第6話
瀧は風呂上りのさっぱりとした気分で、いつものようにパソコンデスクの前に座ると、ヘッドホンをつけて左耳に付属しているマイクを口元に移動、パソコンを起動した。 このパソコンは、瀧が高校に入学するときの祝いとして両親に頼んで作った自作マシンで、当時ビスタだったOSは、ウインドウズ7に切り替えてあり、さらに、細かなパーツの組換えを繰り返し、今では作った当時と同じパーツはケースとHDDだけという状態になっている。
キーボードは、いわゆるゲーミングではなく、フィルコというメカニカルの高級品。マウスもゲーミングではなく、長く使えるよう作りがしっかりしたものだ。
数分で起動は終了し、いくつかのホームページをブラウジングして情報を入手した後、いよいよガンダム~一年戦争戦記~を立ち上げた。こかか、と小さな動作音の後、認証画面が立ち上がリ、ヘッドホンからはガンダムの劇伴が流れてくる。そして、迷いの無い動作でIDとパスワードを入力、マップ選択画面へと進んで、メインチャットで挨拶を交わす。
『ただいまー』
ぽつ、ぽつ、と流れているログの中に、瀧のログが混じる。彼のハンドルネームは瀧一。苗字と名前の最後を取ったものだ。彼のログインと挨拶がログに流れると、即座に何人かの参加者がおかえりー、とか、おつかれさまー、あるいはノ、などと思い思いのレスを返してくる。
この反応で、自分はようやく自分の家に帰ってきたと感じる。彼にとって、自宅はこうしたネットの中にこそあるように感じている部分があった。
たとえ、両親が大切な存在であっても、会話はもう、ほとんどしていないのだ。むしろ、学校の同級生やこうしたネットの友人達のほうが多く言葉をかわしていた。
『今、Xx_mai_xXが連邦で暴れてるらしいぞ。場所はニューヤークらしい』
ハンドルネーム、イレロ・ムアがそう発言した。投げやりなハンドルネームだが、それなりの腕の持ち主として知られている。
しかし、それ以上にゲーム内の出来事をどこから仕入れてくるのか、かなりの確度で情報を流す情報屋としての地位を築いている。
『今日のハンマイの狩場はニューヤークかぁ……』
続いて、アストーザが言葉を繋ぐ。
ハンマイ。
ゲームにおけるハンドルネームはXx_mai_xX。
冗談みたいなあだ名だが、その実力はこのゲームをプレイする人間の間では、アニメの白い悪魔、あるいは赤い彗星並みに知れ渡っている超有名プレイヤーだ。
彼女――ハンマイが女性であることは、オープンベータの時代からボイスチャットで確認されていた――が連邦でプレイするときは、ガンダムハンマーを装備したジムしか使わないことから、いつしかハンマー・マイ、略してハンマイ、と呼ばれるようになった。
瀧は、運良く今まで一度しかやりあっていないが、とにかく生き残るのがやっとという印象しかなかった。
彼がハンマイと対峙したのは、今からおよそ一ヶ月前のこと。
丁度、予知能力のようなあの感覚が備わりだしたころと重なる。
そのとき、彼が使っていた機体はドムで、マップはテキサスコロニー。低重力によるジャンプの高さと、グランドキャニオンほどではないにしろ、それなりに起伏の富んだ障害物が多い、操作感覚が通常とは異なる、ギミックにあふれたマップだ。
瀧がハンマイと出会ったのは、アニメでアムロとマ・クベが出会い、争った場所。
瀧は、彼女を視界に収めるやいなや、残弾も考えずにバズーカを得意の偏差射撃で連射、彼女が回避行動をとっている隙に逃げ出そうとした。
が、ハンマイは、瀧の撃った偏差射撃のバズーカや味方機のジムスナイパーカスタムの狙撃をかいくぐって瀧に肉薄、得意のガンハダムハンマーの攻撃をしかけてきたのだ。まさに脅威、としか言い様が無かった。彼の偏差射撃の精度はかなりのもので、狙撃をやらせてもかなりのヒットを稼いでいる。
安心して後ろを任せられるプレイヤーだ。
さらに、彼女を狙ったジムのスナイピング技術も卓越していて、コクピットショット率――モビルスーツなので、ヘッドショットではなく、コクピットや機関部にヒットしたほうがダメージは大きく設定されている――はかなり高いが、そんな二人の射撃を、彼女はことごとくかわしていったのだ。
そう、瀧の射撃のさらに先を読んで――彼にはそうとしかみえなかった――ジャンプやショートダッシュなど、あらゆるテクニックを使い驚くべき回避能力とスピードで肉薄したのだ。
ただ、驚愕するしかなかった。
ゲームなのに、たかがゲームの出来事なのに汗が一気に噴出した。
