犯罪者になったらコナンに遭遇してしまったのだが   作:だら子

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其の十三:「切り裂きジャックとホームズ」

「幾世あやめさん、あの月下の魔術師と手を結ぶことができましたよ。まあ、かなり使い勝手は悪そうですが」

「そうか…………………え?」

 

なんか幻聴が聞こえたんですけど。

 

えっ? 本当に幻聴が聞こえたぞ…。あのキッドが私の仲間になったという幻聴が…。ヤバイ、今世の身体はまだ二十代後半なのにもう老化現象が起きているのかな? うん、うん、これは老化だ。耳が悪くなってきたんだ、きっと。そのせいで幻聴が聞こえてしまったんだね!

 

内心でハハハハハとアメリカンに笑ってみせる。自分を落ち着かせるために唇へティーカップを近づけた。その瞬間、森谷帝二さんが私へ何かを差し出してくる。

 

「あの怪盗が友好の証として、こちらのトランプを渡してきました」

 

目に入ったのはキッドマーク入りのジョーカー。

 

――――幻聴じゃなかった! 本当にキッドが仲間になってらァ!!

 

右手に握りしめるティーカップがガタガタ震える。顔がヒクヒクと動いた。それをなんとか根性で押さえつけながら、私は心の中で頭を抱える。

 

(ちょ…待って、本当に待って?!)

 

なんでキッドお前、私の仲間になってんだ……?! おかしいだろ……?! お前は人殺しの仲間にはならないタイプじゃねーか。お前の心の中でどんな化学変化が起きたんだよ…クーリングオフはできないんですか…? 仮にもキッドは別作品の主人公だから、こんなことは言いたくないけど…返品したい!! 切実に返品したい…! オメーの協力なんて一番いらないんだけど!! 恐ろしすぎる!! 一体何を考えてんだあの天才…?! やべ、恐怖で鳥肌が…!

 

(もっ、餅つけ私! いや、落ち着け私!)

 

理由、そう、理由! どうしてこうなったか森谷帝二さんに聞くんだ! 私はキッド関連について森谷帝二さんに丸投げしているからな。彼なら全貌を把握しているだろう。理由を聞けば少しは私も落ち着けるはずだ。現実は変わらないけど。

 

「教授、」

「まさかキッドを味方につけるとは。しかし、少々不可解です。彼が仲間になるのは我々にとって不利になるでしょう。何故、キッドをお選びに?」

 

知らねーよ!

勝手に仲間になってたんだよ!!

 

心からの叫びだった。思わず私は右手で顔を覆ってしまう。大きな溜息を吐きたい気分だった。この一連の『キッド仲間入り事件』が不可解すぎて胃痛がしてくる。ああ、胃薬、足りるかなあ……色々と森谷帝二さんにツッコミたいよう…。『キッドを仲間にすると決めたのはお前の判断じゃないの?』とか、『どうして私の判断ということになってんの? そもそもどうやってキッドを仲間にしやがった?』とか沢山言いたいことがあるけど…。

 

だが、仲間になっちゃったもんは仕方がねぇ!

 

(つーか、今更、キッドに対して『やっぱやめてください』とか言う方が怖い)

 

キッドが何してくるか分かんねぇからな。もしかしたら何か意図があって組織に入ったのかもしれないし。キッドを無理に辞めさせたら何か彼からの報復が来そうで怖い。え? キッドは報復なんてしてこない? バッカおまっ、私だぞ?! ただの人殺しの私だぞ?! そんな奴にキッドが慈悲を与えるわけねーよ! ぜってー警察に突き出されるのが関の山! いや、警察ならまだマシかもしれない。東都湾に沈められる可能性がある! あいつ案外えげつねーことしてくるからな?!

 

そこまで考えて私は眉間の皺を解す。はぁ…と溜息を吐いた。

 

(キッドの真意がまるで分からないし、森谷帝二さんも意味不明だし、理解不能だらけ…!)

