完璧幼馴染と冴えない俺と。   作:白藜

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きっと、戻らない。

「はよーっす」

 

 

早めに登校した俺は、いつも通りに挨拶をする。

早めと言っても、大抵の運動部の生徒は朝部等で登校し、そんでもって朝練を終了している時間なので、人の数はそこそこなんだけど。

 

教室に入ろうとする。紅葉と登校することが無くなってから好奇や嫉妬の目線で見られることはなくなっていたが、今回の目線は違う意味で特殊だった。複数の生徒(恐らく紅葉に好意を持つ男子と、二人~三人で徒党を組んでいる女子)が冷徹な目でこちらを見ていた。何だいったい、と思いつつも雪哉に目線を向ける。

 

こちらの目線に気付いた雪哉がうす、と言わんばかりに手を挙げる。それに俺も同じように返す。志織もにひひ、と笑っていた。その笑みには、どこか影があるようにも見えた。

 

 

 

 

 

「あ、蒼空くん!」

 

委員長(東根桃乃(あづまね ももの))が、クラスの雰囲気など何のその、と言わんばかりにこちらに大きく手を振っている。軽く手を振って、はよー、と気楽に挨拶をした。どうやら入学記念旅行の細かい部分を決めよう、と言うことらしいので、彼女に着いていく。

 

比較的静かな部屋。外の看板には保護者応接室とかいてあったので、現在の保護者が来ない期間はほとんど誰も使わないという。委員長が未使用期間の清掃を承る代わりにこの部屋を使わせてもらえる、ということらしかった。

 

 

「よし、じゃあ!始めよっかぁ!」

 

元気一杯な東根とは真逆で、ぐったりとした俺。そして、それに気づいてか東根は首をかしげている。

 

「作業するんだろ?ほら、やろう。」

 

促して、かりかりとペンを動かす。機械的に響く時計の秒針の音の中、作業を分担して進めていた。俺がレクリエーション、東根が行動する班の仲間を分担していく。

 

「メンバーはあんまり片寄らせない方がいいよね?」

 

「そうだね、普段の生活とか、そういうので話しやすそうな人を見つけて、その人と組んであげられればいいと思うよ?交遊の場だし、人間関係広げるのには丁度良いでしょ。」

 

 

少しずつ会話を交わしながら、作業を進めていく。始業の五分前になるまで作業をして、戸締まりをしてから再び教室へ向かう。

 

「レクリエーションさ、箱からくじ引いてその紙に書かれたお題を遂行するってのでいいよね?」

 

 

俺の問いかけにいいねー!と賛同する東根。よかった、と地味に安堵して、俺たちは教室へと入った。

 

 

 

 

今日も、特に何事もなく一日が終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後。東雲紅葉は、一つの大きな不安が、まともな形を持ってきたことに対して、深く恐怖していた。

 

 

 

 

まだ数日。でも、いままでとは違うと、否が応でも理解してしまった。彼が、蒼空がこちらに見向きもしない、こちらの連絡を取ることすらしない、この事だけで、紅葉の心は大きく揺れ動いていた。

 

「どうして…!?」

 

大きな瞳に、涙を湛えながらも、必死で考える。一番可能性としてあり得るのは、何かしらで彼の機嫌を損ねた場合だ。

 

友人関係だとかは、ある程度人付き合いが出来る彼にとっては大きな問題ではない。なら学業は?ある程度平均以上を取り続けている。授業も真面目で、分からないところは徹底的に追求するのが彼だ。だったら?

 

 

思い当たる可能性が、二つ見つかった。

 

一つ目は、彼が僕が言ったことを人づてに聞いていた場合。でも、これは簡単に解消できる。口頭でも、人づてでも、誤解が広まっただけだ、という事で恐らく片付く。

 

 

 

 

もう一つの場合。これは、僕自身じゃどうにもできないような問題だ。口は災いの元とはよく言ったものだ、と過去の人々の物言いに感服したいところだが、如何せんそうもいっていられなかった。

 

 

 

 

どうにかして謝らないと、誤解を解かないと、と、思いだけが空回る。覚束ない、ふらふらとした足取りで帰宅する最中、彼を見つけた。公園の、背の高い遊具に背中を預けている。耳許に当てられている携帯から、音が漏れていることがわかった。とっさに隠れてしまう。彼が誰と連絡を取っているのかを、知りたくなった。雪哉も、志織も、最近は殆ど連絡に返信が来ないと言っていたからだ。

 

「ええ、はい。お久しぶりです、桜姉さん。」

 

電話の相手は、自身の姉、東雲 桜だった。五つ年上で、今は大学二年生。地方の大学だから余り会うことはないが、桜は彼の第二の保護者的な立ち位置にいる人物だった。

 

『んでんで、どーなのよ!最近の紅葉ちゃんは!?』

 

