犯罪者になったらコナンに遭遇してしまったのだが   作:だら子

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お久しぶりです。覚えていらっしゃいますでしょうか。忘れてる方もいるかもしれません。待ってくれていた方は本当にありがとう。新ジャンルにハマり、元気が出た結果、執筆ができるようになりした。

後、平成が終わりましたが、この作品は完結するまで平成です宜しくお願いします!! 終わりの目処が立ちましたので、完結までついてきてくれよな!!


其の十五: 「炎上」

 

「ハァッ、ハァッ、なんとか逃げ切ったか…。早く、早く、風見さんへ、ハァッ、お伝えしなくては…」

 

名も無き一人の公安警官――――俺は車内で荒い息を繰り返した。額から流れ落ちる大量の汗を拭わずに震える左手で懐から携帯電話を取り出す。その瞬間、フッと意識が飛びそうになるも、右腕に走った痛みにより強制的に現実へ戻される。腕に視線を向けると血に染まったスーツの袖が目に入った。それを見て思わず舌打ちする。

 

(クッソ、こんなミスをしてしまうなんて…)

 

今回の任務がここまで危険だとは思ってもみなかった。本当に何の冗談なのだろう。公安での初仕事で命を落としかけているなんて。途中まではただの『裏社会と関わりのありそうな風俗店の調査』でしかなかったはずだ。なのに、どうしてこんなことになっている? 確かに、まあ、他の部署とは違い、公安の任務は常に危険が伴うものではある。この程度、本来なら当たり前のことなのだろう。だが、今回の任務は新人の俺にはあまりにも荷が重すぎるのだ。おかしい。おかしすぎる。これはもっとベテランの方が担う仕事だろうが!

 

(あの風俗店、まさかここまでどっぷりと裏社会に突っ込んでいるとはな…。『関わりがありそう』なんてレベルじゃねえ、真っ黒もいいところだ)

 

どうして公安はこのレベルに達するまでに気がつかなかったんだ。今回調査した風俗店周辺には定期的に警察による調査が入っていたはずである。確か……前回の調査は二週間前。まさかたった二週間で真っ黒に染まったというのか。裏社会における重要な仲介役を担うまでに成長したとでもいうのか。いや、そんなはずはない。そのような事例は聞いたことも見たこともない。

 

だが、だが、もしも。

もしも、『誰か』が本当にたった二週間で東都米花町周辺の裏社会を仕切ったというのならば、それは――――それは。

 

 

世紀の怪物の誕生だ。

 

 

嫌な考えが脳裏によぎり、背筋がゾクリと震えた。直ぐに俺は頭を振ってその迷妄を外へ追いやる。待て、それは決まったことではない。無駄な思考をするな。風俗店の裏が取れなかったのは単に警察側の調査不足だったのかもしれない。そうだ、きっとそうに違いない。だから、この思考を止めろ。今、考えるべきなのは冷静な判断を失う妄想ではない。如何にして生き残り、この情報を公安へ持ち帰るかだ。先程のことを考えるのは後でもできる。追手をなんとか撒いたとはいえ、いつ発見されるか分からないのが現在の状況。迷いは死に直結する。

 

(早々にこの場から離れ、上司の風見さんへ報告。それが俺の仕事だ)

 

俺は静かに車を発進させ、出来る限りセーフティハウスのある場所まで猛スピードで走らせた。血がにじむ右手でハンドルを切りながら左手で携帯を操作し始める。『マトは黒だった』という意味の暗号を打ち、送信ボタンを押そうと指を上げた――――瞬間だった。背後から男の声が聞こえてきたのは。

 

「やあ、こんばんは、公安警官殿?」

 

一瞬の思考の停止。音も、匂いも、視界も、時も、全てを置き去りにして自分の周りが歩みを止める。この時、初めて息ができなくなるという体験をした。冷水を頭から被ったかのように全身が冷えていく。周囲に置き去りにされる中、俺は眼球だけを必死に動かした。視線をバックミラーに向けると目に映ったのは五十代くらいの男。その男には見覚えがあった。

