犯罪者になったらコナンに遭遇してしまったのだが   作:だら子

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其の四: 「死神は勘付く(上篇)」

「ハーデスが死んだ…?」

 

とあるホテルの一室で、私は呆然としながら呟いた。現在、私はルームサービスで頼んだ朝食を食べている途中だ。

右手に持っていたサンドイッチがぼとりと皿の上に落ちる。ぐしゃりと左手の新聞を掴む。原因は記事の内容だ。

 

——ハーデスが自爆したらしい。

 

警官に連行され、パトカーに乗った瞬間、ハーデスは自爆。理由は身体検査を強要されたからだとか。そこまでなら、ハーデスは犯行失敗にショックを受けて、警察と共に自殺したと考えられるだろう。

だが、ハーデスはこう言った。「何故だ。モリアーティ教授よ。何故、私を見捨てた。ああ、私は貴方の駒に過ぎなかったのか。やはり貴方はモリアーティ教授に似ている。私の目に狂いはなかった」と。

完全に私に対して言っていたのだ。思わず顔が引きつる。

 

ハーデス、お前…! まるでバックに真犯人がいるような言い方をしやがって。 別に私は真犯人じゃない。ハーデスの協力者兼共犯者である。利害が一致しただけ!

こんな記事をコナンに見られでもしてみろ。確実に「真犯人を見つけてやる!」みたいな展開になるから。私は真犯人じゃないのに! くっそ、余計なことをしやがって。モリアーティ教授とか本当にやめろ!

 

しかも、あの馬鹿野郎は警官達が多数いる場所で死んだ。ウィンブルドン選手権の会場ではなく。

恐らくは私への当てつけだろう。私はウィンブルドン選手権の会場が爆発することを望んでいた。混乱に乗じて、復讐相手を殺害したかったからだ。

ハーデスは私に裏切られたことが相当ショックだったに違いない。だからこそ、彼は自爆場所をウィンブルドンにしなかった。ミネルバ選手への復讐よりも、私を優先したのだ。

 

結果、ハーデスは選択した。

自らの言葉を確実に伝えてくれる者達が多い場所を。

 

それと同時に、ハーデスは私の存在を明るみにしたかったのではないかと思っている。ハーデスは知っていた。私が表に出て自ら動くことを好んでいないことを。だから、この件で、ハーデスは私の存在を世間へ知らしめたのだ。腹いせに。

 

(そこまで私を恨んでいたのか、ハーデス)

 

思わず唇を強く噛む。じっとハーデスの記事を見つめた。

ハーデスが私を恨むのも無理はない。私はそれ相応のことをしてしまったのだから。罪悪感が胸に込み上げてくる。だが、それを根性で抑え込んだ。この程度で心を揺さぶられていは————ん?

ハーデスの記事を再び見つめる。ハーデスが捕まった直後の写真だ。簡単に撮られたせいか、写真は若干ブレている。その写真をよく見つめて、私は息を呑んだ。

 

「アヤメの花…?」

 

ハーデスの胸ポケットにアヤメの花があった。それを大事そうにハーデスは触れている。

私と同じ名前の花。西洋ではアヤメはアイリスと呼ばれる。西洋でのアイリスの花言葉は『メッセージ』。これの意味はよく分かる。彼は態々死ぬことによってメッセージを伝えたのだから。それ以外のアイリスの花言葉は——。

 

「信頼、希望」

 

まさか、と私は震えた。

ハーデスは私を最後の最後まで恨んでなどいなかったのではないだろうか。確かに記事には「絶望した表情」と書かれている。それがもしも、「これ以上私の計画に加担できないことに絶望した」だったとしたら?

彼は生前、常々私にこう言っていた。「あなたの存在を世間へ知らしめたい」と。もしも刑務所に入ればその夢は叶わなくなる。だからこそ、警察を巻き込み、私のことを世間へ知らしめたのか…?

