妹が殺人鬼で家族が暗殺者、なのに俺だけ平和主義 ―殺し屋リーベルの勘違い無双―   作:里奈使徒

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第二十二話「偽りの聖母」

「あら、リーベルさん。驚いた顔してますね」

 

 ソフィアが口元に笑みを浮かべる。その笑顔は、今まで見たことのないものだった。

 

「ソフィアさん? なぜここに……そして、さっき『お父様』って……」

 

 混乱していた。ソフィアがビトレイを「お父様」と呼んだことの意味が理解できない。

 

「あら、気づいてしまいましたね。まあ、もうどうでもいいことですが」

 

 ソフィアは肩をすくめると、これまでとは全く違う表情を見せた。慈愛に満ちていた瞳が、今は冷酷な光を宿している。

 

「まさか……あなたも……」

「ええ、そうです」

 

 俺の問いかけに、ソフィアは迷いなく答えた。

 

「嘘だろ?」

 

 俺の声は震えていた。信じたくない現実が目の前にあった。

 

「本当です。世間では認知されていませんけど、ビトレイは正真正銘、私の父です」

 

 ソフィアの声音は、いつもの優しさとは対極にあった。冷たく、どこか愉悦に満ちている。

 

 その瞬間、俺の中で何かが音を立てて崩れた。今まで築き上げてきたソフィアへの信頼、憧れ、そして——認めたくないが——恋心のようなものが、一瞬で瓦礫と化した。

 

「あ、あ、そんな。でも、そうだとしても、どうして? 親子だからって悪事に加担する事ないだろ? 君は、女優として大成している。金も名誉もある。こんな……こんな父親に従わなくてもいいじゃないか!」

 

 俺は必死に理由を探していた。何か、ソフィアにやむを得ない事情があるはずだ。脅されているとか、弱みを握られているとか——。

 

「事情があってお金が必要だった?」

 

 ソフィアが小首をかしげる。その仕草は可愛らしいが、瞳に宿る光は氷のように冷たい。

 

「別に私はお金なんて欲しくありません。映画界にいた頃から、お金には不自由したことがありませんもの」

 

 そうか、それなら——

 

「どうして!」

 

 俺の叫びに、ソフィアの唇がゆっくりと弧を描いた。それは悪魔の微笑みだった。

 

「趣味です」

「趣味?」

 

 その一言で、俺の中で何かが崩壊した。金銭欲でも、脅迫でもない。純粋な、悪意による参加。

 

「ええ」

 

 ソフィアは恍惚とした表情を浮かべ始めた。まるで恋人について語るような、甘美な笑みだった。

 

「人の絶望を見るのが趣味なんです。私、何十本も映画に出演しましたが、人が不幸になるストーリーが一番良い演技ができたんですよ。監督や共演者から、『ソフィア、君は人が苦しむシーンになると、まるで別人のように輝くね』って言われたものです」

 

 ソフィアの瞳が、記憶を辿るように遠くを見つめる。

 

「最初は不思議でした。なぜ自分がそんなシーンで最高の演技ができるのか。でも、段々分かってきたんです。私、他人の不幸を見ている時が一番幸せだったんだって」

 

 その告白は、まるで純愛を語るかのように美しい声で紡がれた。だからこそ、その内容の醜悪さが際立って感じられた。

 

「性分なんですかね。見るのも演るのも大好きでした。でも、映画の中の不幸なんて所詮は偽物。どんなに素晴らしい脚本でも、どんなに才能ある俳優でも、結局は『演技』でしかないんです」

 

 ソフィアの表情が、段々と興奮を帯びてくる。

 

「皆、大根役者なんですもの。本当の絶望を知らない人たちが演じる悲劇なんて、薄っぺらくて見ていられない。やっぱり贋物はだめですね。私の美意識が許さない」

 

 美意識だと? 人の不幸を愛でることを、美意識と呼ぶのか?

