————数時間後。
俺はこの事件を解決することが出来た。犯人は第一発見者の女性だ。動機は復讐。
昔、被害者である社長の会社は経営難に陥った。結果、彼女の両親を解雇する羽目になったらしい。それにより犯人の家では家庭崩壊が起きてしまった。ろくに犯人は学校に行くこともできず、ひもじい思いをしたらしい。
(この事件のトリックの仕掛け方は完璧。まず他の人間だとトリックすら分からないだろう。こう言っちゃあ悪いが、あの女性がこのトリックを考えることができるとは思えないな…)
だからこそ、犯人に先ほど聞いてみたのだ。どうやってこの計画を練ったのかと。
だが、ずっと彼女は「自分で計画を練った」と言い張っていた。嘘で言っているのではなく、本気でそう考えているようだったのだ。
でも、俺は納得がいかなかった。何度も何度も確認したが、彼女は「自分でした。確かに色々な人からそれとなく仕入れたけど。最終的に全部考えたのは私よ!」の一点張り。アレは演技でしてできるものではなかった。
何故だ? そう考えながら廊下を歩いていると、誰かにぶつかった。その誰かに押し負けて俺は尻餅をつく。「いてて」と言いながら見上げる。そこには幾世さんの上司の有栖川さんがいた。
有栖川さんは俺を見て、目をまん丸くする。そして、凄く心配してくれた。「怪我はないか?」と慌てて聞いてくれる有栖川さんに笑顔をみせる。「大丈夫だよ!」と元気よく言った。
彼は安心したような表情を浮かべる。流石は幾世さんの上司だ。気質が似ているのだろう。俺は思わず苦笑いを零した。
「すまないね、前を見ていなかった」
「僕もなんだ。気にしないで! あれ? 幾世さんは?」
「ああ、彼女は疲れたみたいでね。今はホテルの一室で休んでいるよ」
「幾世さんは殺人事件が苦手だもんね。仕方がないよ。あ! もしかしてその手に持っている果物と花は幾世さんの為?」
「そうだよ。果物くらいなら気分が悪くても食べることができると思ってね。花はそのついでかな」
果物と花——リンゴとアネモネの花を持ちながら有栖川さんは笑った。
少しの間、彼と会話を交わす。初めて会ったのにも関わらず、随分と話が弾んだ。
まあ、理由は有栖川さんがシャーロキアンだったことに他ならないんだが。まさかここまでホームズについて詳しい人物がいるとは思わなかった。
楽しく会話をした後、俺と有栖川さんは別れようとする。その時だった。
有栖川さんはスッと自然に俺の耳元へ言葉を紡いだのだ。
「あまり無理をしてはいけないよ」
「————ッ」
一瞬。ほんの短い時間。その刹那に発せられた有栖川さんの言葉に俺は目を見開いた。
「ど、どういう意味かな…?」
「その言葉の意味、そのままだよ。よく君は事件に巻き込まれるみたいだから」
困ったように、だけど、優しげに微笑む有栖川さん。その表情は幾世さんと若干ダブった。
俺が口を開く前に有栖川さんは歩き出してしまう。彼を引き止めようとしたが————やめた。
(優しそうな有栖川さんのことだ。それ以上の意味はねーか)
そう思い、有栖川さんの背中を見送った。
だが、この時、俺は引き止めるべきだったのだ。手がかりはすぐそこにあったのに。
・
・
・
とあるホテルの一室で、私はソファーに座りながら天を仰いでいた。その後、横に座る人物に目を向ける。
「どうやら上手くいったようだ。初仕事、お疲れ様。有栖川さん、いや、『モリアーティ教授』」
「ええ、お陰様で。残念なことに女は捕まってしまいましたが」
『モリアーティ教授』と私に呼ばれた有栖川さんは和やかに微笑んだ。残念と言いながら、全然残念そうではない。
彼のために私は紅茶を入れ、それを勧める。『モリアーティ教授』は私に礼を言い、紅茶を飲んだ。
私がコナン対策として考えたことはただ一つ。
『モリアーティ教授』を作ってしまうことだった。
本物のモリアーティ教授がいたならば、コナンの目はそちらへ向く。私なんて眼中に入らなくなるだろう。その間に私はゆっくりと復讐を遂げればいい。
あの死神の所為で計画通りに進まなくなってしまったからな…! 私の知らない間に復讐相手が勝手に死ぬことがざらにあったくらいである。しかも、私が準備した道具や仕掛けがこれまた勝手に他の犯人に使われてしまうのだ。本当にやめろ!
