数日経った、ある日。
俺は委員会の仕事を終えて教室の戸締まりをしようと、自分の教室の鍵をかけるために教室の前に立っていたとき、声が漏れていることに気付いた。
「で、紅葉さんってさー、いつもあの蒼空、だっけ?と一緒に居るけど、好きなん?」
所謂恋バナ、というやつで、今はいっていけば気まずい空気になることは、流石に分かっていた。だから、教室の前で待機することにした。いや、だってちょっと気になったし。
数秒の沈黙が続き、紅葉が言葉を発する。でもそれは、俺が最も恐れていた言葉だった。
「別に。あいつはただの幼馴染だよ。家が近くて、たまたま良く喋ってるだけだよ。腐れ縁ってやつかな。」
がん、と頭に衝撃が走った気がして、ふらりと立ち上がる。タイミングを計った用に教室に来た委員長に施錠を任せ、廊下を小走りで抜けていく。
バカらしかった。無駄に期待してしまっていたことを、激しく後悔した。いまにも涙が出そうになっていた。
「ははははっ…ははっ…!」
走った。今までにないほどに全力で。足をもつれさせたり、何度もぐらつきながらも、ひたすらに駅に走る。一本早い電車に乗れば、紅葉の顔を見なくて済むから。
その一心で走ったおかげか、ギリギリで一本早い電車に乗ることができた。とにかく今は、紅葉のことを思い出したく無かったから。
明日の電車の時間も変えないと…と算段をたてながら、帰路についた。
「おっかしいなぁ」
紅葉はいま、一人で帰っていた。
蒼空を待っていたのだが、いつまでたっても帰ってこなかったから、そして、流石に夜も近くなってきたから、帰ることにした。違和感を感じつつも、明日は一緒に帰れるから良いや。と言い聞かせていた。そして、教室で彼女たちに聞かれたときに心にもないことを言ったことを思い出した。
(聞かれてたら、って思うと怖いなぁ…多分、大丈夫だとは思うんだけど…)
そんな事を考えながら、明日も楽しみだ、と帰路についた。
じりりり、とアラームが鳴り響いた。数回繰り返したところで少年は目覚め、携帯へ手を伸ばす。
携帯は午前四時半を指していた。
「ねむ…」
くぁ、と欠伸をしつつも服を着替える。何時もより一時間以上の早起きをしたため、体が重く感じられた。これがこれから毎日だと思うと気が滅入るが、なれれば問題ないと判断しておく。
着替え終わったので階下におり、パッパと朝食をとる。
シリアルコーンに牛乳を少しかけ、それをかっこむ様に半ば強引に口にねじ込んだ。
皿をシンクにおいて、さっと洗う。一人分の皿だったから、ほんの数秒程度で洗い終わった。電車の時間までまだ二十分ほどあるが先に出ておく。紅葉宛にメモを残して、
「いってきます」
自分以外、長いこと誰も暮らしていない家に、絞り出すように口にした。
その後はいたって普通に登校終了した。取り敢えず、紅葉に会わないようにしよう。そう心に決めた。
…あ。携帯忘れた。
ぷしゅっ、と気の抜けたような音と共に、アナウンスが流れた。
「駆け込み乗車は危険ですので、お控えください。」
それが自分に対して言われたという事も、知覚すら出来なかった。
…遅刻寸前だったから。あと、気が気で無かったからだ。
かさ、とスカートの中で動く、一枚の紙切れがある。
これは今朝、蒼空の家に入って彼の料理を作ろうと台所に立ったときに見つけたものだった。
メモには、こう書かれていた。
「しばらくご飯は作りに来なくても良い。あと、用事で帰るのが遅くなるけど、俺の分のご飯は要らないから」
とのことだった。半ば弾き出されるように蒼空の家を出て、そのあとすぐに速度を落とした。
昨日の疑念が、まさか事実となるとは、紅葉自身、全く考えていなかった。慌てて電話をかけるも、電源が切れている、と言われた。もしかしたら、着信拒否されたのかと思った。
ふいに、ヴヴヴ、という振動を鞄の中から感じた。スマホを確認すると、発車10分前だった。
「遅刻だ!?」
間に合うようにと全力で走る。七分ほどで駅につき、定期を駅員さんに見せた。見たかどうかは確認せず、そのままホームに駆け込む。そして冒頭に戻る、という感じだった。
昨日のことと、今朝のこと。両方が相まって、紅葉は蒼空に避けられていると感じ始めていた。
どうしよう…!
僅かな不安を感じながら、電車に揺られて学校に向かった。
時間にはギリギリで間に合った。