妹が殺人鬼で家族が暗殺者、なのに俺だけ平和主義 ―殺し屋リーベルの勘違い無双―   作:里奈使徒

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第十五話「リーベル恋をする」

 エルフスボリの山間地帯を横断し、列車とバスを乗り継ぐこと早三日。

 長い旅路の途中、何度もカミラの機嫌を取り直すのに苦労した甲斐があって、俺とカミラはついに目的地であるクォーラル市に到着した。

 

「カミラ、着いたぞ」

 

 バス停から降り立った瞬間、俺の声にカミラが振り返る。その瞳が一瞬で輝いた。

 

「わぁ! いっぱい人がいるね!」

 

 カミラにとっては、生まれて初めて訪れる大きな街だ。人口十万を超える地方都市クォーラル市の賑わいは、山奥の屋敷で育った彼女には新鮮な驚きだろう。カミラが目を輝かせて、まるで万華鏡を覗くように街の営みを見つめている。

 

 その無邪気な反応を見て、俺の胸中にほっとした安堵が広がった。

 

 ……やっと機嫌が直ってくれた。本当に、本当に大変だったよ。

 

 白カブト騒動のことを思い出すと、今でも頭が痛くなる。

 

 あの一件は、表向きには意外な結末を迎えた。白カブトとその群れの熊達は、崖から転落死したという事で決着した。死因は転落死。白カブトはもちろん、群れを成していた全ての熊の首がポッキリと折れていたという。

 

 後日、獣医師が白カブト達の死体を検分した結果、全ての熊に共通して相当な衝撃が加わっていた事が判明した。よって頂上付近から何らかの事故で、群れごと急降下したのだろうと推測された。流れのマタギの兄妹からの報告も合わせて、そう結論づけられたのである。

 

 むろん、裏工作は俺が抜かりなく完璧にやった。証拠隠滅、証言の調整、現場の偽装——全てにおいて手抜かりはない。これで俺達兄妹の正体がばれることはないだろう。

 

 うん、疲れた。本当に、心の底から疲れきった。

 

 もちろん裏工作が疲れたというわけではない。マキシマム家の人間として、そのくらいの隠蔽工作は朝飯前だ。俺を疲弊させたのは、大半が妹のご機嫌伺いをしたからである。

 

 あれから山中の熊という熊をかき集め、カミラに献上した。それでも彼女の怒りは収まらず、ほとんどの肉食獣を提供する羽目になった。

 狼、山猫、イノシシ——とにかく手当たり次第に狩り尽くした。そして、暴れに暴れまくったカミラだったが、少し落ち着いたところを見計らって、後で南極に連れて行ってやると約束したのだ。

 

「白カブトよりもでっかい南極熊をプレゼントしてやる」

 

 その言葉でようやく、ようやく機嫌が直ったのである。

 

 正直、南極なんて本当に連れて行きたくない。あそこには人類には知られていない化け物クラスの生物がゴロゴロしているし、何よりカミラが大暴れしたら生態系が崩壊してしまう。だが、背に腹は代えられなかった。

 

 今のカミラは、もう普段通りだ。珍しいものを見ては、年相応の子供らしい反応を見せている。

 

 うん、この街を気に入ってくれたみたいだな。

 

「しばらく、ここに滞在するからな」

「わかった♪」

 

 カミラの返事は実に軽やか。機嫌が良いと、本当に可愛い妹だ。

 

 クォーラル市の中央大通りを歩きながら、俺は街の様子を観察する。石畳の道に面して立ち並ぶ店々は、どれもが歴史を感じさせる重厚な造りだった。屋台、駄菓子屋、雑貨店、露天商——活気に満ちた光景が広がっている。

 

 カミラにとって、見るもの聞くもの全てが新鮮なのだろう。あっちに行ったりこっちに行ったり、本当に世話が焼ける。まるで好奇心旺盛な子猫のように、興味深そうに首を左右に振っている。

 

 こうして見ると、本当に年相応の可愛い妹だよ。

 

 ただ——

 

「ねぇねぇ、あれ()べてもいいかな?」

 

 道行く屈強な男性を指差して、カミラが無邪気に尋ねてきた。

 

 あぁ、やっぱり来たか。早速、殺人禁断症状(さつじんしょうどう)が現れたな。

 

「ワタあめでも食べていい?」って聞かれたのなら、どんなに嬉しかったことか。どんなに心が軽やかになったことか。しかし現実は厳しい。

 

