(――人間、慣れるものねぇ)
体を触られながら、局部に近付いてきた手をこちらから手を重ねて外へ流しながら、作り笑いの角度は変えずに蓮は仕事を続ける。
あれから数日。毎日の業務中の客に対する情報収集と、それを悟られぬ様に適度な無駄話を振られる様に会話を誘導しながら、蓮はすっかり慣れた様子で毎日を流していた。
ユーリヤの方を横目で確認すれば、まだいまいち慣れていないような様子で、蓮と同様に”お話”している。こういった腹芸が苦手なのが見てわかるが、とはいえ傍から見れば恥じらいが多く身持ちの堅い子という印象を抱かせる程度で怪しまれる様子は無い。
「いやぁ蓮花ちゃんわかってくれるかい!?僕もね、好きで面倒抱えてるってわけじゃないの!でもね、人の上に立つってのは僕が悪くなくても悪いって事にされる、そんなんばっかなのよ!……あぁ、もう!」
「えぇ、ままならないものですわね。おじさまの苦労は察するに余りあって、私にはその痛みが全部はわからないですけども……こうして、口にするだけでも違いますわよね」
「”二十一番”殿の所も大変ですな……正直な所、うちも内部でのゴタゴタを表に出さないよう毎日毎日面倒なものでしてなぁ……はぁ」
「まぁ、そちらも大変ですのね……でも、おじさまの会社はそのおかげで”立派な会社”として知られていますわ。全部、無駄なんかじゃないんですのよ」
蓮のテーブルの会話は、割と冗談にならない社内問題の暴露合戦となっている。弱気に付け込む形になるが、こういったデリケートな問題について語る時には警戒の閾値は下がり、思わぬ隠し事や言い辛い事も心から口へこぼれ出す。
そこにどういった形でもいいから、正しくその人の求める聞こえのいい言葉を投げかけてやれば、人は案外簡単にこちらを信用する。人は弱味を見せる時、必ず味方が欲しいのだ。それが近しい者に明かせぬ事であるほど、赤の他人である事が望ましい。
こういった手が有効だとわかってしまえば、蓮のやる事はハッキリした。話を盛り上げ、気持ちが下がるプライベートな話題に誘導し、同意を求められれば必ず味方をする。
(こんな
仮面を被らなければ自分を出すことも出来ない、そんな厄介な肩書を背負った人間が、世間の目から逃れられるこの船上で存分にストレスを解放する。
欲に走った目つきや性的な接触も、欲求不満から来るものよりはストレスの解消を目当てにしたものが多いのだろう。そういう立場の人間が欲求不満を抱えるのであれば、それは陸地ですぐに解決出来る。
「あらあらおじさま、本当に疲れていましたのね……こんなにも凝って、かわいそうに」
「おおぅ……これだけで疲れ吹っ飛びそうだよ……あ、もうちょっと上……」
「蓮花ちゃん、次はわしも頼むよ!チップは弾むから!」
「もう、余裕のない人は嫌われますわよ、おじさま?」
いかがわしい事は一切必要ない。首や肩、腕や足を軽く揉んだり、手を両手で包んで話に大袈裟に同意を打つだけでもある程度は代用出来る。
たまに盛り上がりすぎて劣情が勝るお客様がいるが、目の前で体を屈めたり、体を寄せて耳元で囁くなど、寸止めを駆使して乗り切る。嫌な気持ちはあるが、好き勝手に触られるよりは遥かにマシだ。
暴走しそうな客についても概ね情報収集により把握済みな現在、どこまでやっていいかの線引きも慣れと表情で概ねわかってきた。
余裕があれば、この船で取引されるチップがもらえる様にも集めている。無事に事態を収拾したり、今回のクルーズにおいて一切問題が起きなければ、これが臨時収入にもなる。
また、”持つ者”の一部は”持たざる者”に与えることに快感を覚える事もわかっている為、そういった人種に対しては多少サービス多めに奉仕してやり、少しずつ胸元に輝きを集めていた。
(――……いやほんと、人間って慣れるものねぇ……)
尽く自分の思い通りに動かせる現状に、船に乗った直後の苛立ちと憂鬱はもはや無かった。
◆ ◆ ◆
『任務の事を忘れてはいないか、野曽木』
「……そ、そんなこと、ないわよー?」
ここ数日で味を占めて集めたチップを自室内のテーブルに積み上げ、指先で転がしながら蓮は今日の連絡を取っていた。