 

「お前は…確かあの風俗店の客…? 何故、ここに」

「また会えて嬉しいよ」

 

ニンマリと笑う男を見て、自分の右手が微かに震えるのが分かった。自分でも笑ってしまうほどに動揺している。だが、仮にも俺は公安警察。無様だろうが何だろうが、状況を打破しようと必死に頭を回転させた。

 

(この男は『有栖川』という名前の会社員。調査結果では白で、何の関わりもない一般客―――だったはず)

 

まさかこいつが全ての黒幕だったとでも言うのだろうか。仮にも公安警察である俺が徹底的に調べ上げ、『白』だと判決を下した人物が。そんな……あり得ない。あり得るはずがない。だが、有栖川という男に背後を取られている事実が俺の幻想を現実にした。

 

(俺は…ここで死ぬ、のか)

 

恐らく俺はこの場で殺されるのだろう。既に背後が取られている今、逃げ場は最早ない。しかし、やるべき事は成した。たった今、風見さんへあの風俗店が黒であるというメールをこっそり送ったのだから。また、黒幕の有栖川のこともこの車に備えつけられている盗聴器により、公安へ伝えられることだろう。つまり、俺はなんの憂いもなく死ぬことが出来るのだ。そう考え、自分の顔に自然と笑みが浮かぶ。震えは止まり、真っ直ぐと後ろの男をバックミラー越しに見つめた。

 

「お前が何を考えているかは分からないが、」

「――――『俺の勝ちだ』とでもいいたげだね。これは何か分かるかな?」

「は、」

 

『有栖川』という男の手を見て、息を呑む。奴の手には携帯電話と盗聴器があった。俺は限界まで瞳を見開かせ、次の瞬間、バッと左腕に視線を向ける。隠し持っていた携帯を見て、まさかと呟いた。

 

「この携帯は…偽物…?」

 

ドッと冷や汗が流れた。再び襲いかかる緊張感。それと同時に胸を占める疑問。一体、いつ、どこで、誰が、俺の携帯を。何故、何故、どうして。魔法でも使ったとでもいうのか。あり得ないことの連続で脳がパンクする。だが、これだけは分かった。

 

俺はこの男の手の上で踊り狂わされていただけなのだと。

 

全ては無に帰した。左手から携帯が滑り落ちる。諦めて車を停車させようとブレーキを踏んで――――俺はギョッとした。

 

「と、止まらない…?!」

「おや、私の手で直々に殺されたかったのですか? それは残念。できませんねえ」

「な、」

「貴方はここで何も成せずに、公安としても死ねずに、ただの無能として消え逝く。哀れな貴方に一つだけ教えて差し上げましょう。

 

――――我が名はジェームズ・モリアーティ!! 非力で無力な警察よ! 精々吠えるがいい!」

 

己を『ジェームズ・モリアーティ』と称した有栖川という男は高らかに笑った。邪悪で恐ろしい笑い声が車内に響き渡る。次の刹那、モリアーティは車から飛び出して、隣で並走していた別の車に乗り移った。それを唖然と見送る。奴の車が俺から離れて行く様子を見ながら数秒間ぽかんとしていたが、ハッと現実に戻った。

 

(なに、を、呆然としているんだ俺は! モリアーティとかいうふざけた野郎がいなくなったんだ! 俺も車内から飛び出せ!)