 

だが、今となってはもう聞くことは出来ない。ハーデスは死んだのだから。そう、ハーデスは死んだのだ。死、死、死んだ——。

 

「私を恨んでいたか、信じていたか、この際どうでもいい。それよりも、何でそんなことで死んだんだよ。馬鹿野郎…」

 

ポロリと目から涙が零れ落ちる。声は震えていた。

 

ハーデスは死ぬ必要なんてなかったはずだ。イギリスには死刑制度はない。捕まったとしても死ぬことはなかっただろう。まあ、終身刑にはなっただろうが。あれだけ人を殺したのだ。仕方がない。

だが、それでも。死ぬことはなかった。

生きてこその命だろう。それが極悪非道人だろうと。私は生きて欲しかった。

 

(ああ、矛盾しているな…)

 

私は自嘲した。この考え方は矛盾していると自覚していたからだ。

彼は犯罪者である。自分勝手な理由で人を殺す。そんな最低野郎だ。絶対に裁かれなければいけない人間である。

本来なら、私は喜ぶべきだったんだ。世の為にこんな人間、死んでくれてよかった! と。そう考えて、笑うべきだった。

だって、ハーデスは人殺しなのだから。極悪非道人に対して心を痛める必要なんてない————はずだった。

 

私にとって彼は協力者で、共犯者であったのだ。例え、どんなに嫌いな奴でも。

 

罪悪感が再び胸にこみ上げる。吐きそうになった。矛盾を抱える私自身に。そして、ハーデスの死に。

私は一生、ハーデスの命を背負うことになるだろう。身勝手な理由で彼を裏切り、死なせたのだ。この罪はどれだけ時間を掛けても消えないに違いない。抱えきれない罪の重さに押しつぶされそうになった。ガタガタと手が震える。己の弱さに笑いそうになった。

 

——だが、止まるな。私は誰だ? 復讐者だ。

 

泥水をすすってでもやり遂げると決めた。周りから蔑まれようとも進むと決意した。例え、この手足がもがれようとも、私は這ってでも進む。それを決めたのは紛れもなく、『私』だ。

 

「ハーデスのようなやつに構っている暇なんてない。私の復讐は終わっていないのだから」

 

ハンカチで涙を拭う。壁に掛けてある鏡を見つめる。少々目を赤くした成人女性が此方を睨んでいた。フッと目元を柔らかくすると、鏡の中の女性も笑う。

 

その時、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。『協力者』が来たみたいだ。

今回の協力者も人格破綻者だからな…。話すのが疲れるから嫌だ。

でもなあ、『コナン対策』として必要なんだよなあ。コナン対策なんて出来ればしたくない。死亡フラグでしかないし。 だけど、ほんっっとにあの死神が邪魔すぎてさァ…。

マジで何なのあの探偵野郎。憧れの主人公に酷いことは出来るだけ言いたくないよ? でもな、コナンは事件がある所にゴキブリみてーに湧いてくるから。恐怖だから。昔はあんなにファンだったのに。

 

私は気分を切り替える。声色を低めにした。協力者に入室するように促す。協力者が部屋に入って来た時、私はニタリと笑った。

 

「———やあ、『モリアーティ教授』。待っていたよ」

「お久しぶりです、幾世あやめさん」

 

今回は大仕事になる。このホテルで行われるオープニングパーティでの仕事を失敗させるわけにはいかない。『モリアーティ教授』の晴れ舞台になるはずだから。そんな大事な場面で、私は止まるわけにはいかないのだ。

ハーデスの幻影を私は潰した。もう二度と迷わないために。ジリッと目の奥で復讐の炎が燃え上がった。

 

 

 

 

「すっげー! でっけーホテル!」

「おい、元太、あんまり走り回んなよ」

「コナンも来いよ!」

「コナンくーん!」

「ったく、お前ら聞いてんのかよ…」

 

ホテルの廊下で走り回る元太、歩美、光彦に呆れた目を向ける。そんな俺を見た灰原は小さく笑った。お前も注意しろよ、おっちゃんに叱られるだろ…とムッとした顔を灰原に向ける。その時、やはりと言うべきか、小五郎のおっちゃんが三人を叱った。遅かったかと手を頭に当てる。

