がんばれ掃除屋ちゃん   作:灰の熊猫

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5.欲の坩堝の中で

「ははっ、今日はきてますなぁ!今日は勝たせてもらいますぞぉ……?」

「なんのなんの、まだ序盤ですからな!勝負は長いもの、野球はツーアウトからですな!」

「くくく……ご無礼、5から9までのストレートです……!」

「ぬうう!?ええい、次で取り返す!ベットだ!」

「ロンッ……!ロンロンッ……!ロォンッ……!駆け巡るわしの脳内物質ッ……!」

「聞こえなかったか?頭ハネです」

「う、うぅ、ぉうぅう~……!?」

 

 客船内、カジノフロア。船内で最も広いこのフロアに、恐らくは乗客の殆どは集まり、それぞれの遊戯に興じていた。

 カジノと言っても、ここで行われている競技はブラックジャックやポーカーなど、この華やかな場に合ったものもあれば、麻雀やチンチロリンなどあからさまに場違いなものも多い。

 また、この場にディーラー役はいない。この場での勝負は客対客の直接勝負のみで、カジノ内にいる船の従業員は蓮たちのような給仕代わりに配置されているバニーガールと、リーダーを含んだいくらかの男性警備員のみだ。

 乗客はカジノ内でチップを購入し、それを賭けて客同士による勝負をする。不当なディーラーのイカサマを根本的な存在から消すことにより、気楽に素人同士での勝負を楽しめる、という触れ込みらしい。

 中にはなんでも(イカサマ)ありのテーブルもあるらしく、そちらの方には暴力沙汰に備えて警備員が近く配置されている。とはいえ、イカサマをした所で船側から退場勧告がされたり、何らかのペナルティが与えられる事はない。そういった問題は全て当事者に任す、という放任的な姿勢らしい。

 

(ただ眺めるだけなら結構気楽なんだけど、ね)

 

 リーダーから言われた仕事は、なるべく笑顔でいること、お客様からの注文があったら持って来る事、お客様から傍にいる事を指示されればしばらくはじっとしている事、といった簡単なものだった。

 ディーラーを任せられたり、客の監視や何らかの特殊な仕事があるのかと身構えていた分、少し肩透かしを食らった。とはいえ、ディーラーの経験があるわけでも、こういった勝負事に慣れているという事もない。思った以上に楽が出来るのは素直に助かる。

 また、定位置についている必要もなく、むしろ積極的にあちこちの台の近くを回ることも推奨された。これは嬉しい誤算で、客同士の会話を自然に盗み聞いて回る事が出来る。あまり露骨に動き回れば怪しまれるだろうが、上司からの公認ならばある程度の動きは問題にもならないだろう。

 ……ただ、この”言われたらじっとする”、”台を回る”のが少々悩みどころだった。

 

「んんん……やはり運気がまだ足りん、なぁ……?失礼するよぉ」

「っ!」

 

 ゲーム中の”十六番”の男が、唐突に蓮の太腿を撫で回す。蓮がこの台に回ってきた所、この男に『しばらく勝負を見ていてくれないか』と頼まれたのだ。

 言われた通りにゲームの調子を眺めていた所、十六番の男はツキも腕もいまいちといった印象で、このゲーム内で最下位に落とされたまま、大きく勝つことも出来ず彷徨(うろつ)いてていた。

 そこにきて、負ける度に蓮の体を許可なく触るようになったのだ。腰回りや太腿、臀部など……ある程度満足するまで、無遠慮にただ感触を掌で確かめる。

 ”じっとする”とはこういう事だった。リーダーにわざわざ仕事として言われた時点である程度は予想していた事ではあったが、実際にされれば不快さは抑えられない。今まだ軽く撫でる程度の力加減ではあるが、どこまでされるかはわからない。

 ”度の過ぎた事であれば”と、リーダーは言っていたが……逆に言えば、明らかな行為になるまでは耐え忍べ、という事も言外に含んでいたのだろう。判断はこちらに委ねられているが――

 

「んんん!やはり来ましたなぁ、運気!キングのスリーカード、ここは一人勝ちですぞぉ!」

 

 十秒足らず撫で回した後、男はゲームに戻る。長く触り続ける必要も無い、感触が欲しい時はいつでも得られる。不快にさせすぎれば、蓮が台から離れてしまう事も有り得る。

 そういった思惑からか、男はソフトタッチの範囲内を適度に繰り返していた。こういった光景は蓮のみならず、他の女性従業員(どうりょう)にも散見される。蓮と同様に初めての事なのか、恥じらい縮こまる者もいれば、慣れているのか澄ました顔で体を自由に触らせている者もいる。

