犯罪者になったらコナンに遭遇してしまったのだが   作:だら子

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其の八: 「ミステリートレインには乗るな(上編)」

「あれ…? 先生の呼び名ってベルモットって言うんでしたっけ…?」

「あら、言っていなかったかしら」

 

言ってない言ってない。

 

衝撃の事実に私は硬直した。右手のフォークに刺さるケーキがボトリと皿へ落ちる。それを見た先生――ベルモットが顔をしかめた。「お行儀が悪いわ」と言う彼女へ慌てて謝る。そして、私は皿に落ちたケーキをフォークに刺した。小刻みにフォークが震える。

 

(え? マジで? 目の前にいる先生、ベルモットなの…??)

 

待って。ちょっと本当に待って。私は知らず知らずの間に超重要キャラと遭遇していたわけ…?? 『あの』ベルモットに??

それを自覚した刹那、ゾッと震えた。一瞬で身体が冷たくなる。なりふり構わずに叫びたい気持ちになった。

だが、今いる場所は列車の食堂車である。周りには沢山の人々。更に、目の前には『あの』ベルモット。数々のフラグを立て、コナンキャラ屈指の重要キャラの一人のベルモットが! 私の目の前にいるのだ! 叫び散らかせば、直ぐに私の首は飛ぶだろう。そう考えてグッと感情を抑え込んだ。

 

(私よ、気がつくのが遅い…! でも、仕方がないと言えば仕方がないか…。原作知識を思い出したのはつい最近だし…)

 

しかも、記憶を思い出した時期があまりにも悪すぎた。あの江戸川コナンと遭遇した時に記憶が蘇ったのだ。探偵という、『人の秘密を暴く』ことに特化した主人公との出会い。そんな非常事態が起きている時に普通の協力者の一人だと思い込んでいた『先生』へと意識が向くはずがない。

 

(もっと早くに記憶が戻れば良かったのに…!)

 

ベルモットは他のコナンキャラと違い、個性的な服装や見た目をしていない。パッと見はただの金髪碧眼の白人美女だ。とはいえ、かなりの美人ではあるが。しかし、それくらいなら頑張って探せば何人かは見つかるだろう。

 

(それに加えて、私は今の今まで先生の名前を知らなかったからなあ…)

 

私はベルモットのことをずっと『先生』と呼んでいた。恐らく、そのせいで彼女の顔を見ただけではダメだったに違いない。

 

(早々に彼女の名前を知り、記憶が蘇っていたならコナンと知り合いになんてならなかった…!)

 

くそったれ! 名前聞けよ私! 思わず髪を掻き毟りたくなった。

一応、先生の名前を聞かなかったのには理由が二つある。一つは、見るからに先生が裏社会の人間だったからだ。もしも名前を下手に知ってしまえば、さらに危ない事件に巻き込まれるかもしれない。そう考えた昔の私は何も聞かなかったのだ。

もう一つは、ベルモットとの契約でお互いに干渉しないことも条件の一つだったからである。この二つの理由から私は名前を聞いていなかったのだ。

 

(コナンと顔見知りになっているのも最悪だが…。ベルモットと協力関係になっているなんて更に最悪だ! 私は悪夢でも見ているのか?!)

 

余程、この世界の神は私が嫌いらしい。ああ、しかし、ベルモットと遭遇していなければ、現時点での復讐がここまで進んでいなかっただろう。それが事実だけにベルモットと契約を結んだ昔の自分を責めることができなかった。

 

今でこそ私は金銭的な余裕がある。だが、復讐を決意した時期は殆ど金がなかった。当たり前だ。私はどこにでもいる普通の日本人だったのだから。

仕方がなく、「薄汚いことでもやるか…?」と考えていた。本当は凄く嫌だったけど。私は小心者で雑魚で何の力もない弱い人間だ。それを自覚していたからこそ、裏社会へ身を置けば直ぐに死んでしまうと分かっていたからである。しかし、金がなければ私の復讐を効率よく進めることはできない。

 

(自分の命を賭けたりなんかしたくないけど…復讐が優先だ。黒いことでもなんでもやってやる)

 

そう意気込んでいた時だった。ベルモットが何故か私へ手を差し伸べてきたのだ。当時は驚いたものである。何も聞かず、こんな小娘に協力する馬鹿がいるのかと。

もしかしたら騙されているかとも思った。その時のベルモットの服装は明らかに裏社会の人間の格好だったしなあ…。だから、彼女が契約を持ちかける前は支離滅裂なことを言って追い返そうとした程だ。

 

