がんばれ掃除屋ちゃん   作:灰の熊猫

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9.侵喰

 肉片が繋ぎ合わさり少しずつ体が戻りつつあるのを見て、ユーリヤが急ぎ膝射の状態で銃の照準を合わせようとするが、その前にムナガラーが沢から球状に固めた水を弾の様に複数撃ち出した。

 自分へ向かってくる水球を見て慌ててユーリヤがその場から逃れようとするが、そう考えた時には既にこちらに水球は到達していた。直撃したのは一発だけだったが、それだけでユーリヤの体はバランスを失い突き飛ばされる。

 また、その時の衝撃で手から離れた銃がまた別の水球に当たり、銃が後ろへ吹き飛ばされた。後ろに飛んだ銃が木か岩にぶつかる様な音がする。音が聞こえた距離を考えるに取りに行くには厳しい距離だった。

 

「ユーリヤ!」

 

 ユーリヤが体勢を崩したのを見て、そこへムナガラーが二本の触手を伸ばしてくる。政次郎がサブマシンガンでまとめて撃ち落とそうとするが、片方が影となって両方は撃ち落とせず、一本の触手がその場で倒れるユーリヤに迫る。

 ユーリヤと触手との距離が近い。ユーリヤの事を考えると腐らせたり焼いたりするような強力な毒は使えないと判断し、蓮は咄嗟に衰弱毒の霧を近寄る触手へぶつけた。

 霧が着弾すると同時に毒の状態を操作し、触手の表面に毒を凝固させていく。さすがに巨大な触手をそれだけで止める事は出来ないが、それによって迫る勢いを僅かに殺した。

 触手に捕まるギリギリの所でユーリヤは地面を横に転がり、同時にそれまでユーリヤのいた場所へ向けて触手が地面に噛み付く。

 地面にぶつかり触手の動きが止まった所で、その付近の地面が急激に隆起し、触手を囲み押し潰した。蓮の後方で体勢を立て直していた真魚が、土を操作する魔術を使用した為だ。

 

「……っ!助かりました、真魚ちゃん」

「ん」

「……時間を与えてしまったか」

 

 全員が体勢を立て直して正面を見れば、先程とは体が一回りほど小さくなったものの、悍ましい見た目はほぼそのままの状態まで戻ったムナガラーの巨体があった。

 水流や少ない触手での攻撃は、あくまで再生するまでの時間稼ぎに過ぎなかったらしい。再び全身から無数の目がこちらを見据えて来る。血走った目が、ムナガラーの怒りを如実に表現していた。

 

「すみません、銃が吹き飛ばされました……」

「わりぃ、こっちもさっきぶっ飛ばされた時にバレルが曲がって使いモンにならん」

 

 服が傷だらけになり、顔に無数の擦り傷を負った十三が予備の拳銃を手に戻ってくる。

 近寄れば襲いかかる触手に対応し切れず、捕まれば一瞬で潰され喰われる。こちらから下手に近寄れずに、かつ半端な攻撃ではすぐに再生するこの敵を前にして、距離を取って相手を攻撃出来る手段が失われたのは痛い。

 

「……どうする?」

「……政次郎君はとにかく銃なり爆弾なりで牽制して。さっきと同じ規模まで再生させる暇だけは与えちゃダメ」

「わかった」

 

 政次郎が蓮へ意見を求めれば、いやに渋い表情をして言葉が返ってくる。蓮が何を考えているかはわからないが、再び先程と同じ大きさにまで再生すれば、攻撃の手が減ったこの状況では手が負えないというのは確かだ。

 特に真意を問う事はせず、政次郎は蓮達から離れながらムナガラーへ向けて銃を連射し始める。

 肉体の縮小に合わせて表面に見える触手の数も減っている為、回避に専念すれば自分一人ならば問題無いと政次郎は判断した。蓮が政次郎へのみ牽制するよう言ったのも、恐らくは一人で少し時間を稼げと言外に言っているのだろうと取った。

 

