全員が静かに山荘の扉の傍まで近寄り、政次郎がまず扉の左側に立って音を立てないように手をかけ、静かに取っ手を回して鍵の有無を確かめる。
鍵がかかっていない事を確認した政次郎が四人へ顔を向けて縦に振り、全員が頷き返す。十三が扉の右側につくのを確認し、政次郎は指を三本立てる。
三秒をかけて指折りを終えると扉を一気に引き開け、ほぼ同時に十三がアサルトライフルを構えて中へ入り込み、壁沿いに進みつつ室内を見渡す。
十三の後ろに続く形で政次郎も素早く侵入し、逆の壁沿いへ進みながらサブマシンガンを構える。
クリアリングを終え、視線を室内へ向けたまま残る蓮達へ見えるように十三が片手を内側へ引くサインを送り、遅れて蓮達も入ってきた。
「――居るな」
静かに政次郎が呟く。薄暗い山荘の玄関ホールの床には破れたカーペットの上には埃が積もっているが、一目見ればそこに多くの靴跡がつけられているのがわかる。
内外を見ればこの建物が既に廃墟となっているのは確かだが、それに相反して靴跡の上には埃が積もっていない事から、埃が踏み付けられてからそう長い時間が経っていない事は間違いない。
この廃墟を出入りする何者かが居る。予想通りの状況に、一同は警戒を強めた。
「まずは一階から確認するぞ」
玄関ホールの近くには二階へ続く階段があり、足跡は一階の奥へも階段にも満遍なく散らされている。まずは下から確認する事にし、十三と政次郎が並んで進んでいく。
足跡が続いている近場の部屋から順々に調べていく事にし、一つ一つを素早く確認していった。
「……パソコン?」
いくらかの無人の部屋を確認し終え、「事務室」と扉の上のプレートに書かれた部屋に入ると、部屋の中の机の一つに置いてあるノートパソコンが目に入った。
靴跡と同様に埃が積もっておらず、部屋内の殆どが荒れ果てた状況にありながらそれのみが小奇麗な状態で残されている。パソコンの前に置いてある椅子もまた不自然に埃が払われていた。
「伊達、外の警戒を頼む」
「あいよ」
政次郎が手袋を嵌めながら十三へ部屋の外の警戒を任せ、ノートパソコンが動くかどうかを確かめる。想像通り、ノートパソコンは問題無く動き、機械的な灯りが部屋をぼんやりと照らす。
起動の際にパスワードが必要という事も無く、点灯してからすぐにデスクトップ画面が映る。不用心な事だと思うが、いちいち持ち帰ってセキュリティを解除する手間が省けるのは助かる。
インターネットが繋がるような環境とも思えない為、何らかの記録媒体としてノートパソコンを持ってきたのだろうと推測し、政次郎は画像やテキストファイルを中心に手早く目を通していく。
「……随分とろくでもないな」
デスクトップにあるフォルダの中には「No.」と書かれ、数字ごとに分けられたフォルダがあり、中を見ればそこにある全てが子供の写真の画像ファイルだった。
フォルダごとに別々の子供の写真が入っており、それらにもまた数字が各々つけられている。それぞれのファイルの日付時刻を見る限り、番号が増えるごとに後に追加されたファイルらしい。
問題なのはその中身で、最初の内の画像はただの盗撮写真と言っていいものだが、番号が増えるとその子供が居る場所が薄暗い個室となり、後になるにつれてその子供が少しずつ傷付いていく。
番号が終わりに近付くと、顔が判別出来ない程の暴行を受けていたり、四肢が有り得ない方向へ曲げられていたり、悪い物では体のどこかしらが欠けているものすらあった。
画面を後ろから覗き込んでいる蓮達も、縮小表示の画像に軽く目を通しているだけで強い嫌悪と怒りを覚える様な痛ましさだった。
「……単なる遭難事件ってだけじゃ終わらないみたいね」
「そうだな。画像の日時はここ半年に渡り飛び飛びになっている。ここ最近に起こった誘拐事件と照らし合わせる必要があるだろう」
「なんて、惨い……」
このパソコンの持ち主はどうやら、多くの子供を誘拐しては監禁・暴行を繰り返している異常者のようだ。
倒錯した趣味の持ち主がそういった画像を集めているというには写真のあまりの多さや状況の偏りを考えれば無理があるし、盗撮された子供が暴行される経緯を写した写真などそうネットで集められる物ではない。
そのフォルダに入っている画像ファイルの殆どがそういった子供への暴行の経過を示す写真であるのを確認し、政次郎は持参しているメモリの一つを差して画像をコピーする。
選択するのも面倒な為、フォルダ全てをざっくりとコピーし、それが終わるまでの間に政次郎は目につく位置のフォルダを手早く開いては、何か変わったファイルが無いか目を通していく。
そうしていく内に、目を引くファイル名が見つかった。
「”管理記録”、か」
「……大方の予想はつくわね……」
フォルダ内にあった一つのドキュメントファイルで目が止まる。最も古い写真の日時とほぼ同期して始まり、一ヶ月ごとに分けられて作られているそれらとタイトルを照らし合わせれば、嫌でも内容は想像出来る。