(だが――――だが、それでも)

 

騙されていたっていい。

ボロボロの布切れのように使われてもいい。

人としての尊厳を失っても。

絶望の果てに朽ちようとも。

 

――――それでも、金が必要だ。

 

協力者が、モノが、頭脳が、ありとあらゆる全てが必要だ。憎っくき奴らの喉笛を搔き切るためには。私はどうなってもいい気持ちで彼女の手を取った。

しかし、ベルモットは本当に私へ協力する気でいたらしい。私が望めば必要なだけの金を、知識を、人材を、武器を授けてくれたのだ。

もちろんタダでそれらを与えてくれたわけではない。『もしも先生に何かがあれば優先的に彼女を助ける』――という条件つきである。復讐の傍、私は先生の雑用係としても動いていた。彼女と契約を結んだことは私にとって最大の幸運であり、現時点では失神レベルの悪夢である。

 

(どうして契約なんて結んじゃったんだ、私! いや、仕方がないんだけどさ! でも、それにしたって今、いる場所と乗り合わせている人物が危険すぎる…!)

 

今、いる場所を言ってやろうか? ミステリートレインの中である!

 

ちなみに、ミステリートレインというのは、列車内で行われる体験型の謎解きアミューズメントのことだ。実際に参加者が探偵、もしくは犯人となり、事件を解決するという催し物である。そのミステリートレインで、ベルモットの登場とか本当にヤバイ。いや、ヤバイどころの話ではない。マジで致命的なミスである。確実にコナン御一行様が来るじゃん。

 

(くっそ、こんな列車に乗るんじゃなかった…!)

 

だが、先生からの頼みがあったのだから仕方がない。『貴方の手がいる』と先生に言われたのならば行くしかないだろう。これを断るという事は彼女との約束を反故にする事と同じ。今までの恩を仇で返してしまうことになるのだ。

 

(というのは全て建前で、先生が怖かったからだよ!)

 

いつも先生は優しくしてくれる。しかし、あんな大金や武器、知識をポンっと簡単に渡してくれちゃうお人でもあるのだ。そのような人の約束を破るなんて真似は誰だって怖すぎて出来ないだろう。直ぐに死んでしまう。小心者まるだしの理由でごめんなさい。

 

(ああ、先生だから大丈夫とか思うんじゃなかった…! てか、どうして今、先生がベルモットと気がついてしまったのか…!)

 

先生がベルモットだと気がついたのは先程、食事中に彼女が電話にでた時である。先生が「ハァイ、ベルモットよ」と言って電話にでたのだ。思わず紅茶を噴き出すかと思った。動揺しすぎて先生を二度見どころか五度見したぐらいである。

 

(つーか、こんな人の多い場所でどうしてベルモットって言うの?! 言っていいの?!)

 

はー…今まで気がつかなかった私が馬鹿すぎる。もう帰ってもいいだろうか。でも、この列車はミステリートレイン。行き先に着くまでは基本的に止まらない。辛い。発狂したい。ベルモットである先生がミステリートレインに乗るとかフラグでしかないじゃん…。

私が遠い目をしていると、先生は再び爆弾発言をした。

 

「今回の準備の手助け、感謝するわ。例の物の配置は終わったかしら?」

「ええ、もちろん。手筈通りに」

「やはり貴方は手際がいいわね。ふう、あまり気が乗らないけれど捕まえなくては…シェリーを」

「シェリー、ですか…? ベルモットやシェリーといい、お酒の名前ばかりですね」

「言っていなかったけれど、私はとある組織に所属しているのよ。そこでのコードネームがそれってわけ」

「へ、へぇー。私に教えちゃってもいいんですか…?」

「それ以上は教えるつもりもないし、関わらせるつもりもないわ。でも、名前くらいは知らないと不便でしょう? まあ、気にすることはないわ。貴方はただ私の手伝いをしておけばいいの。今回はこれで終わりよ」

「『先生のことは深く詮索しない』がルールですもんね。分かってますよーはっはっはっ」

 

やめろ! シェリーって言うな!

 

できれば名前すら知りたくなかったです…! 生存率が下がるだろうが生存率が! ただでさえ犯罪を犯している時点で幾つか死亡フラグが立っているというのに…!

 

私は乾いた笑みを浮かべながら、内心でうな垂れる。やってらんねぇ。本当にやってらんねぇ。テーブルに隠れた自分の足が震えた。それを頑張って抑える。その時、私の頭の中にとある考えが浮かんだ。

 

――――つーか、多分、これって原作の『漆黒の特急(ミステリートレイン)』の話じゃない…?

