がんばれ掃除屋ちゃん   作:灰の熊猫

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13.光満ちて

「……上手くいったか。いいタイミングの援護だった」

 

 男の足元で炸裂した炎は落ち着き、爆心地の中央で僅かに生い茂る草と、黒く爛れる触腕の塊を燃料に僅かに揺らめくのみとなっていた。

 男のいた地点には膨らんだ触腕が地に伏せるのみで、男の肉体を確認する事は出来ない。いかに至近距離で受けたと言っても、左半身を除いて形もなく吹き飛ばされた、という事はまず無いだろう。

 となると、炸裂の衝撃を受けて倒れ込んだ触腕に体を押し潰されたか……真偽はわからないが、目の前の触腕が地面に転がり続けているのは事実だった。

 

「無事か、シスター」

「し、死ぬかと思いました……」

「む、どこか痛めたのか」

「”政次郎くんに焼殺されかけた”っつってんのよ仏頂面」

 

 得物を失った政次郎は狙撃銃を背負い直し、小回りの利くサブマシンガンを手に取る。目の前に伏せる触腕に動きは無いが、死体を確認するまでは倒したとは言えないし、男が死んでも触腕のみが分離して動き出すという事も有り得る。

 政次郎は緊張の糸を緩めず、目の前に燻る火と黒い異形の塊を見やりながら、徐々に距離を取る。そうしながらユーリヤの状態を確認する為、声を飛ばした。

 手榴弾が炸裂する直前にギリギリで足元に転がるそれに気付き、その場から飛び退いたユーリヤは顔を引き攣らせながらも政次郎同様に目の前の異形に警戒を払いつつ、アサルトライフルを手に取る。

 一歩間違えれば自分も炎に巻かれていた事実に慄然とするユーリヤの心情を、隣の蓮が代弁して政次郎へ返した。

 

「シスターが吶喊(とっかん)した時点で、力負けして離脱する事になると予測しての事だ。拮抗したのは嬉しい誤算だったが……あの時に手榴弾を取り出した判断は正解だったな」

「いつ投げたかと思ったら、私達が必死で助けようとしてたって時にこっそり転がしてたのね……」

「防げん攻撃で腕を潰すよりは、その手でピンを抜く方が建設的だった。とはいえ、十中八九そっちが動くとは思っていたぞ」

「あの、十の内の一つだったら――」

「今回は上手く行った。結果が全てだ」

 

 蓮達が政次郎から男の注意を逸らす為の援護よりも一瞬早く、政次郎は触腕を向けられた時に懐から焼夷手榴弾を取り出し、銃声とユーリヤの攻撃に紛れて男の足元へ静かに転がしていた。

 自身の命を奪われようとしている時にも、政次郎は冷静に計算して行動する。正しさと合理性によって自身の命の勘定も排除したその判断に対し、蓮とユーリヤは何も言えずに顔を引き攣らせた。

 

「しかし並の生物があの距離で受ければ骨も残さず溶けるだろうが、原形が残るとはな。大した丈夫さだ、これだから近頃の化物というのは困る」

「そんな”近頃の若者はこれだから”みたいな」

「……ただの火では焼けにくいのかも知れんな。シスター、真魚。変に動き出す前に魔術で消し飛ばし――」

 

 政次郎がユーリヤと離れた位置で待機している真魚へ向け、魔術で攻撃するよう指示を飛ばした瞬間、()()のシルエットがブレた。

 正確に表現すれば、()()はただ単純に動いただけだった。が、あまりにも動き出しが速すぎて、一瞬ただその周囲が揺れただけのような、そんな錯覚を覚えさせられてしまった。

 政次郎は鍛え抜いた動体視力と反射神経によって、ギリギリの所でその動きに反応した。瞬時に左半身だけを引きながら首を右に曲げる。その瞬間、それまで政次郎の首があった空間を黒い触腕が突き抜ける。政次郎の左肩を掠め、触腕はその後ろの大気を一気に貫いた。

 

「くッ!」

「ユーリヤッ!!」

「え――」

 

