リーグ戦半ばで敗退し、暇をもて余したボクたち(と言っても、ボクと志織しかいないのだけれど)は、蒸した体育館にいるのすら億劫で、こっそりと体育館の外にいた。優しい風が吹いて、長く伸びていた真黒の髪がふわりと揺れた。
「紅葉ちゃん!」
鈴を転がしたような声が背後から響く。高校に入ってから初めて出来た、友人。気さくで、飄々としていて、でもどこか面倒見の良い、何とも言えない評価をしている気はするけれど、彼女―――相川志織は、ボクの親友とも呼べる人だ。緩く巻かれたやけに明るい茶髪は汗でしっとりと濡れ、うっすらと首筋に張り付いていた。少し前傾姿勢で、両の手を隠すように後ろで組んでいた。
少し色っぽいような姿に、ああ、この子はきっと誰からも好かれる…月並みだが、モテるタイプの人間なのだろうなぁ、と、場違いにもほどがあることを思った。同性のボクも、少しどきりとしてしまった。
「どうしたの、志織。」
努めて平静を装い、なんとか声を絞り出す。
彼女はにへー、と笑いながら、後ろで組まれていた手をほどき、その手に握った小さなペットボトルを差し出した。
「ミルクティで良かった?」
「気を使わなくていいのに…ありがと、志織。」
小さな気遣いに思わず頬が緩むのを感じながら、受け取ったペットボトルのキャップを空けた。きゅっ、と一息に呷り、甘い液体が喉を潤していく感覚をゆっくりと楽しむ。
「わたしも、えいっ。」
カシュッ、と小気味の良い音が鳴り、志織も右手に持った缶コーヒーを一気に呷った。あれ、志織って甘党じゃあなかったっけ?と一瞬疑問を抱いたけれど、どうやらそれは杞憂だった…なんてことになるはずもなくて、渋い顔をした彼女は、涙目になりながらもう一口、口をつけようとする。
「はい。まったく、飲めないのに買わないの。」
「うぅ、ごめん…」
缶コーヒーを取り上げて、半分ほど残っていたミルクティを押し付ける。
「交換しよ。ボクは一応コーヒー、飲めるから。」
「ぅぅ、ありがとう」
よっぽど苦かったらしく、手渡したミルクティをこくこくと飲み下していく。
ボクも、残っているコーヒーを口に含んだ。仄かな苦味と芳醇な香りが広がる。やっぱり缶コーヒーはワンダ一択である。
夜のとばりが沈黙を誘い、二人の間には何とも言えない空気が流れていた。ちらちらとこちらを見てくる彼女を見れば、何かしらの話があるのだろう。体育館に戻ろうとしないのが良い証拠である。
一体、なんの話なのだろうか。彼女が口を開かないと、その内容はボクにはわからない。
ゆったり、しかし周りを覆い尽くすかのような沈黙を、彼女は、自ら破った。遠慮がちに、しかし、こちらの領域へ一歩踏み込むように、確かな意思をもって。
「あの、ね。私、紅葉ちゃんに聞きたいことがあるの。」
「なに?」
「えっと、その…」
一度不意に目を逸らし、小さな息づかいで、ゆっくりと深呼吸をしてから、彼女はこちらに向き直った。
「紅葉ちゃんはさ、あーくん…ううん、蒼空くんと、どうなりたいの?」
「っ、え…?」
深く、深く。ボクの深層心理の、一番深くにある、彼へ対する醜い願望。触れあいたい、隣に居たい、好きだと言いたい、好きだと言われたい、だとか、ボクだけを見て欲しい、なんていう、彼の事を考えてすらいない、欲望。それらをすべて見透かす様な彼女の言葉に、思わず狼狽えてしまう。縹色の瞳は、まっすぐにボクを映していた。