がんばれ掃除屋ちゃん   作:灰の熊猫

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4.夜よりも早く

「……はー、うめえ」

 

 唐館市のとある警察署の喫煙室にて、この署に務める警察官である葉原警部は煙草を片手に、湯気の立つコーヒーを一人でのんびりと飲んでいた。

 昨今、ここ唐館市は凶悪犯罪の増加やそれに釣られての治安の悪化などが著しい。紛争地のゲリラ並の武装を所持するマフィアや、唐館市の外より来た出身不明の外国人犯罪者など、もはや警棒と拳銃だけでは対処不可能な程になっている。

 とはいえ、あまりにも危険性の高い事件は優先的に特殊部隊に回される。一般の刑事の仕事はもっぱら治安の悪化に引っ張られる様に増加し続ける刑事事件の処理と、その後始末がメインだ。

 少し前までは忙しい状態が続き、下の刑事より持ち上げられる多くの報告の処理、発生した事件の現場の調査に駆り出されたりと、おちおち休憩もしていられないという状況が続いていたが、今はこうして休憩時間にコーヒーを暖める程度までには時間が取れていた。

 

「……出来りゃあ、もう少し位は楽してぇもんなんだが」

 

 煙草を口に含んで肺の隅まで行き届くように息を吸い、溜息と共に煙を広く吐き出す。昨今の情勢はこうして一服をつく時間すら惜しいと思わせた程であり、平和というものの尊さと儚さが白煙と共に身に沁みる。

 いつ部下からの報告がこの休憩室にまで持ち込まれるかわからない状況ではあるが、出来れば休憩時間が終わるまではこうしてコーヒーと煙を楽しんでいたいものだ。

 そう葉原が考えながらコーヒーを口に運ぶと、休憩室の扉がこつこつと軽く叩かれる。煙を吸いに来た同僚であれば、扉をわざわざ叩く必要は無い。……噂をすれば影とは言うが、まさか考えるだけでもダメなのだろうか。そう諦観が脳裏に差しつつ、扉に嵌められたガラスを見る。

 そこには不始末を犯してしみったれた部下の面よりもさらに見たくない顔である、葉原にとっては災厄と言っても差し支え無い人間が笑顔で手を振っていた。

 

「…………はー。まっじい」

 

 急激に味が悪くなったと感じたコーヒーを一気に啜り、空になったカップを喫煙室に置いて席を立つ。三割増しで重く感じる腰を持ち上げ両眉を中央に寄せながら、葉原は仕方なく喫煙室の外へと出た。

 

「はぁい、葉原警部。顔色が悪いわね、煙草の吸いすぎかしら」

「抜かせクソッタレ。お前が関わって来て気分が悪くならない奴はいねえよ」

 

 苛立ちを隠そうともせずに葉原は自らの疫病神――蓮に対して、不服の言葉を返す。それを受けた本人はあらあら、と呟きながらも葉原からの言葉をなんら気にせずに微笑んでいた。

 折角の休憩時間を邪魔されたという気分の悪さを切り替えるべく頭を掻き、葉原は蓮に向き直る。蓮が葉原を尋ねるという事は、大概の場合において刑事が首を突っ込めばその首が無くなりかねない位の厄ネタを持ち込んできた、という事とイコールである。下手な気分で応対する事は出来ない。

 

「……で、要件はなんだ。ゾンビでも湧いたか、巨大コウモリでも出たか、はたまた幽霊でも目撃されたか」

「心配しなくても今回は大した事無いわよ、ちょっとした世間話ぐらいの軽い用ね」

「世間話なら他でやれ、三渡辺りなら喜んで付き合うだろ」

「そうもいかないわ、葉原警部から口利いてもらわないと面倒だし」

 

 そう言って蓮は自分の携帯を取り出し、一つの画像ファイルを葉原へ見せた。そこには、銃をカメラの方向へ構える、明らかに一般人(カタギ)とは思えないスーツとサングラスで服装を統一した男達が写っていた。

 