「蓮さん、何か考えが?」

「……やりたかないんだけど、手が減った以上は仕方ないわ。ユーリヤ、真魚ちゃん、今の内にありったけの肉体保護かけて」

「んー?いいけど」

 

 嫌そうな顔をする蓮を怪訝に思いながらも、ユーリヤと真魚が防御用の魔術をその場にいる全員へかけていく。

 

「……オッケー。皆は可能な限り援護お願い、十三さんは余裕があったらでいいからあいつの注意を引いてくれると凄い助かるわ」

「まぁそんぐらいしか出来ねーだろうから別にいいけど、蓮はどうすんだよ」

「決まってんでしょ」

 

 ダゴン殺しを右手に持ち直し、蓮は意識を自身の内側へ集中させる。

 ――毒操作能力を用いて体に働きかける事で、人の体の本来持つ抵抗力や身体能力を引き出し、底上げする事が出来る。

 これは蓮自身もよく使う手であり、限定的な使い方であれば意図的に”火事場の馬鹿力”といった、人の限界に近い力を意図的に引き出すことも可能だ。

 だが、引き出すのは何も身体能力に限らない。蓮は自身の薬毒への耐性を下げ、それと同時に単なる肉体強化の範疇に収まらない程の、過剰な量の毒を体へ循環させ始める。

 体中の血管が内側から圧迫され、釣られて体が跳ねる。一瞬目の前が眩んだ後――

 

「――突っ込むのよ!!」

 

 出来る限りの力で地面を蹴り飛ばし、蓮は単身でムナガラーへ突っ込む。後ろから仲間の声が聞こえてくるが、風の音と共にすぐに耳から抜けていく。

 ムナガラーから伸びる二本の触手が蓮を迎え撃つ。右斜めへ進みながら左手に毒を集中し、空中で手を払って触手の前へと濃度の高い霧の壁を作る。

 その場に留まる毒に触れた触手が、毒を超えた瞬間から目に見える速度で溶け落ちていく。その速度はこれまでの毒の比では無い。

 過剰な毒による強化はただ身体能力を上げるだけではなく、自身の能力にまで及ぶ。常人では命にも関わる毒を全身へ行き渡らせる事で、蓮は自身の限界を超えた能力の使用を可能としていた。

 

「……ッつ」

 

 とはいえ、その効果を得る為に毒への耐性を下げている事もあり、リスクは大きい。

 能力を行使する度に言いようの無い気持ち悪さが蓮を襲う。今すぐにもその場で止まって休みたくなる程の不快感が湧き上がってくるが、目的を果たすまでは止まれない。

 ムナガラーとの距離が近付く。触手が軽く迎撃された事を確認してか、今度は魔術による水球の弾丸が複数飛んでくる。

 

「蓮さん!」

 

 ユーリヤの声が聞こえると同時に、かわす余裕も無く水球と衝突しそうになるが、体に当たる直前で水球の動きが不自然に反転し、ムナガラーへ跳ね飛ばされる。

 撃ち出された勢いそのままに打ち返された水球がムナガラーの体へ当たり、僅かにその巨体が揺れる。同時に自身の体を覆っていた魔術が一つ消える感覚がする。十分な働きだ。

 怯んだムナガラーが体を戻し、再び全身の眼球を回してこちらを睨むが、その内の一つが後方からの発砲音と共に潰され、そこから体液が噴き出る。

 そこへムナガラーの足元に現れた拘束用の魔法陣がその巨体を縛りつけ、動きが完全に止まった所で後方から飛来した三本の光の槍がムナガラーへと突き刺さり、地面へ縫い付ける。

 

「ナイスよ十三さん、真魚ちゃん、ユーリヤ!」

 

 完全にムナガラーの動きが止まった隙に、蓮は手が届く程の距離までムナガラーへ近付いた。

 右手に持つダゴン殺しを脇を締めて構え直し、自身の能力で銃身の中の弾丸へ毒を集中して込めつつ、右腕に思いっきり力を込める。

 

