そして今年もよろしくお願い申し上げますm(__)m
かつて一定数の部下を率いた俺は雑務を数多くこなしてきたが、そんな俺でも情報を脳ミソに突っ込むには一日だと限りがある。どこまでいっても俺が人間であることに変わらず、休息が必要なのは万国共通のはずだ。
ここには理不尽な上司はいないのだから、休息を削ってまで働く必要はないだろう。生前に散々仕事をやったのだから文句は受け付けない。
……あれ? もしかして日本でこのまま企業に勤めるよりホワイトな環境なのでは?
その話は置いといて、俺達は適度な時間帯で各々の仕事を切り上げて、途中で図書館に行っていた二人とも合流し、手頃な酒場に足を運ぶことにした。
また夜の町並みは昼とは別の趣があり、相変わらず童心に返っている俺は様々なものに目を向けるのであった。
「どこら辺の店入る? ぶっちゃけ全部同じように見えるし、俺はここの地理に詳しくねーんだけど」
「それは全員同じでは? ……では、あそこなど如何でしょう?」
ここに来たばかりのババア以外は言わずもがな、ババアも通信経由関連で外に赴く機会がなかったため、完全に下準備をしていない旅行感覚のそれである。下見をせずに旅行をする楽しみもあるにはあるが、俺は下準備を以て行きたい派だ。
俺に店選びを任された吸血鬼の青年は、周囲を少し見渡して辺鄙な酒場を指差した。特にこれといった特長もなく、却下する理由もないため、5人組の化物はそそくさと足を踏み入れた。
「こういうところは適当に空いている席に座るのが、この世界の酒場でのマナーだそうですよ。後で店員が料理を持ってくるので、それを食べてカウンターの店員に料金を支払って店を出る……というのが一連の流れですね」
「メニューとかないんか……あぁ、識字率か」
「あっても読めない人間が大半さね」
常連ならば店のメニューなどを把握しているが、初めて来たばかりの俺達は異世界のルールに流される他ないだろう。金の心配はババアの持ち金と村で貰った資金で何とかなるだろうし。
店の端にあった、六人が腰を掛けられそうな丸いテーブルの席を陣取った俺は、異世界の料理を楽しみにしながら雑談に華を咲かせる。
「ここにはどれくらい滞在するの?」
「とりあえず人間領域の情報を見てみない限りは町から動けないだろうなぁ。あ、世界地図とか見つかったか?」
「うん」
アイリスから手渡された地図。
それを手にとってテーブルの上に置く。どこかRPGじみた平凡なマップに苦笑しながら、顎を擦るように地形を眺める。その地図に正確性を求めてはいなかったが、俺の想定していた以上に完成度は高いと思われた。
中央の大きな島を囲み、大陸が弧を描くように続いており、右手に人間の領域、上に魔族の領域、そして左手に獣人の領域が広がっている。どうやら中央の島は中立領域なのか……いや、ただ単に情報が不明瞭なのか。
「……三國志みたいなイメージで大陸を考えていたが、両勢力と国境を有しているのは魔族だけなのか。もしかして魔族ってかなり厄介な連中なのかねぇ」
両勢力と国境を有しているにも関わらず、それを長年保っているのは、それを成せるだけの軍事力を保有していることに他ならない。海洋経由で獣人が人間へコンスタントに攻めてくる可能性も否定できないが、この世界の人間を鑑みて、その可能性はないだろう。その逆を含めて。
確認した地図におけるミクトラン王国の大きさと俺達が行動した距離を照らし合わせて、獣人領域と人間領域の距離をおおよそ算出してみた。結果、太平洋並の距離があることが理解できたため、中世ヨーロッパ程度の技術力を元にするのならば、大規模な軍勢を海洋経由で運ぶのは至難の業であることが判明した。獣人の技術力が桁違いの可能性も否定できないが、そんなら今ごろ人間は滅んでいる。
そもそも技術力が発展しているのは人間だと暗闇が言ってたしな。……ファンタジー不思議パワーも考慮するべきだろうか?