とはいえ、確認しない訳にもいかない。まずはフォルダ内にある最も古いファイルを開く。
『これからここに保管するのは全てナンバー表記で記録していく事にした。これからも書いていくなら何かしら覚えやすい様にした方がいいだろうし、この際二人も三人も同じ事だ』
『No.1は最初の奴に比べると反抗的だ。怯えずに歯向かってくる事に少々腹が立ったので、強く躾けておいた。明日には立場を理解してくれると楽なんだが』
『鍵を開けた瞬間に襲いかかってきた。その分入念に躾けてやったが、屈服させてやるというのはやはりクセになる。あの目を思い返すだけでゾクゾクする』
ファイルの書き出しからは暫くの間は、日記のような形式で簡易的に暴行の記録について書かれていた。嫌でも先程の写真達が頭に再び思い浮かばされてしまう。
日ごとに多少の内容の多寡はあったが、このファイルは最後までこの様な写真に映っていた子供に対する日記で埋められていた。それを確認して、政次郎はすぐに次の月のファイルを開く。
『No.1の手間が減ったのでそろそろ二人目を考える』
『No.1はほぼ動かない。No.2は反抗的だが一番よりは素直』
『No.1:死亡 No.2:No.1を見せて反応が改善』
次の月に入り、書かれている内容が少しずつ減っていく。暴行の過程はほぼ省略され、ほぼ状態のみを記録するものとなっていった。
ファイルの後半になるごとにどんどん文字数は減っていき、次のファイルになる頃には内容はただ日を経るごとに番号が増えていき、最終的にはそれらに”生存”と”死亡”のどちらかが振られるだけの簡易的なものとなった。
「……吐き気がするわね」
「子供を、なんだと……!」
たった二文字で片付けられている子供の生死を見るごとに、蓮は少しずつ抑えがたい苛立ちが大きくなっていき、ユーリヤは強い憤りから肩が震え、手を強く握り締めている。
一方で政次郎と真魚は内容に一切反応せず、ただ淡々と上から下まで何か変化が無いか読み進めていく。内容が最も簡易的になった所からは高速でファイルを下まで送り、大きな変化が無い事を確認して政次郎は作業的に次のファイルを開いていく。
「……む」
「なんか文字増えてる」
生死の二つの記号が羅列されているだけの内容を飛ばし読みしていくと、途中でその決まった並びが崩れた。スクロールを止めてその区間を読めば、再び日記のような内容が書かれている。
『今日の買い出しの際、胡散臭い物が出回っていたので、退屈凌ぎにNo.7に試してみたらマジでゾンビが作れた。面白いのでしばらくはこれで実験する』
『魔術?呪術?そういうものなのだろうか、とにかくこれは面白い。躾よりこれに書いてあるものがどれだけ出来るか試したくなった。実験体がもっと必要』
『呼び出した木の化物は凄まじいが、保管してたのが二つ丸ごと食われた。加減ってもんが無いのか、指定した所だけを食わせるのは無理。面白いが、困る』
書き方こそ最初にあった簡素な日記とほぼ同じだが、内容に大きく変化が見られた。
”ゾンビ”、”呪術”、”木の化物”。次から次へと、単なる誘拐殺人から離れた単語が湧いてくる。この記録の主が試し始めた「胡散臭い物」――急激な内容の変化の原因に、蓮達は心当たりはあった。
「魔術書だろうな」
「まず間違いないわね」
邪神教団は昨今、呪文や神話生物の召喚などの手順を記した魔術書をデジタル化し、より多くの人間に流通させる事で事件の規模を大きくしている。
事実として蓮の受けている任務の多くで、デジタル化された魔術書を用いる魔術師とは遭遇している。こういった既に流通してしまった魔術書の回収もまた、蓮の受けている任務の一つだった。
急激な内容の変化を見るに、この記録を書いている者もまた何らかのルートで出回ってきた魔術書を手に入れ、それを子供相手に試し始めたという事だろう。
「……内容を見る限りは、単独犯だな。協力者がいる様な節がどこにも記されていない」
「厄介な人物が、厄介な玩具を手に入れてしまった……ってトコね」
それからの内容もまた、呪文を子供相手に試す様な日記が続いたが、途中からは魔術書の内容を読み込み、人間を使っての”研究”を行うという内容が混じり始めた。
生み出したゾンビの行動のパターンの記録、暴行の過程を変えることによる悪霊の意図的な作成、生きたまま人間の体を削って材料にする――こういった、気の触れた様な内容が並んでくる。
その中の一つに、蓮達の目を引く内容があった。
「『ゾンビを養分にした植物』……?」
曰く、「人間のゾンビがいるのならば植物のゾンビも作れるのではないか」という突拍子も無い発想から始めた研究。
生み出したゾンビを砕いて粉にし、それを土壌に混ぜて植物を育てていく。当然、意志も持たず肉を捕食する訳でもない植物を、人間のゾンビの様にする事は出来ない。