 

だが、分からないことは分からない。だって、キッドや森谷帝二さんが馬鹿正直に答えを言ってくれるとは思わないし。一応、森谷帝二さんは部下だけど、聞けないものは聞けねえ。森谷帝二さん怖いから。私の部下だけど超怖いからな。下手にヘソ曲げられて私の情報を暴露されたら困る。だから諦めよう。この思考を放棄しよう。考えるだけ無意味だ。うん。できるだけ案じるのは止めよう。とりあえず今のところなんとかなっているし。私には他にもやらなきゃいけないことが沢山あるんだから、こんな無駄な思考はしちゃいけない。復讐を遂げるためには不要だ。うん、考えないように、考えないように………………………………いや、考えちゃうナー…。あのキッド様は一体何をする気なんだ…マジで怖いよぅ…ふえええ…。

 

内心で私は号泣した。しかし、心の中で涙していても森谷帝二さんと対峙している現実は変わらない。直ちに彼の問いに対して何か答えねばならないのである。タダでさえ私は森谷帝二さんにいつ裏切られるか分からないからな。彼は自分に有意義な人間ではないと思った瞬間、その人物との縁を躊躇なくぶった切る男である。そのため、私は彼に対して常に自分の価値を提示し続けなければならないのだ。でなければ死、あるのみ。……今更だけど部下選びミスったかな……。

 

(幾世あやめ、逆に考えろ。逆に考えるんだ。これはチャンスだと!)

 

理由は知らないけれど、何故か森谷帝二は『私がキッドを仲間にした』と思っているんだ。これを使わない手はない。キッドを仲間にしたことを私の功績にするんだ。末永く彼に私の下で働いてもらうために私を大きく見せる糧とするのである。

 

私は一旦、手に持つティーカップを机の上に置いた。そして、腕と足を組む。小さく笑みを浮かべながら、口を開いた。

 

「何故、キッドを選んだのかって?」

「ええ」

「――――それは貴方が知る必要のない情報だ」

 

知る必要のない情報って何だよ私。森谷帝二さんにキッドの件を丸投げしておきながら流石に失礼すぎやしないか。やべえ、自分は何を言っているんだ。森谷帝二の癇に障ったらどうする。『は? 手伝ってやってんのにそれ?』などと彼に言われ、殺されたらどうするんだ…。森谷帝二さんは私より能力が遥かに上である。私なんて簡単に殺せてしまうだろう。ああ、発言の訂正をしたい。だが、出来ない。出たものは二度と戻らないからなあ…。私は慌てて言葉を紡いだ。

 

「ああ、誤解のないように伝えておくが、貴方が劣っているからだとか、貴方を陥れるために言わないわけじゃあない。必要ない、ただそれだけだ」

「……、……なるほどね、『知る必要のない情報』ね」

 

森谷帝二さんは目を細める。数秒の沈黙した後、納得したかのように頷いた。「貴方が決めたことなら何だって構いませんよ」、そう言って。

 

(え、怖…それで納得しちゃうの…?)

 

森谷帝二さんが最近、意味不明すぎて怖い…。何で納得してんのお前…。意味不明な説明をしておいてなんだけど、びっくりする…。『ベルモット脅迫事件』から彼を理解できない部分が多くなってきてるんですが…? ほんと何を考えてんの…。でも、怖くて聞けない。あれ? 一応、私は森谷帝二さんの上司なんだけどな? 何故、こんなにも彼を把握してないの…? 大丈夫かな? 私、森谷帝二さんに殺されない??

 

複雑な気持ちになりながらも、とりあえず私はホッと息を吐く。何故だか分からないが、森谷帝二さんは納得しているからいいや。これできっと、彼は私に付いてきてくれるだろうから。そう考えながら、私はゆるりと笑った。

 

「用件はそれだけか?」

「いえ、まだ後一件ありまして」

「ほう?」

「切り裂きジャックが動き出したそうですよ。面白いことになりそうです。ホームズと切り裂きジャックのショーを楽しみましょう」

 

え? ごめん何て??

