学園祭やら進路志望とかで忙しかったデス。
「臆病……」
「そう、アイツは何事にも逃げ腰の臆病者の卑怯者なのさ。『勇者』なんてクラスを持ってるなんて聞いたときには、腹抱えて笑っちまったよ。坊主ほど勇者って言葉が似合わない人間も珍しいくらいだ」
彼女は皮肉混じりに肩をすくめた。
一瞬だけ――そう、一瞬だけ私は長老さんの発言に反論しようとしたが、口の先まで出かかった言葉を飲み込んだ。
オウカ様を馬鹿にするような物言いに、どこか胸の辺りにモヤモヤとした感情を覚えて、不思議と不快な気持ちになってしまったのだ。しかし、私は彼のことをよく知らない。そんな私が長老さんの言葉を止める資格があるのかと内心で自問自答していた。
その葛藤を察しているのか、そうでないのか。
持論の『なぜ』の部分を説明する。
「アイツとは詐欺師程じゃないけど、部隊の連中では一番付き合いが長いって自負してるよ。それを踏まえて断言できる。坊主の異名は聞いたかい?」
「……『怠惰の魔術師』」
アイリスちゃんから一度だけ聞いたことのある二つ名。この世界では何かしらの功績を立てたものに与えられたり、吟遊詩人が称えたりするときにつけられる、名誉ある称号。
私もお伽噺や本などで様々な勇者の名前を見てきたけれど、一度しか耳にしたことのない『怠惰の魔術師』という二つ名は、なぜか記憶の片隅に残っていた。オウカ様の称号だから、という意味合いがあるのかもしれないが、あまりにも幾千の異名の中でも非常に異質で珍しいものだったからだ。
怠惰という言葉に良い意味はない。そのような二つ名を名乗る勇者は聞いたことがないし、二つ名としてつける単語ではない。
「アイツが優しい? 仲間想い? はっ、アイツは単に失うのが怖いだけの臆病者でしかないよ。だから失うくらいなら卑怯な手段を用いても、
問題児を束ねるのは問題児。上からの命令から背くことは少なかったけれど、積極的に任務を受けようとはせず、怠けるところは全力で怠ける大隊長。一つの任務で幾度となく逃げ、達成させればそれでいいという思考を持った異端者。
それが『怠惰の魔術師』の由来であり、同時に彼等がオウカ様についていく理由でもあった。
臆病であるが故に――彼は『怠惰の魔術師』なのだと。
老婆は言葉を紡ぎ出す。
「街じゃ斬った死んだなんて日常茶飯事だっただろうに、失うのが怖いなんて甘ちゃんは坊主くらいさ。さっさと早死するようなタイプが来たって……そう思ってたんだけどねぇ」
そう言って失笑混じりに言葉を濁した。
長老さんの表情と言葉の意味を察することはできない。
「……まぁ、どんだけ小生意気な坊主だろうと、わたしはアイツの功績だけは認めざるを得ないよ。ヴァレンティーナ、あの坊主は集団戦において一度も戦術的に負けたことがないんだ。どれだけ逃げようが最終的に『負けない』戦いをしてきた最弱の英雄――それがアイツなのさ」
「最弱の……英雄……」
情けない新しい二つ名のように見えて、私には神話や武勇伝のどの勇者よりも輝かしく眩しい言葉に聞こえた。
「あたし等は強いよ、それこそ人間よりも遥かにね。だから力押しの技しか知らなかった脳筋共に『戦術と戦略』を刻み込んだのが×××……桜華の坊主ってことよ。力押しだと限界が発生する。あれより頭のいい奴なんて腐るほど見てきたし、奴より有能な指揮官は探せば幾らでも居る。けどいくら口先だけ達者な知恵者共より、『戦術を練り、実際に結果を出した』奴の方が立派だと思うよ」
もっとマシな戦術はなかったのか。
自分の方が上手く指示できる。
○○すら出来ないのか。
口だけで言うならば馬鹿にでもできる。それを実行して成功させて、初めて認められるものだ。それすらも行わず安全地帯でふんぞり返る上よりも、よっぽど信頼できるさ。
老婆はそう語った。
「戦術と戦略……えっと……」
「おや、知らないのかい? ……あぁ、武勇がものを言う
しかし私には『戦術と戦略』の意味が分からなかった。
『戦術的に負けたことがない』とは、どのようなものなのだろうか? お伽噺や英雄譚で聞いたことのない単語に、私は首をかしげるだけだった。少なくとも凄いことなのだろうけど。
