犯罪者になったらコナンに遭遇してしまったのだが   作:だら子

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其の十: 「ベルモット(上篇)」

「連続して起こる『首』に関する事件、ねぇ?」

 

ブロンドの髪を搔き上げる。紫色の口紅をひいた唇を静かに開いた。そこへベルモットが入ったグラスを近づける。グイッと酒を呷るとアルコールの味が口に充満した。

グラスをそっと机へと下ろす。私の名を冠する、『ベルモット』をグラス越しに見つめた。

 

――――「最近、俺達のパトロンが死んでいっている。だが、どこかいつもの死とは違う。誰かが糸を引いている――そんな気がしてならねぇ。もう一度探せ」

 

ジンにそう言われたのがつい最近。あの男がいつも以上に目を鋭くさせていたのが印象的だった。

 

ジンの言う『誰かが糸を引いているような』事件はたった8件だけ。

 

1件はパトロンの1人による首吊り自殺。これは組織の恐怖から逃れる為だと片付けられていた。様々な原因があったが、一番の原因は彼が死ぬ前の数日の様子がおかしかったからである。明らかに自殺をほのめかすような行動ばかりをしていたのだ。

 

次に上げている事件も首吊り自殺。その次も首吊り。更に次も首吊り自殺。4体目以降からは首吊りではない。だが、『首』に関係のある死だった。例えば首にロープの跡があったり、首だけが切れていたり、である。

 

この数件に及ぶ事件は二週間という短い間に起こった。これだけならば『怪しい』と思っても仕方がないだろう。私とて、初めて聞いたときは疑った。

しかし、8件のうち3件が他殺と断定され、犯人全員が警察に捕まったのだ。また、残りの5件は自殺と判明している。組織の手でも再調査したが、それは本当だという結果も出ていた。

 

確かに、この短期間で似たような事件が続くのは珍しい。

だが、珍しいというだけで、今までにないわけではない。

 

(そこまで気にするほどではないはずなのだけれど)

 

私はジンから貰った資料に眉を顰めた。

 

眉を顰めている理由は簡単だ。我々が所属するこの組織は生半可な犯罪組織ではないからだ。莫大な資産と多数の有能な人材を抱える、大型国際犯罪シンジケート。数多の人脈が政界までに広がり、ありとあらゆる国の重鎮と手を結んでいる。

いや、『結ばせた』が正しいだろうが。そんな組織の目を掻い潜り、事を成す。それが出来る人間など、殆どいない。いや、いないに等しい。

 

本当にもしも――――もしも、ジンの言う通り、真犯人がいたとしよう。そいつは八人ものパトロンを今の今まで警察にも、組織の人間にも、気がつかれずに殺したことになるのだ。更には別の犯人を多数仕立て上げて。

現に、捕まっている犯人達は口を揃えてこう言っている。「私がやった」と。組織の者達が裏から根回しをして、拷問までしたのだ。彼らが嘘をついているとは考えにくかった。

いや、『ありえない』のだ。まさか真犯人がこの事件の裏にいるなど。本当に本当に本当に、そんな人物がいたとするならば――――そいつは人間ではない。

 

 

『怪物』だ。

 

 

(ジンの勘は侮れないけど…。今回に関しては少し疑うわね)

 

ふうとため息を吐いた。やる気なく、資料を見つめる。まあ、万が一があってはいけない。調べるだけ調べなくては。結果、私はジンの言う真犯人について調べることになったのだ。

 

――――しかし、やはりと言うべきか、『真犯人』など見つかりはしなかった。

 

当たり前だ。既に警察や他の組織の者達が『この事件は解決済み』と太鼓判を押している事件である。そこへ私がもう一度調べたところで、結果がそこまで変わるはずがない。

 

(それでも稀に結果が変わることがあるけど)

 

ジンの勘はよく当たるのに今回は外れたわけね。まあ、勘は勘。勘に絶対などない。彼の勘は当たるとはいえ、度々外れることもあった。今回もそれなのだろう。

私はテーブルの上に資料を投げ打つ。ジンへメールで結果を報告した。

 

(さて、これで終わり――――あら?)