 

またもや幻聴が聞こえてきたことに私は頭を抱えた。第二のツッコミどころ満載ワードの数々に再び顔が引きつる。そろそろ森谷帝二さんは私と会話のキャッチボールをすべきである。言葉のドッジボールはお呼びでない。

 

胃がキリキリとするのを感じながら、必死に考え始めるのであった。

 

 

 

 

「ジャック・ザ・リッパー?」

「何や工藤、知らんのかいな?! 最近、関西中心に著名人ばかり襲っとるあの『切り裂きジャック』やで?! 東京のもんはまだ殺されとらへんとはいえ、まさかお前が知らんなんてなあ…」

「……まあな」

 

現在、俺は西の高校生探偵、服部平次と米花町を歩いていた。毛利探偵事務所へ帰宅途中、偶然にも服部と道で遭遇した為、こうして言葉を交わしている。

 

俺、工藤新一こと江戸川コナンは少し間をおいた後に短く返答する。その反応が意外だったのだろう。色黒の青年――服部平次は怪訝そうに片眉を上げた。服部の疑問はよく分かる。俺は幼馴染の蘭にまで『推理オタク』と呼ばれているのだ。そんな奴が日本のニュースを把握していないなど、あり得ないに等しい。

 

(だけどなあ、今、それどころじゃねーんだよ)

 

一連の『首』に関する事件の数々。現在の俺はそればかり調べていた。傍から見れば各事件の間には何の繋がりがないように見える。だが、俺は、俺だけは知っていた。あの事件全てが一つの大きな事件なのだと。非常に綿密で芸術的なまでに美しく、末恐ろしい事件。俺以外は水面下で起こっている事態に気がついていないだろう。俺ですらなにも証拠を掴めていないのだ。早く解決しなければとんでもないことになるに違いない。

 

(チッ、ラチがあかねぇ。だが、今の服部に協力してもらうのも…はあ、何でこういう時に限って問題がどんどん出てくるんだか…)

 

内心で頭を押さえながら、服部の方へ顔を向ける。すると服部がグリグリと頭を撫でてきた。奴は少々不満そうな表情を浮かべている。

 

「ちゃんと聞いてんのか?? 切り裂きジャックを工藤が知らんっつーことは、や。まーた、別の大きな事件を抱えとるんちゃうか〜?」

「ちょ、頭ぐしゃぐしゃにするのやめろよ!」

「はっはっ小さいから撫でやすいわ」

「つーか、服部お前、何で東京に来てんだよ」

「和葉が東京のライブ行きたいから付いてきてくれって言われたんや。でも、俺は興味なくてなあ…。そんでお前のとこに来てんや」

「来るなら連絡してこいよ」

「おーすまんすまん。携帯は壊れとってな。今から別の番号渡すわ」

「そうかよ」

 

俺がそう言った瞬間だった。きゃああああああと甲高い悲鳴が響き渡ったのは。

 

俺と服部は顔を見合わせる。その後、直ぐに走り出した。悲鳴が上がった路地裏へ走ると、一瞬だけ逃げ行く誰かのジャケット裾が視界に入る。どうやらジャケットの持ち主は裏路地を左へと曲がったらしい。それと同時に地面へ倒れている女性も眼に映る。女性は喉を搔き切られており、新鮮な血が止めどなく流れ続けていた。

 

(どうする…どうする?! 犯人を追わなきゃいけねーが、女性を放置するわけにもいかねぇ。だが、かといって……)

 

そこまで考えて、俺は思考を止める。いや、そんなことを言っている場合じゃねぇだろ俺! 人命第一だ。

俺は服部に「犯人を追ってくれ」と叫ぶ。それを聞いた服部が「よっしゃ、まかせとけ!」と犯人が消えていった方面へ駆け出した。その姿を見送った後、俺は救急車と警察を電話で呼ぶ。そして、女性へ応急手当てを始めた。その刹那、俺はハッと気がつく。

 

(また首に関する事件じゃねーか!)

 

まさかこの事件も関係があるのか…? だが、こんな通り魔のような例は初めて見た。いつもなら綿密なトリックが仕込まれている『事件』だというのに。もしや今回は趣向を変えてきた? いや、本当に別件という可能性もある。安易に一連の首事件に繋げるのは得策ではない。

 

(けど、関係あるんじゃねーかとどうしても思っちまうな…)

 

頭から離れないあの事件に苦い気持ちになった。なんとかその考えを振り払い、俺は女性の手当てを終える。その時、救急車よりも早くパトカーが到着した。ものの数分で到着した警察に驚く。流石にこんなに早く来るとは思わなかった俺は慌ててそちらを見る。すると目暮警部が慌てたようにパトカーから降りてきた。彼は俺と死にかけの女性を見た瞬間、目を見開く。

 

「コナン君?! どうしてここに…?」

「え? 目暮警部は僕の通報を聞いてこっちにきたんじゃないの?!」

「いや、ジャック・ザ・リッパーと名乗る者から『女を殺した。添付している地図に死体がある。次は工藤新一だ』という手紙が届いてな。指定した場所に来たら君とそこの女性がいたんだ」

 

ジャック・ザ・リッパー?!

