次回から一章の始まりですね。
小柄な少女が絶望的な表情で押し黙るボーワドンさんに近づく。
私が作ったパンで具材を挟んだだけの簡単な料理に興味を示し、美味しそうに無表情で頬張っていた先程とは異なり、不思議と神聖な雰囲気を纏っていた。
大きな鎌を自在に使っていたこと、ボーワドンさんやゼノンさんが看破することすら叶わなかったステータスなどから、彼女がとても強いことは世間知らずな私でも分かった。オウカ様もアイリスちゃんのことを全面的に信頼していたのだから。
しかし、今のアイリスちゃんは何だろうか。
仕草の一つ一つ、行動の一つ一つに心臓が跳ね上がるような感覚を覚えるのだ。彼女に支えられているのだから尚更だ。
自力で立つことのできない私をオウカ様に頼んだアイリスちゃんは、跪きながら打ちひしがれる村の人々の前に立つ。
今も下半身に力が入らず、黒髪の少年にもたれ掛かる私だが、温かくもしっかりと肩を手で支えてくれる状況に、なぜかアイリスちゃんの変貌したときよりも胸の鼓動が大きくなる。
耳が熱いことに違和感を覚えながらオウカ様の方に目を向けると、物凄く嫌そうに眉をひそめていた。
化物である私に触れることが嫌なのだろうか? そう思って心臓を握り潰されるような絶望を覚えたが、よく観察してみると彼の視線にはアイリスちゃんがいた。
「私は異世界の大地母神にして戦争と叡智を司る女神。矮小なる人の子よ、私が知恵を授けよう」
「神、だと……! そんな馬鹿な!」
神……アイリスちゃんが神様?
でも『大地母神』とか『戦争と叡知を司る』とは、どういう意味なのだろうか? 神光教の聖書を読んだことがあるけれど、そのような単語は聞いたことがなかった。
村人達が困惑する中、銀髪の男の人――ゼクス様が相槌を打ちながら納得したように呟く。上級の魔族の中でも凶悪かつ残忍な『吸血鬼』という種族の彼に恐怖を抱くけれど、そのような様子を一切出さずに微笑むだけだった。
「なるほど、一神教にはない概念でしたか」
「えっと……」
「俺達のとこじゃ多くの神様がそれぞれの役割を担う宗教もあるんだよ。あのアホだと『戦争』と『叡知』……つまり戦争するときにアイツに祈ったり、学問で成果を出したいときとかに願ったりするわけ。神様にも得意分野があるってことだな」
ほら、君にも得意なスキルとかあるだろ? 神様にもそういう得意苦手があるわけさ。
オウカ様の説明に疑問を覚えながらも納得する。多神教や神様の性質について理解できないことがたくさんあるけれど、アイリスちゃんは『戦争』と『智恵』を応援してくるれる神様だということは分かった。
神様にも色々あるのだろう。興味が湧いた。
「『殿下に普通の生活を享受させ、人並みの幸せを与え、王族という立場に縛られない恋をさせたい』……その願いの全てを叶えることは私にはできない。だけど、後者の部分なら可能」
「――えっ」
金髪の美しい少女の形をした神様に、私は思わず口から声が漏れた。そのくらい私には驚愕をもたらす一言だったからだ。
白いローブの男の人が言っていた。私は存在していること自体が罪であると。だから他人に愛される資格なんて生まれたときから持っていないし、私のことを愛してくれた村の人達や……
世界そのものが私を拒絶している。
なのに――私が側に居てもいい人がいるというの?
人ではない魔族とか獣人とか……でも、『盗人の瞳』は彼等の間でも異端とされている忌まわしき能力。
考えても私には答えを出せない。
ふと近くにいる二人の男性を覗き見る。
オウカ様は考え込むように思い当たりを探しているように見え、ゼクス様はニコニコと、悩んでいる黒髪の少年を眺めながら微笑んでいた。
それはもう。
含みのある爽やかな笑顔で。
「捨てる神あれば拾う神あり……という言葉がある。人の信ずる神に裏切られた者達よ。異端者の烙印を押された彼女を肯定し、愛することのできる人間を、私は知っている。神光教とかいうカルト集団の思考に縛られず、彼女の努力次第で人並みの愛を育むことが出来るかもしれない」
「……あれ? ちょっと待って嫌な予感しかしない」
オウカ様がふと呟く。
心当たりを見つけたのだろうか。
お伽噺の『勇者とお姫様の恋物語』に憧れていた私にとって、アイリスちゃんの言葉は絶対に聞き逃せないものだった。
こんな私でも愛してくれる人。
そんな人が居るのなら、堪らなく嬉しい。
アイリスちゃんは一呼吸置くと、私の方向を凝視してきた。
思わず目を背けてしまったが、よくよく考えてみると彼女が目を向けたのは私を支えている少年の方だった。
無表情の彼女は引きつった笑みを浮かべて呻く少年を指す。
「その者の名は――櫻木桜華」
「え、ちょっと待って。それ聞いてない」
「桜華はヴァレンティーナに偏見持ってないし、それなりにカッコイイし、物凄く優しくて頭がいい。優良物件だからヴァレンティーナも幸せになれること間違いなし。うん」
「クソ適当な俺のプレゼン止めてくんね?」
彼の名が出てきた瞬間に私の時が止まったと錯覚した。
オウカ様は私のことを嫌いにならない?
