妹が殺人鬼で家族が暗殺者、なのに俺だけ平和主義 ―殺し屋リーベルの勘違い無双―   作:里奈使徒

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第十四話「熊さんと遊ぼう(後編)」

 白カブトが咆哮しながら、襲ってくる。

 

 背丈十メートル以上の大熊が、時速六十キロ相当で突っ込んでくるのだ。この白カブトを前にすれば、百獣の王と呼ばれるライオンですら、尻尾を巻いて逃げ出すのではないだろうか。

 

 それくらいの迫力はある。咆哮一つとっても、他の熊とはものが違う。

 

 これはある程度、分別がつく狩猟ハンターなら戦いはしなかっただろう。逃げの一手を考えただろうね。

 

 逃げ出そうにも背後は、白カブトが率いている熊達で囲まれている。前方は白カブトだけであるから、活路を見出すとしたら正面からって考えるかな。

 

 なるほど、これが白カブトの作戦か。

 

 なかなかにえげつない。ロックさんもこの手にやられたのだろう。

 

 よく見ると、白カブトの身体には、いたるところに銃弾がささってある。狩猟ハンター達の玉砕を受けた傷だろう。銃弾が効かないというのはマジみたいだね。白カブトの肉厚で、弾が途中でストップしているのだ。

 

 白カブトは、自分の防御に絶大の自信があるみたいだね。実際、それだけの狩猟ハンターを仕留めてきている。自信の裏付けもできているのだろう。

 

 前方から突進してくる白カブト……ニヤリと嗤っているように見えるのは気のせいではあるまい。

 

 馬鹿な人間がまたノコノコ俺に食われにきた、そう思っているのかもしれない。

 

「まぁ、お前がそう思うんならそうなんだろう――」

 

 先行したカミラを追い越すと、神速で白カブトの懐に入る。

 

 そして、

 

「お前ん中ではなぁあ!」

 

 そのどでっぱらに拳を叩き込んだのであった。

 

「がぁが!?」

 

 白カブトの動きが初めて止まる。その表情には、驚愕の文字が浮かんでいた。

 

「痛いか? まぁ、俺の拳は弾丸より強いからね」

 

 今までハンター達から受けてきたダメージが、子供のお遊びだと思えるぐらいに感じているはずだ。

 

「あ、あ、お兄ちゃんだけずるい!」

 

 カミラがピョンピョン跳ねて抗議している。

 

「カミラ、少し待て」

「え~どうして?」

 

 カミラが頬をふくらまして不平を露わにした。

 

 まぁ、不満だろうな。しかし、ここに来るまでに俺は一つ考えてみた。

 

 人を襲う害獣白カブト、これは問答無用で殺していいと思う。人に仇をなす獣など駆除対象だ。

 

 ただね、さっきカミラが撃った野鳥の件……。

 

 木に撃てば済む話を、わざわざ野鳥をターゲットに選んで撃ち殺したのである。

 俺も「人でなくてよかった。成長したなぁ」とか思っちゃったけど、いやいや、鳥とはいえ生き物を無闇に殺生してはいけない。

 

 カミラには、色々教えてきた。

 

 人は無闇に殺してはいけない。どうしても殺したいのなら、悪人にする。これはカミラも理解してくれたと思う……多分、おそらく、希望的観測で。

 

 今度は、動物についても教える。

 

 動物だって無闇に殺してはいけない。食べる分まではいい。それ以外は控えるべきだ。

 

 さっき撃ち殺した野鳥についても、きっちり焼き鳥にして食べることにしよう。白カブトについても、殺してハイ終わりにしたくないなぁ。

 

 これも熊鍋にするか。

 

 うん、無駄な殺しはしない。遊びで殺すなんてもってのほかだ。それをカミラにも教えてからにしたいのだ。

 

「あぁ~カミラ、熊さんと遊ぶ前に一つ大事な話がある」

「もぉ~お兄ちゃん邪魔しないでよ。早くでっかい熊さんと遊びたいのに」

「待て待て待て。大事な話だ。聞かないなら、遊ばせないぞ」

「ちぇ、わかったよ」

 

 カミラはふてくされながらも、聞く姿勢を取ってくれた。

 

「よしいい子だ。さっきカミラが野鳥を撃ち殺したよな? どう思った?」

「う~ん、そこそこ楽しめたかな。でも、途中からあきちゃった」

「そうか。正直に話してくれたのはいい。それはグッドだ。しかし、もう一つ考えて欲しかった」

「なにを?」

「それはな――痛ぇ!」

 

 バシィっと後頭部に衝撃が走った。どうやら白カブトが復活したらしい。背後からベアーパンチを喰らわしてきた。

 

 少し手加減をしすぎたか?