「誰だこいつら」

「つい先日、鹿鳴町で起こった美術館強盗事件の犯人達よ」

「……監視カメラの角度じゃねえな。この画像、どこから手に入れた」

「企業秘密、って事で。ちょっと気になる所があって、この犯人達の情報を知りたいの。その市の警察に聞いて回るより、葉原警部経由で聞いた方が角が立たないし、確実だからね。お願い出来るかしら」

「……チッ。わかった、三渡に調べさせる。その写真寄越せ」

「わかったわ、そっちの携帯とパソコン両方に送っておくわよ」

 

 即座に蓮の要請を承諾し、少し遅れて自身の携帯宛てにメールが送られてくる。それを確認した葉原は、喫煙室の前より離れて事務室へ向かう。

 何故蓮が強盗事件を追うのか、どこから手に入れた画像なのか、気になる所とは何か……これらの疑問点を、葉原は真っ先に思考の外へ追いやった。どうせ聞いた所でまともな返答が期待出来る訳でもなく、聞き出した所で蓮が関わったという時点で常識外のオカルト絡みの話なのは間違いない。

 とはいえ、蓮に協力する事で自身の手の及ばぬ事件を未然に防げるという事は疑いようのない事実だ。実際に蓮の手で救い出されて警察の手に預けられた行方不明者や事件の被害者は多く、それら事件も詳細こそ記録に残らないが常軌を逸した内容の物ばかりで、それらが警察に回ってこないのはそれだけで得だ。

 警察の上層部の方からも可能な限り協力するように言われている事もあり、葉原の中では協力を拒否するという選択肢は最初から用意されていない。というより、変に協力を渋る方が後々面倒な事になる。

 

「おい三渡!ちょっと来い!」

「え?なんすか葉原警部、まだ休憩時間だったんじゃ」

「うるせえこの男達について調べろ。鹿鳴町内、あるいは付近の暴力団の線で当たれ。最優先だ」

「え、俺まだ仕事残ってんすけど」

「誰にでもいいから引き継げ、一分やる」

「無茶ですよぉ!」

 

 何より面倒な事は頼りになる相棒(パシリ)に任せればそれでいい。自分が動かなくてもよく、情報を渡すだけでいいというのであれば確かにいつも持ち込まれるものよりも、遥かに気が楽な案件だった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「……”楓丁(かえで)組”?」

「そ。私と真魚ちゃんの行った美術館で強盗してった暴力団(れんちゅう)の名よ」

 

 蓮が葉原と会った翌日に、蓮は政次郎、ユーリヤ、十三、真魚を自身のセーフハウスへ招集していた。内容は蓮達の目の前で行われた強盗事件についての報告である。

 

「一から説明しとくわね。先日土曜、鹿鳴町にある美術館にて強盗事件が発生。たまたま居合わせた私と真魚ちゃんがそれを目撃、連中は銃を片手にその場の客を脅迫し、パニックを起こした隙を突いて展示物を奪っていったわ。数分にも満たない間の速やかな犯行で、人的被害は幸い無し。奪われたのは一品の宝石のみよ」

 

 人差し指を立てながら当時の状況を蓮は三人へ向けて説明する。それを聞き、ここに集められた三人は大小差はあれど、疑問を顔に浮かべていた。

 

「わざわざ強盗なんてリスク犯して一品だけぇ?リスクの割に合わなくねーか」

「それはまた災難でしたけど……ええと」

「……それがどうした。わざわざ僕達を集めるんだ、それなりの理由が無ければ僕はすぐに帰るぞ」

 

 ここまでの説明では、当事者である蓮や真魚はともかく、他三人が集まる理由にはならない。十三は事件のリスクリターンに頭を捻り、ユーリヤは集められた理由がわからず困惑し、政次郎は肝心な点を最初に説明せずに前置きを説明された事へ苛立ちを見せていた。

 そんな三人の様子を見て、蓮は人差し指を立てて自身の説明を続けた。

 

「ここからが本題よ。奪われた宝石は品目では”血の石”と呼ばれてた大粒のルビー。私は見てないけど、真魚ちゃんが遠目から見た時に魔力を感じたらしいわ」

「本当ですか、真魚ちゃん」

「うん」

「リスクの大きい強盗行為をしておいて、狙った様にその宝石だけを盗んでいく。……きな臭いと思わない?」

「まぁ、やーな感じはするな」

 