 

今回、俺達は園子にホテルのオープニングパーティに招待された。知り合いの社長のホテルのパーティらしい。園子は一人でパーティに出席するのが嫌で俺達を呼んだみたいだ。蘭、おっちゃん、博士、歩美、元太、光彦、灰原、俺の計8名を招待してくれた。

 

(流石は鈴木財閥のご令嬢が招待されるだけはあるな。すっげー豪華だ)

 

そう考えていると会場に到着する。園子と合流した後、立食形式の食事を楽しんだ。

その時、前方に見覚えのあるシルエットが見えた。俺は「あっ」と声を上げる。そして、その人に話しかけた。

 

「幾世さん! どうして幾世さんもここに?」

「————ブハァッッッ!! ゲホッゲホッゴホァッゴホァッひぃ、ゲホッ、ひぃ、ボハッ、はっ、アッ、ゲホッゲホッ、ご、コナンくん…??」

「だ、大丈夫…? 凄い噎せてるよ…?!」

「ちょ、ちょっと気管に入っただけだから大丈夫よ、はははははははは。えっ、何でここにいるのかな…??」

「園子姉ちゃんに招待されたんだ! 幾世さんは?」

「園子ちゃんかー…園子ちゃんね…あーうん、うん。私? 私は仕事だよ…」

「そうなんだ!」

 

疲れた表情で笑う幾世さん。そんな幾世さんに申し訳ない気持ちになった。

幾世さんは何かと病弱な人だ。直ぐに噎せたり、咳き込んだりしてしまう。それに加えて、気の弱い人である。今みたいに後ろから話しかけただけでビックリしてしまうのだ。何度か事件現場に遭遇しているのだが、その度に顔を青くしているくらいである。驚きに対して耐性がないのだろう。

 

(今度は気をつけて声をかけるか)

 

俺は苦笑いを零す。

その時、幾世さんの隣から40代後半から50代前半の男がやってきた。仕立てのいいスーツをキッチリ着こなしている。男性は優しげな表情を浮かべた。そして口を開く。

 

「幾世くん、この坊やは?」

「知り合いなんです」

「僕、江戸川コナン! おじさんは?」

「私かい? 私は幾世くんの上司の有栖川と言う。よろしくね、コナンくん」

 

有栖川さんは和やかな雰囲気を出しながら笑う。穏やかな幾世さんに似合う上司だなと感じた。

その二人と談笑をする。幾世さんは相変わらず体調が悪そうな顔をしていた。病弱なのに仕事をよく頑張っているよな、この人。

だが、いつも通りなのであまり気にしないことにしておく。幾世さんは心配されるのが嫌みたいだからな。

そんな彼等と話していた時だった。

 

——悲鳴が聞こえたのは。

 

「きゃあああああああ」と女性特有の甲高い悲鳴だ。俺は思わず、バッと声の方向へ目を向ける。どうやら舞台裏から悲鳴が上がったようだった。俺はすぐさま走り出す。舞台裏に無断で突入した。後ろからおっちゃんも入ってくる。

舞台裏には腰を抜かした年若い女性スタッフがいた。女性の隣にも40代くらいの男性スタッフが驚いた表情で突っ立っている。おっちゃんは慌てて二人に駆け寄った。

 

「どうした?!」

「しゃっ、社長が…! 首を吊って…! し、し、し、死んで…!」

「何?!」

 

女性は身体を震わせながら指を指した。彼女の指の先にいたのは『首吊り死体』。スーツを着た60代前半ほどの男性が首を吊って死んでいたのだ。

俺はいつも以上に目を鋭くさせる。ギリッと歯を噛み締めた。

 

(また首に関係する死か…!)