 

 ったく大事な話の最中だというのに……。

 

「もう少し寝てろ!」

「ぎゃわあん!」

 

 アッパーぎみに白カブトの顎を揺らす。白カブトは、ゆらゆらと揺れて、ガクリと膝を九の字に曲げて倒れた。

 

「あ、あ、いいなぁ!」

 

 カミラが羨ましそうに言う。白カブトに、完全に興味を持ってかれているな。

 

「カミラ、まだだ。まだだぞ。いいから話を聞け。俺達、食事をするよな。牛肉、豚肉、鳥肉、美味しいよな」

「うん、美味し――わぁ、でっかい熊さん♪」

 

 カミラが俺の背後を見ながら、声を大にして叫ぶ。

 

「うん、話を聞きなさい。熊さんはあとでな」

 

 チラリと背後を見ると、白カブトが唸り声を上げて立ち上がっていた。

 

 さっきから白カブトの復活が早い。防御力に自信があるだけのことはある。生半可な攻撃だと、その分厚い毛皮でダメージを吸収するようだ。

 

 あぁ、めんどくさいな。とりあえず熊は無視して話を進めるか。

 

 人間は、自分以外の生物の生命を奪わなければ生きていけない。それを知り、糧となる動物に感謝して殺さなければならない。大切なことだよ。

 

 実際、マタギの間では、熊は山神様からの授かり物として尊まれている。

 

 生命の尊厳を知らないカミラには、徹底的に教えなければならないね。

 

 それからカミラに丁寧にわかりやすく教えようとするが、白カブトが、その度にバシィバシィと俺の後頭部を叩いて邪魔をしてきた。

 

 こいつのせいでカミラがちゃんと話を聞いてくれない。俺の後ろばかりを気にする。

 

 無視していればいいってわけじゃないな。

 

 クルリと白カブトに向き直る。

 

「ちょっと、待ってろ。ちゃんと熊鍋にしてやっから。もう少し、大人しくしてな!」

 

 ドンと白カブトの胸辺りに正拳突きを喰らわす。白カブトは後ろにもんどりをうって転げまわった。

 

 それでも白カブトは諦めなかった。

 

 血を吐きながらも立ち上がり、再び俺に向かってくる。その執念は、まさに王者の風格と言えるものだった。長年この山を支配してきたプライドが、簡単に屈服することを許さないのだろう。

 

「さて、どこまで話したかな」

「あ~あ~。僕も、僕も遊びたい」

 

 カミラは、俺を見ていない。俺の肩越しに白カブトばかりを見ている。

 

 その表情には、純粋な興奮と期待が満ち溢れていた。

 

 カミラにとって、目の前で繰り広げられている攻防は、最高のエンターテイメントなのだ。

 

「カミラ!」

「はぁい」

「よし。いいか、俺の言いたいことは一つだ。食べるため以外に動物を殺してはいけない。そして、殺すときは、感謝の念を持って――」

 

「ガゥ、ガルル!」

 

 バシバシと後頭部に衝撃が走る。どうやらこの白カブト、意地になってるらしい。今まで、こんなに思い通りにならなかった獲物なんていなかったんだろうな。

 

 俺がダメージを受けていないことをわかっているだろうに、しつこく叩いてくる。

 

 俺もさっきから邪魔ばかりされて相当切れてきたぞ。

 

 さらに興奮した白カブトの涎がつぅうと頭に降りかかってきた。獣特有の生臭さが頭一面に漂ってきたのである。

 

 これは我慢の限界だった。

 

 俺は教育者として、冷静さを保とうと努力していた。カミラへの模範を示すため、暴力に頼らない解決方法を見せようとしていた。

 

 しかし、この白カブトの執拗な妨害行為は、もはや許容範囲を超えている。

 

「うん……」

 

 無言で白カブトに向き直る。そして、靴をトントンと履き直すと、

 

「さっきからうぜぇええええんだよ! いい加減にしろぉや。野生なら理解しやがれ。俺とお前とのいかんともし難い差って奴をな!」

 

 そう言って、白カブトの側頭部に強烈な回し蹴りを食らわせてやった。

 

 鈍い音が山に響く。

 

 白カブトの巨体がゆっくりと傾き、そして――地響きと共に倒れた。

 

 伝説の白カブト。

 二十年間この山を支配し、数多の狩猟ハンターを葬ってきた魔獣。

 その最期は、あまりにもあっけないものだった。

 

 白カブトの側に歩み寄る。その巨大な頭部に手を当て、脈を確認した。

 

 心音はない。

 呼吸もない。

 確実に絶命していた。

 

 ……うん、やっちまった。

 今までの鬱憤もあいまって、かなり力を入れて蹴ったからね。

 

 伝説の熊を倒した。それは確かに偉業かもしれない。

 ただ、カミラに生命の尊厳を教えるつもりが、結果的に暴力による解決を見せつけただけではないか。

 

 俺自身が、最も避けるべき手本を示してしまったのだ。本末転倒だよ。

 

 とほほと気落ちしていると、

 

 な、なんか静かだな。

 

 そういえばカミラは?