 

どうして奴の名前が今でてくる?! 関西中心に活動していたんじゃなかったのか? しかも、俺を狙っているだと? どういうことだ。

出口のない迷路を歩くかのように俺はぐるぐると脳内で彷徨い続ける。終わりのない思考を続けている間に救急車が到着。女性が運ばれて行った。それと同時に服部が俺の下へ戻ってくる。服部は「あかん。見失ってしもうたわ」と悔しそうな顔をしていた。その姿を見て、俺は眉をひそめる。

 

(これは難事件になるかもしれねぇ…。とりあえず、『首』に関する事件については一旦おいておこう。余計な思考は推理が鈍っちまう。今だけは『ジャック・ザ・リッパー』とやらに集中しようじゃねーか)

 

――――その決意はあっさりと砕け散る。

何故ならば俺はこの事件を簡単に解決してしまったからだ。

 

犯人は路地裏で殺害された女性の恋人だった。つまり、この事件はただ単に痴情のもつれの延長だったのである。『また』犯人があっさりと捕まった。まるでいつもの『一連の首事件』と一緒だ。だが、一緒のようで全く同じではなかった。

 

(…この事件は杜撰すぎる)

 

いつもの『一連の首事件』と比べて些か事件のトリックが簡単すぎたのだ。しかも、『黒幕がいるのではないか』と匂わせるものが登場する始末。極めつけは犯人からのあの発言――目暮警部が犯人に対して「君がジャック・ザ・リッパーか? あの『女を殺した。添付している地図に死体がある。次は工藤新一だ』という手紙を送ってきた人間なのか」と聞くと、犯人は「なんだそれ、僕は知らないぞ!」と言ったのである。その発言により『この事件には裏がある』と誰もが思っただろう。誰もが再調査を検討しただろう。これにより目暮警部は目を鋭くさせ、一層調査に力を入れる結果となったのだから。

 

(いつもの『一連の首事件』の犯人ならば「真犯人がいる」などと外部に漏らすはずがない)

 

そう、それこそが俺が切り裂きジャック事件の犯人と一連の首事件を同一視しない理由だった。もしもこの切り裂きジャックが本当にいつもの首事件の犯人なら、『黒幕がいる』ということすら周りに気がつかせないはずだ。いや、気がつかせないのではない、『犯人は1人である』という事実しか作らないのである。そんな奴が黒幕を匂わせる真似なんてしないだろう。

 

そう考えながら、俺と服部は深夜の駅のホームで電車を待つ。誰もいない静かなホームで俺はため息を吐いた。ジャック・ザ・リッパー事件を解決している間にこんな時間になってしまったのだ。早く帰らないとおっちゃんに怒られちまう―――と服部に愚痴ろうとしたその時だった。

 

背中にナイフが添えられたのは。

 

俺は動揺せずにゆっくりと手をあげる。そのままの体勢で静かに頭を後ろに向け、口を開いた。

 

「なんの真似だ服部、いや、

 

――――()()()()()()()()()()()

 

ジャック・ザ・リッパーと呼ばれた『服部平次』は口角を上げる。次の瞬間、彼は本当の服部平次ならば絶対にしないような歪な表情を浮かべた。『服部平次』、いや、ジャック・ザ・リッパーはナイフの先を俺につけたまま話し始める。

 

「なんだ、分かっていたのか」

「バーロー、オメェは杜撰すぎたんだよ。しかも、何だあれは。別の人間が犯した殺人をまるで『自分が殺した』みてぇに言いやがって。大方、オメェがあの男性をそそのかして、女性を殺害するように仕向けたんだろ?」

「その通り。あの馬鹿男が女を殺害する日に合わせて警察へ予告状を送ってやったんだ」

「何でそんなことを…」

「だって似ているだろう?」

「は、何を言って…」

「君が追っている『一連の首事件』に。なあ、ホームズ?」

 