ただ、呪いの様な形で植物の生態を捻じ曲げる事で、全く別の悍ましい何かを作れないか。そういった考えから、独自に様々な実験を重ねていったらしい。
「当初から考えられない方向にイっちゃってるね、この人」
「『中々上手くいかない。面白い』『生きた人間を土壌に埋めてみる。面白い』『悲鳴を聞かせてすくすく育てる。面白い』……正気ではないな」
「完全にあてられちゃってるわね」
常識の外にある異界の生物やそれに関わる呪文は、人の精神を著しく蝕む。自身の身の程も弁えずに関り続ければ、精神は壊れ、狂う。
十分な理解を持ったつもりでいても、常人には扱いきれる様な次元の話ではない。この日記を書いた者も、魔術書に魅入られて狂気の淵へ引きずり込まれていったのだろう。記録が後に行くごとに、それは顕著となっていく。
『命に反応する植物 出来た 面白い』
『子供を吸い尽くすのに 五日 かかりすぎ 面白い』
『花粉 俺にも反応する 捨てることにした 面白い』
「『命に反応する植物』と『花粉』、ね」
「過程が多すぎる上に内容が乱雑だな。細かい製法はわからんか」
「ここに書いてあるのがあの毒の霧の大本なんでしょうか……」
もはや研究とは言えないただの呪法の手順が無軌道に記録されただけの日記を読み進めると、様々な実験の結果、一応は変異した植物を作ることに成功したようだ。
ただ書いてある内容を考えるに、思った様な物は作れずに手に余り、最終的には投棄してしまったらしい。
外に漂っている毒も、この研究から作り出された植物によるものだろうか。どういった経緯を辿ればあれだけの広範囲を覆い尽くす霧になるのか、想像も出来ないが……。
「書かれてある研究の大半は狂人の与太話程度の稚拙なものだが、この森の現状を考えれば少なくともこの植物については笑い飛ばせんな」
「書いてある事が本当なら、受け続けていれば衰弱どころか死に至る訳だからね……」
事実、記録を全体的に見れば、書かれてある研究の大半は途中のまま成果が出ずに放棄されたり、頓挫して終わっている。
元々が偶然魔術を手にしてしまった者であるからか、研究と言っても魔術師のするそれとは異なり、明確な目的・目標を設けられる事も無くただ思ったことを試していくのみ。
ただ、その状態でも成果を挙げたことを考えれば無視できる物でもない。本人の人間性はもとより、持っているだろう魔術書、積み上げたノウハウなど、放っておけばどこまで事態が深刻化するかはわからない。
「これで最後か」
日付が最も近い、最後のファイルを政次郎は開く。最初の内はそれまで同様、断片的な研究内容が続いていたが、途中でそれが止まる。
『検問 山 出れない まずい』
『子供 足りない 欲しい』
『面倒 排除する? 気付かれるか 一考』
「遭難事件による検問でこの山に閉じ込められた、という事か?」
「……それはなんというか、まぁ」
「おそまつ」
どうやら警察の始めた検問によって、これまで同様に山から降りることも出来ず、新しく子供を誘拐する事もままならなくなったようだ。
この山荘の位置は道路や駐車場からも遠く、また山に入りかなり深い位置にある。車が使えなければ誘拐はおろか、行き来も難しい。どんな通行手段を使っているかははっきりと書かれてはいないが、検問により出れないというのなら車を利用しているのだろう。
『化物 戻ってこない 死んだ? 何故』
『また呼ぶ? 足りない もっと』
『違う もっと強いやつを』
ここで記録は終わっていた。
ここに書いてある”化物”が最初に呼び出した”木の化物”――ザイクロトランならば、これは昨日蓮達が遭遇・撃退した後に書かれた記録と見て間違いない。
となると、最後の行の”もっと強いやつ”というのは――
「……おい、なんか外から聞こえねえか?」
思案している最中、十三がこちらへ声を向けてくる。それを受けて四人は考えるのを中断し、耳を澄ませる。
膨れた風船から空気が抜ける様な風を切る音が、僅かに耳に届く。音の聞こえ方からして、部屋の近くや二階からではなく、この建物の裏で鳴っている音らしい。
それと同じく方向から、ぐちゃりぐちゃりと粘着質な音が断続して聞こえてくる。水の中で何かが引きずられている音と混じり、ただ聞いているだけで不快感を抱かせるものとなっている。
「――ぃぎあ゛ああ!!」
続いて、同じ所から男の叫び声が聞こえてくる。
「急ぐわよ!」
反射的に蓮が全員に号令を下す。場に留まって不明瞭な想像に足を止めるよりも、実際に何があったかを自分の目で見て、それからどうするかを判断する方が良い。
まずは状況を確認する事を最優先とする蓮の判断に異議を唱える者はいない。蓮達は急いで山荘から出て、音のした方向……山荘の裏へと向かった。
次回からボス戦やります。
更新ペースが遅れてすまない……