「喰らいなさい!!」

 

 そして大きく踏み込み、動けないムナガラーへダゴン殺しの銃口を全力で突き刺した。生理的な嫌悪感を覚えさせる肉の抵抗を無視し、すかさず引き金を引く。

 一切の逃げ場の無い状態で放たれた散弾がムナガラーの体に叩き込まれる。反動で跳ねたダゴン殺しの銃身がムナガラーの肉体から抜け飛び、右手からも離れて後ろの地面へ飛んでいく。だが、撃つのはこの一発で十分だ。

 体を削り取っても、肉片になるまで砕いて散らしても再生する。それならば――

 

「――欠片も残さなきゃいいんでしょうがっ!」

 

 左手を翳し、体内へ銃弾を介して撃ち込んだ毒へ意識を集中させる。増幅させた毒操作能力を最大限に行使し、ムナガラーの内側に撃ち込んだ毒の性質を変容させていく。

 より凶暴に、より膨大に。内側から隅々まで伸ばすつもりで毒を広げ、体を食い潰すつもりで細胞を壊していく。限界を超えた能力の行使に体が悲鳴を上げ、警笛の様に強い頭痛が襲ってくるが、唇を噛んで無視する。

 内側から次々に体を壊し広がり続ける猛毒を受け、ムナガラーが大きく悶える。その勢いで自らの体を縛っている魔術を強引に外し、その場でのたうち回った。

 

「ぅあっ!?」

 

 暴れる拍子にムナガラーの巨体が蓮に叩きつけられる。事前にかけていた保護の魔術のおかげで衝撃こそはかなり和らげられたものの、体は大きく吹き飛ばされた。

 十分な着地も出来ずに蓮の体が背中から地面に落ちる。吹き飛ばされた勢いを背中が全て受ける事になり、腹の空気が押し出された。一瞬、視界が明滅する。

 その拍子に毒の操作が途切れ、身中で暴れる毒が落ち着いたムナガラーは、自身に痛手を与えてきた者を排除するべく、倒れている蓮へ向け触手を伸ばした。

 

「やらせるかよ!」

 

 蓮とムナガラーの間へ、十三が拳銃を捨てながら走り込んで来て割り込む。

 両腕に力を入れず軽く前で構え、そこへ触手が向かってくる。防御すればその腕が絡め取られ、殴り飛ばす拳が触手の中に沈めばその瞬間に潰されかねない。それなら出来る事は一つ。

 

「オラァ!」

 

 目の前に迫る触手を巨大な腕と見立て、側面に両手を添える。勢いに逆らわずに僅かに横へ押しつつ、すかさず右手を触手の下部へ流して持ち上げ、体全体を回転させる勢いでそのまま斜め後ろへ放りつける。

 合気道の要領で強引に触手を受け流し、受け流された触手が誰もいない地面へとぶつかる。触れた手を呑まれない為にほぼ一瞬しか触れられない分、少ししか軌道を曲げられなかったが、蓮へ当たりさえしなければそれでいい。

 

「さっさと起きろ野曽木!」

「回復します!」

 

 政次郎が何かのボンベをムナガラーへ投げつけ、体に当たった直後にボンベが爆発する。それに伴い真っ白な冷気を伴う煙が生まれ、触れた瞬間にムナガラーの体の表面の粘液が凍結し、動く自由を奪っていった。

 それと同時に倒れる蓮へユーリヤの治癒の魔術がかけられる。蓮の体に残る地面に叩きつけられた痛みと、自らの毒による体への反動が和らげられ、癒されていく。

 

「わかってるわ、よ!」

 

 蓮が体を起こし、再び意識を集中させてムナガラーの体の中で毒を暴れさせる。

 並の生物であれば即座に死に至らせる程の毒が、その濃度を加速度的に上げて内側から外側に向けて亀裂を入れるように走り、行き渡っていく。

 毒に侵された部分が再生のしようがないまでに壊され、ムナガラーの体の形は見る見る内に風船が萎むように急速に崩れていった。

 