その言葉を聞いた瞬間、俺は大きく目を見開く。俺の後ろでナイフを握るジャック・ザ・リッパーを食い入るように見つめた。

 

(確かに似ていると思った)

 

先程述べたように、この事件と一連の首事件は似ていた。別に真犯人がいることも、被害者の死因が首に関することも。だが、俺は似ているようで全く別物の事件と判断していた。何故なら、この事件が杜撰すぎたからだ。

 

(しかし、この事件が一連の首事件を模倣したものであったのなら話が違ってくる)

 

どうしてジャック・ザ・リッパーは一連の首事件について把握している? 俺と同じように事件の黒幕に自分自身で気がついたのか、それとも、黒幕と何か関係があるのか。可能性としては後者の方が高いだろう。恐らくジャック・ザ・リッパーと黒幕が協力関係なのではないだろうか。なんせあの一連の首事件の犯人は極めて知能の高い人間であり、今の今まで俺にしかその存在を気づかれていないような人物なのだから。

 

だが、もしジャック・ザ・リッパーが『奴』の協力者だとして、どうして黒幕はこんな行動を切り裂きジャックにさせた? 今の今まで水面下でしか行動していなかった、あの黒幕が? 何故、何故、何故? 考えろ、考えるんだ、工藤新一!

 

脂汗が滲むほどに俺は思考をし始める。それを見たジャック・ザ・リッパーは目を細めた。

 

「ようやく表情が変わったな、工藤新一」

「何故、お前があの事件について知っている? しかも、俺の本当の名前まで!」

「私があの事件や君について知っているのは()の協力者だからかな」

()…? 一体、一体、そいつは何者なんだ…?!」

「それは君が解くべき謎さ、ホームズ。ただ一つ言えることは、そうだなァ。

 

――――モリアーティが動いている、ただそれだけのこと」

 

『モリアーティ』というワードにブワッと全身の血が騒ぐのが分かった。ツゥと額から汗が流れ落ちる。唇が微かに震え、形容しがたい複雑な感情が俺の胸を締め付けた。

 

(二度目だ。『モリアーティ』が表に出てきたのはこれで二度目)

 

俺がイギリスへ行った時に遭遇した『モリアーティ教授』。ずっと追いかけてきたその名前がようやく俺の前に姿を現した。やはり俺は間違えていなかったんだ! イギリスで起きたハーデスによる事件も、今まで追いかけて来た首に関する一連の事件も、今回のジャック・ザ・リッパーの登場も、全て同一犯によるもの。全てが――――モリアーティ教授がやってのけたことなのだ。その事実に自分の胸が高鳴るのが分かった。

 

(しかし、少し気になるな…。何故、モリアーティはこうして俺の下へ自分の協力者をわざわざ送った? 考えられるのは『何か』、何かがあって送らざるを得なくなった…そうに違いない)

 

その『何か』が分かれば、きっと俺はモリアーティに追いつける。ただの幻想であった人間を現実にすることが出来る! 真実を白日の下へ晒せるのだ!

 

俺は乾いた唇をペロリと舐めた。視線を切り裂きジャックへ向けると、彼はつまらなさそうな顔をしているではないか。当てが外れた、そんな顔をしていたのだ。彼は大きくため息を吐いた。

 

「君はモリアーティに相応しくないね。奴が一層目をかけているというからこうして協力したというのに」

「それだけのために人を殺したっていうのか…?!」

「ああ、そうさ! 他にも理由はあるが一番の大きな理由はそれだ。はーあ、君はホームズには成れそうにないな。この会話で確信した。今回の通り魔事件で私の正体に気がついたのも、きっと最終場面でだろう? 君があまりに気がつかないからヒントを沢山出していたからね」

「何を言っているんだ?」

「何って、君があまりに鈍感過ぎるってことを…」

「俺がずっとオメーに気がついていないと、()()()()()()()()()()()()

「――――何?」

「気がついていたさ、最初から」

 