 まぁ、でも、約束したように俺の許可なく殺しは厳禁と言ってある。俺の許可を得ようとするのは、むしろ良いことだ。成長の証と言えるかもしれない。

 

 勝手にされるより百倍、いや千倍マシである。

 

 うんうん、素直で偉いぞ、カミラ。

 

 俺はカミラの頭を優しく撫でながら微笑む。

 カミラもそんな俺に、天使のような笑顔を向けて微笑み返してくる。

 本当にいい笑顔だ。見ているだけで心が和む。

 

 だからといって俺が許可すると思ったら大間違いだぞ。

 

「だめだ」

 

 俺はにべもなく、きっぱりとノーと答えた。

 

「じゃあ、あれは?」

 

 今度は、武装した屈強な兵士を指差す。きっと市の治安維持部隊の一員だろう。鍛え抜かれた肉体に、歴戦の勇士らしい鋭い眼光。確かに手応えがありそうではある。

 

「あれもだめ!」

「じゃあ、じゃあ、あれは? あれは?」

 

 カミラが道行く通行人を手当たり次第に指差していく。商人、職人、貴族らしき男性、果ては老人まで——誰彼構わずターゲットにしようとする。

 

 この子は本当に……。

 

「カミラ、しばらく()べるのは禁止だ」

「えぇええ!」

 

 先ほどまでの嬉しそうな表情が一変、今度はこの世の終わりのような悲しい顔をされてしまった。まるで愛犬を失った子供のような、心底絶望した表情だ。

 

 ……しばらくの我慢でこの反応か。

 

 完全に()べちゃだめだと言ったら、どうなるのだろうか?

 

 延期でこの有様だぞ。一生禁止なんて言ったら、本気で精神が崩壊するかもしれない。本当に、まるで麻薬患者のようなものだ。徐々に、段階的に麻薬を抜けさせることが肝要である。

 

 焦ってはだめだ。急いては事を仕損じる。

 千里の道も一歩から、だ。

 

「えー、えー! いつまで? いつまで()べちゃだめなの?」

「しばらくだ」

「しばらくってどのくらい? 十分くらい?」

「なわけあるかぁあ! しばらくはしばらくだ」

「そ、そんなぁ~」

 

 カミラがその場にへたり込んでしまった。まるで生きる希望を失ったかのような、絶望に満ちた表情だ。

 

 通りすがりの市民たちが、心配そうにこちらを見ている。きっと兄が妹をいじめているように見えるのだろう。

 

「カミラ」

「うぅ」

 

 カミラが低い唸り声を上げた。これは機嫌が悪くなっている証拠である。下手をすると、このまま拗ねて暴走してしまう可能性もある。

 

 ここは上手く機嫌を取り直してもらわなければ。

 

「カミラ、機嫌を直せ。その代わり兄ちゃんが、楽しいところに連れて行ってやる」

「本当! どこ? 軍隊? それとも南極?」

 

 カミラが一瞬で立ち上がり、目を輝かせながら訊ねてくる。この切り替えの早さは、ある意味才能かもしれない。

 

 だが——

 頼むから軍隊から離れろ。そして、南極はまだ勘弁してくれ。

 

「軍隊でも南極でもない。教会だ」

「うぅ、そんなのつまんないよぉ!」

 

 カミラの表情が再び曇る。明らかに期待外れだったようだ。

 

「つまんなくない!」

 

 ブーたれる妹の愚痴に被せるように、力強く主張した。

 

 そう、つまらなくはないはずだ。やっと巷で噂の聖人と会えるのだ。ビトレイ神父の教えに触れれば、カミラの人生にきっと潤いを与えてくれるはず。立派な人の尊い教えに触れれば、カミラの情操教育に大いに役立つだろう。

 

 人を食い物にしか見えないカミラに、命の大切さ、慈愛の心、そして何より人間としての優しさが芽生えるかもしれない。一縷の望みではあるが、賭けてみる価値はある。

 

 カミラは教会と聞いて、頬をふくらませている。

 

 教会を、楽しくない、つまらない、退屈なところだと思っているようだ。

 

 この反応は、正直予想通りだった。

 

 大丈夫。カミラを説得するシミュレーションは、事前に計算済みだ。想定問答集も頭の中で組み立ててある。

 

「カミラ、教会に行ったことないだろ?」

「うん、でも、本やエスメラルダから話を聞いて知ってる。つまんないところ」

 

 やはりメイドのエスメラルダが変な先入観を植え付けたか。あの女性は敬虔な信者のくせに、なぜか教会の愚痴をよくこぼしていた。

 