「話は変わるけど坊主、私からも一ついいかい?」
「ん? どした長老」
「ティナの言い分が正しいのなら――この世界には『戦略と戦術』ってのは世間一般では認知されていない分野らしいね」
「……は?」
俺は現地人のティナの方を向き、俺たちの視線を集めた元王女様は首を横に振って、長老の言葉を肯定する。彼女が単に知らないだけかもしれないが、その事実を照らし合わせてみる。
結果、壮大なメリットとデメリットが頭に浮かぶ。
「マジかぁ……えぇ……これ国庫とか王都とかの書物庫とかにでも行かないと、人間の集団戦が把握できないってことか? うっわぁ……超面倒臭ぇ……」
「もしかしたらレベルでゴリ押しが罷り通る可能性もありますよ? 『戦略と戦術』自体が存在しない場合も想定するべきかと。私達にとっては都合が良いでしょうが」
「いや、それは流石に……いやぁ……そんなイージーモードじゃねぇだろ。でもレベルの概念があると否定できないところが……」
もし『戦略と戦術』がないのならば、色々と警戒する必要性はなくなり、生きていくにはかなり楽になるんだけど。でも、それはそれで国としてどうなのかと問いたくはなる。
RPGでレベルを上げて物理で殴る戦法は嫌いじゃない。楽観視して良い結果が生まれた試しを持たない俺にとって、それをリアルでやるかって言われたら即座に否を突き付けるだろう。
異世界だから俺の常識が通用しない。だからこそ情報を欲している状況なんだけどなぁ。
「あの、オウカ様。先程から聞く『戦略と戦術』とは何なんでしょうか?」
「え? あぁ……うーん……少し難しい話になるけど大丈夫か?」
前に冒険譚や英雄譚が好きだと言っていた元王女様。そんなのに比べれば、戦略と戦術なんぞ地味の極み――英雄とは真逆のつまらない話になるのは目に見えている。本当は説明が面倒なだけなのだが。
しかも聞いていて気持ちの良いものでもなく、汚くて卑劣な話題になること間違いなし。やってた本人に自覚があるのだから説得力はあるはず。
そこを踏まえて首をかしげるティナに前置きを提示したのだが、英雄譚大好き王女様は「是非」と優雅に微笑む。まるで俺が話す内容が知りたいと言いたげに。
そこまで言われちゃ説明しないわけにはいかない。どうせ後で話すことなんだし、少し時期が早まっただけと考えよう。俺はババアに紙とペンを求めながら、まるで授業を始める教員の心境で語り始めた。
「どうせ飯来るまでは暇だし、『戦略と戦術』について語るのも一興か。つまんない話だ。興味がない奴は寝てな」
さっそく寝ようとしたアイリスにペンを投げた。
♦♦♦
ティナ、質問だ。
戦争において重要なことって何だと思う?
「えぇと……レベル、でしょうか? すみません、私はそういうことに詳しくなくて」
あながち間違いじゃない。
高レベルの兵士――つまり『質』というのは、戦争の勝敗を別つ要素の一つでもあるからな。歴戦の老兵と一兵率じゃ経験の差が出るようなもんだ。レベルの高い者が必要って考えは、当たりだと思うぞ。
だからこそ銃の台頭まで、集団戦で一騎当千を誇った英雄が歴史となって語り継がれるわけだしなぁ。
んじゃゼクス。
お前はどう思う。
「戦争前の準備段階における兵士の数、地形の把握、補給路の確保、一定技量を持つ指揮官……でしょうかね」
戦争開始前の敵側に対する優位……という面でなら模範解答に近い答えだと思う。……聞き方がまずかった感も否めないけどさ、どうしてお前等は『まず戦争を起こさない』って回答が真っ先に出て来ないんだろうねぇ。初っぱなから戦う気満々じゃねーか。
ここに時の運なんて不確定要素も入ってくるが、そこら辺は置いておこう。考えていたらキリがねぇし。
さて、まずは言葉の意味から押さえよう。
『戦略』っつーのは戦争そのもののでの最終的な勝利を収める為に指導するための策で、『戦術』は戦場において実際に敵に勝利するために軍を指揮統制するための策だ。規模的・重要性では戦略が戦術よりも大きくなる。
ちと難しいか。これ簡単に説明するのが難しい分野だから仕方ないんだけど、戦略は簡単にいえば目的達成の手段のことで、戦術は戦略を実現させるための手法のことだ……な、うん。この認識で間違いないはず。
戦略は目的のために他方面の状況も鑑みる巨視的なものだから、戦略の都合によって戦術に制約が生じることが多々ある。お陰様で戦術組み立てるこっち側にしてみれば、戦略も考慮しないといけないから、ホントたまったもんじゃない。
かといって戦略を蔑ろにすると本末転倒だからなぁ。
「戦略の方が戦術よりも大事……ということでしょうか?」
概ねその認識で構わない。
戦略を成功させるために戦術ってのはある。その戦術を重視して戦略を疎かにしちゃ意味がないだろ?