長老さんに質問してみたけれど、彼女は大きく嘆息しただけで、内容を語ることはなかった。
「すまないけど、その話は坊主の領域さね。気になるのであれば今度聞いてみるといい」
彼の新たな一面を知ることができると一瞬だけ内心歓喜したが、老婆のボソリと呟いた一言が妙に心に残ることとなる。
「『こと戦争となると街で最も人が悪くなる』なんて噂が流れるアイツの戦い方……それを受け入れられるかは人それぞれだと思うけどね」
♦♦♦
×××……いや、今は櫻木桜華か。
元々戦闘を得意とする方ではなかったが、脆弱な人間へと生まれ変わってしまった我等が指揮官。その事実に深い悲しみを覚えると共に、そこまで悲観するほど弱体化していないことにも気づいて、更なる悲しみを覚える。
確かに前世の彼が持つ力は厄介ではあったが、×××の本領は頭脳を用いた集団戦。記憶と首から上が重要なのであって、さして人間になったところで問題はなかった。
本人は不満であったが。
そんな完全頭脳特化となってしまった我等が隊長に命じられ、私とアイリスは町の図書館へとやって来た。文明が私達の居た世界よりも発達していない人類の図書館になど期待していなかったが、それらしき建物を目の当たりにして感嘆の声を漏らす。
人々が行き来する舗装された道を歩く中、オレンジ色の煉瓦で作られた建物の大きさは想像以上で、どこぞの学院か何かと見間違うレベルの素晴らしい規模であった。
私は歩きながら人類の古めかしくも風情ある光景を楽しみ、隣の女神は黙々と隣を並んで歩く。一日で調べて来いと隊長殿は仰っていたことを踏まえると、彼もこの規模の図書館が町にあるとは思っていなかったのだろう。
「とりあえず調べられる範囲の情報を集めましょう。ここまで大きいとなると、隊長殿でも一、二週間を必要とするかもしれませんからね」
「全部は無理ゲー」
それにしても……と、すれ違う者のほとんどが、隊長殿とさして歳の変わらぬ少年少女であることに、少なからず違和感を覚え、その理由を考え出して一人で納得する。
「……あぁ、ここは学園都市なのですか」
「図書館の奥にも建物が見える」
図書館があるのも頷ける。
学院があるから図書館があるのか、図書館があるから学院があるのか。研究には参考図書なども必要な故に、両方を近くに置いておくのは非常に合理的だと私は考える。
つまり、ここはミクトラン王国の頭脳とも呼べるのではないか?
……いや、そう考察するのは早計か。もしかしたら他の州にも同じようなものがあるのかもしれない。どちらにせよ図書館で調べれば解ることだ。
どうやら図書館は一般市民にも開放されているようで、所々に鎧を身に纏う人間も見受けられる。あまり市民に開放する利点が思いつかないが、そのお陰で私たちも利用できるのだし深く考えないでおこう。
図書館の入り口は扉が全開しており、学生用と一般用の受付で別れているようだ。私とアイリスは目の前で歩いていた一般客らしき人物が通った受付へと向かう。
「ようこそ、ミクトラン国立グルンルース図書館へ。当館のご利用は初めてでしょうか?」
「えぇ、先ほど町に辿り着いたので」
「では当館のご利用についてご説明しますね――」
曰く、図書館での飲食は厳禁。基本的に学生以外の本の貸し出しは行っておらず、午後五時まで利用可能とのこと。それ以外は現代の図書館利用とさして変わりはなかった。
受付の人に礼を言いつつ、黙々と着いてくるだけのアイリスを引き連れて内部へと侵入を果たす。
「……魔族や獣人が入れないよう、強力な結界が張ってあった。防犯対策もしてあるし、下手な要塞よりは強固だと思う」
「私達が入っている時点でガバガバだとは思いますがね」
私達ですら入れない要塞を築く人間など存在しようものなら、慎重で臆病な隊長殿は何がなんでも排除する策を立てるだろう。セキュリティシステムに不安を覚えると同時に、人間の領域における警戒を何段階か内心で下げる。
彼女もその事を理解しているためか、特に私の皮肉に反応することはなかった。