 一瞬遅れて触腕が動いた事による空気の波が政次郎の体全体を押し、それに無理に逆らわずに政次郎は傾けたそのままの姿勢で触腕から離れるべく、斜め後ろへと鋭くステップを刻んでいく。

 政次郎への攻撃より一瞬遅れ、今度は反対方向にいる蓮達へ向けて同様に別の触腕が高速で突き伸びてきた。

 嫌な予感を覚えた蓮は、咄嗟に横にいるユーリヤの肩を掌で突き飛ばす。ユーリヤがいた地点へ伸びる触手は、それを見てから判断したかの様に方向を僅かに曲げ、蓮の胴体の横まで伸びてくる。

 そして蓮の思考が”ユーリヤを突き飛ばす事が出来た”と結果を理解した頃には、伸び切った一本の触腕が蓮の体を締め上げ、さらにその事実に頭が追いつくよりも先に蓮の体が触腕の伸びてきた方向へ引かれ、空に浮いた。

 

「――さすがに、これは痛かったな。言っただろう、正真正銘の人間だと。……人の命というものは、もっと大事にする物と習わなかったのかな」

「ぐぅうっ……!こ、この……!」

「れ、蓮さん!」

「……”これだから”、だ」

 

 蓮はその細い胴体を両腕ごと触腕に巻き付けられ、触腕の生える元の近くで、地面から離れて掲げられた。

 地面に伏せていた触腕をかき分けるようにして、男が立ち上がる。ローブの大半が焼け落ち、左半身にある触腕達の表面は火によって広範囲が焼け爛れた状態になっている。

 特に焼けた部分の多い触腕は、未だ蠢いているもののそれまでよりも動きは鈍くなっており、先程の手榴弾による傷が深く刻まれた事が伺える。

 男は落ち着いた口調こそ維持しているものの、それまでの愉快そうな表情を落とし、その顔には僅かに痛みによる苦悶と苛立ちを見せていた。と言っても、焼夷手榴弾の直撃を受けたにしてはその表情の苦痛の程度は低い。

 

「……体を覆いながら数本の腕で手榴弾を上から押し潰し、延焼を最低限に抑えたか。使える手が多いというのは便利なものだな、今度その手の術についても調べておこう」

「そこの少年は実に面白い。仲間を人質に取られている状況で、私の腕を冷静に評価してくるとは。先程こちらを呑気と評したが、君も大概ではないかね」

「二つ言うならば、僕は貴様への警戒を解いておらず、油断は無い。そして人質がシスターであれば少々困っていたが、野曽木であればそれ程痛手とは思わん」

「帰ったら助走付き右ストレートぶちかますからね政次郎くぅん!!」

「くっくっく、君達はどこまでが本気かわからんな。本当に、面白い」

「くっちゃべってねーでさっさと放しやがれミミズ野郎!」

「おっと、そうはいかんな」

 

 蓮を捕まえた男へいつでも殴りかかれるように十三は距離を詰め、自身の持つ軽機関銃の銃口を向ける。が、それに合わせて男は蓮を巻いた触腕を十三の方へ動かし、人質となった体を文字通りの盾として構える。

 それを見せられ、引き金に指をかけていた十三は手を止めざるを得なくなり、ぐうと呻き声を漏らす。どれ程正確に男のみを狙ったとしても、触腕による防御の事も考えると男に弾丸が当たるよりも先に、盾にされた蓮の華奢な肉体に無数の風穴が開く事になるだろう。

 十三が男の注意を引いている間にユーリヤと政次郎もまた手に持つ銃を構えていたが、男はそれを一瞥すると、蓮の体を盾として掲げたまま、目で追える程度に素早く触腕を動かし、自身の周囲にぐるりと一周させた。

 

「……くっ、なんて卑劣なっ……!」

「野曽木、なんとか外せないのか」

「そうは、言っても、ねッ……!」

 

 それを見て、政次郎とユーリヤの手も止まる。三人で一斉に射撃すれば、蓮に触腕を一本使っている上に火傷が深い今の相手の左腕の状態ならば、その防御をすり抜けて男の頭蓋を割る事は出来るだろう。