なにをしても当たらない。よけられることへの恐怖。
彼女の手にしていた武器がガンダムハンマーではなくビームサーベルで、自分が乗っていた機体がギャンであったなら、アニメの再現となっていたところだ。
だが、幸いにしてハンマイはそのあだなのとおり、ガンダムハンマーしか使わず、瀧は機動性に優れたドムを使っていた。
ガンダムハンマーは威力こそあるが一度使うとリロード時間が設定されていて、連射ができないようになっているのだ。
瀧は、その後ドム特有の機動性のよさとリロードの隙を利用して、どうにかこうにか猛追をしのぎ、ホバーによるスライド移動などを使って、ようやくの思いで彼女を撒くことに成功した。
いや、撒いた、というのは言葉がきれいすぎるだろう。
ケツをまくって逃げ出してしまった、というのが正しい。
普段なら、撃墜されても気にしないのだが、このときは、自分が本当に殺されるかのように錯覚してしまったのだ。
殺されるかもしれない、という恐怖にケツを蹴り上げられ、ほうほうのていで逃走してしまった。
その時のゲームが終了した後で知ったのだが、彼女と一対一で戦い生き延びたのは二十人もいないそうで、それがきっかけで瀧も一躍名をはせることになったきっかけとなったわけだが、その本人である彼にとってはどうでもよかった。
生き延びたことだけにほっとしていた。あそこで撃墜されていたら、実戦で撃墜されたような衝撃をうけていただろう。
つまり、彼女の追撃にはそれだけ殺気のようななにかがこもっていたということだ。
ただのゲームなのに、だ。
瀧は、アムロを目前にした一般兵の気持ちがよくわかったと、ハンマイとの対決が終わったあと、ロビーのチャットでそうもらしたものだ。
そのときは、ハンマイに殺されなかった自分の幸運に感謝していたが、数日経過すると逃げ出してしまったことへの恥辱めいたものが、心の中にくすぶりだしていたのも事実で、その感情はずっと彼の中にしこりとして残っていた。
そのときの感情を、今一度、リアルに思い出しながら、
『そっか……ちょっとハンマイと仕合にいってくるよ。まぁ、出会えたらだけどね』
瀧は、そうチャットで発言した。
あのとき感じた恐怖がなんなのか確認し、逃げ出してしまった過去の自分を塗りつぶし、恥辱をそそぎたいと思っていた。
それよりなにより、気になることがあった。
そう、高校の昼休みにすれ違ったあの女の子。ニューヤークで待っていると、すれ違いざまに呟いたあの女子生徒だ。
彼女は、ニューヤークで待っている、と確かにいった。
『mjd?』
『まじかwwww瀧一とハンマイの勝負みてぇwwwww』
『誰か動画うぷしろ』
ログが流れ出す。
瀧一とハンマイの一戦は、たまたまその様子を見ていたプレイヤーが録画し、動画サイトにアップしていたので、プレイヤーの間ではそれなりに知られている事件であった。同時に、ハンマイの常識が通用しないモビルスーツの機動が、ゲーム内に知れ渡るきっかけにもなっている。
『それじゃ、いってきまーす』
そう書き込んで、瀧は参加者募集のアイコンが点っているニューヤークマップを選択、ジオン軍での参戦を選び、機体をあの時と同じドムを選択した。一番使い慣れた機体だからというのもあるが、多分に前回の対決を意識してのものだ。
装備は、バズーカとヒートサーベルのデフォルト。
マシンガンにしようかとも思ったが、数をばら撒いても多分当たらないと判断した。
どのみち、お互いの回避能力が高すぎると、弾をばら撒いたところで避けられるのは明らかだし、なにより一発二発マシンガンがあたったところで致命傷にはならない。
それなら、当たり所によっては一発でカタがつくバズーカのほうがましだ。
そして、ハンマイ以外の敵がでてきても、自分の回避能力なら十分にサーベルだけで渡り合う自信がある。バズーカを持ち出せば、ベテランプレイヤーが相手でもないかぎり、スコープを除きながらの戦闘も可能だ。 瀧は今、自分の当て勘と回避能力に、それだけの自信を持っていた。
機体の選択と武装の設定を選ぶと、準備OKと書かれたアイコンをクリックする。
瞬間、画面が切り替わりマップ呼び出し画面へと移り、ビームライフルやモビルスーツの機動音がスピーカーから流れてきて、ローディングが進み、暗転。ニューヤークマップへと移った。
夜間戦闘の演出のためか、空が真っ暗になっている。あたりは、倒壊したビルが並び、移動が若干不自由で死角も多かった。ドムを選択した瀧にはかなり不利なマップだが、やりようはある。
――ん? 声?