 

時速は既に百は超え、どんどんと加速していっていた。今、この速度の車から飛び出せば高確率で死ぬだろう。だが、このままこいつに乗っていればもうすぐ谷底に落ちる。ちなみに、現在地は山道であり、あと少しでカーブに差し掛かってしまう状況だ。車から飛び出すか、谷底へ落ちるかと聞かれて、後者を選ぶ馬鹿はいない。

 

そう考えて、俺は慌ててドアを開けようとするも、開かなかった。細工されてやがる。素早く諦めてモリアーティとやらが出て行った後部座席のドアから飛び出そうとした瞬間だった。ドクンと心臓が跳ねたのだ。それと同時に目の前が赤で彩られる。

 

「…血? 何故、今、吐血を…」

 

突然の胸の痛みと共に口から吐き出された血。車の座席に飛び散った赤色を見て、再び目を見開いた。そして、直ぐに理解する。自分はとっくの昔に毒を飲まされていたのだと。既に俺の死は確定していた。本来ならあの男は俺と会話する必要などなかったのだ。ただ見ていれば俺は勝手に死んだのだから。だが、俺を、いや、公安警察を完膚なきまでに貶めるためにあの茶番を『敢えて』行ったのだろう。公安警察の誇りを、尊厳を、鼻で笑う為に。

 

その事実に気がついた時、沸騰するかのように顔がカッと赤くなる。拳を血が滲むほど握り、喉が潰れるまで叫んだ。

 

「おのれ、ジェームズ・モリアァア゛アアア゛アティイイイイイ!!」

 

俺の叫び声は誰にも届くことなく、車と共に谷底へ消えていった。

 

 

 

 

 

 

私、幾世あやめは今、佐藤刑事にお姫様抱っこをされている。

 

何を言っているのか分からないと思うが、当事者であるはずの私も今の状況をいまいち理解していない。どうして佐藤刑事に、しかも、女性にお姫様抱っこされているのだろうか…。そして、何故、佐藤刑事はこうも軽々と成人女性を抱き上げて爆走できているのか…。コナンの女性陣があまりにも強すぎて真面目に笑えない。

 

私が遠い目をしていると、佐藤刑事と並んで走っていた毛利蘭が心配そうにこちらを見てくる。彼女の手の中には灰原哀がぐったりとした様子で抱え込まれていた。

 

「佐藤刑事、大丈夫ですか?! そろそろ哀ちゃんと幾世さんを交換します?」

「これでも私は刑事だから鍛えてるから幾世さんくらいへっちゃらよ! ありがとね、蘭ちゃん」

「さ、佐藤刑事…本当にすみません…すみません…」

「幾世さん気にしないで。刑事として当然のことをしているだけよ」

「皆さん、前を向いて走ってください! 足を取られてしまいますよ!」

「有栖川さんの言う通りだよ。気をつけて、蘭姉ちゃん、佐藤刑事!」

 

毛利蘭と佐藤刑事が強すぎる会話を交わす中、横からコナンと有栖川――私の上司役として演技している森谷帝二さんが注意する。その注意の仕方は少々キツめだった。通常なら『そんな言い方はないだろう』と眉を顰めていただろう。だが、コナン達の口調が強くなるのも無理はなかった。なんせ今、私達は――…

 

 

燃え盛る豪華客船の中を走っているのだから。

 

 

本当に現実逃避したい。どうしていつもいつもこうなんだ。コナン、毛利蘭、佐藤刑事、森谷帝二さん、気絶済みの灰原哀、並びに協力者兼部下モブ計六名と一緒に走るの超辛い。頼むから凡ゆるところで建物を爆発させないでくれ。今回は特に酷くないか? 私の生命の危機じゃないか?? 何で船が簡単に燃えるんだよ。安全設計は何処へ消えたんだよ。はーーーこれも全てコナンのせいだ。内心で溜息を吐くと、先程の爆破により負傷した自分の足に痛みが走る。それを見て更に深い溜息を吐いた。

 

(まさか爆破で足を怪我するとはな…。コナンとくれば復讐の邪魔だけではなく、私の身体に傷をつけるなんて…)

 

あいつ本当になんなの?! 怖いんだけど?! こんなこと憧れのコナンには言いたくないけど、マジで怖い!! 恐怖しか覚えない!! はあ、もうやだあ…。しかもさあ、この足が原因で佐藤刑事にプリンセスホールドされる羽目になってるしさあ…。コナン…。もうやめて…私のライフはゼロよ…。

 

(森谷帝二さんに『楽しいショーを観に行きませんか』って勧められたからって、豪華客船になんてくるんじゃなかった。豪華客船とかフラグの塊じゃん。馬鹿か私は!)