まあ、まだそれならいい。『まだ』いいのだ。腹が立つけどな!
一番許せないのは、『復讐相手以外の人間が死んでしまった』ケースだ。その場合、復讐相手も容疑者に含まれていることが多々ある。お陰で迂闊に手を出せなくなるのだ。本当に邪魔だぞ、あの死神!
(まあ、あの名探偵の目を長期間、欺けるなんて思ってはないけど。長くて精々数ヶ月。最悪、一日でバレる可能性もある。その間に確実に復讐相手を仕留めなくては…!)
このモリアーティ教授はコナン世界に登場する犯人の一人だ。態々、工藤新一が敵対する『モリアーティ教授』に相応しい人間を探してきた。
コナン世界は基本的にホームズに所縁のあるものが多い。主人公である工藤新一が『平成のホームズ』と呼ばれている所為もあるのだろう。そこに私は目をつけた。
——工藤新一がホームズ。ならば、それに対抗するモリアーティ教授がモデルのキャラもいてもいいのでは?
前世の原作知識を必死に思い出した。それだけには飽き足らず、コナンや工藤新一が解決してきた事件まで調べたのだ。片っ端からあらゆる事件を調べまくった。そして、ようやく見つけた。
『森谷帝二(もりや ていじ)』という男を。
森谷帝二とは映画第一作目に登場する真犯人だ。第一作目に相応しく、森谷帝二のモデルは『モリアーティ教授』である。
その証拠に、森谷帝二の名前はモリアーティをもじったものだ。更に、彼は東都大学建築学科教授である。専攻分野は違うが、モリアーティと同じ『教授』だ。
これを見た瞬間、彼以上に『モリアーティ教授』に相応しい人間はいないと思ったね。森谷教授はモリアーティ教授が滝へ落ちた日と同じ日に逮捕されたぐらいだし。 まさにモリアーティ教授。
彼ならやってくれる…! コナンに恨みもあるだろうし…!
思い立ったら即行動。早速、私は森谷教授を脱獄又は出所させようとした————のだが…。
(森谷教授、勝手に脱獄してたんだよね…)
ちょっ、森谷教授、何でお前シレッと脱獄してんの?!?! 流石にテンパった。
森谷教授は良いところの坊ちゃんだ。脱獄するようなハートを持つ猛者ではないだろう。親戚が金を積んで、森谷教授を出所させたのなら、まだ話は分かったのだが。なんか勝手に脱獄してたよね…訳がわからないよ…。
その後、慌てて別の協力者に脱獄した森谷教授を捕まえてもらった。その時、「どうやって脱獄した?」と森谷教授に聞いたのだが…。「知らない人に助けて貰った」と言われたのだ。余計訳が分からなかった。
誰だよ、森谷教授を助けたやつ。何か森谷教授にしてほしいことがあったのか? それならば少々不味い。森谷教授には末長く『モリアーティ教授』を演じてもらわなければいけないのだから。他の奴には取られては敵わん。そう考えて、慌てて彼を引き入れた。
(森谷教授も快くモリアーティ教授になることを引き受けくれて良かった)
森谷教授は最初、かなり私を警戒していた。当たり前である。だが、会話をしている間に警戒も解けたのだろう。協力的になってくれた。
結果、森谷教授は私の協力者になってくれたのだ。その後、追っ手対策のために森谷教授は整形を行った。他にも『モリアーティ教授』になる為の演技や人を操る技術を習得してもらったよ。ホームズのモリアーティ教授は人を操るプロだ。森谷教授にはそうなってもらわねばならない。
少し前に森谷教授の訓練は終了した。その訓練の最終試験として、手始めに事件を裏で操ってもらうことになったのだ。このホテルに来たのもその為である。
