がんばれ掃除屋ちゃん   作:灰の熊猫

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3.音は劈き渡る

「……ほえー、おっきい」

 

 電車を降り、美術館の敷地前に着いた直後に真魚が気持ち驚いた声を上げる。

 美術館の周囲は広々としたスペースが広がっており、歩道やスロープ以外は木々や芝生が景観を飾っている。

 道の先には近代建築特有の、ただ眺めるだけでも目を惹く曲線や円を入り混ぜたデザインの、二階建ての美術館が建っており、両目では全体像を捉えきれない程の広大さで敷地に鎮座している。

 

「ま、遠出するだけはある美術館って事よ。中にはレストランだけじゃなく図書館、お土産屋、カフェラウンジからテラスまで、規模に恥じないだけのものが揃ってるわ」

「詳しいね」

「それほどでもないわよ、この位の事はネットで調べればわかる事だし」

 

 実際、この美術館は地元の住民であれば誰もが知っているほどに有名な所であり、地元のみならず付近の市からの観光客も多く訪れている。美術館の入口手前では、スマートフォンのカメラを起動して美術館を見上げて撮影する若者の姿もあった。

 同じく今日開かれる展覧会を見に来た客なのか、美術館の中へ入っていく人の姿がいくらか見える。取り立てて人数が多いというわけでもないが、有名な画家の作品や偉人に関する展覧会でも無いのに人の流動が外目で見えるというだけで大したものだろう。

 蓮はスマートフォンを取り出し、現在の時刻を確認した。

 

「で、真魚ちゃんどうする?丁度お昼時だけど、軽く見て回ってからご飯にする?」

「お腹すいたからさっさと食べたい」

「承知よ、行きましょうか」

 

 蓮としては少々最初に少し見て回るぐらいでも問題無いと思ったが、元々真魚には自分の趣味に付き合わせてここに来てもらっているので、真魚からの要望は可能な限り聞いてあげたい。

 朝に電車に乗った分時間はたっぷりあるので、せっかくの遠出なら今日一日はのんびりと構えてもいいだろう。そう思い、蓮は横にいる真魚へ顔を向けつつ、美術館へ歩き始め……その一歩目でヒールを歩道に敷かれたタイルの段差にひっかけた。

 

「のぅあっ――ったぁ!」

「蓮ちゃんダサい」

「……見なかった事にして。あと誰にも言わないでね」

「貸し一つってコトで」

「貸しになる程のものなの私の醜態」

 

 なんとかバランスを立て直して転ぶ事こそ回避出来たが、平静ぶる蓮の顔には赤みが差していた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「うーん、七十五点」

「結構ばくばく食べた後で結構辛辣な評価ね」

「人は百点以外でも満足を覚えられる生き物なんだよ」

「食事に対する感想じゃないわよそれ」

 

 館内の二階にあるレストランで蓮よりも一回り多い量の昼食を食べ終わった後、真魚は満腹感や充足感が一切考慮に入らない率直な感想を述べた。

 レストランの出す料理はメニューに記載こそ少ないが、その分外れのない料理――カレーやパスタ料理など――のバリエーションを中心としており、味も文句のつけるような所もない為、満足こそは出来た。

 

「でも実際、”おいしい”以外の感想ってないよね」

「……それはまぁ、そうね」

「リアクションだけで場を繋げる芸能人の凄さだけは尊敬してる」

「もっと仕事の面を尊敬したげて」

 

 ただ、その分味付けが万人受けする”普通”の域に留まっており、受ける印象も薄かった。蓮としても的確な評価をするなら、「普通に美味しい」止まりだったという感じだ。

 とはいえ、無料で食べれる物としては十二分であり、ここ最近はセーフハウスで簡便食品のお世話になっていた蓮としては文句を付ける所は無い。真魚としても点数は辛口だが、口にしない所を見ると不満とする所は無いらしい。

 

「さて、お腹も一杯になった事だし、それじゃ腹ごなしがてら、展覧会を見て回るとしましょうか」

「んー。んくっ……がりがり」

「……行儀悪いからやめなさい」

 

 蓮が席を立ち、真魚がグラスに僅かに残った冷水を中の氷ごと口の中へと入れる。その後、音を立てながら口の中で氷を噛み砕くのを見て、蓮は注意した。

 レストランを出て階段を降り、中央のホールに戻る。ホール先にある最も大きな扉の横には、展覧会の題名がでかでかと書かれた立て看板がある。入口から真っ先に目につく為、このホール内で最も目立っている。

 

「さて、メインといきましょうか。どんなもんかしらね」

「わたしのメイン終わったし帰ってゲームしていい?」

「何のために来たのよ!?」

「蓮ちゃんの奢りとかいうレアイベCG回収」

「CGって何よ!?」

 

 一向に展覧会への興味を示そうとしない真魚へ突っ込みを入れつつ、蓮達は展示室へと進んだ。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「おお……有翼牛の人面像、これ本物なの!凄いわね、さすがに実物見るのは初めてよ……!」