少々耳こそ痛いが、情報収集自体は極めて順調だ。最初こそ管理され尽くした状況にどう動いていいかわからなかったが、逆手に取れば居なくなった人間がいれば即座にそれを把握出来る。
リーダーに対して”よく人がいなくなると聞いて不安で”と、仕事が一段落する度に従業員の欠けが無いか聞けば、仕事中に軽く眺めるだけでも従業員の概ねの動向は把握出来る。
その情報を元に乗客と”お話”すれば、どの従業員がどの番号に
この状況で誰かが事件に巻き込まれて居なくなる事があれば、そこから逆算して犯人が誰なのかわかる。後手に回るのは癪だが、最もリスク無く察知出来る手段なので仕方ない。
「今日お相手してる従業員は14人、買ったのは8人。三番・五番・十二番・十四番・十六番・二十一番・二十七番・三十一番。内訳はわからないけど、買った乗客については確定済でこれ以上は居ない」
『シスターの情報と照らし合わせても問題無いな。と言ってもシスターからの情報では人数不確定、お前の報告の方が細かい。任務を忘れていないようで何よりだ』
「当然よ。こちとら
『頼もしい金汚さだ』
「帰ったらチップの分の札束でビンタするわよ」
語調は強く、口元は笑いながら今日の報告を終える。あしらい方を覚えてからは、気疲れは最低限に抑えられている。元々常時気を張る様な仕事内容でも無く、話の流れで気に入られれば客の飲み食いする食事をもらえる事もある。
話術で巧みに場を盛り上げる蓮と、庇護欲を駆り立てるユーリヤは今では毎回のように客から食事を分けられていた。”あーん”を要求し、お互いに食べさせ合おうとする客もそれなりに多いが、変な所を触られるよりはずっと気が楽だ。
というより、ここ最近食べられていなかった豪華な料理を毎日食べられるというだけで大体の気疲れを分解して余る。ユーリヤに至ってはもらう度に神に祈っている始末だ。そういった大袈裟な態度がまた男達を喜ばせ、それが目に入らない程にこちらも嬉しい。
いやだって、借金のせいで毎日節約生活を強いられていたんだもん。そんな中、命を賭ける事も無く、軽い労働で毎日豪華料理が食べられるんだもん。そんなん堕ちても仕方ないもん。”蓮花ちゃんハムスターみたいだね”とか言われても無理も無いもん。
「……とはいえ、動きがあまりにも無いわね。このクルーズ中には動かないのか、そもそも今回は乗船していないのか……」
ユーリヤの感知した魔術痕は、蓮で感知できない程微細なものだった。原因が近くにあるか、最近のものであれば知識のある蓮もそれを感知する事は出来る。
だが、どれだけ集中しても蓮には感知出来なかった。ユーリヤもまた違和感レベルの僅かな感知のみで、その時感じた以上のものは現状感じていない。
となると、かなり前に行われた魔術がその時に隠蔽されたきりの可能性もある。これで犯人が今回は船上ではなく内陸で活動しているとしたらさすがにお手上げだ。今回は空振り、次の機会に再度潜入する事になる。
「ま、先のことなんてわかんないわね。……寝ましょ」
それならそれでおいしいもの食べれるしいっかー、程度の軽い気持ちで今日を終えた。
◆ ◆ ◆
「おはよ」
「お早う御座います、皆さん」
「あ、蓮花ちゃんにリーシャちゃんおはよー」
朝のラウンジ内、食事時間になる前に起きてきた女性従業員と挨拶する。乗客についての情報集めは主観が混じらない従業員達の方が率直な印象が聞けるし、何より彼女達は犠牲者候補だ。
昨日買われた従業員が欠員していないか、それでなくとも様子がおかしくなっていないか、観察する事は客との”お話”以上に肝要な事である。仕事が仕事だけに、長話が出来ないのが手痛い所だが。
「二人は昨日も売らなかったの?身持ち固いねぇ……とはいっても、あれだけ人気なら無理もしないでいっかー」
「は、はは、出来れば遠慮願いたいかな、って」
「私も、その、そういうことは……」
「お客さん言ってたよ、”高嶺の花”って。まぁそういう初心な演技もウケてるんだろーけどさー。はぁ、私達の身にもなりなよー」