 ユーリヤは”血の石”と呼ばれた宝石について、右手を下顎につけながら心当たりを頭から探し、十三は腕を組みながら蓮の感じた違和感に対して同意する。が、政次郎は少し目を瞑った後、つまらなそうな顔で蓮に言葉を返した。

 

「それがどうした。確実に盗めるアンティークな宝石狙いの強盗、という線は捨てきれない。それだけなら現地の警察の管轄でしかない。その宝石に魔力があったとして、強盗がその価値を知った上で犯行に及んだという証拠はあるのか」

「どう証明しろってのよ、そんなの」

「情報が少なすぎる。言った筈だ、それなりの理由を寄越せと」

 

 政次郎は蓮へ冷たい目を飛ばし、情報の少なさへの不満と「その程度ならばすぐに帰る」という自身の姿勢を示した。実際、現状は美術館が強盗に襲われたというだけで、人的被害も無ければ蓮達が対処しなければならない怪物、魔術師などが目撃された訳でもない。

 盗まれた”血の石”にしても、魔力を持つ石というのは確かに希少な物ではあるが、詳細が不明な現状では危険性があるのかどうかすらもわからない。行く末を放置すれば何が起こるかわからないというのは確かに不安な点ではあるが、だからと言ってただ怪しいというだけで動ける程、政次郎の立場は軽くなかった。

 蓮にしてもその事は把握している為、政次郎へ向けて二つ目の指を立てた。

 

「その楓丁組なんだけどね。蜜柑さんに聞いたら、ここ最近になって急に銃器や弾薬を大量に仕入れたそうなの」

「……それが?」

「仕入先が”黒丘会”って言ったら、どう思う?」

「――本当か」

「間違いないわよ」

 

 ”黒丘会”。蓮達の関わる事件で、何度と対立してきた中国系マフィアであり、その実体は危険な邪神の招来を目的として動く邪神教団の一つの、表向きの顔である。

 裏では邪神の降臨を目指して数々の人間を生贄とするべく誘拐・暴行・殺害しているが、表では麻薬や銃火器のディーラー、強盗から要人暗殺、人身売買と、極めて手広い分野で資金調達を行っている。

 手広い商売内容から裏の繋がりも広く、自身達の信じる邪神以外の旧支配者を招来させようとする事件にも何らかの形で関わっている事も多く、ここ唐館市に於いては常に注意を払うべき危険組織の一つとして知られている。

 

「楓丁組はシノギこそ少ないけど、組の規模から言えばそれほど資金に困窮してる訳じゃないわ。そんな所がただ一点の宝石を強盗し、しかも裏では黒丘会と繋がりを持っていた……これだけ揃えば、調べる価値ぐらいはあると思わないかしら、政次郎くん」

「…………成程な」

 

 蓮から示された追加の情報を聞き、政次郎が関心を払う仕草を見せる。これまで知る中で黒丘会と繋がりを持った者や組織は、概ね邪神教団やそれに等しい要注意人物ばかりであった。

 邪神教団関連の事件は概ねの場合、何かしらの被害や犠牲者がはっきりと確認されてから動く事になる。事件そのものや政次郎達の存在の隠匿を考えると、事態が不明瞭な時に動く事はリスクが大きいからだ。

 しかしこれだけの状況証拠が揃っていれば、話は別だ。政次郎としても出来うる事なら事件が起きる前か、事態が深刻化する前に懸念材料は解消しておきたい。少し考えた後、政次郎は蓮へ言葉を返した。

 

「わかった、こちらからも手を貸そう。とはいえ、現状の時点では何も起こっていないのは確かだ。仮に件の宝石を取り戻した所で、いつも通りの手当は出せんぞ」

「……そればかりは仕方ないわね……まぁ、背に腹は代えられないわ」

 

 いつもの様な非常時に等しい事件では無い為に仕方ないとわかっている事とはいえ、報酬がいつもより少ないというのは少々気落ちする。だからと言って、手を抜く訳にもいかない。間接的とはいえ黒丘会の関わる事件であり、魔術の影が見えている以上は十中八九厄介事になるだろう。

 

