「もう、終わりにしよう。」
彼を部屋に入れると、すぐにそんなことを言い出した。
「ずっと、楽しかった。仲良くしてくれて、助けてくれて、一緒にいてくれるだけで、嬉しかったんだ。こんな時間が続けば、もう何もいらないって、そんなこと思ってた。でも、もうダメなんだ。全部、全部。俺からの一方通行だった。ずっと、好きだった。だけど、もう、やめるよ。もともと、分かってたんだ。俺と紅葉じゃ釣り合う訳無いって事くらい。…だから、今日でおしまい。」
「……っ」
なんで、と問おうとした。でも、出来なかった。彼の悲しそうな声が、辛そうな顔が、そして何より、震える拳が、ボクの心を激しく揺さぶった。嫌だ。なんで、そんな事を言うんだ。ずっと、一緒にいたのに。ずっと、仲良しでいようねって、ずっと言っていたのに。
声がでなくて、もどかしくて、どうしようもなかった。彼は震える唇で、こう言った。
「だから、さよならだ。…今まで―――」
それから先を言うな。そう強く思った。
君は何も悪いことはしていないんだから。悪いのはボクなんだから。だから、自分を責めないでよ…
「ごめん。」
曖昧に微笑んでいた彼は、踵を返して外へ向かう。からだが重くて思うように動かなくて、体を引きずりながら階段を降りていく。もう彼の姿は家の中に無く、母が渡していた合鍵が丁寧に返されていた。それが、彼からの本気の拒絶だと思って、ボクは膝から崩れ落ちた。隙間風に揺られた写真たては靴棚から落ちる。パリンとガラスが割れた音がして、顔をあげた。目の前に写真たてと、ガラスの欠片が落ちていて、慌てて拾い上げても、もう遅い。
亀裂の入ったガラス面は、繋がれた幼い手を引き裂くように一直線に入っていた。
ふわふわと、まどろみの中に揺蕩う。
キラキラと光る思い出の泡沫が、指先に触れて弾けた。
言葉が、流れてきた。
「助けてくれて、ありがとう。」
「くれはちゃんって言うんだ…蒼空です、よろしくね。」
「チョコ、好きなの?はい。はんぶんこ、だよ!」
「大丈夫だから、泣かないで?」
「約束するよ、ずっと、君が嫌って言うまで、ぼくはずっと、君のとなりにいるよ。」
忘れるはずの無い、彼との記憶。紡いだ時間。
「一緒に帰ろ、紅葉。」
「あ、この卵焼き美味しい。え!?紅葉が作ったの!?」
「紅葉がスカート穿くってのも新鮮だけど…うん、制服、よく似合ってるよ。」
「どうだった、カッコ良かっただろ?え、三振ばっかしてた?…そうかもだけどさ…ピッチングの方は良かっただろ?」
「っ、やっぱ照れるな…ほら、素直に誉められるとこう、さ。」
記憶の中で彼はいつも微笑んでいた。
なのに。
「今日でおしまい。」
彼がそう言った時の、あの悲しそうな微笑み。それの原因が自分であることにほとほと嫌気が差した。
ずっと、自分で分かっていたはずなのに。
好きだった。彼の優しい笑顔が。落ち着いた雰囲気が。
キッチンに一緒に立っていたときの、横顔も。好物を食べるときに綻ぶ顔も。拗ねた、ちょっと不機嫌そうな顔も、朝起こしに行った時の眠そうな顔も、ぴょこん、と弾ける癖っ毛も、すべてが愛しくて。
でも、隣にはもう彼はいない。そして、今さら気づく。
隣にいることが当たり前ではない、と。
「嫌だよ、そんなの…ずっと、一緒だって…約束、したのに…」
こんなことになるのなら、もっと優しくしておけば良かった。もっと素直になっておけば良かった。もっとたくさん遊びにいって、彼に気持ちを伝えればよかった、そうだよ、ボクは…
「キミを、失いたくなかった。だって、こんなにも…」
じわり、と目元が熱くなっていく。視界が歪んで、景色がぼやけていく。
「好きなのに。」
涙と同時に溢れたその言葉は、ふわふわと、漂って消えていった。
はい、お疲れさまです。
いつも見てくださる方々、ありがとう!
他の小説も少しずつ書き進めてますので、お楽しみください!
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