彼なら私を愛してくれる?
私は彼のことが嫌いじゃない。むしろ私のことを救ってくれた勇者様に好意を覚えていることは間違いないだろう。
しかし、彼は異世界から召喚された勇者で、私は『盗人の瞳』を持つ異端の化物。釣り合うはずもないし、恩のある彼を不幸にさせてしまう私が、側に居られるとは到底思えなかった。私はオウカ様に迷惑をかけたくなかった。
私より美しくて可愛い人はごまんといる。彼を支えられるような権力や財力も持ってないし、国から追放された村育ちの田舎娘なんか、比較対照にすら挙がらない。
でも――アイリスちゃんは、この世界で私を愛してくれる人はオウカ様だけだと言う。
私にも彼の側に居られる可能性があると神様は教えてくれた。
「桜華は何を不満に思うの? ヴァレンティーナは元第三王女。人間の国相手に戦争起こす大義名分が作れるし、王族の娘が嫁ってところで利用価値がある。神光教とかいう奴等を根絶やしにして、私を奉る神殿とか作ってみたい」
「『王族という立場に縛られない恋をさせたい』の部分に反する理由をありがとう。立場利用する気満々じゃねーか」
それに……と私を横目で見ながら溜め息をつく。
「神光教の教義よりも彼女のことを優先する野郎共なんて、探せば居るんじゃないん? こんな可愛い女の子だぜ。世界を敵に回してでも君を愛するよ……なーんて男気溢れる王子様も少なくないと思うのは俺だけか?」
「でも神光教の威光は大きいと思う。ヴァレンティーナをお嫁さんにできる、彼女を全世界敵に回してもラブコメ出来そうな人間なんて、桜華以外にありえない」
アイリスちゃんは私を観察する。
上から下まで無表情で見つめられるのは非常に気恥ずかしく、下半身の露出を隠すためのオウカ様の服を必死に押さえた。
そして神様は納得したように村人達に振り返る。
「元王女という箔、文句のつけようのない可愛さ、元気な子供を孕めそうな安産型、私と同じくらい大きいおっぱい。しかもサンドイッチが美味しい。桜華のお嫁さんに相応しい条件が揃っている」
「ふむ……確かに世間一般では『美少女』を名乗れるレベルの美しさです。もう少し幼ければオギャリティが高く、バブみを感じられるのですが……まぁ、性格は知らないので割愛しますが、外見だけなら隊長殿も満足なのでは?」
「恥ずかしいって気持ち云々よりも、お前ら何言ってんの?」
ボーワドンさんはアイリスちゃんを睨み、そしてオウカ様の方を疑わしげに見つめ、ゼクス様を目を細めて伺う。
そして後ろの村人達と幾つか言葉を交わして、ときに何かしらの衝突があって制止させる声も聞こえたが、夕日がそろそろ落ちようとした頃に、重々しく彼は口を開いた。
「アイリス殿よ、貴女方にも思惑はあるのだろう。だが、もう私達には姫様をお守りするだけの力はなく、このまま姫様を残して死んで逝くだけの老人にすぎん。……全くもって不甲斐ない。かつて王国の騎士団長として名を馳せたはずなのに、先代陛下の遺言すら全うできぬとは」
そしてボーワドンさんはオウカ様を見据える。
「数々の無礼、本当に申し訳なかった。あれほどの扱いをして何をと思う気持ちは分かる。しかし、どうか姫様を守ってやってはくれないだろうか? 教会の連中と敵対した貴方になら――」
「何か勘違いしてないか?」
ボーワドンさんの言葉を切るように、黒髪の少年は厳しめの眼差しを頭を下げようとした老人に向けた。
酷く刺々しい声色に、近くにいた私は肩を震わせる。
「アイリスのように下手な演技や内容は抜きで言ってやる。俺達は正真正銘の化物集団。敵対するなら人を人と思わないような残虐な行為だって平気で実行する。そして、俺は汚くて卑怯な手段だって、顔色変えずに命令するような屑だ。正直言って、純粋無垢な彼女に悪影響を与える未来しか想像できない上に、場合によっては今よりも厳しい現実を見る可能性だって否定できない」
黒い瞳は私を殺そうとした騎士団の人達と同じかそれ以上に冷酷な光を宿しており、彼ならば本当に言ったことを実行してしまうような、説得力を感じる声色だった。
けれども私はそれに恐怖を覚えなかった。