「……ん」

「真魚ちゃん真魚ちゃん、今でも知られるスフィンクスやグリフォンみたいに、動物同士の特徴を組み合わせた美術品っていうのはシュメル文明――メソポタミア初期からの文化でね、狛犬みたいな守り神だったとも、権威ある者の象徴として象られたとも言われてるのよ」

「……んー」

「円筒印章もあるじゃない!あれはね、粘土板に転がして模様を作るのに使うのよ。羊皮紙が出るまで使われたメソポタミア文明の一般的手法でね、紀元前における印刷技術と言ってもいいわ」

「…………んん」

 

 広いホールにはそれぞれポールロープや厚みのあるガラスケースで仕切られ、様々な美術品が散り散りに並んでいる。展示品はそれぞれ時代ごとに大まかに分けられてはいるが、進路は決められておらず、大半の展示品はどんな角度からでも見れるようになっている。

 見る順番も決められておらず、どう回っても良いと判断した為、蓮達は目のつくまま自由にあちこちのフロアにある展示品を見て回っている……のだが。

 

「蓮ちゃん」

「ん、どうしたの」

「うるさいから静かにしてくれない?」

「うるさっ……!?」

「っていうか解説なら展示品の前に書いてあるしいらない」

「いらなっ……」

 

 いつもより冷たさ二割増しになった目つきで真魚が蓮へ率直に告げる。

 一つ一つの展示品を見るごとに蓮がその展示品についての知る限りの説明を入れてきており、その結果二人の見て回るペースは相当に遅かった。説明されている真魚としては別に聞きたくもない豆知識を逐一聞かされている状態で、辟易するのも無理はなかった。

 

「政次郎くんが”説明癖が最大の欠点”って言うワケがよくわかったよ」

「……そ、そんなに嫌だった……?」

「まぁ、うん」

「…………」

 

 蓮としては善意のつもりで説明していただけに、真魚から嫌気を示された事は大きなショックだった。美術館の壁に向かい、頭を擦りつけるようにして落ち込む。

 これが政次郎に言われるのであれば、確実に言葉に交えられる嫌味に反論する事で気持ち楽になっていただろうが、真魚からの言葉は淡々と自身の感想を述べてくる分かえって心に刺さった。

 

「気になることあったら聞くようにするから、あんまり落ち込まないでね。めんどくさいから」

「……ハイ」

 

 挙げ句の果てに面倒呼ばわりされ、蓮は完全に意気消沈した。……今度から少し人に何かを説明する際には気をつけるべきかと、少々本気で悩み始めるぐらいには精神が参っていた。

 そうして蓮の口数が真魚によって大幅に抑え込まれた後、しばらく二人の間の会話は展示品を眺めては簡単な感想を話す程度に留まった。蓮としては展示品を見る度に自身の知っている知識が喉まで出かかった状態が続き、非常にもやもやした気持ちを抱える事になったが。

 

「……ん?」

「あれ、どうしたの真魚ちゃん?」

「いや、向こうの方にあるショーケースの中の――」

 

 真魚が訝しげな声を上げた直後、大きな破裂音が展示ホールの出口の近くから響き渡る。普段耳にすることが無い、()()()()()音に対して反射的に蓮と真魚が反応し、その音の方向へ向き直る。

 黒いスーツを着込みサングラスをかけた男達が、拳銃を構えてホール内の客の方へ向けている。その中央に立つ一人は銃を天井へ向けており、その拳銃からはまだ硝煙が立ち昇っているのが見える。

 

「この場の全員に告げる。我々の邪魔をすれば撃つ。……二度は言わん」

 

 天井へ発砲した男が粛々と自らの主張を発し、周囲にいる男達同様に銃を水平に構え直す。その瞬間、現状を遅れて理解した女性客の一人が耳を(つんざ)くような悲鳴を上げ、それに続く形で他の客も悲鳴を上げる。

 その場で途切れなく続く悲鳴の波はホール中の隅まで死の恐怖として伝播し、ホール内の客は全員男達のいる方向から反対側――ホールの入口方面――へ、恐怖から逃れる為に走り出した。

 

「ちょ、ちょっと押さないで……!くっ、何なのよあれ!」

「のわー」

 

 入口方面へ逃げ走る客にぶつかり押され、蓮達もその場に留まることが出来ず、逃げていく客達の流れの中に呑まれていく。蓮よりも背丈の小さい真魚は瞬く間に人の波に呑まれて、蓮の見える位置から瞬く間に離れていった。

 一刻も早く逃げようとする客、恐怖に足をもつれさせたり客にぶつかられて床に転ぶ客、それを避けようとして他の人とぶつかる客……あちこちで連鎖的に起こるパニックや恐怖が、その場から逃げる者達の勢いを抑え、ホール内には混沌よりただ逃げる流れが作り上げられた。

 男達の詳細を確認したい蓮も少しずつ入口側へ押され続け、男達を確認しに前に行くどころかその場に留まる事もままならず、意図せぬままに体は入口側へと近付いていく。

 

(周囲に一般人が多すぎる、毒も使えない……!)