「ええ、いつも通りです。元気にしてると思いますよ。おばさんともよく電話していましたし。」

 

『あれあれ?なんか自信なさげだね?喧嘩でもしちゃった?』

 

 

「喧嘩なんかしてないです。話さなくなったから分からないだけですよ。今度から、近況を聞くなら紅葉さんに連絡をしてくれますか?」

 

 

『ありゃ、紅葉さん、なんて呼んじゃって。えらく他人行儀だね?』

 

「実際他人ですしね。本人がただの腐れ縁と言うことを話しているのを聞きましたし。これからはただのクラスメートですよ。」

 

 

『ありゃー、フラれちゃったんだ?』

 

「傷口に塩塗り込むの止めてもらえますか。」

 

『そかそか、それじゃ、また落ち着いたら連絡するね。バーイ!』

 

 

プツリ、と通話が切れる。

 

 

 

 

「どうせ、すぐに会わなくなるさ。」

 

気だるそうに、ゆっくりと歩き出す彼を呼び止めることは、出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付いたら、自分の家の中、部屋のベッドに寝転がっていた。

 

 

 

 

あの日のことを、今更ながらに後悔している。素直に言っていればこんなことにならなかったのだ。視界を腕で覆い隠して、自らの過ちを咎めようとしていた、その時。

 

 

ガタタタタッ!と物が落ちる音。かなり大きい音だが、家族がいない僕の家からするような音ではなかった。

恐らく、彼の部屋からだ。

 

がら、と窓を開け、基本開いている彼のベランダに飛び込む。開けられていた窓から入り込んで、こうさけんだ。

 

「大丈夫!?」

 

 

「ッ!?」

 

酷く驚く彼。

大きな段ボールに足を埋めたまま、立てないようだった。

 

「何してるのさ!」

 

んしょ、んしょ、と足に乗り掛かっている荷物を退かし始め、足の手当てをしようとしたその時。

 

「なんで勝手に入って来てんだよ…」

 

酷く小さな声。でも、それは確かな怒りを孕んで、紅葉の耳に届いた。

「な、んで…そんなこと言うの…?心配だから入ってきただけなのに…」

 

「知ってるんだよ。お前が俺のことどんな風に思ってるかなんて。ただの腐れ縁にこんなことしなくていいんじゃねーの。」

 

「ちが…!僕は、ただ…!!」

 

 

 

「なんだよ?」

 

いつもの、あたたかい、眼差し。

いつもの、落ち着くような、優しい声。

いつもの、微笑んだときの、ふにゃっと下がる目尻。

 

いつもの彼の姿と、今の彼の姿は、全く真逆だった。

 

初めて見る、全てを否定するような冷ややかな眼差し。

初めて聞く、全てを押し黙らせるような、冷徹な声。

初めて見る、彼の、大きな怒りを孕んだ、つり上がった瞳。

 

 

それは、ここまでずっと近くにいて、彼が一度も僕に向けなかった感情。

 

 

 

 

 

 

 

 

怒りだった。

 

 

「あれは、違うの…」

 

「違わないだろ。」

 

「違うの!」

 

「違わないって言ってるんだよ!俺のこと嫌いなんだろ!?お前自身の口から聞いたよ!ずっと、あんなこと思ってたんだろ!こっちが楽しんでるときも、こっちが話し掛けてたときも、めんどくさがってたんだろ!?だったら、最初からそう言ってれば良かっただろ!もう、嫌なんだよ!こんなことになるんなら、お前となんか会わなきゃ良かったんだ!」

 

 

 

 

 

 

お前となんか。

そう言われた瞬間、右手は勝手に彼の頬を狙って振り抜かれていた。ふーっ、ふーっ、と荒い息を吐きながら、溢れる涙を押さえ付けるように拭う。

 

 

 

 

 

 

「バカ!」

 

 

それだけ叫んで、部屋をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅葉が帰り、数分とも、数時間とも思えるような長い時間が経過した。ようやくまともに思考できるようになり、動かなかった右腕を着ていたジャージのポケットに滑り込ませる。スマホを取り出して、ずいぶん昔に掛けた覚えのある番号を打ち込んだ。

 

 

数コールのちに、元気そうな爺さんの声が、スピーカーを通して耳に届く。

 

「うん、うん。ちょっと、疲れた。夏休みは、そっちいくけんね。」

 

『ほぉか、そんままこっちに住んでもよかっぞ?』

 

「はは、そうだね。考えとく。ほいじゃねじーちゃん。」

 

『おう。美海も、鳴も会いたがっとるけん、きたら遊んだってくれよ?』

 

「ん。」

 

 

 

 

 

 

「いっそのこと、引っ越すか…」

 

掴める筈の無い幻想を追い続けるくらいなら、手の届く現実に逃げてもいいはずだ。それにきっと…

 

 

 

 

 

 

「きっと、もう、戻れない。」

 

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