彼の言葉は容赦なく厳しく――そして誰よりも真剣な言葉だったからだ。誰よりも私のことを考慮して。
「アンタ等は俺達に彼女を任せる気なんだろうが、最終的に決めるのはヴァレンティーナさんだ」
「そうですね。彼女は私達の仲間となる条件を満たしてはおりますが、強制させるものではありません。自分の人生なのだから、自分で決めるのが当たり前でしょう? それでも私達に着いてくるのなら……一つだけ聞きたいことがあります」
少し離れた位置で私達を見守っていた上級魔族の青年は、ゆっくりと私とオウカ様の前に立って微笑を浮かべる。
脳を揺さぶるような重い言葉を加えて。
「これは己を化物と認め、棘の道を進む決断です。――貴女に悪魔と相乗りする勇気がありますか?」
自分の人生の分岐路。
これに頷くか否と拒むかで、私の未来は大きく変化していくだろう。どちらにせよ大きな困難が待ち受けるのは明白だ。
けれども……答えはすぐに出た。
「私は――」
♦♦♦
『神』という人知を超越する存在は、そこに
人智では解決できないことを、存在しないものに救いを求めるから『信仰』が生まれるわけだし、彼女の言葉はさぞかし彼等の思考を揺さぶっていただろう。
それこそ『神の御業』ってやつだな。
「どーして、こうなっちゃったかな?」
どっかの誰かさんの家の屋根で村の様子を眺めながら、俺は大きく嘆息してサンドイッチを頬張る。
あちらこちらに火を焚いているので、村の様子を肉眼でも観察することが可能で、彼等は村を捨てるために荷物を纏める作業を行っていた。てきぱきと淀みない動きで走り回る老人達に、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。
さすが王宮に仕えた面々だ。
これで守る力がないとか嘘やろ?
っと、喉渇いたな。
パン食ってると水が欲しくなる。
「オウカ様、どうぞ」
「あ、あぁ……」
隣に座っていたヴァレンティーナさん――ティナに差し出された水を有り難く受けとる。
今の彼女は破れたワンピースではなく、アイリスに近いカッターシャツにスカート。皮のブーツを履いて、ゼクスが保管していた予備のコートを羽織っている。コートの背中には俺達第一部隊のトレードマーク『銀獅子の横顔に二本の交差する剣』が刺繍されていた。
ちなみにガターベルトが太股からちらりと見えるが、ゼクスの
その筆頭たるアイリスもティナとは逆の位置で一心不乱にサンドイッチ食ってるし。
頭痛いわ。
「でも、本当に良かったのか?」
「え?」
「いや……その……あれとか」
首を傾げる元王女様に、俺は村の広場にあたる位置で、嬉々と創作物に手を動かすゼクスの姿を指す。
大きなオブジェクトは紅色の鈍い光を放ち、綿密に組み立てられた十字架は神秘的に地面から自立して佇む。ゼクスは遠くからオブジェクトを眺めては、比率を気にして不満なところを修正していく。
捨てる村に何を立てているのか。
そう思うのも無理はないが、俺が彼女に問うのはそこじゃない。
あれは人間の肉と骨で出来ているのだ。
教会の騎士団とやらの死体を用いて成り立つ醜悪で気色の悪いオブジェクトで、十字架の中央には指揮官とおぼしき顔をわざわざ形を残してゼクスが製作した。
とりあえず『人知を越えるものを残す』ことで、『異端者に危険な連中がついている』と思わせ、教会連中の目を村人達から逸らす意味合いも含めている。彼等からは非人道的だと批判を受けたが、ぶっちゃけ「非人道的? 何を今さら」だ。
こういう行為を平然とやる。
それが俺達なのだから。
「確かに気持ちの良いものではありません。でも、私はオウカ様に着いて行くと決めたのですから」
「……そうか」
俺は「この先は地獄だぜ?」と軽く笑う。
彼女は「えぇ、地獄の底まで」と薄く微笑む。
夜空に星は輝く。
日本では中々見られないくらいに美しい。
俺はサンドイッチを咀嚼しながら、肩を落として声に出しながら笑うのだった。
【次回予告】
「Lv上げたいです!」「ダメ」
「変装とコスプレは違うものですよ……!」
「異能で悩んでたことがアホらしくなってきました」
「俺の部下に『常識』の二文字は無力」
「久しぶりだねぇ、坊主」