 

最近、首に関係する死が嫌に多い。その中で最も多いのが首吊りによる死だ。自殺の時もあるが、殆どが自殺に見せかけた他殺である。偶然で片付けてしまうには少々数が多すぎた。

しかし、どの事件も既に犯人は捕まっている。同一犯の仕業ではないようにみえた。

これは偶然なのか? だが、偶然に済ませてしまうにしては————些か不自然だった。

 

(この一連の首に関する事件の裏にきっと誰かいるに違いない…!)

 

でも、それを言っても誰も相手にしてくれないだろう。俺が新一だったとしても、「そんなのあり得ない。犯人は既に捕まっているんだぞ?」と言われてしまうに違いない。

だが、引っかかるのだ。パズルのピースをいくつか見逃している気がしてならなかった。これは俺の探偵としての勘。難事件を解決してきた俺だからこそ抱く、言い様のない『違和感』だった。

しかし、トリックも何も見抜けていない状況で周りに言うことなど出来ないだろう。

 

俺がウンウン唸っていると、横から灰原が話しかけてくる。その顔には珍しく笑みが携えられていた。俺は首を傾げる。何で笑ってんだ? そんな俺の疑問を他所に、灰原はそのまま口を開く。

 

「随分と楽しそうね。まるであの時みたい」

「楽しそう? 俺が? 後、あの時っていつだ?」

「自覚してないの? ほら、貴方が大人の体に戻ってイギリスに行き、帰ってきた時よ。今みたいにワクワクしてたじゃない。『俺を出し抜いた奴がいるんだ!』って」

「あ————」

 

その時、脳裏に過るのはイギリスの新聞。『モリアーティ教授』と書かれたあの新聞だった。

イギリスでウィンブルドン選手権会場を爆破しようとしたハーデスによる事件。あの時、ハーデスは自分の裏に誰かいるということを仄めかした。

 

俺を出し抜いた真犯人。

モリアーティ教授と称される『誰か』。

 

沢山の足りないパズルのピースのうち、一つだけが俺の前に現れた気がした。

——イギリスのあの事件は『首』に関する事件ではない。だが、この一連の『首』の事件に非常に酷似していた。

 

(俺はどうして似ていると思ったんだ? うーん……そうだ。『癖』だ。ハーデスの事件も、首の事件にも、特有の『癖』があったんだ!)

 

俺が違和感を抱いた一つ。それはどんな人間でも持つ、『癖』。

計画の立て方とトリックの練り方というのは人によって様々である。まるで将棋の様に攻める計画の立て方もあれば、己が信念に沿って計画を練る者もいる。

つまり、事件というのはその人物の『性格』がどうしても現れてしまうのだ。殺しという行為は、その人物の本性を最もあらわにする。

 

今までに一連の首事件で様々な人物が捕まった。ある時は社長秘書や役員。またある時は風俗嬢や一般の主婦、サラリーマン、外国人。生活圏があまりに違いすぎる者達。更には性別や人種まで違っていた。

 

(だが、彼らのトリックは共通して、『綿密に練られた完璧な事件』だった——!)

 

その答えに辿り着いた瞬間、ゾクゾクッと震えた。顔に添えていた手に汗が滲む。口角は上がっていた。

そう、おかしいのだ。何もかもが共通しない犯人達。全てが違う彼らが、俺から見て『完璧な計画』など練ることができるだろうか? 答えは、否。できるわけがない。人の考え方は人によって違う。ならば、『完璧な計画』も人によって違う筈なのだ。どの程度が『完璧』なのかは人の尺度で変わるのだから。

 

興奮のあまりに声が上ずる。俺は目を輝かせて灰原を見た。

 

「やっぱり、俺は間違っていないんだ! この言い様のない違和感。必ずこの一連の首事件の裏には真犯人がいる!」

「江戸川くん…?」

「ありがとな、灰原! この事件はきっちり調べるぜ! そうと決まれば行ってくる!」

 

俺は灰原から目線をそらす。そして俺は走り出した。

だが、この時俺は気がついていなかった。後ろから灰原が「江戸川くん…!!」と叫んでいたなんて知らなかったのだ。その表情が先ほどと打って変わって、悲壮な顔つきになっていたことなど。俺は知らなかった。


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