瀧は、マップに入った瞬間、女性の声が聞こえてきたように感じられた。鼓膜ではなく、直接頭の中に響いてくるような声ではない声。
そう、たとえるならあの、ら・らぁ、のような声に聞こえないのに声と認識できる不思議な音。
その声は、ぼんやりと《まいこ》と言っているように聞こえる。
――まいこって、ひょってしてハンマイのこと? はは……まさか、ね。そんなわけないか。
自分の心の中に湧き上がった疑問を、内心苦笑いしながら否定する。
気分を入れ替えるように小さな深呼吸を一つした後、愛機を操作して進軍を開始した。ドムは基本的にホバー移動なので、上手く操れば視界移動の必要なしに瓦礫の中を移動できる。
ドムは彼が一番好んで使う機体だ。
だから、操作はなれたもの。
QWEASDキーやシフトキー、コントローラーキー、スペースキーをピアノを演奏するかのように軽やかにタッチして、瓦礫の間を縫うように複雑な軌道を描いていく。
ある程度前進すると、ビルの陰に隠れながらゲーム画面右上にある周辺マップで、近くにいる味方機との距離を確認しながら同時にあたりを警戒する。
ニューヤーク全域におけるミノフスキー粒子の濃度はそれほど高く設定されてはないから、右上の周辺マップもわりと頼りになる。
「こちら、瀧一。もしハンマイを見かけたら俺が引き受けるんで、連絡よろしく」
ボイスチャットで、周辺の味方に声をかけておく。ボイスチャットは、自機を中心として周辺マップに表示されている味方ユニットに届く仕組みになっている。
文字チャットには、そうした範囲制限はない。
周辺に存在する味方機は四機。それぞれが異口同音に、了解の旨を答えてくる。
また、声が聞こえる。今回は、幻聴と言えるほど小さな声ではなく、はっきりと耳に聞こえてくる。自分が呼ばれているような感覚だ。
どこから聞こえてくるのかもなんとなくわかる。
視界外にいるはずの、ハンマーを持ったジムが画面の奥にいるように見える。今、自分が立っている方向の正面にいる。
――この声、僕を呼んでるってこと?
