第1話
――はぁ……はぁ……。
少年がパソコンの前で、汗だくになりながらキーボードをピアノのように叩き、マウスを忙しく操作していた。パソコンのディスプレイを凝視している目は、大きく見開かれ瞳孔は絞られている。たたたた、とWASDとシフトキー、スペースキーをびっくりするようなスピードで叩き、マウスを小刻みに操作する。
ディスプレイには、機動戦士ガンダムのドムがグランドキャニオンを髣髴とさせる地形の中、ジムの猛攻から必死になって逃げている画面が映し出されていた。
ジムは、片手にシールド、片手にガンダムハンマーを持ち、機動性で勝るドムの行く先を狙い、ハンマーを振りつづける。
ドムは、ハンマーが当たるはずの機動を無理やりずらして、見た目重たげな機体を軽やかにホバーで移動しぎりぎりで回避していく。
ちょっとでも当たればたちまち吹っ飛ばされて無抵抗になる。
戦闘を繰り返してきた現状のパラメーターから考えたら、ガンダムハンマーの一撃は確実に彼が操るドムを屠ることだろう。それだけ、機体の損傷度は大きい。
もちろん、これはネットワークゲームという仮想空間の中での出来事だ。撃破されたからといって、少年が死ぬわけではない。
それでも、少年は息を荒くして必死に画面内のドムに回避機動をとらせていた。ここは素直に倒されて、スタート地点からリスタートするのが最善であることは確かなのに、なぜかそれが出来ないのだ。
キーボードを叩いて、マウスを操作している実感はあるのに、意識はリックドムのコクピットの中にあるような不思議な感覚が、彼の身の上に起きていたからだった。
本当に、自分がドムのパイロットになったイメージだ。部屋着のスウェットも、今の彼にはジオンのパイロットスーツだし、ヘルメットもかぶっている。荒い息は、ヘルメットのバイザーを白く曇らせ、視界を悪化させる。
そんなことなど、実際におきているわけではないのだ。ないのだが、今の少年には現実に感じている出来事だった。
ジムは執拗に、さながら自分を喰らおうとする狡猾かつ冷酷な肉食獣のように自分を追い詰めていく。
ジムのステップ一つ、ブースターの空吹かし一つが少年の退路を一つ一つ削っていく。
そこを少年は、無理やりこじ開けるようにフェイントを駆使して退路を作り出し、逃げ回る。
少しでも隙あらばバズーカを撃ちこむが、まるでアムロのように回避してさらに距離を詰めてくる。
アムロ!
その思考にいたった瞬間、それまで奇妙な興奮の中にいた少年の体温は一気に下がった。
そうだ、アムロだ。
いつか見た、『ガンダム イボルブ5』。その作中、アムロがνガンダムで見せたあの回避。
あの『すでにそこに攻撃がくるのがわかっていて、その場所から機体をずらす』ような機動。
それが今、目の前で起きているのだ。
そうした奇跡のような事実を理解した瞬間、制限時間を迎え、ゲームは終了した。