今日、裏で操ってもらったのは『社長に恨みを抱く女性』——つまりは今回の犯人だ。森谷教授は彼女の元へ何度も何度も沢山の『協力者』を向かわせた。
犯人の元へ大勢の我々の協力者を向かわせた理由。それは、『彼女の社長殺害計画に他者の意見を取り入れさせるため』である。
それとなく協力者達が犯人に対して、少しづつ少しづつ殺人に関する知識を与えたのだ。「こういうトリックって怖いよね」「知ってる? こうしたら人にバレないらしいよ」と言うように殺し方を教えていった。
確実に社長を彼女に殺させるために。
本当なら、こんな手間をかけることは滅多にない。だが、今回は『森谷教授の為の最終試験』である。敢えて難しくなるようにしたのだが——。
(難しくしておいてよかった! まさかコナンがいるとは思わなかったから…! 会った時は思わず飲み物を噴き出したわ!)
ベストタイミングでやってくるあの死神に戦慄したものだ。「森谷教授の最終試験に態々被るの?!」と本気でびびった。伊達に国民的名探偵をやっていない。事件に関しては神がかり的なタイミングでやって来やがる。本当に怖すぎ。慌てて森谷教授に「コナンが来た!」と伝えたものだ。
余談だが、森谷教授にはコナンの全てを伝えている。コナンついてよく知っておかないと、ホームズのライバルなどなれないからね!
私はにっこりと森谷教授に笑ってみせる。そして、静かに口を開いた。
「モリアーティ教授、どうやら因縁の相手に会ってしまったみたいだね?」
「ええ、まあ。あれが私の邪魔をした工藤新一が縮んだ姿、ですか。本当は半信半疑だったのですが、今回の事件で確信しました。江戸川コナンは工藤新一だと」
「そうでしょう! そうでしょう!」
「後、一つだけ言いたいことがあるんですが…」
「何かな?」
「確かに彼は私の因縁の相手です。でも、モリアーティ教授と呼ぶのはやめていただけますか? 私には相応しくない」
「何故? 今から貴方がする仕事はまさにモリアーティ教授。ホームズを打ち倒す可能性を持つ、モリアーティ教授だ」
「いえ、私はモリアーティ教授の器ではない。私の役割は精々モラン大佐ですよ。モリアーティ教授は貴方だ、幾世さん」
「やめてくれないかな。私もその器でないよ」
何故、皆さんは口を揃えてモリアーティ教授と私を呼ぶの? 本当にやめて欲しい。私は顔をしかめた。それを見た森谷教授はクックッと喉を鳴らす。随分と楽しそうだな。
それを尻目に入れながら、更にソファーへ身を沈める。ホテルの天井を見た。
(復讐したい相手をまた1人、仕留めた)
一歩一歩、確実に私は歩いている。しっかり地面を踏みしめ、私は歩くことができている。その事実をゆっくりと噛み締めた。
例えその進む道が血の海だったとしても。怨念と怨恨の闇が広がる世界だったとしても—————…
————私は進んでいる。茨の道を。傷つきながら進んでいる。
最後には何も残らないかも知れない。だが、私はそれでも進み続けるだろう。
(だから、邪魔をするな。『ホームズ』!)
私は主人公の顔を思い浮かべ、睨みつけた。
幾世あやめの復讐は終わらない。
お久しぶりです、皆様。だら子です。
日間や週間、月間、年間ランキング入りするとは思いませんでした。ありがとうございます。本当に嬉しいです。
物凄く頑張りたいのは山々なんですが、理由があって更新が遅くなります。理由は活動報告に書いてあるので、読んでもらえれば幸いです。