そうだな……例えばの話をしよう。
国同士がそれぞれの思惑で戦争を起こす。もちろん経済的な理由でも軍事的な理由でも何でもいい。ともかく両国が戦争を起こし、国境付近で軍隊同士が戦闘を行ったと想定しようか。
この『国同士がそれぞれの思惑で戦争を起こす』が戦略の部分であり、『国境付近で戦闘を行う』が戦術にあたる。戦略に関して詳しいことを知りたいのなら……すまんが今度ゼクスにでも話を聞いてくれ。俺は不本意ながら戦術家であり用兵家であって、戦略家じゃないからな。貴族号持ってるゼクスの方がそこらへん詳しいと思うぜ。
だが戦略の重要性は教えておこう。
『戦術的勝利、戦略的敗北』とかな。
「……え? 矛盾していませんか?」
そう思うだろ? けど俺たちの知ってる人類史において、こういう現象はよくあることなんだよ。
さっきの例だと、仮に国境付近での戦闘に勝利したとしよう。だが、その戦闘後に国の首都が別動部隊によって陥落してしまったら……それは戦略的に失敗を意味する。つか詰んでる。
んな状況を『戦術的勝利、戦略的敗北』って言う。もちろん逆も然り。
「他にも『戦争に勝利したものの軍の過半数を失った』とかもありますね。戦術的な勝利を重視するあまり、戦力を悪戯に減らしてしまう輩もたまにいます。話で聞いただけですが、引き際を見極めず団を全滅させた教会の指揮官とか――おっと、申し訳ございません」
「い、いえ……大丈夫、です」
「ったく、無暗にトラウマを掘り起こすんじゃないよ。それは
次からは気をつけろよ。俺たちにとっては日常茶飯事でも、ティナにとっては大きな傷みたいなもんだからな。
戦術……なんて言っても、これは戦争だけじゃなくて多岐にわたる。
経済市場でも戦略と戦術なんて言葉が使われることはあるし、一概にも殺し合うことが戦術ってわけじゃないことは言っておこう。言わずもがな、俺の管轄は戦場での指揮が基本だけどさ。
じゃあ俺が行う戦術は何か?
口を酸っぱくして言うけど戦争における戦術は誇れるもんじゃない。
敵の寝込みを襲う、敵の侵攻経路にある村や街を徹底的に破壊しつくして阻害する、敵を包囲して逃げ場をなくして一方的に攻撃する、罠にはめて敵を混乱させる、敵に誤った情報を流して同士討ちさせる……これは一般的な例だけど、後ろ指差されそうなことを平気でやるのが戦争であり、それを命令するのが
「………」
そりゃティナも絶句するわ。
俺達の世界の言葉に『勝てば官軍負ければ賊軍』という慣用句がある。つまり戦争に勝てば後に残る史実の改変なんてどうとでもなるだからだ。死人に口なしってな。戦争において敗者の記録が残ること自体が珍しい。
戦争は総じて卑怯で醜い。散々俺がやって来たんだから間違いねぇ。
なんでそんなことをするのか――いや、そんな顔してりゃ分かるよ。口に出してなくても表情で聞きたそうにしてるんだから。
簡単な話さ。俺達が『英雄』じゃないからだ。
万夫不当の英雄なら、真正面から戦って大群に勝つことは可能だろう。故に英雄譚や叙事詩で賛美され、後世に残る不滅の伝説として語り継がれる。まったくもって羨ましい限りだ。
でも俺達は英雄でもなければ超人でもない。どう足掻いても普通の領域から出ない連中なんだから、策を練らなきゃ総戦力の差が全てになっちまう。人間領域の総戦力なんてたかが知れてるし、力押しで戦争した日にゃあ、推測にすぎないけど魔族の天下になるはず。
……あぁ、ティナはこんなの覚えなくてもいいぞ。
こういう考え方もあるって程度で知ってればそれでいい。
有利な状況を相手よりも構築し、相手よりも味方の数をそろえ、策を以て敵を討つ。こんな汚れ仕事は俺だけで十分だ。
【次回予告】