「ちょっと、影が見えた気がする。ちょっと、F5方面に向かってみる」
そう、ボイスチャットで周辺の味方機に告げて、移動を始める。F5ブロックは、ホワイトベースが隠れた、半壊したドーム式野球場が中央に位置する区域だ。
まいこ、という声と、じーん……と頭が痺れるような感覚が、より強く、鮮明になっていく。
――やっぱり、わかる。僕を呼んでる……マイコ……舞子。
どれぐらい、呼ばれているその方向にむかって移動しただろう。F5ブロックに踏み入れた瞬間、自分に向けての個別チャットが左下のログウインドウに流れてきたのが、視界の隅に引っかかるように視認できる。
『やっぱきてくれたんだ、滝亮一クン。マップに入ったときから、キミの声は聞こえてたよ。まさか、同じ高校に通ってる人だとはね。キミが柔道で活躍したのがボクの耳に届くまで、キミが同学年だなんて気づかなかったよ』
『ほんとに、学校であった人なの?』
『あはは、ほんとにボクだよ。それじゃ、始めようか。ギャラリーも待ってる』
『あと、声が聞えてたって、どういうこと?』
瀧は、ドームのそばの瓦礫に機体を影に隠して返信する。背中を隠しているだけで、前方には障害物がない平地が広がっていて、その平地のむこうにドームがある。
『頭で聞こえていたんでしょ? ボクの声。キミを呼ぶボクの声。それは、キミがボクと同じニュータイプだっていう証』
『ニュータイプって本気でいってるの?』
『まぁ、信じられないよね。だからさ、やろうよ』
わかる。
近くにきている。
音もなにも聞えない。
でも、確かになにかが近づいてる。
――僕がニュータイプだとか、そんなことはどうでもいい。舞子が近くにきている。
「っ!」
前方にダッシュしながら、マウスのボタンを同時クリック。
ぎゅん、と機体が真後ろをむく。
照準をつけることをせず、自分がいた瓦礫の上へとバズーカを一発放ちながらスラロームでバックダッシュ。
瀧がバズーカを放ちながら移動したのと同時に、相手はハンマーを撃ったらしい。灰色の球体が立っていた場所に着弾する。
バズーカは外れたようだ。なぜか、それがわかった。
ハンマイ――舞子は、廃墟の上からジャンプして、こちら側に接敵しようとしているのだろう。ハンマーは、通常、手元に戻るまでがリロード時間になっているのだが、ハンマーにこちらから近づけば、それだけリロード時間が短縮される。
空中という回避行動が取りづらい状態に自らをさらすということは、自分の回避能力にそれだけの自信がある、ということだ。
――あの時逃げ出した僕ではないことを証明してやる。
瀧は、珍しく闘争心を剥き出しにして、さらに舞子が着地する場所にむけてバズーカを放つ。
こんな一撃が、彼女に当たるとは思っていない。滞空時間を少しでも長くして、相手の下にもぐりこむ隙がほしかっただけだ。
ガンダムハンマーの死角は、上下方向、二十度ほどの円錐状の位置設定されていて、その範囲に入ってしまえば、あとはこちらのやりたい放題だ。
着弾を確認する前に、ダッシュ。
ジムのバーニア噴出時間は大体掴んでいる。その時間から、どのあたりまで着地が可能なのかも、なんとなくわかっていた。
が、なにかいやな予感がよぎる。着地予測地点で停止するつもりだったが、そのまま走り抜け反転すると、予想していた場所にはジムがガンダムハンマーではなくて、ビームサーベルを抜いて立っていた。背中にかけていたシールドも構えている。
――いやな予感はこれだったのか……
「やっぱりバレちゃったか」
ヘッドホンから、女の子の声がきこえる。若干低めだが、聞き心地の悪くない声だ。そして、この声には聞き覚えがあった。
今日の昼休み。
廊下ですれ違った彼女の声だ。
「余裕、あるんだね」
瀧は、いったんマウスとキーボードから手を離して、力んだ指先をリラックスさせるかのように何度か手を握りながら言った。
「そうでもないよ。ハンマー使うのやめたし。サーベル抜かなきゃならない相手は、亮一が初めてかな」
舞子はそう言うのが早いか、ジムをこちらにむけて突進させてきた。距離は、一発バズーカを放てる程度だが、下手にバズーカを撃ってあたらなければ、回避しながら近づかれてしまう距離だった。
手が勝手にキーボードとマウスに戻り、バズーカを撃ち、硬直をヒートサーベルを抜くことでキャンセルする。
ジムは、一瞬だけ低姿勢をとってバズーカを回避、そのまま立ち上がって瀧の目前に迫り、サーベルを切り上げる。
左横にスライド移動しながらヒートサーベルでロックオン。
右だと盾がある。
振るう。
避けられる。
バルカン。こちらは胸部拡散ビーム砲。
どちらの体力ゲージも一割を削られる。
――聞える?