 

「そんな時です。お父様の裏稼業を知ったのは!」

 

 ソフィアの声が一段と明るくなった。まるで運命的な出会いを語るかのように。

 

「天啓でした。だって、ここには本物の不幸があるんですもの! 作り物じゃない、心の底からの絶望、恐怖、悲しみ。そして何より——」

 

 ソフィアが振り返り、マリアを見つめる。その視線は、美術品を鑑賞するかのような陶酔に満ちていた。

 

「私は最前列で、ありとあらゆる不幸を観ることができるんです。素晴らしいと思いません?」

 

 言葉を失った。目の前にいるのは、確かにあの美しいソフィアだった。しかし、その内面は俺が想像していたものとは正反対の、おぞましいものだった。

 

「お、脅されているとかじゃなく……本気、なの?」

 

 まだ信じられない。いや、信じたくない。

 

「もちろんです」

 

 その即答が、俺の最後の希望を打ち砕いた。

 

「うふふ、その顔! その顔が見たかったんですよ!」

 

 ソフィアが手を叩いて喜ぶ。まるで子供が面白いおもちゃを見つけた時のような無邪気さだった。だが、その無邪気さが逆に恐ろしい。

 

「どうです? 信頼していたお姉さんが実は大悪人だったって知った時の気持ちは? ねぇ、今どんな気持ちですか? 詳しく教えてください。私、そういう心理分析も趣味なんです」

 

 ソフィアが身を乗り出してくる。その美しい瞳が、俺の表情の変化を一つも見逃すまいと見つめていた。

 

「……悪夢だ」

 

 頭を抱えてうずくまった。現実逃避したい気持ちで一杯だった。

 

 こんな現実は受け入れられない。俺が憧れていた女性が、人の不幸を娯楽として消費する悪魔だったなんて。

 

「あっはははは、そうですか! 悪夢ですか!」

 

 ソフィアが大声で笑った。その笑い声は鈴を転がすように美しく、だからこそ悪魔的だった。

 

「ふふ、ごめんなさい。でも仕方ないですよね。リーベルさん、私に恋までしちゃってましたもの。やっぱりショックは二倍ですか?」

「なっ!? ち、ちげぇし!」

 

 騙されていた恥ずかしさもあいまってそっぽを向く。

 

 くっ、恥ずかしすぎる。とても恥ずかしいぞ。思わず中学生レベルの反応をやらかした。

 

 確かに、ソフィアに対して特別な感情を抱いていた。美しく、優しく、聡明で——まさに理想の女性だと思っていた。その感情を利用され、弄ばれていたのかと思うと、恥ずかしさと怒りが同時にこみ上げてくる。

 

「あははは。あんなにチラチラ私を見てて、それを言っちゃいますか」

「み、見てないもん。お空を見てただけだよ」

 

 言い訳すればするほど、惨めになっていく。

 

「まあまあ、素直じゃないんですから。でも可愛いですね。その年頃の男の子って、みんなそうなのかしら」

 

 ソフィアが優しく微笑む。だが、その優しさは全て演技だと今は分かる。女優として培った技術を駆使して、俺を弄んでいるのだ。

 

 精神的ショックはでかい。足取りをふらふらとよろつかせる。

 

 まさか、こんな形で初恋が終わるとは思わなかった。初恋というには浅い関係だったかもしれないが、俺にとって確かに特別な存在だった。それが、すべて演技だったとは。

 

「くっくっ、笑わせてもらった。ずいぶんとお花畑な頭をしてるんだな」

 

 ビトレイが嘲笑う。

 

「本当ですね、お父様。お嬢様育ちの私でもここまではありませんでした。一体全体どんなお花畑で過ごしたら、こうなるんですかね」

 

 二人はゲラゲラと笑い合っている。

 

 い、言いたい放題言いやがって。

 

 どんなお花畑で育ったかって?

 

 えっとね、人すら丸呑みする食虫花が咲き乱れているところかな。大型の野生動物もペロリだよ。あとは、一mgで成人男性を昏睡させるような強烈な毒素を吐き出す毒花もあるよ。今度、マキシマム家に遊びにおいでよ。特別コースで案内してあげる。

 

 あ~あ~あ~。

 

 くそ、くそ、くそぉおおお!