俺は不敵に笑ってみせた。その瞬間、俺たちの横で電車が通過して強風が吹き荒れる。髪と服が盛大に揺れる様子を見ながら、切り裂きジャックはキョトンとした顔を晒した。数秒間、何度か口を開閉させた後、耐えきれないというように吹き出す。彼は『服部平次』には到底できないような狂った表情を浮かべていた。引きつった笑い声が誰もいない駅のホームに響き渡る。ジャック・ザ・リッパーは笑いながら「最初から? まさか! 大ボラを吹くのも大概にしなよ」と馬鹿にしたように俺へと言葉を投げかけてきた。俺はそれを無視して話し出す。

 

「知っているか、服部は剣道の達人なんだよ」

「それがどうかしたのかい?」

「服部は長年剣道をしているが故に、手に剣道経験者特有の手まめがあるんだよ。しかも、一朝一夕で出来ないような豆がな!」

「――――!!」

「オメーが俺に接触して来た時、手を上げて会釈してきただろ? その瞬間、気がついたぜ。オメーが『服部平次』じゃないことだってぐらいな」

「……これは驚いた。君は本当に最初から私が偽者だと気がついていたのか。そして、君は私をずっと監視していたのかな…? ああ、だから『犯人を追いかけるか、女性を手当するか』で犯人を追いかけなかったのか。私から女性を守る為に」

「それだけじゃないぜ」

「何?」

「どうして俺が今、お前と2人っきりでいると思う?」

「まさか…ッ?!」

 

ジャック・ザ・リッパーが驚愕で目を見開いた時、駅のホームの上空からザザザザザと風を切るような音がした。切り裂きジャックは弾かれたように顔を上へ上げる。するとそこには警察用ヘリがいるではないか。パッとヘリからライトが点灯してジャック・ザ・リッパーを照らし出す。

 

《いました! 服部平次に変装中のジャック・ザ・リッパーです!》

《流石工藤君だな! ……コナン君を早急に保護したのち、ジャック・ザ・リッパーを捕獲せよ!》

 

目暮警部の声がヘリから響いたと思うと、駅のホームの階段から警察が降りてくる音がした。それを聞いたジャック・ザ・リッパーは自分の手を額に当てる。そして、おかしくて仕方がないというように口角を上げた。

 

「……ふ、ふはは、これは一本取られたな。モリアーティの目に狂いはなかったわけだ。訂正しよう、工藤新一。君はホームズに相応しい」

「別にそんな称号はいらねーよ。それよりもお前には沢山聞きたいことがある。檻の中で根掘り葉掘り聞いてやるから、覚悟しろ」

「それは是非ともご遠慮願いたいね。そろそろ帰るとするか」

「帰る…?」

 

俺が首を傾げた時、視界の端からザッと何か白いものが高速で過ぎ去った。そして次の瞬間、ジャック・ザ・リッパーが俺の目の前から消えてしまったのだ。俺はギョッしながら慌ててジャック・ザ・リッパーを探すと、奴は上空にいた。しかも――――怪盗キッドと一緒に。俺は唖然とした表情を浮かべる。

 

(な、なんで、何でキッドが人殺しと一緒にいるんだ…?!)

 

ジャック・ザ・リッパーはキッドに抱えられ、空をキッドのハングライダーで飛んでいた。その事実に柄にもなく動揺してしまう。残念ながらキッドの表情はシルクハットに隠れて見えなかった。俺が驚愕で思考が一瞬停止した時、切り裂きジャックが大声を上げた。

 

「開幕ベルは既に鳴った! ホームズ、君の喜劇を楽しみにしている!」

 

そう言って、段々と小さくなっていく2人を俺は何も出来ずに見送る羽目になった。冷たい風が俺へと吹き付ける。焦ったように2人を追いかけようとする警察用ヘリの音をBGMにしながら、俺は顎へ手を当てた。

 

(開幕ベルは既に鳴った…? 何が始まるっていうんだ…?)