 中には複数の客の間に立ち、あちこちを同時に触られている者もいた。こちらもこの仕事の先輩のような慣れた印象が見えるが、さすがに恥ずかしいのか表情は変えないまでも顔を赤らめている。

 この状況下でも、リーダーは眉一つ動かさず平然とフロア全体を眺め、巡回している。客の中には従業員を触りながらもリーダーに薄っぺらい笑顔を飛ばす者もいた。リーダーはそれに軽い礼で答え、無表情で巡回に戻る。

 

(っ……あのぐらいの事は、”度”を過ぎてないわけ、ね)

 

 勝ちに喜んだ男が『君のおかげだよ』と笑いながら、再び体に触ってくる。感謝を表しているつもりなのだろうか、少し感触は強い。わかっててやってるのだろうが、感謝されても嬉しくもなんともないし、不快感はより強い。

 とはいえ、これもまたすぐに手を離してゲームに戻る。ある程度の不快感は色付け(スパイス)となり、その分反応が楽しめる――といったような、支配感の滲む笑いが見えていた。

 

「いやぁ、いい手が入りますなぁ。勝利の女神というやつですか……ワタクシどもも、その運気にあやかりたいものですなぁ?」

「んんん……確かに、運気を独り占めするというのも巡りが良くない。何より、幸せは皆様と共有すべきものですからなぁ!」

「違いない!はっはっは!」

(……少しは自制しなさいよねっ……)

 

 この調子では、暫くの間はこのテーブル内の客同士で”共有”されて、他の台を回ることは難しいだろう。遠くのユーリヤの方も流し見れば、そちらもまた同様の状態のようでかなりの間同じテーブルに留まり続けている。

 拒否をしようにも、他の従業員と比べれば蓮たちに対するそれは軽度なもので、周囲の扱いと場の空気を考えると文句は言いにくい。不快ではあるが、離れづらい。そういった心境にさせられている。

 ……考えるに、これも”遊び”の一つなのだろう、別のテーブルでは行き過ぎた接触を繰り返しすぎて従業員に逃げられる客もいた。”どこまでいけるか”という欲の我慢比べ(チキンレース)だ。

 考えれば考えるほど、片方の口角が不自然に吊り上がる。とはいえ未だ初日、他の従業員よりも遥かにマシな現状に文句を言うわけにも、ましてや目立った問題を起こすなど以ての外だ。情報収集については今日は捨てるぐらいの気持ちで、この場に慣れる事を優先すべきだろう。

 

「ひぁっ――」

「ほっほっほ!これはいい運気ですなあ!ん~いい!」

「黒い兎は凶兆などとも言われていますが、こんな兎ならば毎日見たいですなぁ!」

「んんん、心配せずともこれからの夜にはいくらでも見れますぞ!」

「「はっはっはっはっは!」」

(ぶち込んで昏倒させるわよエロオヤジども)

 

 ”十八番”が蓮の内腿の深い所を指で一瞬なぞり、意図せぬ声を上げてしまう。他人にあらぬ声を引き出され、怒り半分、それを超える恥ずかしさが顔に現れる。それを横目で見て、客たちはさらに愉快そうに笑う。もはや盤上の勝負より、蓮で遊ぶ事に心がいっている事は明らかだった。

 怒りの感情に合わせ、無意識下で体の中で異能(ちから)が準備され、見えない様に軽く攻撃してやろうかと頭に(よぎ)る。とはいえ、自制できない程の状況でもない。体の内で一度は燻ったものが、分解されて元に戻る。

 

(……厄日だわ……ほんッと、厄日だわ……)

 

 こんな事がこれから毎日続くのかと思うと、さすがに作り笑いに影が下りた。

 

  ◆  ◆  ◆

 

「――という感じで、ろくに回れずエロオヤジの他愛もない雑談と笑い声ばっか聞かされて、こちらは収穫無しよ」

『シスターの方も同様だ。大人気だな』

「イヤミかしら政次郎くん」

『そうだが』

「マジで次会う時を楽しみにしなさいよね」

 

 日が昇り始める頃にカジノは一時お開きとなり、従業員は休憩時間となった。船の中では常に制服を着用する事を命じられているが、各々与えられた個室内ではその限りはない。現在蓮は制服を脱ぎ、下着と上着一枚を着ただけのラフな格好で寝具に転がり、政次郎に現況報告していた。