タックル。
シールドアタック。
相打ち。
――うん……ニュータイプ、本当にいたんだ。
お互いが吹き飛び、立ち上がるモーションに入る。
――ボクだけじゃない。もちろん、キミだけでもない。他にも何人か。
――わかるよ。見られてる。2人ぐらいかな。
立ち上がり、距離を取り合う。
――不思議な感じだよね。
――うん……不思議だ。舞子のことが全部わかるんだ。
――ボクも、亮一のことがよくわかる。うぅん、亮一と一緒になった感じ。
――心が一つになったみたいだ。
バズーカとビームスプレーガンのビームが交錯し、瀧は左回りに回避した。ジムも、自分と同じく左回りに回避している。まるで踊っているようだ。
――これが、分かり合えるっていう感覚なのかな……
瀧は、自分がキーボードとマウスを操作しているのを夢うつつに感じていた。操作しながらも、意識は広がりを見せ、現実が現実味をうしなっていく。
ゲームの操作そのものは体が勝手にやってくれている認識になりつつある。
――アムロとララァみたいな? なんか、恥ずかしいね……ボクの裸、キミに見られてる感じがする。
――それは僕も同じだよ。裸よりも恥ずかしいよ……汚い自分も、全部みられてるんだから……。
――あはは、そういえばそうだよね……恥ずかしいけど、でも、気持ちいいかも。キミと、溶け合うみたい。
――うん、溶け合ってるんだよ、僕たち。
自分の体が自分のものではなく、二人のものという感覚。同時に、舞子の体も自分のものという感覚。
瀧は、舞子が何を感じ何を見て何を聞いて何を考えているのか、すべてを感じられる。
舞子が生まれたときの記憶。
舞子の両親が死んでしまったときの悲しみ。
体の感覚だってそうだ。
自分に無い相手の性器の感触はもちろん感じたし、かわりに初めての射精の感覚の思い出も伝わってしまっただろう。何故なら、自分も舞子が感じた初めてのオナニーによる絶頂を体験してしまったのだから。
朝勃ちのつらさ、生理痛のきつさ、ペットの猫を失ったときの悲しみ、今日食べた朝ご飯、今はいてるショーツの感触、胸の重さ……
それはまさに、肉体経験を経ない性交――あるいはそれ以上の行為に等しかった。
相手のすべて、本人も覚えていない昔のことすら理解してしまう。
もう、考える必要すらなくなっていた。
お互いの意識は、お互いの無意識の中に取り込まれ、無限の広がりを見せていく。
意識ははるか彼方、時間さえ超える。
刻の先を目ではなく、感覚で〈見る〉。
これから二人の間に起こること、未来に起きることも認識できた。
もちろん、なにもかもアニメと同じ訳ではない。すべての人間が判りあえるという、たった一つの結果が未来にあるわけではなかった。
過去とはそれまでたどってきた無限の選択肢の結果であり、未来は無限の選択肢からなる枝となる。
時間の系統樹だ。
さまざまな人間の選択肢が複雑に絡み合い、無限のフラクタル図形が形成され、壮大な未来の樹木が広がる。
今も時は進み、無限の選択肢が選択され、選択されなかった未来が消失していく。そして、選択肢を取ることによって、また新たな無限の選択肢が生まれる。
壮大な、人という存在が消え去ってもなお続いていくだろう、巨大な時間の樹木。
その樹木の先、至るところに大きな果実を見る。
瀧と舞子は、重なり合った意識の中で、未来を――刻の涙を見た。
瞬間、意識が現実に戻ってきた。
ゲーム画面では、瀧がヒートサーベル、舞子がガンダムハンマーでお互いを攻撃したシーンがリプレイで流れていた。
相打ちだった。
どんな戦いをしたのかわからない。覚えていない。
ただ、かなり無茶な操作をしていたのは確かなようで、左腕全体がパンパンに張っていて、思うように指が動かなくなってしまっていた。 多分、今日一日はまともな操作は不可能だろう。
できることといえば、せいぜいが狙撃役だ。
とはいえ、狙撃でも並み以上の働きは出来るので問題はないのだが、いつもやっている切り込み隊長としての仕事はできない。
ふぅ、と息を吐いてほうけた頭のままチャットのログを見ると、驚嘆と賞賛にあふれ返っていた。
『まるで本物のモビルスーツ戦を見ているみてぇだ』
『ダンスを踊っているようだったな』
『なにやってるのかわかんねぇよ』
『アニメの一戦をみてるみたいだった』
『俺、こいつらに勝てる気しないわ。絶対無理!』
