「――ところで蓮、次の土曜は暇かしら」
「……?唐突にどうしたの、奥様」
”Rouge”を訪れた数日後、あれから唐突に事件が見つかるという事もなく、蓮は変わらず日々情報収集に励んでいた。
裏世界の住人が集う行きつけのクラブ、メールや電話などのみでやり取りする自身のコネクション、そして弥武組から聞く事の出来る唐館市内の現況など、様々な所から集めた情報をまとめ、何か異常な事が無いか確認する毎日だ。
魔術の関わるような曰く付きの案件と、警察の範疇である通常の事件を情報の段階で区別するのは非常に難しい。不自然な行方不明者の偏りやあからさまな変死事件が続くならともかく、起こる事件の大半は自然的な事故と、人為的な刑事事件となっている。
とはいえ、そういう情報を常日頃から集める事で、いざ何かしら事が置きた際の唐突な変化や異変の前兆を察知出来ることを考えれば一切が無駄という訳でもない。そういった情勢の流れを把握する事は最優先であり、その関係で蓮は頻繁に弥武組と市内についての情報を交換している。
そうして今週の分の情報を蜜柑と共有し終えて、お茶でも飲みながら一息ついた所で、蜜柑は蓮へ唐突に別の話を切り出した。
「いや、大したことじゃないのだけど。この間商店街で買い物をしていたら、そこで福引券がオマケに二つついてきちゃって。帰りに回してみたら、次の土曜から開かれる展覧会のチケットが二人分当たったのよ」
「……ペアチケットなの?」
「いや、一人用のチケットが二枚。二回回してどっちも同じのが出たわ、私としてはもっと便利な最新家電とか狙ったんだけど、あの時はツイてなかったわね」
「……そのチケットは何等だったの?」
「三等ね。やっぱりああいうのはそうそう当たるように出来てないわ」
「…………」
普通そういうのはポケットティッシュだののハズレばかり出るものなんじゃないのかと、過去の自分の経験を思い出しつつ蓮は思った。当の蜜柑を見れば、本当に不運だったと言いたげに嘆息している。蜜柑と自分、どこで差がついたのか。
というか、そういった物で”狙って当てる”という発想がそもそも異様だ。狙っていいものが出せるなら誰だって悔しい思いはしないし、福引でそんな事をされたら客寄せにならないだろう。
「で、こうして手元にそのチケットがあるわけなんだけど……私はそういうよくわからない物が並んでるだけの展覧会にはあまり興味無いし、かといって使わず捨てるのも少し勿体無いから。蓮が興味あるなら押し付け――プレゼントしたいと思ったのよ」
「隠す気無いなら”押し付けたかった”って言い切っていいんじゃないかしら」
「そんな事無いわよ。いつも頑張ってくれてる蓮に、何か労ってあげたいという気持ちも確かに心のどこかにはあるもの」
「心の隅に追いやられてる程度しか存在してないじゃない」
その言葉通り労う気持ちなどまるで表情に表さないまま、取り出した二枚のチケットをお茶の入ったカップの横に置いて淡々と蜜柑は話し続ける。
気心の知れた関係としての軽口の掛け合いは心地良いが、「いつも頑張っている」の辺りからはどこか他意を感じさせる。主に滞っている借金の返済について。
「まぁそんなわけで、コレいらない?興味が無いなら、無理に渡すつもりはないわ。ただ、最近は中々仕事も中々入ってこないみたいだし、たまにはこういうのも悪くないと思うのだけど」
「うーん、そうねぇ……」
目線を置かれたチケットへと落とし、書かれている文字を確認してみる。展覧会が行われる美術館は蓮も名前は聞いたことがあり、それなりに大きい所と記憶している。場所はそれなりに遠いが、行けない程の距離でもない。
チケットに大きく書かれているタイトルは、「古代メソポタミア・神秘の文明展」――ありがちな物ではあるが、この美術館を使う規模の古代メソポタミアの美術展ともなれば確かに相当な物ではある。
(メソポタミア文明の大型展覧会、か……)
かつて旧支配者が支配していた古代に近付けば近付くほど、それらの影響は色濃く残り、当時の文明は今よりも魔術や呪術がより盛んに行われていた。国を治める者、或いはそれに近しい役職の者が魔術師だったなどは然程珍しい事でも無いと様々な発掘品によって判明している。