 しかし、撃たれる事になる銃弾の三分の一は蓮がその体で受ける事となる。最悪、蓮への当たり所が悪く即死ともなれば、いかにユーリヤの治癒の魔術があってもどうにも出来ない。

 捕まっている蓮も先程から触腕から抜け出す為に、自身の能力をフル稼働させて様々な毒を体外に放出しているが、触腕の力は一向に緩んでいない。毒に耐性がある、と言うには酸毒によって溶解する様子も薄いのが妙だ。

 体を締め付けられる力が徐々に増すと同時に、蓮の毒を操る集中力が乱される。単なる締め付けの強さによる痛みもあるが、蓮は自身の集中を()()()()()()()()ような、そんな感覚を受けていた。

 

「ふむ、このお嬢さんも只者では無いようだ。が、こうして捕まえてしまえば可愛いものだな」

「ッ!!皆、()()()()わ!近付いちゃダメ!」

「それもすぐに理解するか。とはいえ、捕まっているお嬢さん本人が言っても意味は無いな」

 

 男の口元は話の合間にも僅かに震え、そこから近い距離にいる蓮は人の使う言語以外の、地の底から湧き出る様な唸る音を聞き取った。その音の形を正確に聞き取る事は出来ないが、蓮は自身の受けている感覚からその正体を推測する。

 恐らくは、精神に干渉する魔術か呪言の類。蓮の思考は保たれ、能力だけが阻害される感覚から、恐らくは人の内側にある生気や魔力を奪う、或いは吸い取る物と考えた。事実、優位に立った男はその言葉を否定しなかった。

 対象に呪文を届かせる必要があるのか、または元々効力の範囲が狭いのか。どちらにせよ男から離れたユーリヤに同様の感覚を覚えている様子が無い以上、近寄って捕まれば蓮の二の舞となる。

 蓮を銃への盾にしながら、相手が近付くならば捕縛してミイラにする。ただの一手で、蓮一人の動きが封じられた以上に形勢が魔術師の方へと傾いてしまっていた。

 

「……ち、面倒な」

「蓮さん……!く、どうすれば……!」

「人質が無きゃ戦えねーのかテメエ!男らしくねーんじゃねーのか!」

「強面のお兄さん、先程私を”人外”と呼んだだろう?ならば人らしさなど、私には関係の無い話なのではないかね」

「……根に持つタイプかよ!お前嫌われやすいだろ!」

「殺し屋に好かれようと思う人間がいるのかな」

 

 蓮の体を牽制するように左右に揺らしながらも少しずつ蓮の力を奪いつつ、政次郎に向けて男はゆっくりと歩く。それを見て政次郎も合わせて斜めへ後ずさり、一定の距離を保とうとする。

 一連の交戦から最も厄介な相手が政次郎だと考えた男は、先程の様に注意を外した瞬間に何かを仕掛けられる事を警戒し、未だ銃を構える十三やユーリヤにも最低限の警戒はしながらも、隙を見せず確実に下がる政次郎より早く歩き、一歩につき半歩の距離を詰めていく。

 政次郎の外套の中にある手榴弾による閃光や煙幕の目眩ましも、手に取り・ピンを抜き・爆発する三つのタイムラグがある以上、政次郎へ視線を外さず何本ものの触腕を自由に出来る男には通じない。

 

「……さて、これが悪役であれば人質と何かを取引するのだろうが。生憎、私が君達に求める物は邪魔をしない事、ひいては君達全員の命だ。という事で、ろくな抵抗の出来ない君達を一人一人、確実に倒させてもらうぞ」

「正解だな。何かを要求したとしても、元々そこの女は交換材料にもならん」

「政次郎くんんん!?」

「せ、政次郎さん……」

 

 囚われの蓮に対してあまりにもあんまりな政次郎の返答に対し、蓮の心中は怒り半分、それを超えるさらなる怒り半分が天を衝いていた。何が悲しくて一応は仲間の政次郎からこんな扱いを受けなければならないのだろうかと本気で思っていた。

