「……あそこか」
蓮から説明を受けた後、準備を早々に済ませて蓮達は車を使い、その日の内に高速道路を通って鹿鳴町内の楓丁組の隠れ場所と思わしき場所の近くまで辿り着いていた。
既に時刻は深夜を回り、蓮達が今いる場所の周辺は人里から遠く離れているせいか、
ただ、政次郎が見据える先の建物は窓が不自然に全て閉じられ、目を凝らせばその閉じられた端々からは僅かに灯りが漏れていた。周辺の建物を見ても、中が一切伺えないようにされている建物は他に無い。
「車はここまでだな、あんま寄せてもバレちまう。……で、どうする?」
十三が車を止め、ヘッドライトを落とす。運転席にいる十三は振り返り、全員の顔を見てこれからの行動を確認する。
「……メンバーを選抜する。見たところ建物は小さく、閉所戦が予想される。基本方針として可能な限りは戦闘を避け、やむを得ない場合のみ交戦する。隠密行動ならば、人数を絞った方が良いだろう」
助手席に居る政次郎は振り返る事無く、淡々と自身の意見を述べていく。実際、蓮達から見ても隠れ場所の建物はビルの様に大きくなく、五人で並んで進軍するのに十分な空間があるとは考えにくい。
さらに言えば今回の目的は強奪された宝石の奪還であり、いつもの様に建物内に存在する敵性を全て排除する必要は無い。相手としても警察に追われる身である為、襲撃が察知されれば逃走される可能性が高い。その為、なるべく侵入を察知されない様に人数を絞る必要が出る。
「とはいえ、こちらも元々少人数ではある。一人二人ほど建物の外に控えておけばそれでいいだろう。まずは真魚だな」
「わーい立ってるだけの簡単なお仕事だー」
「……控えの意味は理解してるだろうな」
「ん、外へ逃げるヤクザがいたら背中からばっさばっさとカイシャクすればいいんだよね」
「…………まぁそれでいい」
こういった作戦を考えるにあたり、真っ先に外されるのは真魚だ。真魚の取り扱う魔術は良くも悪くも殺傷力が高く、派手な物音を伴う物が多い。また、相手を考えると本格的に交戦する際には銃撃戦が予想されるが、その練度もはっきり言って経験不足であり、隠密行動に長ける訳でもない。
真魚本人もそれを自覚してのことか、異論の声は上げずにむしろ諸手を上げて喜んでいた。真魚の起動から発動までにワンアクションかかる魔術の特性から言って、銃は天敵中の天敵だ。そういう相手が予見される状況で一線から外れてもいいのは気が楽だった。
「シスターも建物の外で待機してくれ。建物内では長物はデッドウエイトにしかならないし、治癒が必要な状況には持ち込ませたくない。真魚の護衛も頼みたい」
「わかりました、お引き受けします」
「トランクに
同様に真魚ほどではないが、銃撃戦が不得手なユーリヤも控えに回る。ユーリヤの回復の魔術は戦闘の際には頼れるものだが、そもそも戦闘を回避する事を第一に考える今回においては出番は少ない。また、単体での自衛能力に欠ける真魚の護衛も必要だった。
「ってことは、突入は私・政次郎くん・十三さんでやるのね」
「ああ、能力的にも適正的にも妥当だろう。お前の能力は暗殺と潜入には使いやすいからな、そこだけは羨ましい」
「お望みなら最初は政次郎くんを無力化させるわよ」
右手を上げて掌に昏睡毒を生成しながら蓮は怒気を政次郎へと向けるが、当の本人は助手席で前を向いて暗闇の先を見続けるばかりでまるで気にする素振りを見せない。
蓮の能力は抵抗する手段を持たない一般人相手であれば、格闘術による制圧よりも音を出さず、かつ確実に無力化出来る。昏睡毒を少々空気に混ぜて飛ばしてやるだけで、近付くまでもなくその空間にいる全ての人間を一度に気絶させられるのは蓮以外には出来ない事だ。