 よほどこの客船はスペースを持て余しているのか、従業員にも一・二等級ほどの部屋を個室として与えていた。リーダー曰く、『評価(ボーナス)を得るために従業員がお客様を誘う事もありますので』との事らしい。かんがえたくない。

 

『規模の割に従業員の数も少ないのは隠れる側(こちら)にはメリットだが、こうも区画が多いとこちらの調査も全体からすれば進んだと言い辛い。未だこちらも収穫無しだな』

「とはいえ、これだけ時間があれば政次郎くんの近くはあらかた調査済みでしょう?」

『ああ、あからさまに人気の少ない場所は精査済み(クリア)だ。この調子では、人通りの多いフロアにある可能性も無視できまい』

「ユーリヤがなんとか感知できる程には小規模の、もしくは隠蔽された魔術だものねぇ……私だとさっぱりわからないし」

『いつもは頼んでもないのに魔術(まめ)知識を語るくせに、肝心な時に使えん』

「耳がいらないなら聞こえないようにしてあげるわよぉー……」

 

 心労の絶えない中で見せかけだけでも笑顔を続ける仕事が一段落した所で、一言言われるとさすがに苛立ちは隠せない。とはいえ、怒りよりも疲れの方が大きく、いまいち語気が弱くなるが。

 

『……その声色だと、相当だな。仕方あるまい、こちらの探索範囲を広げる。こちらは無理は出来んが、動ける時間は多い。存外、僕のが先に見つけられるかも知れん』

「……それはそれで、今までの苦労が無駄になってヤな気分になりそうだわぁ……」

『目的を見誤るな。大事(おおごと)にしなければ、過程などどうでもいい。お前らが動く分、こちらも事態を把握しやすく動きやすい。仮に僕だけで解決したとしても、報酬は問題なく掛け合おう』

「そぉーだけどそぉーじゃなーあーいー……」

 

 寝具の上を力の抜けた様子で左右に転がりながら、蓮がぼやく。ゆったりとした上着は転がっている内に肌蹴て、裾は(へそ)のあたりまで持ち上がっている。男が見れば情欲を掻き立てそうな様相だが、止まらない溜息と死んだ目つきが色気を全て相殺していた。

 

『……まぁいい。とにかく、集められるだけでいいから情報を集めろ。無理なら従業員の移動状況や大まかな配置などを寄越すだけでも構わん。ボロだけは出すな』

「わぁーかーってるわよぉー……あ゛ぁ゛ー……」

 

 声を泥に浸けた様な音を喉から鳴らしつつ、通信を終了する。正直、思った以上に面倒な状況だ。フリーな政次郎は人の目を気にして消極的な動きを強制され、自然に情報収集できる蓮たちは多くの制限(こえ)がかけられる。

 第一印象がなまじ良かった分、蓮たちには注目が集中している。次は次で別のテーブルに呼ばれて、足を止めさせられるだろう。カジノの業務時間外に動くにも、睡眠・着替え・入浴を除き、食事の時間やラウンジの歓談時間なども、カジノ内と同様に乗客からの注文や忍耐を要求されるらしい。

 入浴時間はローテーションに従い順に多人数で入浴する事を求められ、清掃は女性従業員には回ってこない。睡眠時間は室内以外は完全消灯、暗い通路での頼りは読みにくい船内地図と備え付けの懐中電灯のみ。詰まる所、うまく抜けての単独行動が難しい。

 

「……はぁ……とはいえ、なんとかしないと、いけないわよ、ねぇー……」

 

 正直今はセクハラに耐えながらも慣れない愛想を絞り出して、気力が底の底だ。とにかく寝よう、寝る時だ。明日はきっと好転するさ、きっと、おそらく、たぶん。

 そんなぺらぺらの慰めを心に貼り付けながら、疲れに引かれるようにして蓮は眠りに落ちた。

 




リーダー「胸や尻を触られる?自分もですが」
蓮「えっ」
リーダー「直接手を突っ込まれるぐらいから言って下さい」
ユーリヤ「マジですか」

粗筋だけでも考えようとして外出中にメモしてたら一連の話が23文字で雑に完結しました
うん、これは話と言わない  ただの記号の羅列や
ころーがる坂道をーただーひったっすらーにー(ベッドでゴロゴロ
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