな笑みを浮かべて人類滅亡計画を考案する物騒な部下達に、俺とティナはさっきとは別の意味合いで真っ青になった。怒り狂ってるババアが扇動するだけに、現実味が帯びた計画が挙がっていくのはマジで困る。
こんなはずじゃなかった。俺は彼女等を止めるのに幾ばくかの無駄な時間を使いながら後悔するのであった。
♦♦♦
カチャカチャと編み棒が擦れる音だけが響く部屋。
私は故郷であった村の人々と大差ない年齢を召している外見をした女性――『長老さん』と向かい合いながら、ただひたすらに目前の人物が編み上げる何かを見続けていた。……彼等に会ってから常識という常識を覆され、それは外見も例外ではないので、彼女が本当に外見相応の年齢なのかも分からない。
桜華様が「んーと……この身体は十七歳だぜ。精神年齢は……四十四なのか、意外とオッサンだったなぁ」、アイリスちゃんは「とりあえず三十一歳。概念が確立されたのは数千年前」で、ゼクスさんが「年齢とか一々数えてないんですよね。もうそろそろ六百は超えるでしょう」という前例もある。
そして彼等は今ここに居ない。
桜華様は別の部屋で目前の女性が書き記した情報を整理し始め、残りの二人は街に外出している。本当は軽いレベル上げをしたかったオウカ様なのだが、「レベル上げ」「絶対ダメ」とアイリスちゃんに一蹴されていた。
この街には大きな図書館があるらしいが、長老さんは各地の情報をまとめる仕事があったため、まだ図書館には行ったことがないと言っていた。だから、アイリスちゃんとゼクスさんが図書館に向かったわけだ。
あまり人前に姿が出せない私は留守番である。
「………」
「………」
とはいえ何をすればいいのか分からず、ただ編み物が出来上がっていくのを待つだけ――だと思っていたが、先に沈黙を破ったのは眼鏡をかけた老婆だった。
「アンタは坊主のことが好きなのかね?」
「……へ?」
ただ破られた沈黙を突破する言葉は予想外なものだった。
言葉の意味を理解すると、首元や頬が急激に熱くなる。
「えっと……その……! そういうのは本当に分からなくて、あぁ……あの! 私は……!?」
「……なんて分かり易い反応なんだい」
先程の獰猛で鋭い第一印象が強かったためか、優しげに微笑みを向けてくれる長老さんに、幾分か正気を取り戻して頭を下げる。
「その……オウカ様を見ていると胸の中が何かモヤモヤしたような変な気分になるんです。ただ、それが『好き』って感情なのか分からないんです。それに、今の私なんかがオウカ様と釣り合うのかって考えると……」
「あたしは坊主程度の奴が、アンタと釣り合うのかが問題だと思うけどねぇ」
「そ、そんなことないです! オウカ様は優しくて強くて、頭が良くて……何より皆さんのことを一番に考えている、素晴らしい方だと思っています。教会の人達には酷いことをしていましたが、それは私を守るためだった訳ですし」
オウカ様が如何に凄かったのかを語っていると、長老さんがいつの間にか大声で笑っているのに気づいた。本当に愉快そうに声を上げながらであり、もしかしたら他の部屋で紙と睨めっこしている黒髪の少年にも聞こえたのではないかと思うくらいだ。
眼鏡をはずして笑った時に出た涙を拭きながら、白髪の老婆は未だに口元を歪めていた。
「坊主のべた褒めを聞いたのは駄女神以来なんじゃないかね。久しぶりに腹から笑わせてもらったよ。アンタみたいなのに好かれてるなんて、アイツも幸せ者さ」
確かに老婆は笑っていた。
口は笑っていた。
なのに。
どうしてこうも瞳は悲しそうにしているのだろうか。
「坊主が優しい? 馬鹿言うんじゃないよ。アイツは――ただ臆病なだけさ」
【次回予告】
「坊主ほど勇者って言葉が似合わない人間も珍しいくらいだ」
「最弱の……英雄……」
「全部は無理ゲー」
「私達が入っている時点でガバガバだとは思いますがね」
「それでは人類史を紐解いてみましょうか――」