蓮も仕事で必要になったからという理由で、魔術や怪物に対する知識を集めている訳ではない。こういった古来の神秘にも少なからず興味というものはあり、それらが深く関わるだろう物事には惹かれる物がある。
特に古代メソポタミア文明というのは、かつて中東に生まれた数々の国の文明を総称した物で、一つの地方の特色だけに収まらない多様性を秘めた文明群だ。土地と水運に恵まれた当時の地は、それこそ紀元前最大の規模の文明が、長きに渡り育まれた。
その手の学者であれば、嫌いな者などいないだろうという文明なのである。改めて考えてみれば、蓮は少なからずこの展覧会に関する興味が心中から湧いてくるのを感じ始めた。
「……悪くはないけど、ちょっと遠いのよねここ……」
「ちなみにこのチケット、美術館の中のレストランのフリーチケットにもなってて、館内であれば食後のスイーツも含めて無料食べ放題よ」
「奥様そのチケット頂戴」
最後の一押しによって、蓮は全ての迷いを叩き伏せた。
◆ ◆ ◆
「――それで、蓮ちゃんのオゴリでタダ飯って響きだけでなんとなく着いてきちゃったけど、なんでわたし誘ったの?」
「真魚ちゃんも大概いい性格してるわよね……」
そうして迎えた当日、蓮は真魚を誘い、駅で合流した後に鈍行電車で一緒に美術館へ向かっていた。
目的地の駅まで一時間近くかかる、と伝えた時には珍しく真魚の仏頂面が引き攣ったものだが、電車に乗って適当なボックス席に着き、スマートフォンを弄り始めるとすぐにいつもの無表情に戻り、平静を戻した。
それからしばらくは真魚は黙々とゲームに没頭していたが、一区切りついた所で真魚が顔を上げて蓮へ問いを飛ばした。
「政次郎くんはそもそもこういうのに付き合わないから自動的に除外、ユーリヤには聞いてみたんだけど教会の仕事で炊き出しがあって都合が付かなかったのよ。十三さんは『俺そういうのよくわからねーからなー、古いだけじゃん』って身も蓋もない事抜かしたわ」
「おじさんはそこで女性の行きたい場所に合わせるぐらいの器量も無いから童貞なんだね」
「いやそこまでは言わないけど」
「おじさんは童貞だね」
「短くまとめろって言ってんじゃないのよ真魚ちゃん、っていうか車内で変なこと言わないように」
ここぞとばかりに真魚は淡々とこの場にいない十三に対して言葉の剃刀を飛ばしていく。休日の電車の中は座る場所に困らない程度に空いてこそいるが、蓮達の周囲に一切の人がいない訳も無く、真魚の言葉にちらほら反応して乗客は蓮達へ怪訝な視線を飛ばしてくる。
蓮はこんな会話を聞かせて少々乗客に申し訳なくなったが、聞かせた当の本人の真魚は他人の視線など何処吹く風と言わんばかりに何一つ気にする様子も見せず、感情を何処かへ置き忘れたようなその表情はまるで変わらない。
「っていうか、見ようによってはデートに誘われたとか思われかねないんじゃない、それ?」
「…………そういえばそうかもしれないわね、二人きりで遠出する訳だし」
「相手がおじさんで良かったね、並の童貞だったら勘違いさせて舞い上がらせた挙句に『えっ、そういうつもりは無かったんだけど……なんか、ごめん』って別れ際に言っちゃって、後々の人間関係がぎくしゃくしちゃう事請け合いだったよ」
「具体的かつリアルにありそうでヤな想像ね」
「――あ、あったあった。ほら蓮ちゃん、これ見て」
「ん?」
会話をしながら手元のスマートフォンを弄っていた真魚が、その画面を蓮へ見せる。画面には”男を勘違いさせる女の特徴!”とページタイトルに書かれた記事があった。
なんともご丁寧な事に、意図的にそのページは読み進められた状態になっており、”二人になる様に誘いをかける”という文字が強調されている場所が画面の一番上に来ている。それを見た蓮は曖昧な表情を浮かべた。
「……いや、こんなん見せて私にどうしろって言うのよ」
「積極的にオトコを勘違いさせて弄ぶ悪女ムーブしていこ」
「そこは態度を諌める所なんじゃないの!?」
「蓮ちゃん、蓮ちゃんにはそういう”素質”があるんだよ……ひょっとすると蓮ちゃんは、いつかトンデモなくビッグになるかもしれねぇ……っ!」
「何を真顔で適当極まりない事言ってんの」
「蓮ちゃんのビジュアルなら結構その方面イケそうなんだけど……試しに出会い系サイトの連中にやってみたりとかしない?」
「やんないからね?」