 

死ぬほど後悔しながら私は内心で号泣する。森谷帝二さんが豪華客船のチケットを持ってきた時、何故、私は断らなかったのか。普段なら絶対に拒否していたんだけどなあ…。あの時の私はコナンへのストレスがマッハすぎて泥酔しちゃってたからね…。軽くオッケーしてしまったよなあ…。

 

次の日、素面に戻って「豪華客船とかコナンフラグでは?」と確かに考えはしたさ。だが、その時は森谷帝二さんとの約束を反故にする方が怖くてできなかった…。あの人、約束破られるとガチギレしてくるからな。マジ怖いからな…。結果、私は豪華客船に乗ることになったのだ。そして、船の中に入った瞬間、自分の目が死んだ。

 

「地獄かここは」

 

当然のように船にいるコナン、毛利親子、鈴木園子、阿笠博士、灰原哀。加えて、怪盗キッドの予告状により警備に駆り出されている警視庁捜査一課の目暮警部、高木刑事、佐藤刑事、千葉刑事。それだけでも頭が痛いのに公安勢の安室、風見まで視界に入ってくる。そこへトドメを刺すかのようにこれまた変装済みのベルモットがいた。

 

(え? 何これ映画?? それともスペシャル仕様??)

 

こんな回あったか……? やばい、思い出せない…。この世界は今、漫画ではなく現実だ。故に原作にはない豪華仕様があってもおかしくはない。だが、だがな? 私がいるときだけはキャラクターのバーゲンセールはやめてくれ…! もっと出し惜しみしろよ!!

 

悪夢、『ミステリートレイン』の再来に頭を思わず抱えた。先生がまさかのベルモットだと判明した時と似たようなメンツなのは何故。この場から直ぐに立ち去りたい。しかし、既に船は出港しており、辺りには海原が広がっている。逃げ場がねえ。海へ身投げしろとでも言うのか。あんまりな現実に泣きそうになる。その時、私の隣にいた『幾世あやめ』の上司役『有栖川』を演じている森谷帝二さんがニタリと笑った。彼は私の耳元で囁くように声を発する。

 

「舞台は整いました。ショーを楽しんでください」

 

どうやって楽しめと?!?!

 

楽しむというよりも命の危機しか感じないんですがそれは…。えっ、ちょ、まっ、待って、本当に待って。この混沌を極めているメンバーはもしやお前が集めたのか。そうなのか。私、幾世あやめはそんなの微塵も望んでないんだけど。何でこんな絶望しか期待できない舞台を整えたんだ貴様?! しかも、どうやって集めた?! 怖い。マジで森谷帝二さんの手腕が怖い。ああもう、本当に何を考えているんだ…。

 

(前から理解不能だったけど、ピンヒールで森谷帝二さんを踏んでからヤバさに磨きがかかってないか…?!)

 

それともアレか? 二週間程前に風俗店を紹介したからか?? マジで? やっぱりアレで森谷帝二さんの性格が更に歪んだの? だってさあ、匿名質問サイトで『ピンヒールで踏まれて喜ぶ部下をどう扱えばいいか』と聞いたら、『SMクラブに連れて行け』って言われたんだよ! ピンヒール事件のせいで思考停止状態だった私は「連れて行った…ほうがいいの…?」となって、奴を風俗店へ放り込んじゃったよ!! そうか、それが全ての間違いか…。うん、そうだよな…仮にも女の私が部下をSMクラブに押し込むなんて何やってんだ…。これが普通の会社とかならセクハラで捕まるぞ、私が。

 

もう森谷帝二さんに近づきたくない。頭の回転早すぎるし、何考えているのか分からないし、ドMだし、意味不明すぎ。私の半径1メートル以内に入って欲しくない。マジで怖い。酷いことを言っているのは理解しているけど、仕方ないと思う。怖い。