「ちっ!」

「まだ動くのかよ!」

 

 体がもはや形を留められないほどに崩れ落ちながらも、ムナガラーは暴れるのを止めず、残った動かせる触手を周囲に振り回す。失った分の肉を取り戻そうとする様な、必死の動きを政次郎と十三はなんとかかわし続ける。

 蓮も毒の操作は止めないまま触手の届かない場所まで離れようとするが、無軌道に暴れる触手の一つが鞭のように横から飛来し、跳ね飛ばされて再び体が地面を転がる。

 

「蓮ちゃん!」

 

 無防備に転がる蓮へ向けて残った触手が向かい、捕食しようとする。それを見て真魚が魔術エミュレータで最も準備時間の短い、見えない刃を生み出す呪文を選択する。

 全身に毒が回り弱り切った触手の殆どが一当てで切り飛ばされ、宙を舞う。だが、一本だけ切り飛ばす事が出来ずに蓮へ向かった。――防御が、間に合わない。

 

「――ッ」

 

 蓮の体に当たる直前で、触手の動きが止まる。息を呑んだ蓮が数秒触手を見ていると、その場で止まっていた触手が沈み、力無く地に落ちた。

 ムナガラーの方を見ても、体の全身に浮かんでいた目も閉じられ、全身は毒により真っ黒に染まりきり、液体のように溶け落ちていた。先程までの暴れようが嘘だったかのように、その体はピクリとも動かない。

 

「……今度こそ、か?」

「まだよ。キッチリ消滅させるわ」

 

 肉片になっても再生した生命力をまた侮る訳にはいかない。蓮は最後の力を振り絞り、ムナガラーの全身を覆う毒を強酸性のものへと変質させ、肉体の水分を奪っていく。

 蒸発させる所が無くなるまでムナガラーの体が炭化したのを確認してから、蓮は自らの毒への耐性を元に戻し、体に循環させていた毒を無効化する。自身の体を蝕む感覚から解放されていく感覚と共に、一息吐いた。

 

「……思った以上にしんどかったわね」

「結構無茶するよね、蓮ちゃん」

「蓮さん、体は大丈夫ですか!」

 

 小走りでユーリヤが蓮へ近寄り、蓮の容態を確認する。体には目立った怪我が無い事を確認して安堵の息を漏らしつつも、念の為に治癒の魔術をかける。

 遅れて真魚、十三が蓮の無事を確認するべく傍へと歩いてきた。ただ、政次郎だけはムナガラーのいた沢の向こうまで渡り、付近の地面を見渡している。

 

「……何してんの、政次郎くん?」

「召喚した者の遺品が無いか探している。調査は終わっていないからな」

「……結構な死闘だったと思うけど、ぶれないわね……」

 

 大物との戦闘が終わった直後だと言うのに、一切いつもの調子を崩さず調査する政次郎に呆れの目と言葉を向ける。それに対しても政次郎は一切気にする事も無く、周囲の探索を続ける。

 

「真魚、魔術方面の見地が欲しい。こっちを手伝ってくれ、野曽木達は山荘内の調査を頼む」

「ん、りょーかい」

「……いやごめん、さすがに結構疲れたから、ちょっと休ませて……」

「……まぁ、今回はいい。伊達、安全確保は任せる」

「あいよ」

 

 目立った外傷は無いとはいえ、能力の過剰な行使による疲労で蓮の疲労は最大にまで達していた。

 休息するにしても、安全が確保しやすい山荘の中の方がいい。十三に先導され、蓮とユーリヤは山荘の中へと戻っていった。

 ……正直、めっちゃ疲れたしもう調査したくないなぁ、とか考えながらだったが。

 




十三「つーかまた片手撃ちしてたけど大丈夫なん?」
蓮「めっちゃ痛いわ」

CG集の質問集を見る限りメチャクチャ超高性能の蓮ちゃんの毒操作能力の巻
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