 そうしている間にも男と政次郎の距離は縮まり、蓮を体をユーリヤと十三の方向へ僅かに向けながらも、男は火傷の程度が薄く自由に動かせる触手に力を入れ、政次郎に向けて貫く構えを取らせる。

 

「……く……」

「隙を一切見せないのは大した物だが、その足取りでどこまで逃げられるかね」

 

 男は政次郎へ近付く歩幅をさらに広げ、余裕を持ち悠々と距離を詰めていく。

 政次郎が持つ二つの銃では触腕の防御を抜く事は出来ず、大きく退こうと足を地面から大きく離せばその隙を触腕が突く。先程の様に一本はかわせても、二本・三本と連続で来れば身のこなしに自信がある政次郎と言えども、串刺しになるのは目に見えていた。

 男は確実に政次郎の命が奪う事の出来るその隙を待っている。政次郎が隙が出さずとも、このまま男が近付き続け、政次郎が反応出来る距離より前へ踏み込まれれば最初の一本だけで体に風穴が開く。

 不確実な可能性が一切絡まない、その場面を作るべく男は歩き続ける。後ろへ逃げる政次郎も、先程の触腕の速度を考えて、あと二歩分詰められれば命は無い、そう直観する。冷や汗が一筋、政次郎の輪郭をなぞった。

 

「……ここまでだな」

「ああ、君の命はここまでだ」

「いや、そうじゃない」

「……何?」

「――()()ッ!」

 

 政次郎が大声と言えないまでも通る声を遠くへ響かせる。瞬間、十三が横に動き()()()()()()真魚が起動済の魔術エミュレータの表面をタップし、準備済のプログラムの実行命令を下す。

 魔術エミュレータの表面が蒼く輝き、それと同時に選択した魔術の効果が発揮され、真魚の目の先にいる男へ向けて甲高い音の塊が空気を揺らして奔る。

 意識の外にいた真魚が姿を現した事と、真魚が自分に何を仕掛けようとしたのかを理解しようとした一瞬の間に、男は音速で飛んで来たそれを無防備のまま受ける。その時、自分の中の何かが()()()音がした。

 

「う、ぐッ!?」

 

 音を媒介にする、精神干渉の高位魔術。自身の知識と経験からそれを一瞬で理解した男は、振動が伝わると共に心を壊そうとするその魔術に意識の全てで抵抗する事で、なんとか正気を保つ。

 だが無防備に受けてしまった分だけその効果は表れ、姿勢は崩れて一瞬目の前が暗転する。全身の体の力が抜け、ただ倒れない様にする事で頭が支配される。

 

「蓮ちゃん、今!」

「さっさと放しなさい、よッ!」

 

 自身を縛る触腕の力が緩み、その時を見逃さなかった蓮は手に持つダゴン殺しの銃口を僅かながらも可能な限り男の方へ傾けると共に、引き金を引いた。

 過剰な反動によって暴れるダゴン殺しの振動が触腕を揺らし、放たれた内の大半は地面に当たったもののその硫化水銀の散弾の一部が男や触腕を掠め、削っていく。触腕の内外から同時に暴れられた事により、触腕の縄は広がり蓮を地面へと落とした。

 

「ぐッ!?この弾……ッ!」

「これに弱いんでしょうが!ユーリヤ、()()()()()()()()()あげてッ!」

「はいっ!!」

 

 暴れた反動のままにダゴン殺しはどこかへと飛んでいくが、着地してユーリヤに指示を飛ばした蓮は一目散に男から走って距離を取る。

 蓮の指示を理解したユーリヤは、自身の得意とする魔術を用意する。傷を癒す奇跡のみが神に仕える退魔師の術では無い。邪悪なる存在に人の身で立ち向かう為の術は、様々な形で存在する。

 男が体勢を立て直すよりも先にユーリヤの術が完成し、神々しい輝きがその場に広がる。光の波及は男を直接害する様な力は持たない。が、男へ向けて走り込んで来る十三はその輝きを身に受け、体全体に薄く淡い光を纏った。

 

「ぉぉおおらぁっ!!」

 