「カミラ、それは間違いだ」

「間違いじゃないよ」

「いや、間違いだ。実際、カミラがお外に出てどうだったか思い出してみろ。本や他人の話と違ったところはいっぱいあっただろう?」

 

 これは事実だ。カミラにとって外の世界は、想像していたものとは全く違っていた。

 

「そういえば、そうだった」

 

 カミラが素直に認める。

 

「だろ。カミラが実際に見て聞いて感じたことが正解だ。教会はきっと楽しいぞ」

「本当に楽しいのかなぁ~」

 

 カミラが首をかしげている。まだ半信半疑のようだ。

 

 俺はカミラの肩に手を置くと、彼女の目線に合わせるようにかがみ込んだ。真摯な表情で、兄らしい優しさを込めて話しかける。

 

「大丈夫だ。兄ちゃんを信じろ! 俺が今まで嘘をついたことがあるか?」

「う~ん、あんまり、ない」

 

 即答してくれないのか……。

 

 やはりまだ白カブトの件を根に持っているようだ。確かにあの時は、カミラに嘘をついてしまった。「すぐに会わせてやる」と約束しておきながら、結局は自分一人で倒してしまったのだから。

 

 まぁ、少し信頼を失ってはいるが、なんとか納得してくれたようだ。

 

 俺達兄妹は、クォーラル市の中心部、慈善団体シュトライト教の本部に向けて歩き始めた。

 

 徒歩で三十分ほどの道のりだったが、有名な場所だからすぐにわかった。何より市のシンボルとばかりに高くそびえ立つ尖塔が、遠くからでも目印になっている。

 

 実際、旅行客の多くが慈善団体シュトライト教の本部に立ち寄るらしい。観光地としても有名なのだ。

 

 地元の人達も、シュトライト教の本部に行きたいと言えば、誰もが親切に道を教えてくれる。それだけ地域に深く浸透しているのだろう。老若男女を問わず、皆が愛情を込めて道案内をしてくれた。

 

 ビトレイ神父がどれだけ慕われているかがわかるエピソードである。

 

 うんうん、宗教は正直苦手だけど、こういう聖人がいるのなら入信してもいいかもしれない。少なくとも、カミラの教育には良い影響を与えてくれるはずだ。

 

 改めてシュトライト教のモニュメントを見上げる。

 

 厳かで荘厳な建物だ。白い大理石で造られた外壁は、陽光を受けて神々しく輝いている。高い尖塔には黄金の十字架が掲げられ、まるで天に向かって祈りを捧げているようだ。

 

 心が洗われるような、清浄な雰囲気に包まれている。

 

「カミラ、見ろ。立派な建物だろ」

「うん、お腹空いた。殺べていい?」

 

 くっ。花より食い気、そして食い気より殺る気か!

 

 花より団子よりもさらに始末が悪い。この子は本当に……。

 

「我慢しろ。行くぞ」

 

 カミラの手を引っ張り、教会へと足を踏み入れる。

 

 重厚な木製の扉を開けて中に入った瞬間、俺は息を呑んだ。

 

 眼前に広がったのは、まさに神の宮殿と呼ぶにふさわしい光景だった。

 

 天井は遥か高く聳え立ち、その高さは優に二十メートルを超えているだろう。石造りのアーチが幾重にも重なり合い、まるで天に向かって祈りを捧げる巨大な手のように見えた。そのアーチの間には、息を呑むほど美しいステンドグラスがはめ込まれている。

 

 午後の柔らかな陽光がステンドグラスを透過し、教会内部に七色の光の絨毯を敷き詰めていた。深紅、瑠璃色、翡翠色、黄金色——無数の色彩が床に踊り、まるで虹が地上に舞い降りたかのような幻想的な光景を作り出している。

 

 ステンドグラスに描かれているのは、聖書の場面だろう。天使たちが舞い踊る姿、聖母マリアの慈愛に満ちた表情、そして十字架に架けられたイエス・キリストの神々しい姿。どの絵も精緻を極め、見る者の心を浄化するような神聖さを放っていた。

 

 祭壇は教会の最奥部に設置され、白い大理石で作られた壇上には金色の十字架が掲げられている。その周囲には無数の蝋燭が立てられ、小さな炎が静かに揺らめいていた。蝋燭の光は暖かく、神秘的で、見つめているだけで心が穏やかになっていく。

 

 祭壇の背後には、巨大な管オルガンがそびえ立っていた。無数のパイプが天井近くまで伸び、まるで楽器の王様が威厳を示しているようだ。きっと讃美歌が響く時には、この教会全体が天の調べに包まれるのだろう。