 

(も、森谷帝二さんと離れよう)

 

今回、私の付き添いとして森谷帝二さん以外に我々の部下役を担ってくれているモブ男君がいる。彼に森谷帝二さんを押し付けて逃亡しよう。そうしよう。これ以上この男と一緒にいると恐怖で頭がどうにかなりそうだ。

 

そう思って、森谷帝二さんから離れたのが運の尽き。

逃げた先になんと安室透がいたのだ。

 

やっっっっべー男その二とまさかの廊下で遭遇。思わず真顔になり、どうしたものかと胃を押さえた。この豪華客船で安室透との遭遇なんて何かしらのフラグとしか思えない。できることなら『自意識過剰乙!』で終わって欲しいが、私のやらかしまくっている経歴がそれで終わらせてくれなかった。私、結構人を殺してるからな…。クズでごめん…。

 

(色々考えても仕方がない。うん、逃げるか!)

 

安室透は私にまだ気が付いていない。今ならまだ間に合う。慌てて踵を返そうとした――――その瞬間だった。安室透から耳を疑うワードが飛び出してきたのは。

 

「――ジェームズ・モリアーティ、だと?」

 

ファッ?!

 

何故、安室透が『ジェームズ・モリアーティ』を口にしているんだ。私達に彼が気がついたとでも…?? ……………………………………………マジで? えっ、本当に無理。死にそう。いやいやいやいや落ち着け落ち着け、幾世あやめ。これはストレスによる幻聴じゃないか…??豪華客船に乗ったと思えば絶望のオンパレードだもんな。幻聴が聞こえてもおかしくはない。だが、経験からしてこれは幻聴じゃないんだろうなあ…。幾世あやめ、知ってる。いつも『いやいやまさかそんなことあるわけない』と思ったこと全てそんな事あったもん。現実は非情である。

 

(でも、待てよ。安室透の『ジェームズ・モリアーティ』は本当に私達のことを指しているのか?)

 

ここはコナン世界。コナンがホームズと称されているこの世界では『シャーロック・ホームズ』関係のワードが多い。安室透が口にしたモリアーティも隠語か何かの可能性があるのでは? だって私、公安警察に対してこれと言って何かした記憶ないし。

 

……もしや以前にあった切り裂きジャック事件でのジャック・ザ・リッパーによるモリアーティ発言のせいか? 警察でのジャックの扱いは恐らく超危険人物指定になっているはずだ。そのせいで公安がモリアーティを調べ出した…? だが、原作から想定するに、安室透の管轄は黒の組織関係だ。重要任務に就いている安室透を別の任務に回すだろうか…?

 

(訳がわからないよ。頼むから安室透、お前は黒の組織へ集中していてくれ! こっちへ来るな!!)

 

心からの叫びだった。

 

安室透や赤井秀一には是非とも黒の組織に集中してほしいものだ。あの二人が活動すればするほどコナンの興味も私から薄れてくれるからな。一石二鳥だ。ついこの間まで安室透と赤井秀一メインの『緋色シリーズ』の回が来ていたおかげで、コナンとの遭遇率が格段に落ちていたというのに。なーんで、終わっちゃうかなあ…。

 

(……って、それは今考えることじゃないな。早々にここから離脱しよう。危険だ)

 

私は抜き足差し足忍び足でその場から離脱した。なんとか安心できるところまで離れた後、ホッと息を吐く。不意に空を見てみると既に暗くなりはじめていた。寿命が縮む安室透との遭遇及びに森谷帝二さんから逃亡で結構な時間が経過してしまっていたらしい。そろそろパーティが始まる時刻だ。全くもって行きたくないが、一応、一般人『幾世あやめ』の仕事としてここに来ているため、参加せざるを得ない。結果、泣く泣く私はパーティ会場へと向かった。

 

 