 一気に男との距離を手の届く所まで詰めた十三が地を踏み締める。慣性と体重を乗せた力は筋肉を撥条(ばね)にし乗算され、その全てを右拳に集約し打ち出した。

 十三の気合から危険を覚えた男は、体の力を入れ直し左の触腕を自身と十三の間に割り込ませ、触腕を引き締めて盾とする。十三の拳が触腕にぶつけられた瞬間、痛みを知らない無敵の盾に火花が上がったかの様な鋭い熱を感じた。

 

「ぐがあッ!付与の魔術、か!」

「ッづぅぉおぉあァッ!!」

 

 邪なる触腕は十三の拳に乗ったユーリヤの魔力に強く拒絶され、刹那的に触腕の力が失われた所へと十三の鍛え抜かれた肉体から放たれる拳打が突き刺さり、大きく触腕が吹き飛ばされて男の肉体がそれに引っ張られる。

 十三は反作用により拳に跳ね返る痛みに歯を食いしばりながら、さらに一歩強く踏み込む。相手の体勢が崩れ防御も意味を成さない今、距離を空けるという選択肢は有り得ない。腰で自身の体を揺り戻し、さらに左拳を男へ振るった。

 僅かな間に男は吹き飛ばされたものとは別の触腕を前に出し、十三の左拳を阻む。再び触腕は吹き飛ばされ、十三は左拳を打った勢いを反転させ、また右拳を振るう。

 振るう、防がれる、殴り飛ばす。振るう、防がれる、殴り飛ばす。

 呼吸すら挟まず高速で叩きつけられる十三の拳の嵐を、触腕を盾にする度に殴り飛ばされ後退しながらも、男は交互に触腕を戻すことで凌ぎ続ける。

 

「ぐ、お、がッ――調子に、乗るなッ!」

「がほっ!?」

 

 何度目かもわからぬ程の拳を凌ぎながらも体勢を徐々に戻した男は、十三の拳を受けた勢いと共に一歩下がり、拳が届くのが僅かに遅れた間隙に差し込む様に、焼け爛れている触腕を強引に動かし十三の腹部を叩く。

 さすがに大部分が焼けた触手を細かく動かす事は出来ず、ただぶつけただけと言った程度の力しか出せなかったが、衝撃により空気を吐き出させられた十三の勢いは大きく削がれ、暴乱が止まる。

 怯んだ十三へ向けて、散々殴り飛ばされ痺れすら覚えさせられた触腕に力を込める。この腕を持ってからこれほど痛みという物を覚えたのは、男にとっては初めての事だった。それ程の事をした目の前の巨漢の脳天を割るべく、触腕を膨らませて巨大な鞭を打つ構えを取った。

 

「――それはこちらの台詞だ」

 

 触腕を掲げたその瞬間、男の背後から冷徹な声が聞こえてくる。視線をなんとかそちらへ向ければ、その視線の端に政次郎の姿があった。

 いつの間にか後ろまで走って回り込まれていた。この距離から銃撃してくるか?それならば、と男は保険として体に巻きつけている触腕を背後まで動かす。何をしてくるのかさえわかれば、受けてから対応出来る。

 首を向けてその目に政次郎の姿を完全に映す。翻った外套が半身を前傾させた政次郎の体を大きく隠している。銃口が見えにくいのは困るが、銃を構えるならば必ず狙いを定める為に手を伸ばすか、脇を締める事になる。それを見極めるべく、政次郎を見続ける。

 が、政次郎の外套が揺れる先に()()()()()が僅かに見えた。

 

「まさか!?」

「はッ!!」

 

 政次郎の刀が月光を反射し一閃される。男はただ直感のままに胴を触腕に守らせて、上半身を反らす事で男はその一撃を(すんで)の所で躱した。胴部の身代わりとなった触腕は完全に両断され、刃が僅かに掠めた脇腹からは血が数滴舞う。

 シスター服の女性の魔術付与はこの少年にまで届いていたのか。先程の指示から完全に十三にのみ魔力を付与していたものと思っていた男は、自身の認識を覆されて驚愕に顔を歪ませる。