蓮としては”暗殺に向いている”というのは、なんだかイメージが凄く悪いので不服極まりないのだが、実際にこういう事態に向いていること自体は自覚しているので、活かせる場面では存分に能力は活用していく。
「っていうか、蓮ちゃんを建物に放り込んで毒ガスもくもくして全部屋に行き渡して、中の連中全部
「うわあ」
「何この子こわい」
「ナチュラルに殺虫剤扱いするのやめてくれないかしら!?」
突入前の打ち合わせが概ねまとまろうとしている所で、真魚が小さく手を上げて真顔でとんでもない作戦を立案してきた。敵味方の両方に全く容赦の無い真魚の立案に、政次郎以外の三人はさすがに引いた。
「……悪くないな。出来ないのか、野曽木」
「真剣に検討しないでよ……見えてない場所まで毒を行き渡らせるのは時間かかるし、どうしても距離と遮蔽物で濃度の差が出るからあんまりオススメ出来ないわよ、行き渡る前に二階から逃げられたらそれまでだし」
「便利なんだかそうじゃないんだかわからん力だ」
「言っとくけど結構
実際問題、建物一つを毒ガスで満たすというのは相当な手間を要する。視界内であったり、蓮から近い周辺の空間であれば即座に任意の濃度の毒で満たす事は出来るが、離れた見えない所や壁で遮られた向こうにまで毒を及ぼす事は難しい。
基本的には目に見える場所までしか能力の操作は及ばない為、見えない場所まで毒を満たすには毒の比重を軽くした上で、あえて動きの制御を外し空気の流れに乗せてやり、自然に空気中に行き渡るのを待つしか無い。
能力による制御を外せば場所の違いによるムラが出る事は免れない。そのような不確実な手段に頼るよりは、直接乗り込んで目の見える場所へ毒を放つ方が余程手っ取り早く、自らの目で効果を確認できる分不安も無い。
「仕方無い、予定通り僕達三人で乗り込むぞ。無力化は主に伊達が拘束し、野曽木に
「承知」
「政次郎くんは私をなんだと思ってるのかしら」
「使いやすい毒物だ」
「よーしこの仕事終わったら政次郎くんだけ地下駐車場ね」
いつもの軽口を叩き合いながらも、蓮達は所持する拳銃やサブマシンガンの最終チェックを行う。銃に頼るのは最後の手段とはいえ、対人戦においてはこれより頼りになる武器は無い。
建物内での取り回しを考え、いつも使っているアサルトライフルや蓮のダゴン殺しはトランクの底に転がっている。蓮個人としては制圧力に優れるダゴン殺しは持ち込みたかったが、政次郎から「そんな花火をどこで使う気だ」と制されて渋々トランク内の留守番を任せる事となった。
「……各員、準備は良いな。状況を開始する」
全員が所持する銃器のチェックを終えたのを確認し、政次郎が号令をかける。それを合図に、蓮達は車のドアを開き、一斉に建物へ向かい駆け出した。
◆ ◆ ◆
「――くぁ、ねっみいなぁオイ」
「言うなって、あと十分もすりゃ交代だ、俺だって眠いんだから耐えろや」
周辺を僅かに点在するのみの街灯が照らす暗闇の中、建物の前にはスーツ姿の大柄の男が二人、欠伸を噛み殺しながら立っている。
組の中でも新参にあたる二人は、ここ数日は理由も知らされずにこの建物の前での見張りを命じられており、何も変わらない夜の景色を眺めるのもいい加減に飽きが来ている所だった。
「しっかし、カチコミとか面倒な事しなくてもいいってのは気が楽だけどよ……なんで何日もこんな所に篭ってんだろうな、うちの組」
「さぁなぁ……俺もアニキに理由聞こうとは思ったんだけど、”俺も知らされてない”ってさ。んなアホな、と思ったけど……あの顔見るとなんも言えなかったわ」