その数時間後、パーティに参加したことを私は死ぬほど後悔する羽目になる。

 

 

パーティ開始と共に登場する怪盗キッド。

盗み出される宝石と目暮警部の怒声。

騒ぎに紛れて当然のように起こる殺人事件。

解決に奮闘するコナン達。

真犯人に辿りついた途端に爆発し始める船内。

逃げ惑う人々。

気がつけば本陣と分断され、コナンと一緒にいる私。

そして、何故かコナンを庇う羽目になり、足を負傷して佐藤刑事にお姫様抱っこをされる私。

 

――――こうして冒頭に至るわけである。

 

コナン作品の様式美がふんだんに盛り込まれた事件だったよ…。今回の事件の規模は最早映画レベル。イン◯タ映えならぬ映画映えを狙った華々しい爆発の数々に真面目に死ぬかと思いました。でも、まだ私達は燃え盛る豪華客船の中にいるので危機は脱していない。これから見せ場を作るために何かしらの危険がありそうで破茶滅茶に怖いです。

 

本日何度目か分からぬ遠い目をした時、ガタンっと船が盛大に揺れた。あまりの揺れにその場にいたコナン、灰原哀を抱える毛利蘭、佐藤刑事、森谷帝二さん、協力者兼部下モブ男の計五名がたたらを踏む。振動が収まるまで待っていると、次の瞬間、天上から金属が軋む音が聞こえてきた。ハッと全員が上を見た刹那、天上から鉄筋が落ちてくるではないか。

 

(ほんぎゃあ?! 死ぬ!! 鉄筋に押し潰されて死ぬ!!)

 

死を直感した私は足を負傷しているのにも関わらず、佐藤刑事の腕から飛び出して身をよじる。ズサーッと床を滑り落ちたと同時に盛大な音を立てて鉄筋が地面へ落ちた。あっっぶねーーっ!! ガラガッシャーンッと言う音を聞いた後、私は上半身を起こす。崩れ落ちた鉄筋を見ると、廊下を完全に封鎖してしまっていた。その通れなくなった道の向こう側から佐藤刑事、灰原哀を抱えた毛利蘭がいる。毛利蘭は慌てて鉄筋に近寄り、そして、諦めたように呟いた。

 

「駄目、通れない…」

「蘭ちゃん、そこはまた崩れるかもしれないわ! 離れて! ……コナン君、幾世さん、有栖川さん、定仙さん、お互い別のルートから脱出しましょう」

「…そうですね、また会いましょう」

「蘭姉ちゃん気をつけてね!」

「コナン君も!」

 

別ルートで脱出することに私からも文句はない。だが、私の所属するメンバーが問題だ。どうして! コナンが! いるんだ! ヒロインの蘭姉ちゃんと灰原哀のところへ行けよ!! こっちくんな!! ……ああ、本当に頭が痛い…。でも、私側に『有栖川』として暗躍する森谷帝二さんと、協力者の『定仙(じょうせん)』さんがいるからまだマシなのかな。正直、森谷帝二さんが何をやらかすのか分からなくて怖いけど。…アレ、これマシなのか……? 不安しか感じないメンツじゃないかコレ……??

 

私があれこれ考えていると、協力者兼部下の定仙さんが私をおんぶする。彼は「本当は刑事さんじゃなく男の俺が背負うべきでしたよね。佐藤刑事には断られちゃいましたけど」と苦笑いしながら言った。定仙さんの優しさがつらい。そんな私と定仙さんの会話を見たコナン君は『よし!』というように頷く。そして、彼は目を鋭くさせつつ、口を開いた。

 

「急ごう!!」

コナン、私、森谷帝二さん、協力者の定仙さんという四名は脱出に向けて走り出す。嫌な予感がすると思っても引き返すことはできない。燃え盛る豪華客船を歩くしかないのだ。

 

(タイムスリップして過去の自分を殴りてえ…)

 

胃を押さえながら、私、幾世あやめは切実にそう思った。


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