 

この一連の首事件は謎ばかりだ。どうしてキッドまでがあちら側についているのか、ジャック・ザ・リッパーが何故俺に接触してきたのか、そもそも黒幕の思惑は何なのか、疑問しかない。だが、だが――――必ず解いてみせる。俺は名探偵江戸川コナンなのだから。

 

「待ってろよォ!」

 

だから、江戸川コナンは笑うのだ。倒すべきまだ見ぬ宿敵――モリアーティに対して。

 

 

 

 

 

「えっと…え? その…あれは…何?」

 

私、幾世あやめは望遠鏡と盗聴器を片手に持ちながら超絶困惑していた。それもこれもジャック・ザ・リッパーと江戸川コナンの対談のせいである。

 

(「一連の首事件」とか「モリアーティが動いている」とか色々ツッコミたいワードだらけなんだけど…)

 

その…「一連の首事件」って何? 私が起こした事件や不本意で起きちゃった事件のこと言ってんの? 確かに私が関わった事件の殆どは偶然首に関するものばかりになっていたような気がする。…うん? 改めて考えてみると首に関係しない事件は一、二件ぐらいだったな…えっ、マジで? 『首に関係している』という偶然の事実からあのコナンは同一犯の仕業だと気がついたの? 多分、奴のことだからそれだけではないと思うけど…怖っ! 気がつくの早ッ! もっと私頑張らないとそろそろあの死神は更に真実に近づくぞ! これだからコナンは嫌なんだよ! 怖すぎる!

 

(しかも、モリアーティって何だよ?! どうしてジャック・ザ・リッパーという男がそれを語ってんの?!)

 

まさか私のことを言っているんじゃないよね…? 違うよね?! 私はあのジャック・ザ・リッパーと対面したことないから、彼が幾世あやめを知っているはずがない。……そうだよね? 森谷帝二さんのことを言っているんだよね? それはそれで問題だけど……ふえええ…怖すぎ…何で切り裂きジャックは「開幕ベルは鳴った」とかドヤ顔で言ってんだよ…。開幕ベル何で鳴ってんだよ…。

 

これだけでキャパシティオーバーなのにキッドまでもが登場してくんの本当にやめてほしい。胃が痛くなるから。何でお前も登場してんだよ。やめろよ。喧嘩売ってんのか。理由が分からなすぎて怖い。

 

(一番意味が分からないのは森谷帝二さんだけどな!)

 

私に望遠鏡と盗聴器を渡してきただけでなく、コナンとジャック・ザ・リッパーの対談がよく見えるホテルの手配をしたのは森谷帝二さんである。本当にあの人は何を考えているんだ。私を世間の目に晒すような真似をして! 何をしたのか分かっているのか。ぷんぷんと怒りたい気分だが、森谷帝二さんが怖いので出来ないジレンマな。もう森谷帝二さんやだァ…そう思った瞬間だった。

 

私の背後で爆破音がしたのは。

 

バババババという爆破音に私はギョッとしながら後ろを振り向く。何があったんだ?! と驚いていると、森谷帝二さんが爆心地の床へとぶっ倒れているのを発見した。

 

(森谷帝二さぁあああああん?!)

 

アイヤアアアアアアア何で?! 森谷帝二さんナンデ?! 何で倒れてんのお前?! つーか、どうして爆破音がしたんだ?!

慌てて森谷帝二さんの近くまで駆け寄るとそこには大量の爆竹があるではないか。その瞬間、ハッと私は気がつく。

 

(そういえば私、さっき遊びでボタン式爆竹を作ってたな!)

 

森谷帝二さんが指定したホテルに着いたのはいいが、何をすればいいのか分からなくて暇を持て余していた時のことだ。何を思ったのか、その時の私は持参していた爆竹で遊び始めたのである。結果、ボタン一つで発動する爆竹を作成することとなった。しかし、まあ、その遊びもコナンの登場で直ぐにほっぽりだす羽目になったけどな!

 

(すっかり爆竹のことなんて忘れていたけど……まさか床に落ちたボタン式爆竹を森谷帝二さん……踏んだ……??)

 

だって森谷帝二さんのズボンの裾が若干焦げてるもん!! ついでにボタン式爆竹のボタンが森谷帝二さんの足元に転がってるもん!! 完全に森谷帝二さんボタン式爆竹を踏んでいるよ!! ぎゃああああああああ森谷帝二さんごっっっっっっめん!! 謝るから殺さないで!!

 

焦って森谷帝二さんを助けようとした私は忘れていた。今日の私は慣れないピンヒールを履いていたことに。それを私はすっかり忘れていたのだ。その結果が――――これである。

 

あろうことか、誤って森谷帝二さんの頭部をピンヒールで踏んでしまったのだ!

 

(ああああああああああああああああああ!!)

 

私の絶叫が内心で響き渡った。

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