『人間業じゃねぇ』
『リアルニュータイプ降臨!!』
『動画班録画してたんだろ。早くニコ動にあげろよ。超みてぇ』
『今エンコ中だからちょっとまってろお前ら』
など、ログが凄い勢いで流れている。どうやら、自分と舞子が意識を重ね合わせている間に、録画班以外にも何人かの観客が自分達を囲んでいたようだ。
それだけの賞賛のログを見ても、渦中の瀧はまったく実感が伴わなかった。
戦っていた記憶がほとんどなかったのだから。
ログにかかれていることすべてが、すりガラスのむこうがわで起きたことのように思えてならなかった。舞子と過ごした永遠に等しい一瞬の時間と体験が濃密すぎて、そちらの記憶のほうが頭の中を占領していた。
「――僕が、ニュータイプ……」
瀧は、大きく椅子の背もたれに体を預けて天井を見た。
実感は湧かない。
ゲーム画面は、すでにリスタートを開始し、ドムがリスタート地点でバズーカを構えて瀧の操作を待っている。
ゲームの残り時間は、およそ十分。疲れきって、これ以上プレイするのもしんどいが、戦線はジオン軍が若干押され気味になっている。自分が頑張れば、あるいは押し返すことも可能かもしれない。
刻を見た――未来の姿の一端を垣間見たからといって、未来予知なんてできるはずがないのだ。
ニュータイプは超能力者じゃない。
認識力が普通の人より大きくなった。それだけのことだ。
超能力者なら、予知能力を持っているなら、今自分がこのゲームを継続してプレイした結果をわかっているはずだ。
そりゃあ、感じれば勝敗の行方はわかるかもしれない。が、おそらくその頃には、このゲームはおわっていることだろう。
わからないことはわからない。
わからないことまでわかるような、便利な能力ではない。
瀧は、ニュータイプがどういうものなのか、そしてどういう感覚なのか。それを実感していた――
結局このゲームは、ジオンの敗退で終了した。
自分が担当したエリアはなんとか踏みとどまったものの、他に二つあった戦線の一つが崩壊、そこから一気に攻め込まれ基地を破壊されて幕となった。たぶん、舞子がその戦線にむかっていたのだろう。もっとも、お互いに今日はやりあいたくないと思っているので、たとえ遭遇したとしてもみないふりをしていただろうが。
なんにせよ、自分の手が届かない範囲での戦闘にまで介入などできない。
これもニュータイプの限界だ。バイオコンピュータやサイコフレームという不思議技術でも使わないかぎり、ニュータイプの力が現実世界に直接介入することなどできるはずもない。
できることは、せいぜい意識を伝達するぐらいだが、そんなことをしたところで負けが勝ちにかわるわけでもないし、伝達するためには心の繋がりが重要だ。
オフ会ですらあったことが無い人間を相手に意思を伝達するなど、相手がニュータイプでもないかぎり不可能だったし、ましてそんなことをしてまで勝ちに行くようなゲームでもない。
瀧は、ゲームを切断するとおもむろにスカイプを立ち上げて、ユーザー検索で迷うことなく舞子のIDを検索にかけて探し出した。彼女はすでにスカイプを立ち上げていたようで、join表示になっている。
フレンド申請は、自分が検索をかけて呼び出したのと同時に行われたらしい。彼女からの申請を許可すると同時に、ボイスチャット申請もきたので許可する。
『やっほー』
「相変わらず軽いよね、ノリ」
舞子の第一声に苦笑しながら、挨拶に答えた。今更自分を飾ってもしかたない。どうせ、尻の毛の本数まで知られているのだ。
『相変わらずって失礼だよねぇ、キミも』
「はは、そのあたりはお互い様だよね。明日、どこで昼ごはん食べようか」
『ん~、屋上でいいんじゃない?』
「いいよ。じゃ、それで。ほうれん草の卵とじとアジフライでいい?」
『うん、私は鳥のから揚げと茄子の糠漬けでいいんだっけ?』
「うん、それじゃまた明日。今日みたいに教科書、忘れないでよ」
『判ってるよ! もう、一言多いんだから。あんたは私のお母さんかっていうの』
そう言うと二人は軽く笑いあい、スカイプの接続を切った。
必要以上の言葉などいらない。
約束を交わすだけで十分だ。
瀧は、椅子に寄りかかると背中を伸ばす。
明日のことが頭をよぎった。
明日は金曜日。
一時間目は体育の授業で、おそらく長距離走になるだろう。
ため息がもれた。
長距離走は嫌いだから。