 

 恐る恐るカミラの方を振り返った。

 

 カミラの表情が、見る見るうちに変化していく。

 最初は困惑だった。目の前の光景を理解しようと、小さな眉をひそめている。

 次に現れたのは不安。「熊さん? 熊さん?」と呼びかけながら、白カブトの巨体を小さな手で必死に揺さぶっている。

 

 その姿は、壊れたおもちゃを直そうとする幼い子供そのものだった。

 

 そして……理解。

 

 白カブトが二度と動かないことを悟った瞬間、カミラの瞳に浮かんだのは、俺がこれまで見たことのない感情だった。

 

 純粋な失望。

 偽りのない、心の底からの悲しみ。

 そして、その失望は瞬く間に怒りへと変わった。

 

「え、えっとカミラちゃん?」

「うっ……」

 

 カミラの唇が震える。小さな拳がぎゅっと握りしめられ、全身がかすかに震え始めた。

 

 まずい。

 

 本能的に危険を察知した。マキシマム家の血筋が本気で感情を爆発させた時の恐ろしさを、俺は知っている。

 

「うぅああああん! 兄ちゃんが僕の熊さんを壊したぁああ!」

 

 火がついた赤子のようにカミラが泣き始めた。

 

 その泣き声は、ただの子供の癇癪ではなかった。山全体が震動し、遠くの鳥たちが一斉に飛び立つ。残っていた熊たちは恐怖に駆られている。

 

 マキシマム家の血筋が本気で泣くと、これほどまでに威圧感があるのか。

 

「ご、ごめんな。兄ちゃん、ちょっと力を込めすぎちゃったみたいで」

 

 慌ててカミラをなだめようとするが、カミラの怒りは収まらない。

 

「ひどいよ、ひどいよ。楽しみにしてたのに」

「わかった。わかった。ごめん、ごめん。ほ、ほ~ら、あそこに熊さんがいっぱいいるよ。どれでも好きにしていいぞ」

 

 遠巻きに囲んでいた熊達を指さす。

 

 あれ? 遠巻き?

 

 お前ら、いつのまにか距離をとってないかい?

 まさか逃げる気か?

 

 逃がしはしないぜ。

 

 大腿筋に力を込め、スプリングのバネの如く加速した。あっというまに熊の群れの中に飛び込む。

 

「ガァア!?」

 

 熊達が突然現れた男に驚き、パニックになった。いや、絶大なる信頼を寄せていたボス、白カブトが倒された時点でパニックは始まっていたようだ。

 

 熊達は、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。ボスを失い、統制を失った群れは、もはや脅威ではない。

 

 俺は、そのうちの一匹を捕まえ、カミラのもとに持っていった。

 

 選んだのは比較的大きな雄熊だ。白カブトには劣るが、それでも体重は一トン近くある立派な個体だった。

 

「さぁ、熊さんだぞ。カミラの好きにしていい。思う存分遊べ」

 

 さきほどの説教が嘘になってしまうが、泣いたカミラに勝てる者などいない。俺は熊を背後から羽交い絞めににしたまま、カミラに渡す。

 

「ガゥア!? ガゥアアア!?」

 

 いやいやと首を振る熊。野生のカンなのか、目の前にいる者が、白カブトよりも恐ろしい生き物だとわかっているのだろう。

 

 うん、正解。

 

 熊は必死に逃げ出そうとするが、俺の腕力に叶うはずもなく、徒労に終わった。

 

 カミラは俺が渡した熊を受け取ると、思い切り地面に叩きつけた。大砲が破裂したかのような衝撃が辺りに響く。

 

 哀れ、熊はその首をポッキリと折られ、絶命した。

 

 一瞬の出来事だった。

 

 カミラの小さな手が熊の頭部を掴み、そのまま地面に叩きつける。ただそれだけの動作で、一トン近い巨体が命を失ったのである。

 

 マキシマム家の血筋の恐ろしさを改めて実感させられる瞬間だった。

 

「……弱い」

 

 カミラが呟く。

 

「……小さい」

 

 カミラがさらに呟く。

 

 その声には、深い失望が込められていた。

 

 カミラが求めていたのは、白カブトのような圧倒的な存在感を持つ相手だったのだ。

 それに比べて、この熊はあまりにも物足りない。

 

「うん、そうだな。でも、この熊だってそれなりに――」

「やだ、やだ。でっかい熊さんがいい! 兄ちゃんのバカ!」

 

 カミラの癇癪が止まらない。そばにあった石や木の枝、そして先ほど殺した熊の首を投げつけてきた。

 

 その投擲は正確で、俺の顔面を狙って飛んでくる。

 もちろん、俺にとっては避けるのは容易だが、カミラの怒りの深さを物語っていた。

 

「ち、ちょっとカミラ落ち着けって」

 

 カミラの癇癪は収まる気配を見せない。

 石を投げ、木の枝を振り回し、地面を拳で叩く。その度に地面に亀裂が走り、周囲の木々が震動する。

 

 カミラの暴れっぷりを見ていた残った人食い熊達も我先にと逃げ出していく。

 

 お、おま、ちょっと待て!

 穴いらずが何をびびってやがる。ちょっと待ちやがれ!

 頼むからカミラの相手をしろって!

 

 山に響くカミラの泣き声を聞きながら、俺は新たな決意を胸に刻んだ。

 妹の更生への長い戦いは、まだ始まったばかりだということを。

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