 

そんな時に目に付いたのが一つの映像。

———クールガイがウィンブルドン選手権の映像に映っていたのだ。

 

動画内ではこう伝えられている。『苦戦するミネルバ選手をクールガイが鼓舞した』と。だが、実態は事件に巻き込まれたミネルバ選手と彼女の母親を助ける為だろう。クールガイがあそこまで行動したのだ。それくらいしか考えられなかった。

 

(あの子らしいわ)

 

自然に笑みが浮かんだ。流石は私のシルバーブレット。何でもっと早くにこの動画を見つけることができなかったのかしら。最近はジンからの依頼などで忙しかったから、仕方がないわね。

 

そう思った瞬間、もう一つ、気になる記事が目に入った。今回の犯人であるハーデスという男だ。ハーデスは警察に捕まり、パトカーに乗った刹那、自分もろとも爆破したらしい。そこまでなら別段気にならないだろう。その後の言葉が少し引っかかった。

 

――――「何故だ。モリアーティ教授よ。何故、私を見捨てた。ああ、私は貴方の駒に過ぎなかったのか。やはり貴方はモリアーティ教授に似ている。私の目に狂いはなかった」

 

(『モリアーティ教授』か)

 

それを聞いて思い出すのは、紫の銃剣(ヴァイオレット・ベイオネット)だ。紫の銃剣とは、私の生徒である『幾世あやめ』の呼び名である。

その彼女が『森谷帝二』という40代〜50代くらいの男を『教授』と呼んでいたはずだ。私もヴァイオレット・ベイオネットに倣い、彼を『教授』と呼んでいる。そのため、この記事の『モリアーティ教授』を見て、ヴァイオレット・ベイオネットのことを真っ先に思い出した。

 

(あの子とも随分付き合いが長いわね。最初は何を教えてもダメダメだったから、どうなるかと思ったけど)

 

凡庸でありながら、裏社会で生き残っている生徒。それが『幾世あやめ』だった。

 

(私のヴァイオレット・ベイオネットと会ったのはいつだったかしら? …ああ、そうだわ、彼女が10才の時だったわね)

 

今でも目を閉じると思い出す。ボロボロのゴミのように転がっていた彼女のことを。

 

ヴァイオレット・ベイオネットと初めて会った日――――私は裏路地でとある取引をしていた。相手から金を受け取り、帰ろうと歩いていた時のことである。ゴミ置場から物音がしたのだ。いつもなら気にならないはずの音。しかし、その時の私は何故かゴミ置場へ足を向けた。

 

そこにヴァイオレット・ベイオネットはいた。ゴミ袋の上に倒れこむように寝ていたのだ。10才の少女が、だ。

 

ここが貧富の差が激しい国であるなら、それは普通の光景だろう。しかし、彼女と私がその時にいた国は日本。子供がボロ切れのようになって寝ているのは珍しかった。もちろん、日本でもこのような光景は稀にあるのだが。

それだけなら私は彼女に目をかけることなんてなかっただろう。だが、彼女は少し違った。

 

死んでいなかったのだ。

『目』が死んでいなかった。

 

絶望的な状況であろうとも、燃え上がるような目をしていたのだ。ギラギラと生きる執念を示し、何かを掴みとろうとしている。そんな『目』をしていたのだ。

 

こんな目をしている人間は久方ぶりに会った。私が身を置く裏社会ではこのような目をしている者と偶に出会う。そして、この目をしている人間は必ずと言っていいほど、何かしらの成功を収めているのだ。気がつけば私の口が勝手に開いていた。

 

「貴方、どうしてここにいるのかしら」

「…誰、貴方」

「質問は質問で返してはいけないわよ。まあ、いいわ。聞き方を変えましょう。何を望んでいるの?」

「――――望み?」

 

消えてしまいそうなほど掠れた小さな声だった。カサカサになっている唇が嫌に目立つ。しかし、私が少女の『望み』を聞いた刹那、彼女の声色が変わった。ただでさえ煌めいていた瞳の炎が更に燃え上がる。紫色がかった黒の瞳の奥に、確かに揺らめく炎。