 

 床は磨き上げられた大理石で作られ、その表面には美しい幾何学模様が刻まれている。歩くたびに足音が静かに響き、その音さえも神聖に聞こえた。

 

 そして何より印象的だったのは、ここに集まっている人々だった。

 

 統一された白い神父服を着た信徒たち、祈りを捧げに来た大勢の一般信者たち。老若男女を問わず、実に様々な身なりの人々が集まっている。

 

 身なりの立派な貴族らしき夫婦、質素な服装の職人風の男性、頭巾を被った老婆、幼い子供を連れた若い母親——社会的地位も年齢も職業も全く異なる人々が、この神聖な場所では皆平等に扱われている。

 

 その誰もが穏やかな表情を浮かべ、心から安らいでいるように見えた。普段の生活では味わえない、深い平安がここにはあるのだろう。

 

 賑わっている。それでいて騒がしくはない。実に理想的な盛況ぶりだ。

 

 ビトレイ神父の人望の厚さが、この光景だけで十分に伺えた。

 

 静謐で神聖な空気が教会全体を包み込み、俺の心も自然と落ち着いていく。長い間忘れていた、純粋で清らかな感情が胸の奥から蘇ってくるようだった。

 

 これが本物の宗教施設なのか。今まで俺が抱いていた宗教への偏見が、少しずつ溶けていくのを感じた。

 

「ようこそ。シュトライト教は全ての門徒に開かれています」

 

 俺達に気づいた信者の一人が、穏やかな笑顔で挨拶をしてきた。

 

「はじめまして。俺はリーベル、こっちは妹のカミ……ラ」

 

 ペコリと頭を下げ、顔を上げた瞬間——その先に映ったのは、息を呑むほど美しい女性だった。

 

 あまりの衝撃で、挨拶が途中で口ごもってしまった。

 

 サファイアのような深い青い瞳に、まず心を奪われた。その瞳は澄み切った湖のように美しく、見つめられただけで魂を見透かされるような錯覚を覚える。知性と慈愛、そして何よりも人を包み込むような温かさが宿っていた。

 

 亜麻色の髪は絹糸のように滑らかで、陽光を受けて金色に輝いている。肩まで伸びたその髪は、まるで天使の羽根のように柔らかそうで、思わず触れてみたくなる衝動を抑えるのが精一杯だった。

 

 顔立ちは完璧という言葉では足りないほど美しい。高く通った鼻筋、薔薇色の唇、そして何より印象的なのは、その表情に宿る品格だった。上品で優雅でありながら、決して近寄りがたいという印象は与えない。むしろ、人を安心させる包容力のようなものを感じさせる。

 

 シスター服に包まれた均整の取れた体型からは、凛とした美しさが漂っている。まるで古典絵画から抜け出してきた聖母マリア像のような、神々しささえ感じさせる美貌だった。

 

 こ、これは……もしかしてイチャラブ展開があるかも!?

 

 今まで散々、ストレスまみれの日々を送ってきたのだ。白カブト騒動にカミラのご機嫌取り、そして終わることのない殺人衝動の抑制——これくらいの役得があってもいいだろう。

 

 神様、仏様、そしてシュトライト教の神様、ありがとうございます。

 

 麗しの美女の登場にしばし時を忘れる。

 

「リーベルさん?」

 

 その鈴の音のような美しい声に、俺はハッと我に返った。

 

「あ、いえ、なんでもないッス!」

 

 少し口調がおかしくなってしまったが、しょうがない。恋をしたのだから、しょうがない。人生で初めてこんな美女に出会ったのだ。動揺するなという方が無理だろう。

 

「申し遅れました。私ソフィアと申します」

 

 シスターソフィアが、丁寧な口調で自己紹介をしてきた。その声の美しさは、まるで天上の音楽を聞いているようだった。

 

「あ、はい、うん、素敵な名前ですね」

 

 思わず素直な感想を口にしてしまう。

 

「ありがとうございます。ふふ、そんなに緊張しなくてもいいんですよ」

 

 ソフィアさんが微笑む。その笑顔は花が咲くように美しく、見ているだけで心が温かくなった。

 

「そ、そんな緊張なんてしてませんよ~」

 

 そう返事はするが、ソフィアさんの言う通り、俺は明らかに緊張していた。もうデレデレ、中学生並の受け答えだ。前世の記憶を思い出す前は、マキシマム家一のポーカーフェイスを気取っていたのに、今の俺はなんだ。