 

『漆黒の特急(ミステリートレイン)』とは黒の組織とコナン達がグッと近づく話である。この回の登場人物は豪華勢揃いと言っていいほど、それはもう主要なキャラ達が登場する。毛利親子、少年探偵団、鈴木園子、世良真純はもちろんのこと、赤井秀一、安室透、ベルモット、工藤新一の母、怪盗キッドまでが出てくるのだ。更には全員がこのミステリートレインに乗り合わせているという悪夢。

 

(確か、外野にはジンやウォッカもいたっけ。そんな時に私が居合わせている、だと…?)

 

地獄かここは?! 死神のオンパレードやめろ!

 

私、地獄に落ちるようなことしてませ……しているわ、ヤバイくらい地獄に落ちるようなことをしているわ……。そのせいなの?! やっぱり犯罪者なんてしているから、この遭遇率なの?! 犯罪者は地獄に落ちるべきだよね、分かる! でも、私に対しては適用して欲しくなかった。私は善良な復讐者だ!

 

(これでも全力でコナンを避けているというのに…!)

 

しかも、今回の遭遇した時期が最悪の中の最悪だ。黒の組織とコナンが完全対決の時に私がベルモット側にいる――――その事実だけでもう泣き崩れたいレベルである。どうしよう本気で震えが止まらないんだけど。

 

先生が「ただ手伝いをするだけ」「組織に関わるな」と線引きしてくれているだけマシとは言えばマシだが…。『マシ』なだけで、全然良くない。どうして今、私に教えたんだ先生ェ!

 

私が内心で頭を抱える。その時、あることをハッと思い出した。とんでもないヤバすぎる事案を思い出してしまったのだ。

 

(ヤバイ。ヤバイぞ。確か今回、森谷帝二さんがこの列車へ乗った誰かの復讐の手助けをしていたはず)

 

ヤッッッベェ!! こんな探偵がわんさかいる場所で犯人側とか死ぬ!! 一応、今回の復讐の手伝いでは、依頼者側が『復讐相手が反省しているようなら自首を勧めたい』ということだけは知っていた。だから、もしかしたら今日の犯行は取りやめになるかもしれない――――わけないだろボケがァ!

ここはコナン世界だぞ?! 絶対に復讐相手は反省していない! なんなら、寧ろ、「あんな奴らなんて殺して正解だったヒッヒッ」とか最低なこと言いだすぞ!! 確実に依頼者は怒って、そいつを殺す羽目になる!!

 

ちなみに、現在、私達は『復讐の手助けをする』というビジネスをやっている。こんなビジネスをしている理由は二つ。一つ目は資金や協力者集めのため。二つ目の理由は捜査撹乱のためである。このビジネスをすることで多くの人達が復讐をするようになるだろう。結果、警察や探偵の注意が私へ向きにくくなるに違いないと見込んでのことだ。

 

(まあ、このビジネスも最初のうちは私がやっていたんだよ!)

 

先程言ったように、今は『モリアーティ教授』こと森谷帝二さんへ全て任せている。理由は簡単だ。私が自分の復讐などで忙しいからである。

確かに資金や仲間集め、捜査撹乱は大切で、重要だ。一つのミスも許されない。森谷帝二さんがポカをすれば、芋づる式に私へと辿り着くことだろう。

しかし、私の為すべきことは復讐。ビジネスがメインになってしまえば本末転倒だ。

 

(あー…本当、最低な人間になったなあ…。こんな薄暗いビジネスやめたいなあ…)

 

だが、復讐には金がかかる。完璧さを求めれば求めるほど金が必要になってくるのだ。今はまだ先生がお金をくれているが、いつ切られるか分からない。それ故に仕方がなくこのビジネスをしていた。

 

(今回の依頼者がどんな人物とかどんなトリックを使うとか、詳しいことまでは知らないんだよなあ…! 『復讐相手が反省しているようなら自首を勧めたい』という内容しか知らねーよ!)

 

私と犯人との関係性を断つために敢えて聞いていないのが仇になったか…! このお話の内容はどんなのだっけ…?! ちょっと忘れているんだけど…! 確か犯人は絵画の鑑定師の人だったかな…? ああああヤバイヤバイ!! 早々に彼を止めなきゃ! 一番初めの時のようにコナンを誤魔化せるはずがない!! あれは運がよかった。いや、『運が良すぎた』。あの奇跡は二度と起こることはないだろう。

 

もしも万が一、何万分の一の確率でコナンが誤魔化せたとしても、赤井や安室がいる。それに加え、工藤母に怪盗キッドまでいるのだ。二段構えどころか五段構えである。6人もの頭脳チートとやりあうなんて無謀すぎ。戦闘力5の村人がフリーザに立ち向かうレベルの無謀さである。

 

捕まる! 確実に捕まる! ああああああどうして私はミステリートレインなんて乗ったんだ?! 今後、『ミステリー』が付くモノには絶対に行かないぞ!