 

 その場にがくりと崩れ落ちた。

 

 なんてことだ。

 

 せっかくカミラの情操教育ができると思ったのに。優しいソフィアさんの下で、カミラが普通の少女として育つ青写真を描いていたのに。

 

 ここは、俺の実家に負けず劣らずの地獄な場所じゃないか。

 

 青写真がガラガラと崩れていく。

 

 どうして俺の周囲には、こうもろくでもない女がまとわりつくのだろう。家族は皆殺人狂、出会った女性は悪魔——俺の人生、呪われているんじゃないか。

 

「お父様、さっそく始めましょう!」

 

 ソフィアが嬉しそうに言う。その瞳には、邪悪な期待の光が宿っていた。

 

「私、この時のためにカミラさんを磨きに磨いてきたんです。毎日お風呂に入れてあげて、髪をブラッシングして、可愛い服を着せて。まるで人形を飾り立てるように大切に育ててきました」

 

 磨きに磨いてきた? それは、カミラを商品として価値を高めるということか?

 

 ソフィアがカミラに親切にしていたのも、すべて計算ずくだったのだ。

 

「あぁ、こんなに綺麗に仕上がった彼女が、どんな風に壊れていくのでしょう。考えただけで胸が高鳴ります」

 

 ソフィアが胸に手を当て、うっとりとした表情を見せる。その美しい顔に浮かぶ陶酔の表情が、これ以上ないほど醜悪に見えた。

 

「ソフィア、まずは父さんからだ」

 

 ビトレイも嬉しそうに言う。その視線がカミラに向けられると、俺は怒りで血が逆流しそうになった。

 

「久々の上玉、楽しませてもらうとしよう。くっくっ、この子を見てたらな。巡礼中も疼いて疼いてしかたがなかったのだから」

 

 巡礼中も、か。つまり、俺たちと一緒にいた時から、既にカミラを狙っていたということだ。聖人の仮面の下で、ずっと妹を品定めしていたのか。

 

「ねぇ、お兄ちゃん、早く()べよう!」

 

 カミラも楽しそうに言う。もじもじと体を震わせながら、期待に満ちた瞳で俺を見つめている。

 

 三人ともわくわくしすぎだ。

 

 俺だけ、俺だけか。こんなにも絶望の淵に佇んでいるのは。

 

「逃げて!」

 

 あ、マリアもいたね。

 

 もう俺の心のオアシスは、マリアだけだよ。この地獄のような状況で、唯一まともな反応を示している人間。

 

 マリアは今も縄で拘束されたまま、必死に俺たちに呼びかけている。その目には恐怖があるが、同時に俺たちを案じる優しさもあった。長い間この悪魔たちの支配下にいながら、まだ人間性を失っていない。それが奇跡のように思えた。

 

「さてカミラ君、抵抗するなよ」

 

 ビトレイが下卑た笑みを浮かべて、カミラに近づこうとする。

 

「抵抗してもいいが、痛い目にあうのは嫌だろ? 私は紳士だからな。初めに注意をしておく」

 

 カミラがじっとこちらを見てくる。

 

 その瞳に映るのは、期待だった。兄である俺からの「許可」を待っている。

 

「ねぇ、もう我慢できない」

 

 カミラは限界のようだ。その様子は、まるでトイレを我慢している子供のようでもあり、獲物を前にした猛獣のようでもあった。

 

「くっくっ、あっはははは! こんな時にそんなことを言うか」

 

 ビトレイが小馬鹿にしたように笑う。

 

「前々から思っていたが、お前の妹は、頭が少しアレなようだな。事態をまるでわかっておらん」

 

 し、失礼な!

 

 俺の妹を馬鹿にしやがって。

 

 妹はただ快楽殺人者(シリアルキラー)なだけだ。ちょっと普通とかけ離れているかもしれないけど、天真爛漫で明るい。その底抜けの明るさに救われる事だってある。

 

 ……我ながら苦しいフォローだ。でも、カミラは確かに俺の大切な妹なのだ。歪んでいるとはいえ、俺だけを信頼し、慕っている。

 

 わかった。わかったよ。このところずいぶん我慢させてたからな。こいつら情状酌量の余地無しだし、許可を出しても問題ない。

 

 ソフィアは人の不幸を娯楽とする悪魔。ビトレイは子供を食い物にする外道。こんな連中に同情の余地はない。

 

 むしろ、カミラが始末してくれるなら、世のため人のためだ。

 

 ギルティィイイ!!