 

 少し情けないが、しょうがない。恋をしたのだから、しょうがない。

 

「ふふ、リーベルさんって面白い方ですね。でも、嘘はいけませんよ。緊張しているでしょう?」

「えっ、いや」

 

 慌てて否定しようとするが、ソフィアさんの洞察力は鋭い。

 

「すみません、不躾でしたね。私、昔取った杵柄で、人の観察が得意なんです」

「へ~そうなんですか。ちなみに昔取った杵柄って?」

 

 俺は興味深く尋ねる。この美女の過去に、俄然興味が湧いてきた。

 

「私に見覚えありませんか? これでもそれなりに有名でしたのよ」

 

 そう言われて、改めてソフィアさんを見つめる。

 

 確かに見覚えがある。この完璧な美貌、この気品ある雰囲気——どこかで見たことがあるような。

 

 記憶を辿っていくと……はっ! そうだ。

 

 この人、不世出の天才と謳われた女優ソフィア・ガードネスだ。子役時代から抜群の演技力で周囲を魅了し、成長してからもさらに演技を磨き、その美貌も相まってスターの中のスターと言われた人だ。

 

「あ、あ、知っている。知ってますよ。『ロンドンの休日』見ました。凄く感動しました」

 

 興奮が抑えきれない。まさか本物の大女優に会えるとは。

 

「ふふ、思い出してくれましたか」

 

 ソフィアさんが嬉しそうに微笑む。

 

 そう、この世界では上流階級向けに映画がある。俺達一家は暗殺関連の仕事ばかりしてきたが、たまに映画を家族で見に行ったりもしたのだ。まぁ、暗殺場所が映画館だった時の下見も兼ねてだったが。

 

 ソフィア・ガードネスは知っている。あまりに有名だからだ。七変化と呼ばれるほどのキャラクターを使いこなし、最年少でアカデミー賞を受賞、十代で映画界のエースと称されたが、突如引退。その後は行方知れずになっていた。

 

「意外なところにいてびっくりです」

「そうですね。私もそう思います。でも、今はここが私の居場所であり、この仕事が天職だと思っています」

 

 そういうソフィアさんは、確信に満ちた表情をしている。栄光を掴んだ華やかな世界をあっさり捨ててまで、ここにいるのだ。慈善団体シュトライト教への期待が、否が応でも高まってしまう。

 

 しかし、俺の興味はソフィアさん個人にも向いていた。なぜこんな美女が、映画界を捨てて宗教の道に入ったのか。その理由を知りたかった。

 

「それでリーベルさん、カミラさん、今日は、お祈りでしょうか?」

 

 はっ!?

 

 ソフィアさんの問いに我に返った。

 

 そうだ。いくら有名な女優に会ったからって、浮かれて主旨を忘れてはいかん。俺には大切な使命があったのだ。

 

 居住まいを正し、気を引き締める。

 

「いえ、お祈りもしますが、本来の目的は違います。旅の途中、ビトレイ神父のお噂を聞き、ぜひそのご高説を賜りたいとご挨拶に参りました」

「おぉ、それは良いご決断をされましたね。あなた達の信心に祝福が訪れますよう。ただ、申し訳ございません。ビトレイ神父は不在でして」

「そうなんですか。いつ頃、お戻りになられますか?」

「申し訳ございません。市外の孤児院に慰問中で、しばらくはお戻りになられないかと」

 

 う~ん、それは残念。タイミングが悪かったようだ。

 

 でも、どうしても会いたい。暫くはこの街に滞在して待つのも手かな。いや、そうすべきだ。せっかくソフィアさんみたいな素敵な女性と知り合えたわけだし。

 

 まぁ、とりあえず、今日は出直すとしよう。よく考えれば、聖人が忙しくないわけなかったのだ。アポなしで早々に会えるわけがない。

 

「わかりました。お手数をおかけしました。今日は帰りますね」

「あ、お待ちください」

 

 去ろうとする俺達をソフィアさんが止める。

 

「なんですか?」

「リーベルさん、お気を悪くしないで下さい。ご兄妹だけの旅行ですか?」

「はい、見聞を広げるために……あ、ちゃんと両親の許可は取ってますよ」

「ふふ、別に通報なんてしませんよ。信じます。若いうちは旅をさせよと申しますし。感心な事です」

「い、いや、それほどでも」

「ところでリーベルさん、宿のご予約は?」

「これからです」

「そうですか。では宜しければ、我が教会に宿泊されたらいかがでしょうか?」

「えっ!?」

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