その時、私は彼女の紫の炎に魅せられたのだろう。彼女はその幼い姿とは似合わぬ、言葉を紡ぐ。

 

「殺したい人間がいる。絶望という絶望を味わわせて、地獄の淵に落としたい人間が」

 

「どうして彼らがあんな目に遭わなければいけなかったんだ」

 

「どうして?」

 

「目には目を歯には歯を。死には死を!」

 

「私はガキで、子供で、脆弱で、脆くて、力がない」

 

「力が、欲しい」

 

「欲しい」

 

「――――欲しい!」

 

話す内容は支離滅裂。酷いとしか言いようがない。だが、これだけは分かった。これは嘆きだ。力を渇望する嘆き。いや、嘆きというよりもこれは決意だったのかもしれない。明確な殺意を示す叫び。

 

私はこれを聞いた時、自然と口角が上がるのを感じた。珍しく胸の内からじわじわと湧き上がる、とある感情。どのように表現すればいいのか分からない、複雑な感情が胸の内を占めていた。

 

(彼女なら組織の心臓を撃ち抜く、『シルバーブレット』に、いや、『拳銃』になれるかもしれない)

 

この少女がシルバーブレットになるにはあまりにも荒々しすぎて、似合わない。組織の心臓を撃ち抜く前に自爆してしまうだろう。

だが、『拳銃』なら? シルバーブレットを撃ち出す『道具』である、『拳銃』ならどうだろうか。弾丸は拳銃なくては決して撃てない。

 

シルバーブレットを加速させる、『拳銃』。

ここまでの激情を携える彼女なら、あるいは――――。

 

そこまで考えた後、私は彼女を見た。少女と私の視線が交わる。

 

「ねぇ、貴方。私についてこないかしら。貴方に金を、知識を、人材を、授けてあげる。その代わり、貴方は私の仕事の手伝い――――いや、私の『拳銃』になるのよ」

「は?」

「あら、貴方にとって悪くない条件だと思うけれど」

 

少女はキョトンした顔を晒す。初めて見た年齢相応の顔にクスッと笑ってしまう。

そんな私を見た彼女は視線を彷徨わせていた。恐らく、迷っているのだろう。今の私の格好は明らかに裏社会の人間だから。

 

でも、彼女は必ず私の手を取る。

 

例え、騙されようとも、使い捨てられようとも、少女は『それでも構わない』と思うだろう。本懐を遂げるために。その覚悟が既に少女の瞳には宿っていた。

少女は私へ手を伸ばす。そして、こう言った。

 

「拳銃は嫌だな」

「あら、じゃあ何がいいの?」

「銃剣」

「銃剣、ねえ。どうして?」

「なんとなく。そっちの方がかっこいいから」

「フフ。じゃあ、貴方のことは紫の銃剣(ヴァイオレット・ベイオネット)とでも呼びましょうか」

 

そうして、契約は結ばれたのだ。

 

当時のことを思い出して、私の顔には自然と笑みが浮かぶ。

ちなみに、あの後、少女には様々な知識や技術などを授けた。しかし、残念ながら彼女は凡庸。一生懸命鍛えても、平凡の域を出なかったのだ。一応は平均よりは少し上ではあったが。

 

(平凡で、凡庸で、凡人だとしても、彼女は成し遂げてみせた)

 

幾世あやめは旅館という閉鎖空間で完全犯罪をやってみせたのだ。しかも、自分の身の潔白を証明するだけではなく、他の犯人まで仕立て上げたらしい。

会社の同僚を躊躇なく切り捨てた彼女には『よくやった』と言いたくなった。本人はこれを話している途中、眉を顰めていたが。恐らく、後悔しているのだろう。しかし、あれで彼女の復讐は完遂したはずだ。

 

「両親を殺害した男を遂に倒せたのね」

 

彼女には直接そうは言わなかった。だが、帰宅後、ワインを飲みながら、その言葉を発したものだ。

 