「顔?」
「頬の辺りに思いっきり青痣ついてんのよ、一昨日まで無かったヤツ」
「……アニキがぶん殴られたのか?誰に?」
「アニキを殴れるのなんて、
意識すればするほど湧き出てくる眠気を誤魔化す為に二人は最近の組についての雑談を交わす。新参とはいえ、最近の組の様子は明らかに妙で、話の種とするには申し分無かった。
「……若頭だろうなぁ。最近、なんか荒っぽいしよ」
「だよなぁ。前一緒に
「なんだそりゃ、初耳だぞ」
「……やべ、口止めされてんだった。若頭には内緒で頼む」
最近の組の中で何が一番おかしいかと考えた時、二人が真っ先に頭に思い浮かべるのは組の二番手である若頭だった。最近になって振る舞いは以前よりも粗野かつ暴力的になり、急に楓丁組の武装化を推進し始めた。
前者に関しては機嫌が悪くなる事でもあったのだろうと考えているが、後者に関しては目立つ対立勢力もいない現状において、拳銃どころか短機関銃・突撃銃まで何故仕入れようとするのか、誰にも理解出来なかった。
「最近の若頭と、組の武装化と、今回の
「”怪しいヤツ見かけたらブッ放せ”って
「……正直同感だわ」
おっかなびっくりと言った手つきで、見張りにつく前に渡された名前も知らない拳銃の硬さをポケットの上から確かめる。二人はモデルガンですら持ったことも無く、撃ち方を一度教えてもらっただけで実際に何かを銃で撃ったことも無い素人だった。
その為、銃を持って誰かを撃つというイメージよりも、銃そのものが持つ「人を殺す道具」というイメージを根強く意識し、実際に何も無い所へ数秒構えるだけでも握る手が震える有様だった。
そもそも若頭から命じられた”怪しいヤツ”という想定が曖昧であり、どのように怪しいか・どういう人物かと質問しても、「怪しいと思ったヤツ全部だ」と、ほぼ反芻するだけの言葉が返ってきただけで、その場で聞いていた誰もが内心では納得していなかった。
「……はぁ、誰も来なきゃいいよなぁ、来たらどうするか考えなきゃならねえしよ――くぁ、あ」
「ふああ――おい、こっちにまで眠いのが伝染るだろ、もうちょい辛抱しろ」
「んな事言うなって、眠いもんは眠い……っつーか……やべ、限界か、も……」
「……ね、ねみ、ぃ……なんだ、この……匂い……?」
話を続ける二人は殆ど同時に、急激な眠気が湧いてくるのを感じて建物の壁に手をつく。抗おうと考えた先から加速度的に瞼は重くなり続け、手足から力が抜けていく。段々と鈍くなる頭の端では明らかに異常とも思ったが、立つ事もままならなくなった二人はそのまま地面へ倒れ込んだ。
異常を伝える為に声だけでも上げようとしたが、意識が遠くなるに連れて口を動かす事も難しくなり、言葉にもならない呻き声だけが漏れる。すぐにそれすらも出来なくなって、二人の目は完全に閉じた。
「――もう考えなくていいわよ」
思考が暗闇に沈み切る前に、凛とした女の声が聞こえた気がした。
◆ ◆ ◆
見張りを眠らせた蓮達はなるべく足音を消しながら、足早に通路内を進んでいく。常に通路の先や部屋へ耳を立て、少しでも物音や話し声音が聞こえれば足を止めて気配を確認していく。
目的は宝石の奪還のみとはいえ、在処のわからない代物を探した上にこの場から離れて車まで戻る事を考えると、建物内を隅々まで探索した上でなるべく障害となり得る不安要素は事前に取り除くのが望ましい。
その為、蓮達がすべきことは――
「……曲がった先、五・六メートルに三人だ。いけるか」
「俺だけじゃキツい。蓮、この距離からなんとか出来るか」
「五秒だけあっち側の動きを鈍らせるわ。その間に息止めて捕まえて」