「私も着いていく事に異論はありませんが……その、政次郎さん、私の手当の方は……」

「……シスターは元は僕が雇って手を借りている様な物だ。通常通り出そう」

「蓮さん、私もお手伝いします。どこであれど、邪神の影があるならば見過ごせません」

「…………そう」

 

 ユーリヤが申し訳無さそうに政次郎へ自身の手当の有無について聞き出し、問題ない事を確認すると一転して凛々しい顔で蓮へ同行の意図を告げる。金銭的問題で変わり身の早い人間というのは傍から見るとこう映るのかと、少々蓮は複雑な気持ちになった。

 

「俺も当然付き合うぜ。家で転がってるよりはドンパチやってる方が面白ぇしな」

「おじさんって顔の通り過激だよね」

「顔は余計だ」

 

 続いて十三も首を左右に曲げ、右拳を左掌に押し付けて音を鳴らしながら蓮に協力する旨を伝えてくる。十三は普段こそ温厚な人柄だが、仕事の際は相当に好戦的であり、危険な現場へ自ら望んで飛び込む節がある。

 蓮としてはほぼ出費も無く戦い慣れている十三の手が借りられるのは大変有り難いのだが、常に二つ返事で仕事に参加する十三を見るとユーリヤとは別の理由で複雑だ。蓮にとって一番引っかかるのは報酬はいらないとか、今の蓮にとっては天地がひっくり返っても言えない事を平然と話す所なのだが。

 

「あ、蓮ちゃん私も参加でよろしく」

「すっごいノリが軽い」

「まぁ行かない理由も無いし、一人残されるのもなんだし」

 

 真魚も「じゃあ私も」という調子で蓮達に付いてくる事を決めた。真魚にしても十三と似たような立場ではあるが、彼女の場合はこういった事件に関わる時の自分の扱いはとにかく軽い。行かない理由が無いから危険な仕事に付いてくる、というのもどうにも危うい。

 とはいえ優れた魔術師であり、遠目とはいえ実際に盗まれた宝石を目撃した真魚が同行する事は素直に有り難い。出来る事なら全力で挑みたい蓮に協力を拒む理由も無く、結局はいつも通りの五人で今回の事件に当たる事になった。

 

「……それで野曽木、具体的にこれからどうする気だ。宝石を取り戻すと言っても、そいつらの居場所はわかっているのか」

「その辺は問題ないわ。現地の警察の調査状況をこっちに流してもらったから、そこから逆算して調査外の場所にある隠れやすい場所の候補は絞り込み済みよ」

「蓮さんのコネの広さってたまに怖いですよね」

「ただ悪名が広まってるだけだ」

「どつくわよ政次郎くん」

 

 政次郎へ突っ込みを入れながらも、蓮が隣の市の地図を取り出す。地図には赤いペンでいくつか赤い丸がつけられており、それぞれの右上に第一候補、第二候補と注釈がつけられている。

 地図には四つの丸がつけられているが、その内蓮は第一候補と注釈された地点を指差した。

 

「一番怪しい場所はここ。人気の無い離れた場所だし、古い道ながら道路もちゃんと通ってる。仮に警察が来ても抜ける道は多い。候補こそ四つ挙げてあるけど、私は十中八九ここに隠れてると思ってるわ」

「ふむ」

「問題は時間よ。あんまりのんびりと構えてたり警察がここまで捜査の手を伸ばせば別の場所へ移るかもしれない。一刻も早く動く必要があるわ」

「同じ場所に留まり続けるというのも、考え辛いですからね……」

「ただ、事件から間も無い今なら警察の各地の検問と捜査が活発で、あちらもそうは動けない。こちらが確保しに動くなら、この今しか無いわ。だから」

 

 一拍置いて、蓮は地図へ置いた指を振り上げ、第一候補と書かれた地点を指先で強く叩いて音を出して。

 

「――今日夜に、ここを強襲するわ」

 

 蓮は不敵な顔で、四人へ笑いかけた。

 




真魚「さすがに今回は鈍行とか言わないよね」
蓮「折角キメたんだからそこでボケないで真魚ちゃん」

次回、「作戦名”夜襲っていうのはどうかな?”」、寄らば撃ちます!\シャットガァン/

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