実は、少女を拾った後、彼女について軽く調べた。少女はとあるお屋敷の使用人の子供だったらしい。しかし、ある時、そのお屋敷はパーティー中に火事となった。参加客はなんとか逃亡できたのだが…。彼らを逃がすために奮闘した屋敷の主人や使用人の大半が焼死したとか。

 

それだけなら不運な悲しいお話で終わるだろう。

 

(だけど、これで終了してしまうならば、『幾世あやめ』という少女はあれ程までに人を恨まない)

 

あのパーティーの実態は『とある研究結果のお披露目会』である。だが、ただの研究ではない。人体実験といった暗いことに手を出しまくっている研究である。パーティーの参加者や屋敷の主人全員、『そういったものばかりしている関係者』だったのだ。

 

私が断定的ではない言い方ばかりしていた理由はこれである。彼女についての資料があまりに少なかったからなのだ。屋敷の主人の意向により、情報が制限されていた。少女や彼女の家族の写真一つすら残っていなかったくらいである。恐らくは屋敷の主人の研究のせいなのだろう。

 

そんな薄暗いパーティーの研究結果はそれはもう素晴らしいものであったとか。皆が屋敷の主人を賞賛する中、とある議員の男はそれを妬んだ。

 

結果、屋敷を燃やすに至ったらしい。

――――その議員の男こそが少女の復讐相手であり、彼女が紫の銃剣(ヴァイオレット・ベイオネット)となって殺した奴なのだ。

 

彼女の復讐はこれにて終了した。しかし、彼女は何故かこの裏社会に居続けているのだ。 脱獄した『森谷帝二』という男の『補佐』として。森谷帝二がリーダーとなり、『復讐の手助け』をするビジネスをしているらしい。

全く、変なビジネスをするものだ。恐らく、森谷帝二がまだまだ壊し足りないだけだろう。彼は自分が昔に手掛けた建物が『シンメトリーではない』というだけで爆破しまくった男だ。それ以前にもシンメトリーに拘るあまり、名前まで改名したサイコパス。

 

初めは、そんな野郎にあの幾世あやめが付いていくとは考えにくかった。確かに彼女は能力としては平均ではある。しかし、決して愚者ではない。小さな子ネズミで、取るに足りない存在ではあるが、必死に爪を研ぎ、ライオンの喉首を搔き切るに至った。そんな彼女が彼の補佐になる?

 

(少し驚いたけれど…。森谷帝二がしているのは『復讐の手助け』をするビジネス。彼女が彼に付いていっても無理はないか)

 

まあ、それなら納得がいく。あれ程までに復讐に囚われた人間も中々いないだろう。そんな彼女がする裏社会でのビジネスとしては妥当かもしれない。

 

(本当の理由を聞くつもりはないけど。それに、彼女との契約で、お互いに干渉しないことも条件の一つだもの)

 

自分と同じような人間の助けになりたいのか。それとも、私に恩を返すために私のヴァイオレット・ベイオネットとしてあり続けているのか。はたまた裏社会から逃げることに怯え、居続けざるを得ないのかは分からない。それは彼女にしか分からないのだろう。ただ分かるのは彼女の雰囲気がやわらかくなったことだけ。あのギラギラした燃え上がるような瞳がなくなってしまった。

 

(あれではただの一般人でしかないわ…。組織の心臓を撃ち抜く銀色の弾丸を撃つ、『拳銃』にはなれない)

 

彼女は今のままでも色々と使える。だが、能力は平均的だ。寧ろ、彼女が連れてきた森谷帝二の方が腕は遥かに上である。あの復讐に燃えている『幾世あやめ』でないならば、『拳銃』、いや、『銃剣』にはなり得ないだろう。あの、彼女本来のほんわかした優しげな雰囲気へ戻ってしまっては。

 

「潮時ね。新たな拳銃でも見つけようかしら」

 

そう考えて、ホテルの一室で再びベルモットを呷った。――――しかし、私はこの考えを改める必要がでてくるのだ。ミステリートレインでの事件後に。

 


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