 

(ちょっ、中止中止!! 今回の殺人計画は中止!!)

 

森谷帝二さんに伝えなきゃ…!! メールや電話……はダメだ。この探偵がわんさかいる場所で携帯電話の使用は死亡フラグ。かといって、直接対面はもっとアウトだ! こういう緊急時ってどうやって連絡するんだっけ?! 事前に決めていたんだけど、テンパッて頭からすっぽ抜けている!

 

(どうする…? どうやって犯人を止める…?!)

 

くっそ、直接私が犯人と関わっていたのなら、もっと簡単だったのに…! 自分以外の復讐者への手助けを森谷帝二さんに丸投げするんじゃなかった…! ああ、くっそ!

 

(丸投げした結果がこれとかヤバイ! 万が一、森谷帝二さんが逮捕された場合を考えて、犯行中は殆どの連絡手段を絶っていたのも仇になってんじゃねーか…! いや、一つだけ直ぐに繋がる連絡手段はあるにはあるけど、それは別用だし…!)

 

まさかのダブルパンチやめて欲しい!

 

今、森谷帝二さんは別の女性とこのミステリートレインに乗り込んでいる。だが、彼はいつもの私の上司役の『有栖川』ではない。森谷帝二さんは変装して、協力者の一人である女性の恋人として此方へ来ていた。

 

それに対して、私は通常通りの『幾世あやめ』スタイルである。変装した森谷帝二さんとは一切の関わり合いがない姿だ。ちくしょう!

 

余談だが、私は女友達と一緒に来ている。一人でミステリートレインへの乗車は不自然だからだ。

まあ、ベルモットと話をする必要があったから、彼女には下剤を飲ませたけど。その為、現在、友人はトイレに篭りっきりである。食事の時間になっても彼女は出てこなかった。流石に私に悪いと思った友人は「先にご飯を食べておいて」と言ってくれたのだ。結果、思惑通り、ベルモットとの食事にこぎ着けることができた。本当にごめんな…我が友よ…。罪悪感がヤバイ。

 

(トイレ…トイレか…。そうだった! トイレだ! トイレでメモを書いた後、ハンカチでそれを包む! そのハンカチを森谷帝二さんとすれ違いざまに落とす! それが緊急時の連絡手段だ!)

 

思い出したらすぐ行動しろ! 頭を回転させろ! 一応、コナンと遭遇した時用の連絡手段を思い出せて良かった…! 暗号文をメモに書いて、早々に森谷帝二さんに渡さなきゃ…!

そう思いながら、私はナフキンで口を拭う。目の前に座るベルモットへニッコリと笑った。

 

「では、これで失礼します」

「ええ。また何かあれば連絡するわ」

 

妖艶に笑うベルモットに悶えている暇はない。死ぬ! マジで死んでしまう!

 

ああ、探偵の魔の手が自分の直ぐ近くに差し迫っている。それを想像すると、ドッドッドッと自分の心臓が強く波打つのが分かった。恐ろしい死神の幻想が頭から離れない。

どれほど完璧さを求めようとも、必ずミスはある。その小さなミスを拾い集め、コナンはきっと私へと辿り着くのだ。それを思い浮かべると、恐怖で身がすくむ。

 

いつの日にか、私はあの探偵に断罪されるのだろう。

メガネを光らせた彼の幻想が私の前にあらわれる。

 

――――犯人はお前だ!

 

(捕まってたまるか! 今回は誰も死なないミステリートレインにしてやる!)

 

私は足を必死に動かした。目指す先はトイレだ。




お久しぶりです。いつもコメントなどありがとうございます! ハーメルンでは考察コメントや面白いコメントが多いのでとても楽しいです。
ですが、それ故にコメントへの返信は最終話以外は控えさせていただこうかな〜と考えています;; コメントへの返信が盛大なネタバレになることに気がつきましたので…。申し訳ないのですが、ご理解いだければと思います。「それでもいいぞ!」って心優しき方はコメントしていただけると凄く嬉しいです。

後、今回のお話は難産で投稿が随分と遅れました。長くなってしまったので分割して、連続投稿予定です。今日は二話分、明日も二話分になります。

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