好戦的な者が多い第一部隊の面々だけれど、悪戯に敵を増やすような真似は(一部を除いて)極力控えている。ただでさえ今の部隊長は我々の本気の余波で消し飛ぶほど脆いのだから。
本棚の間を縫うように歩いていく私達に、ここを学舎としている人間達は不審そうな視線を向けてくる。それもどちらかと言えばアイリスに向けた者が多い。
外見だけならば子供な彼女が来るような場所ではないからだろう。まさか信仰心の塊だとは思うまい。
「さて、何から調べましょうか……」
「私は宗教、ゼクスは政治。ミクトラン王国関連を重点的に調べてまとめる。余裕があれば近隣諸国の情勢にも手を伸ばす」
「適材適所というわけですね? できれば法律などにも着手したかったのですが、それは後回しにしましょう。では閉館間際の時間帯辺りに図書館の門の前で集合ということで」
「うん」
吸血鬼で貴族号を持つ私に内政関係を任せる気なのでしょう。それなりに内政に通ずることはアイリスも知っているため、こういうときは智の女神らしく頼りになるのですが……隊長殿が絡むとどこまでもポンコツになるんですよね、この女神。
私が了承の意を示すと、いつもの仏頂面で本の山に消えていくアイリス。
私も本の背表紙を流し流しで確認しながら、政治関連の比較的新しいものと思われる文献を探すことに努める。それらしき本を見つけては中身をパラパラと捲って本棚に戻し、もしくは自分が抱える収穫の一つへと加える。
学院が近くにあるということは、ここは最先端の技術を研究する場。農工水、または魔導を研究を旨とする機関だと私は推測した。故に政治やら経済やらを記した文献を探すのは骨が折れると踏んだのだが……さすがは大図書館。もし文字が読めるのならば隊長殿が狂喜乱舞したと思われるほど、ここは人間領域における情報の宝物庫であった。
よくここまで書籍を取り揃えたものだと感心しつつ、抱えた本の束を持って近くの席に腰を下ろす。
誰も見ていない一瞬を見計らって、虚空からコピー用紙の束とペンを取り出した。
「それでは人類史を紐解いてみましょうか――」
ミクトラン王国――千三百年前から世襲君主制の政体を保っており、約七百年前程から元老院という王の助言機関が設立された。主に元老院が政体の大半を担っており、最終的な決定権は国王が握っている。しかし、旧宗主国のイギリスのように代議院(庶民院)のような、市民階級が口を出せる体制ではないため、政治は王族・貴族が完全に握っているようだ。
ふむ、ティナへの対応からして絶対君主制という勝手な推測をしていたが、どちらかと言えば制限君主制であったか。法が王族基準であるため立憲とまではいかないが。
しかも資料からして現在の王は三十四代目だそうだ。そもそも千三百年も存続し続けている王権国家も珍しい。
「『人類の歴史は戦争の歴史』、か……」
調べるうちに私はミクトラン王国の軍事態勢に目を止めた。
かつて生前の隊長殿が言っていた言葉を思い出す。
王直属の親衛隊、各貴族の私兵に加えて、軍事行為の全てが王権によって保障されている軍隊がミクトラン王国には存在するらしい。さらに神光教が保有する聖騎士団と、この国には独立された軍事勢力がかなり点在している。
魔族領との国境線を持つ国家だから……なんて理由だけではなさそうだ。魔族と獣人という共通の敵を持つ人類ではあるが、内部も一枚岩ではないことが読み取れる。
なんという隊長殿が喜びそうなシチュエーション。腹黒い彼ならばこの状況を逆手に取って、よからぬことを幾つも企むに違いない。
ある程度読み終わったところで、新しい本を探すべく今ある本を片付けようとしたところで、魔導に関する研究をまとめた本があることに気付いた。
間違って持って来てしまったと適当にページを捲り――
「――『勇者召喚の儀』」
思わず口元に笑みを浮かべた。
【次回予告】
「もしかして魔族ってかなり厄介な連中なのかねぇ」
「話は変わるけど坊主、私からも一ついいかい?」
「先程から聞く『戦略と戦術』とは何なんでしょうか?」
「興味がない奴は寝てな」
「戦争において重要なことって何だと思う?」