 

「カミラ、()べていいよ。今回は、思う存分殺()べなさい」

「わ~い♪ やった♪」

 

 俺の言葉を聞き、カミラは嬉しそうにバンザイした。その顔は、満面の笑みである。

 

 クリスマスにプレゼントをもらった子供のような、純粋無垢な喜びの表情。それが殺人許可に対する反応だというのが、なんとも言えない複雑さを感じさせた。

 

 こんなことで笑顔にさせたくなかったが……。

 

 まぁ、俺もこいつらには、むかついている。

 

 純真な少年の心を弄んだ罪は重いぜ。

 

「さて、何を話し合ってたか知らんが、もういいかな」

 

 ビトレイが品のない笑みを浮かべながら、下半身を強調するような仕草を見せた。

 

「カミラ君には、さっそく抜いてもらうとしよう」

「あ~ずるい。お父様、私にも残してくださいね」

 

 ソフィアもまた、期待に満ちた表情でカミラを見つめている。

 

「お父様、お気に入りはすぐに壊してしまうんですから」

 

 親子でなんて会話をしてやがる。

 

 抜く、抜く、相当溜まっているようだ。

 

 そうか、そうか、そんなに抜きたいか?

 

 だったら抜かせてやる。

 ただし、お前たちが思っているのとは全く違う意味でな。

 

「カミラ」

「は~い」

 

 カミラが右手を上げて返事をすると、トコトコと俺のもとへ歩いてくる。

 その歩き方は、まるで遠足にでも行くかのように弾んでいた。

 

「カミラ、せっかくのご要望だ。抜いてさしあげなさい」

「は~い♪」

 

 カミラの返事には、一片の迷いもなかった。

 

「あら~リーベルさん、お兄さん自らそんな事言うの~。カミラさんが可哀想」

 

 ソフィアが偽りの同情を示す。その演技力は、さすがに女優だけあって完璧だった。もし今の真実を知らなければ、俺も騙されていたかもしれない。

 

「くっくっ、まぁ仕方が無いさ。誰でも命は惜しい。私に媚びるのは良い心がけだ。さぁ、抜け!」

 

 ビトレイがでんと下半身を主張する。

 

 その様子は、まるで王様にでもなったかのような尊大さがあった。長年の悪行で、完全に慢心しているのだろう。

 

 カミラは少しも動じずにトコトコとビトレイのもとに歩いていく。

 

 そして——。

 

 一瞬の出来事だった。

 

 ビトレイが「ん?」と首をかしげた瞬間、その首が不自然な角度に曲がった。

 

 続いて、スパンという音と共に、ビトレイの腕がだらりと垂れ下がる。

 

 カミラ、早速、抜いたな。

 

 しかし、それは腕ではなく——

 

 カミラは右手に白い物体を握っている。あれは、鎖骨部分か。肩の骨を、まるごと引き抜いたのだ。筋肉や腱ごと、きれいに。

 

 ビトレイはまだ気づいていない。痛みが脳に伝わるまで、わずかな時間差がある。

 

 三秒後——。

 

「ぎゃあああ!!」

 

 とたんビトレイの絶叫が教会に響いた。

 

 その声は、もはや人間のものとは思えないほど甲高く、絶望に満ちていた。

 

「い、痛い、痛い! な、なにが? なにが起きた?」

 

 ビトレイが驚愕の眼差しでこちらを見ている。何が起きたのかわからなかったらしい。

 

 痛みと同時に、理解が追いつかない。自分の身体に何が起きたのか、現実を受け入れることができないでいる。

 

 そしてカミラが血まみれの手に白い物体を握っているのを認識すると、ガクガクと震えだした。

 

 ビトレイは何をされたのか実感したようだね。

 

 実感したからこそ、痛みと恐怖は倍増する。

 

 ビトレイは、か弱い乙女のように泣き叫び始めた。

 

 まぁ痛いのはわかるぞ。俺や親父なら関節の構造を理解して綺麗に抜く事ができる。だが、カミラは未熟だから力任せだ。骨を抜く時は、適切な角度と力加減が必要なのに、ただ力任せに引っこ抜いただけ。だから、必要以上に痛いのだ。

 

「抜いてやる♪ 抜いてやる♪ えい、えい、えい」

 

 カミラは無邪気に作業を続けている。まるで花を摘むような軽やかさで、人間の骨を引き抜いていく。

 

「ぎゃあああ! いぎゃああ! や、やめ、やめて。ぐぎゃああ!」

 

 ビトレイは七転八倒し、脂汗を垂らしながら懇願する。

 

「ねぇ、おじさん、なんでそんなに痛がるの? 僕、上手にしてるつもりなのに♪」

 