 とはいえ、なんとか躱す事は出来た。巨漢の男が再び殴り掛かってくる前に、目の前の少年に触腕を使い今度こそ倒す。魔術付与された刀の鋭さは目を見張る物があるが、把握さえ出来ていれば立ち回りを考えられる。

 死を前にして加速した思考が一瞬にして男の思考をまとめ上げ、不利な状況にも関わらず根拠の無い余裕すら湧き上がる。男の顔に無意識の笑みが浮かび、触腕を動かそうとした。

 

「え――」

 

 その瞬間、体に熱が浮かぶ。温度による熱ではない。細く長い線の様な熱が、斜めに引かれる。

 一瞬遅れて、胴体から血飛沫が舞い上がる。加速した思考で自身の体を確かめる。胴体が斜めに裂かれていた。目の前の外套の男を見る。()()()()()()()()()()()()()()()()()()を持ち、さらに今も刃先を返している。

 今度は左肩の付け根から刃が振り下ろされる。痛みを自覚するよりも先に、右脚が斬られる。さらに右脇腹が。次に左胴が。右肩が。

 一瞬で六ヶ所に刃が走り、その全ての後に体から鮮やかな赤が開く。そして政次郎は右肩を斬り上げた刀の向きをまた返し、それを男の体の中央へ真っ直ぐに振り抜いた。

 

「――ッグ、アァア゛ァ゛ッ!!」

 

 加速した思考が戻ると共に、胴体の全ての痛みが一度に表れて男はあらんばかりの声を張り上げる。体から噴水の如く血液は飛び出て、受けた七つの傷は体の内側へ深く食い込む様に痛みを与え続ける。

 触腕の制御もしようにも痛覚の情報のみが頭に流れ、切り裂かれた体は呼吸をする毎に体のあちこちが壊れ落ちていきそうな錯覚すら覚える程に受けた刃傷の深さを訴え続けていた。

 男があまりの痛みに意識を遠のかせようとしている時に、政次郎はさらに触腕に刀を刺し、男の体を飛び膝蹴りで倒して刀を地面へ突き立てる。さらに男が体を起こせないように、首に膝を乗せ体重をかけて、自身の重みで動きを封じた。

 

「僕が当ても無く後退していたと思ったか。あれは最初から刀が一足で取れる場所まで到達する為の後退だ。”常に自身が優位である”、そう勘違いする事こそが油断だ」

 

 もはや声も出せないと言った風に男は呻き声を上げ、暴れる触腕を魔力の付与された刀により制しながら政次郎が男へ起伏の無い言葉を投げかけていく。

 体の自由を完全に奪い男を制圧した政次郎を見て、蓮は一息をついてその場に座り込み、その周囲へ三人が心配する様子で歩いて来た。

 

「……しっかし、よく真魚ちゃんが何かしようとしてるの気付いたわね、政次郎くん」

「真魚が途中から静かすぎたからな。それに伊達は視線こそ動かさなかったが、何度か後ろに注意を向けている素振りがあった。何をするかまではわからなかったが、何かを企んでいるのはわかった」

「ん、意識がおじさんに向いて、忘れられるのを待ってた。おじさんの筋肉モリモリマッチョマンなビッグボディだったら、私ぐらい余裕で隠れられるからね」

「なぁその後半の俺への(くだり)いる?」

「蓮さん、ご無事で良かったです!」

 

 座り込む蓮が大きな外傷も術への後遺症も無い事を手振りで全員に教え、ユーリヤが念の為治癒の魔術を蓮にかけていく。十三や真魚もそれを見て安心を顔に見せ、場の緊張をいつもの調子で意図的に緩める。

 男から流れ続ける血の匂いだけが、その場の空気を締めていた。

 




真魚「――”おれの中にはシスター・ユーリヤの魔力が生きている。銃弾を砕く豪腕も、この一握りの童貞を砕くことはできぬ……”」(可能な限り低い声)
十三「勝手なアテレコで俺に変なキャラ付けしながら傷付ける二段構えやめてくんない?」(目元を抑えながら)

真魚ちゃん渾身の隠れる→シャドウエッジ(マジカル)。
心に遊び・輝くスマホ、確かにおちょくって切り札は自分だけ。
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