(……演技じゃないわよ……)
ここの従業員は進んで此処に来るだけあって、殆どが経験が豊富な者ばかりだ。ユーリヤは”もしかしたら”と思われる程態度にムラがないが、蓮に対しては雰囲気も相まって”どう考えても同業者”といったような目を向けられる事が多い。
……実際の所はこの中で最もそういった経験が浅いというか、皆無なのが蓮なのだが。本人がそういった様子を見栄で必死に隠しているので、そういう目で見られる事は仕方なかった。
「……ん?」
ふと話途中にユーリヤの方を見ると、何やら別の従業員を見つめていた。
「どうしたのリーシャ、なんかあった?」
「あ、蓮……花さん、いえその……なんだか、あの人がボーッとしていたもので」
視線を追って見ると、話にも参加せずただ遠くを見つめる同僚。この後に話を聞こうとしていた、昨日買われていた一人だ。……これは。
「リーシャ、何かある?」
「……いえ、わかりません」
もしや何か異常を感知したのかと聞いてみれば、そうでもない。とはいえ、様子が変な事に変わりはない。早速二人で話を聞きに行く。
「あの、すみません」
「はぁい、ご機嫌いかがかしら?何やら元気が無いみたいだけど、大丈夫?」
「――……?」
声をかけてみれば体はこちらを向かないまま、顔だけがこちらを向く。
「――……あ、え、ええと、蓮花ちゃん、たち?」
蓮達はその目を見た。まばたきをする程の僅かな時間であったが、確かにそれは在った。
……声をかけた従業員の瞳孔が、歪んでいた。一瞬ですぐに真円に戻ったが……二人にとっては”気の所為”で済ませる事が出来ない、明確な異常。
「――どうかしたかしら、そんな”眼”で。いくら新入りだからって、顔も忘れちゃった?」
「い、いやいやそんな事ないよ!っていうか此処の従業員で今や蓮花ちゃん達を知らない子なんていないって、すっごい目立ってるし!」
わたわたとしながら、目の前の従業員は両手を横に振る。今さっきの眼の異常はもはや見られないし、敵意も感じず”いつも通り”といった感じだ。
ユーリヤに視線を飛ばしたが、ユーリヤは右手で左の頬を触れた。ハンドサインで”感知出来ない”という意味だ。蓮から見ても、この子に何か人並み以上の魔力を感じたりという事はない。
「あの、大丈夫です?なんだか遠くを見てらしたので……ちょっと心配になりまして」
「あ、ああうん、大丈夫だよ?昨日は夜遅くまでお相手させられてたから、寝不足なのかな?……なんだか、目が疲れてて」
何か隠しているという風にも見られず、むしろ蓮たちが感じた眼の異常について自分から話してくる。この子が”犯人”という事は無いだろう。
この後も注意深く体調を聞いたり様子を観察したりしたが、最初に眼を見た時以上の異常は発見できず、本人も”目以外はむしろ調子が良い方”とアピールしていた。
「……どう見る?」
「この時点ではわかりませんでした。ただ、”気のせい”とは言えないでしょうね」
「被害者か、それとも候補か。……これからはあの子に特に気をつけましょう」
「はい。何かされていたとしても、まだ大丈夫です」
二人の中で、一つのスイッチが入る。たった一つの違和感が、紛れもなく確信させる。あの子は”踏み込んだ”。どんな些細なことであっても、これまで多くの超常異常と関わってきた彼女達には無視出来ない。
”人ならざる力”の関わる、自身の頭を疑う様な非常識。正気の外にある、狂気の世界。あの子の眼は、僅かだがそれを感じさせた。
(……ようやく見せた尻尾、ってわけね。上等よ、どこだろうと関係ない。私の居る場所でふざけた真似をするなら、全部ご破算にしてあげるわ)
僅かに平穏に緩んでいた思考が、再び引き絞られる。鋭さを取り戻した琥珀の眼差しが、ここにいない誰かを睨んだ。
やだー小生やだー!5000文字以上書くのやだー!
4000字前後ぐらいでさくっと読みやすいおやつレベルの文章じゃないと書くのやーだぁー!
ここからは街を包むMidnight Fogに孤独なSihouette動き出してまぎれもないヤツがふんふんふんふーんって感じでサクサク事件進める予定です