「ありがと、助けてくれたの!?」
「ボク、しののめ くれは!キミは?」
「あおば、そら…蒼空だね、オッケー!」
「あー!ボクの苺とるなー!あ!チョコはもっとだめぇ!」
「いやー、おいしいね!あ、君のかき氷も一口頂戴!良いじゃん!ボクたち、兄弟みたいなものなんだし!」
夢。いや、正確には違うのだろうか。
過去から、今。これまでに通ずる、紅葉の言動が、頭のなかで流れている。
そこにあるのは、少しだけむすっとした、いじけたような顔。満面の笑みの顔。いたずらっぽい顔。
これまでなら、この記憶に流されていたと思う。でも、今は苦痛でしかなかった。
「ねぇ、蒼空?」
「ずっと、一緒にいようね!」
「遊びに来たよー?」
「意地悪すんなし、バァカ。」
「ふん、ざまーみろ、てやつかな?」
止めろ。こんなものみたくない。
「いいなー。ねぇ、蒼空。家族になったら、ずっと一緒にいれるんだよね?」
「嫌だよ、蒼空!行かないでよ!」
「お疲れ様。なんだ、その…かっこ良かった。」
「一緒にプールにでもいこうか?」
「今日のご飯、何にしようかな?」
「ボク、将来は君のお嫁さんになりたいかな?なんてね。」
記憶。
嬉しかった、恥ずかしかった。そんな、甘くて、懐かしい記憶。でも、景色は一変する。
暗い、暗い。
常闇の空間のなかに、聴覚以外の感覚を失ったまま、ふわふわと揺蕩う。
「ただの腐れ縁だよ。」
「たまたま家が近いだけ」
「ただの腐れ縁」
「やめろよっ!」
がばり、と勢いよく体を起こした。
だらだらと背筋に異常な量の冷や汗が流れ出るのを感じていた。肌にペタりと張り付いた寝間着がうっとおしくて、乱雑に脱ぎ捨てる。
「くそっ。」
ズボンを着て、上は裸のまま家の中を移動する。シャワーを浴びて、制服に着替える。さっさと朝食を済ませて、玄関を出る。
「あっ…!」
そこには、いま会いたくない少女がいるとも知らずに。
なんでいるんだよ。
開きかけた口をなんとか押し止め、口にしかけた言葉を飲み込んだ。
「えっと、おはよ…?」
何とも言えない表情で、気まずそうに半歩下がった少女。そんな風に言うなら最初から話しかけなければいいのに。と心の中で悪態をつく。礼儀的に挨拶をして、基本ポケットの中に収納してある音楽プレイヤーとイヤホンを耳に装着。そのまま少女を無視するような形で、通学路を歩き始める。
てこてこ、と小さな歩幅で少女は少年の背中を追っていた。所々で、ねぇ、や、蒼空?と呼び掛けても、反応はない。
(本格的に嫌われてるなぁ…)
暗く落ち込んだ気持ちが込み上げ、顔を出そうとする。でも、それをなんとか押し込もうと無理矢理に笑顔を作った。
(一体何がしたいんだ、こいつは。)
終始無言を貫いた二人の間には、どことなく壁が感じられた。
りんごーん、りんごーん、と、授業の終わりを告げる鐘が響く。そしてすぐ、少年の背中を衝撃が襲った。
「おう、蒼空ー!飯食いに屋上いこーぜー!」
バチィ!と、鈍い音が響く。背後には雪乃谷雪哉が立っていたが、その手に弁当らしきものは持たれていない。これは、昔からのこいつの癖。意訳すると、「話あっから表出ろや」というような感じだ。実際、雪哉の目は笑っていない。
雪哉の異常な声音に、教室内の空気が静まり返る。クラスメートに迷惑をかけるわけにもいかず、雪哉を引っ張って教室の外へ。近場の階段を上り、屋上へ。基本的に開放されているここの屋上は、あんまり人がいなかった。
「で、何か用かよ。」
雪哉の方向を直視せず、外の景色を眺めながら言う。十中八九言いたいことはわかっているし、聞く必要もないのかもしれない。
「お前も分かってるんだろ。東雲の事だよ。お前ら、何があったんだよ。ここ最近可笑しいの、志織も知ってる。なんで明らかに避けるような真似してんだよ。」
「別に。これが普通の形なんじゃねぇの?それにさ、幼馴染みだからってずっと一緒なんて、どんな幻想なんだよ。それに、これがあいつが望んだような物だけどな。」
「それは違うだろうよ。東雲もお前も、こんな関係望んでるわけがない。どっちも、嘘ついてるんだよ。」
「嘘?何が?」
「全部だよ。お前が東雲を想ってるのは知ってる。それに、東雲がお前を想ってるのも…」
「でたらめ言ってんじゃねぇよ…」
食いぎみに雪哉の言葉を否定した。そこからはもう、止まれない。
「紅葉が俺を想ってる?な訳ねぇんだよ!確かに、小さい頃からずっと一緒だったさ!一緒に旅行したり、外食にも一緒に行ってた!親がいないときには互いの家に泊まった。でもよ、あいつの口から聞いたんだよ!腐れ縁だって!嫌われてたんだよ、ずっと前から!」
「なに言ってんだよ、な訳ない…」
「な訳ない?お前に何が分かる。一体お前に俺の何が分かるってんだよ!ああ!?お前も、紅葉も、一体俺の何なんだよ!」
全てを吐き捨てるかのように叫ぶ。
はぁ、とあからさまにため息をついた雪哉は、拳を振りかぶった。
「歯ぁ食い縛れ。」
刹那、頬を強い衝撃が襲う。衝撃を殺しきれなかった俺は、後ろに倒れ込む。
「ちっと、頭冷やせ。殴ったことは謝る。あとさ。」
後ろを振り向きながら、雪哉は告げる。
「お前ら、いっぺんさ、腹割って話せ。この関係をどうするにも、けじめはつけた方がいい。」
扉の前へ移動して、一言。
「後悔だけは、するなよ。」
「うるせぇよ、畜生。」