「わかった、政次郎も手ぇ貸せ」
「了解した、やれ野曽木」
蓮達から見て通路を曲がった先の三つの気配を政次郎が察知し、即座に三人は小声で思考を共有する。十三が静かに深呼吸をするのを確認すると、蓮が能力を使って通路の先の空気へ麻痺毒を流し始める。
それから一秒置いて、十三が足音は最小限に曲がった先へ駆け出し、姿勢が硬直した三人の男達を確認する。男達が毒に気を取られてこちらに気付かない僅かな間に、十三は距離を詰めて最も近い男の腕と胴を引っ掴み、そのまま政次郎達のいる通路の方へ力任せに遠心力へ乗せて放った。
毒によって体が動かない男は突然の襲撃に反応する事も出来ず、ただ勢いに負けて倒れないように反射的に足を動かし、曲がり角の先にいる政次郎まで横走りをする様に体が流されていく。
「ッ!?」
「だ、誰――」
投げ飛ばされた男を政次郎が受け止め、即座に口を塞いで小刀を顔の前に翳して動きを止める。ここに来てようやく反応した通路の先の男の内の一人へ、十三は素早く喉の頸動脈へ向けて手刀を打ち込んだ。
一瞬脳への血の流れを止められた男の動きは反応する途中で止まり、その隙に通路から出た蓮がその男へ向けて昏睡毒を集中して打ち込むと、そのまま男は意識を失った。
「テメッ――」
手が届く程まで接近してきた十三へ向けて、残った男が拳を振り上げる。十三は振り上げた腕の肘を左手で取り、手首へ添えた右手で振り下ろされようとする拳を切り落とすように勢いを流す。
勢いを完全に流された男の体が右へ沈み、十三はそのまま腕を捕まえて踏み込み、関節の逆を取りつつ腰を落として相手を地に伏せさせた。男が体勢を立て直す前に十三は素早く相手の背中へ移り、体を押さえ込みながら男の首を締めた。
「ぐ、が、アッ」
首が折れるかと錯覚する程の剛力で締められた男は、声すらも出せないまま意識が遠のいていく。男は苦し紛れに、事前に渡された拳銃を腰から取り出そうと腕を動かそうとするが、自身に覆い被さる巨躯の圧力によってそれもままならない。
そうして男は押さえ込まれたまま何も出来ずに、体の自由を手放した。
「落ちたな。蓮、そっちのヤツ頼む」
「手間が省けて助かるわ」
十三が拘束した男が完全に意識が無くなるのを確認した蓮は、わけもわからぬまま唐突に政次郎に命を握られ、震える事しか出来ないでいる男へ手を向け毒を放つ。男の体が一瞬小さく跳ねた後、すぐに男は意識を絶った。
「……音は響いていないな。問題無いだろう」
「ま、抑えんの一人に集中していいってんならそりゃしくじらねーよ。三人いっぺんにやるんだったら加減出来んが」
「なんか十三さんが別人みたいに頼もしいわ」
「ひどい」
周囲の気配へ気を配り直し、気付かれた素振りが無いことを確認する。
建物内にいる他の組員に気付かれる事なく、確認出来た全ての人間の意識だけを確実かつ素早く奪っていく。建物内の隅々まで調べるにあたり、ただ排除するよりも難しい事を蓮達は次から次へとこなしていた。
蓮の能力によって確実に意識を奪う事と、対人戦に極めて手慣れた十三が相手を拘束する事を合わせ、突入から三度の交戦を経ても蓮達はまだその存在を気付かれずにいた。
「しっかし、アレだな。楽なのはいいんだが」
「ん、どうしたの十三さん」
「いや、蓮が手を翳しただけで相手が一瞬で寝るのがアレだ、薬含んだハンカチで意識落とすアレにしか見えねえ」
「確かに」
「これ終わったらそのシーンを二人に体験させてあげるわよ」
真魚の殺虫剤に続き、蓮へ不本意極まりない
(合気道なんて描写でき)ないです
特に特殊能力の無いおじさんが豪腕を振るう――!