真魚は無表情を保ったまま、まるで表情と合致しない言葉を次々と出していく。というかそこで”出会い系サイトで試す”とかいう発想が出ることに少々蓮は不安を覚えた。主に真魚の年齢から考えて。
「……んー、あと駅いくつで着くの?」
「ええと……あと七つぐらいかしら」
「悲報、わたし女だけど知り合いが乗った電車が鈍行だった、しにたい――2スレ目」
「その内容でどうやって丸1スレッド持ったの」
「んー、ひまー……」
真魚は表情こそほぼ変わることが無いが無感情という訳でもなく、慣れているならば微妙な語調の変化などで実際にどう思っているかは伝わってくる。頭が力なさげに左右に揺れるのを見る限り、どうもいつまで経っても目的地に到着しない退屈の余り、少し眠いらしい。
それを見て蓮は真魚の座る場所の横に置かれた真魚のリュックサックを持ち上げ、電車の網棚に乗せた。荷物置き場としてこれまで潰されていた席のスペースは再び空いて、ボックス席が広々とする。
「ほら、眠いんなら寝ときなさい。どうせゲームで夜更かしとかしてたんでしょ」
「……おかん
「誰がおかんよ、どうせこの辺りの駅間も遠いんだししばらくは寝れるわよ」
「んぅ……」
ぽて、と糸の切れた人形の如く真魚が座った体勢から真っ直ぐに横へ倒れ、目を伏せる。
少しの間そうしていると、電車がレールの継ぎ目に当たるごとに不定期に揺れ動き、真魚の体も合わせて跳ねた。それが何度か繰り返されると、真魚の眉間に一本の小皺が寄る。
六、七回ほど電車の揺れによって体が小さく跳ね上げられた後、先程の倒れた動きをゆっくりと逆回しする様に真魚が再び体を起こした。
「……めっちゃゆれる」
「まぁ仕方ないわよねぇ、電車なんだし」
「んー……あ、そうだ」
思案げに唸った後、真魚が蓮の隣の空いた所へ座る。何をする気だろうと蓮が様子を見ていると、そのまま真魚は蓮の座っている所に向かって体を横に倒してきた。
さすがにボックス席と言えど、人が座っている所に寝転ぶには狭い為、真魚は小さい体を丸めて体勢を斜めにする事で、狭い中でなんとか横になりつつも蓮の太腿に頭を預けた。
「……そんなんじゃ余計眠り難くない?」
「この感触だけで五千円ぐらい稼げそー」
「いかがわしい店みたいな言い草やめて」
「それじゃ蓮ちゃん、ちょっとよく眠れるヤツちょーだい」
「目当てはそっちね……そういうの、得意ってわけじゃないんだけど」
「わたしは安らかな眠りにつくまでテコでも動かーん……」
「……まぁ、やるけどね」
意識を集中させ、入眠剤などに使われる化学物質を生成し始める。毒性が弱く依存性の低い物を作るのは、毒性の強い物を作るより余程難しい。感覚のみで操作する以上、特定の分子式を想像しただけで作れるという事はない。
その為、蓮は自身の毒操作能力の訓練の一つとして、仕事や生活で使えそうな薬物の模倣を定期的に行っている。人を昏睡させる強めのものから、短期間のみで効果の切れる弱いものまで、既存の薬物で有名な物であれば再現は出来る。
生み出した化合物を気体状に薄く放出しつつ、車内の空気に流れてしまわないように右手の周囲に留める。毒性と気体の濃度に細心の注意を払い、自らの太腿の上にいる真魚の顔へ掌を落とした。
「着いたら起こすから、ゆっくり寝るといいわ」
「ん……ぅ……」
真魚の目を覆いつつも、掌から真魚の鼻と口元へ気体を緩やかに少量だけ流していく。次第に真魚の呼吸が緩やかになり、しばらくすると電車が揺れても真魚が
完全に真魚が眠りについた事を確認してから、蓮は真魚へ翳していた手を戻し、自分の頬に軽く添えた。
「――はぁ、私の能力を自分の都合の良いように使おうとするなんて、政次郎くんじゃあるまいに。周りから悪い影響受けてないわよね……」
蓮は溜息をつきながら、浅く呼吸を漏らして安らかに眠っている真魚の頭を撫で、揺れによって乱れてしまった髪を優しく整える。その寝顔を見て、年相応な所もあるなと考えた。
次の駅名を告げる車内アナウンスを聞き、残りの通過する駅の数を思い出した後、蓮は窓の外へ顔を向けて何も考えずに流れていく風景を眺め始めた。
十三「今日も暇だなー……今度はどれ使うかぁー……」(借りて積み上げたビデオを選びながら)
ポプテピピックがアニメ化されたので祝い代わりに急いで投稿しました。