 

 蓮の毒操作能力は、毒を自身の体から生み出して何らかの形で発生・操作させるのを最も得意とする。”得意とする”だけであり、視認した空間に自身の思う毒を直接生み出す事も出来る。

 しかし今銃を持つ男達を制圧しようにも、一般人に密着された状態では体の周囲に毒を発する事はもちろん出来ないし、人に押されるがままの現状では男達を十分に視認し続ける事も出来ない。

 非常時に備え常に携帯しているガバメントを取り出そうとすれば、蓮を中心にさらなる混乱が生まれ、その隙を取られてこちらへ向けて男達が発砲してくる可能性が高い。周囲を一般人で固められている以上、そうなった最悪の場合には一般人ごとこちらが殺されかねない。

 

「……これか」

 

 ガラスが叩き割られる音が男達のいる場所から聞こえてくる。高価な美術品を目当てとした強盗、なのだろうか。犯行には初動から迷いが無く、どこか手慣れた印象を蓮は心中で抱く。

 身動きが取れない状態でそうこう考えている間に、出口方面へ男達の人影が離れていくのが見える。発砲から二分と経たない間に速やかに撤収していく男達の後ろ姿を、蓮は見送る事しか出来ない。

 

「このっ、待ちなさい、よっ!」

 

 男達が離れていくのを見てこのまま逃がす訳にはいかないと思った蓮は、なんとか人の流れを押し退け、時間をかけて強引に前に出る。その場から離れようとする客の最後列から抜け出し、男達が逃げた方向へと走り出す。

 ホールの出口を抜けた蓮は、裏口から逃げたと当たりをつけてそのまま外へ出る。人の熱気に満ちた空間と外気の気温差が肌から温度を奪うのも気にせず、周囲を見渡す。

 しかしその周囲には既に男達らしき影は無く、あるのは目の前の道路に残されたタイヤ痕のみだった。

 

「……最悪ね、折角の休日が台無しだわ……」

 

 道路を見渡し終えて、何も手がかりを掴めないとわかった蓮は館内へ戻る。こうなればもう自分に出来る事は無いし、この先は地元の警察に任せるしかない。途中で人の波に呑まれてはぐれた真魚も心配だ。

 ホール内に戻ると、髪がぼさぼさに乱れて気持ち不機嫌そうな真魚が、割られたショーケースに目を向けている。

 

「真魚ちゃん、大丈夫?」

「わたしの体はボドボドダー」

「大丈夫そうね」

 

 真魚は蓮の方へ顔を向けず、割られて中身が持ち出されたと思わしきショーケースを見て、思案気な顔をしている。

 

「……どうしたの?」

「いや、男達が来る直前にこの中身を見たんだけど。蓮ちゃんにも聞こうと思って」

「私に聞きたい物?何だったの?」

「んー、ちょっとよくわかんなかったけど、多分宝石か何かだと思う。赤いやつ」

「……それがどうかしたの?」

 

 強盗の狙いが最初からアンティークな宝石狙いだった、とすれば初動から離脱までの迷いの無さも確かにわかる。大きさは見ていない為わからないが、ガラスケースの大きさや安置用の台座を見る限り、手のひら大ほどのものと推察出来る。

 メソポタミア文明の発掘品としてそれだけ大きな宝石が存在するならば、確かにそれ一つで一生遊んで暮らせる程の価値となる。とはいえ、それだけ特徴的な物ならば裏世界で売り飛ばしたとしてもすぐに足がつき、身を滅ぼす事は間違いないだろう。

 

「いや、なんかその石から魔力みたいなの感じた気がして。そんな石あるのかな、って」

「……待って。それ、本当なの?」

「うん」

 

 が、ここで真魚が無視できない言葉を吐いた。手際の良すぎる強盗、それに唯一奪われていった魔力を持つ宝石。二つが合わさり、一気に今起きた事態がきな臭さを増していく。

 

「……調べた方がいいかもしれないわね、()()()()の事件の可能性があるわ。となると、手がかりが無いのが痛いわね」

「これとかどう?」

「ん?」

 

 そう言って真魚が手元のスマートフォンを蓮に見せる。画面にはこの場で銃を発砲した直後と思わしき、銃を構えている最中の男達の姿がカメラで撮影された写真の画像が写っていた。

 

「……ナイスプレーだけど、なんで撮ってるの?」

「蓮ちゃんに宝石の事を聞こうとあっち見た時、”うわーヤクザっぽい人いる”って思って構えちゃって、発砲音でついシャッター切っちゃった。まさかマジモンとは思わなかったけど」

「…………現代っ子って怖いわね」

 

 真魚による恐れ知らずな証拠写真に対して、蓮は渋い顔を返すことしか出来なかった。

 




もう雪かきやぁぁだぁぁぁ!!(雪国の住人)
日常と平和は定時上がりで帰ったので、ここから先はWelcome to this crazy time、イカれた時代へたっぽいたっぽいします
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