 カミラが首をかしげながら、純粋な疑問を投げかける。その無邪気な表情と血まみれの手のギャップが、見る者の背筋を凍らせた。

 

「た、たすけ……ぐあああああ!」

 

 ビトレイの懇願は、次の骨が引き抜かれる音にかき消された。

 

 その様子は、まさに地獄絵図だった。さっきまで尊大に振る舞っていた男が、今は虫けらのように地面を這いずり回っている。

 

 カミラはそんなビトレイの様子など気にもせず、どんどん骨を抜いていく。

 

 左の鎖骨、右の肋骨、脊椎——次々と白い骨が引き抜かれ、カミラの足元に積み上げられていく。まるで子供が貝殻を集めるような無邪気さで。

 

 周囲はその光景に完全に硬直していた。

 

 ビトレイの手下たちは、あまりの光景に腰を抜かして逃げ出そうとしている。しかし足が震えて立ち上がることもできない。

 

 そして……ソフィアもだ。

 

 演技のプロである彼女も、この光景には演技で対応することができないらしい。口をぽかんと開けたまま、硬直している。

 

 顔は青ざめ、美しく整った顔立ちが恐怖で歪んでいた。

 

 この状況を想定していなかったのだろう。いくら人の不幸を愛する悪魔でも、ここまで残虐で一方的な光景は予想外だったに違いない。

 

 俺は、身動きできない空間をひたひたと歩き、ソフィアの下へと移動する。

 

 ソフィアは口を開けたまま、茫然としたままだ。

 

 いつもの流暢な台詞回しは、完全に消失している。人の不幸を愛でるはずの彼女が、いざ自分がその当事者になってしまえば、こうして恐怖に震えるのだ。

 

 おいおい、大女優がそんな間抜け面をしていていいのかな?

 

「あ~ソフィア、ねぇ、今、どんな気持ちだ?」

 

 俺は彼女の肩に手を置いた。ソフィアの体がびくりと震える。

 

「狩られる獲物が、実は狩る側だったなんて、どんな気持ちだ? 詳しく教えてくれよ。俺も『心理分析』が趣味になったんだ」

 

 ソフィアは応えない。

 

 さっきの仕返しだ。俺の気持ちを弄んだ報いを、少しは味わってもらおう。

 

 ビトレイの絶叫は続いている。しかし、その声も段々と弱くなってきた。失血と激痛で、意識が朦朧としてきているのだろう。

 

「こ、こんなはず…じゃ…」

 

 ソフィアがようやく現実に戻ったようだ。震える声で呟く。

 

「はずじゃない? 何がだい?」

 

 ソフィアに問いかけた。

 

「こんな…こんな化け物だなんて…」

 

 化け物。確かに、カミラの所業を見れば、そう思うのも無理はない。しかし、俺にとってカミラは大切な妹だ。

 

「化け物? ひどい言い方だな。妹はちょっと特殊な趣味があるだけだよ。君と同じようにね」

「特殊って…あんなの…」

「君も人の不幸が好きなんだろ? 存分に楽しめよ。こんなに間近で、しかも最前列で見られる機会なんて、そうそうないぞ」

 

 俺の言葉に、ソフィアの顔が青ざめた。

 

「そんな…これは違う…こんなの不幸じゃない…ただの…」

「ただの?」

「ただの殺戮よ!」

 

 ソフィアが叫んだ。その声には恐怖と嫌悪が混じっていた。

 

 面白い。人の不幸を愛でる悪魔にも、限界があるということか。

 

 結局、ソフィアの悪趣味も、安全な場所から眺める程度のものだったのだ。自分が当事者になってしまえば、こうして恐怖に震える。

 

 ビトレイの声が、ついに途絶えた。

 

 カミラが手を止めて、満足そうに振り返る。

 

「おにいちゃん、たのしかったー♪」

 

 血まみれの顔で、無邪気に笑いかけてくる。その笑顔は、純真そのものだった。

 

 これが、俺の妹。

 

 マキシマム家の血を引く、天性の殺人者。

 そして、俺が愛する、たった一人の家族だった。

 

「さて、ソフィア」

 

 俺はまだ震えている元女優に向き直る。

 

「次は君の番だ。最前列でたっぷりと『楽しませて』もらおうか」

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