妹が殺人鬼で家族が暗殺者、なのに俺だけ平和主義 ―殺し屋リーベルの勘違い無双―   作:里奈使徒

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第二十四話「保護監察官の憂鬱」

 ソフィアが口から泡をふいて気絶している。手加減したとはいえ、マキシマム家直伝のジャイアントスイングを受けたのだ。当分、目を覚まさないだろう。

 

 さすがに殺しはしなかった。極悪人とはいえ女性だ。妹の前で、女性をぬっ殺すような真似はしない。しゃくに触るが、ソフィアの言う通りである。女性を殺したら、妹の情操教育に悪影響が生じるからね。

 

 それにしても、あの美貌が台無しだ。白目を剥き、口から泡を吹く姿は、かつて銀幕を彩った大女優の面影など微塵もない。恐怖で引きつった顔は見る影もない。まあ、天使の顔をした悪魔の正体が暴かれたということか。

 

 さてと!

 

 パンパンと手についた埃を叩き落して、立ち上がる。

 

 あとはこいつを警察に突き出して終わりだ。ソフィアは、初犯とはいえビトレイの悪事の片棒を担いだ極悪人である。死刑、少なくとも終身刑は免れまい。

 

 これで被害者も浮かばれる。

 

 ふぅ〜満足だ。一息ついて周りを見渡す。

 

 カミラも一息ついていた。

 死体に腰かけて、生首を空中に掲げて回している。久しぶりに暴れられて満足げな様子だ。

 

 生首をお手玉のように弄んでいる姿は、どこか子供らしい無邪気さを感じさせる。もし血まみれでなければ、本当に可愛らしい光景だったのだろう。

 

 その純真な笑顔と、手にしているグロテスクな物体のコントラストがあまりに強烈だ。

 

 はぁ~心底楽しそうにしている妹にどう声をかけたらいいのやら。二の句が継げない。

 

 死体を弄んで……教会で不謹慎極まりない態度である。だが、まぁよし。

 

 ここは、教会であって教会でない。悪の巣窟だったのだから。

 

 それにしても、カミラは完全に勘違いしている。教会=楽しい戦場という認識を植え付けてしまった。これは大失敗だ。今後、宗教施設に近づくたびに戦闘態勢に入ってしまいそうだ。

 

 俺の目的は、カミラに正しい宗教観を教えることだったのに、結果的に宗教施設を血生臭い場所として刷り込んでしまった。

 

 毎度の如く、頭を抱える。

 

 そういえば、マリアは……?

 

 お仕置きにかまけて忘れていたよ。

 

 マリアは、部屋の隅に移動して怯えている。つり目の目から涙がぼろぼろとこぼれているし、身体は小刻みに震えていた。

 

 無理もない。

 

 心臓を素手で潰すような子を前にしたら誰でもそうなるよね。しかも、その子が無邪気に生首で遊んでいる光景など、正常な精神の持ち主なら卒倒してもおかしくない。

 

「落ち着いて。もう大丈夫だよ」

 

 極力優しい声を出そうと心がけた。マリアを安心させなければならない。

 

「た、助けて。殺さないで」

 

 うん、俺も怯えられている。

 

 安心させるために極力優しい声を出したはずなのに……。

 

 なぜ?

 

 俺はカミラと違って誰一人殺してないぞ。皆、気絶させただけだ。武闘派なマキシマム家の中で、唯一の穏健派なのに。

 

「マリア、大丈夫だから」

「い、いや!」

 

 取り付く島もない。

 これは、カミラだけでなく俺にも原因があるみたいだ。

 

 可能性を探るに……。

 

 チラリと横を見る。

 

 ソフィアが泡をふいて気絶していた。白目を剥いて、その顔は恐怖で引きつっている。顔だけは極上の天使だった、ソフィアの顔は見る影もない。

 

 うん、これだ。

 

 ソフィアは、恐怖から「やめて、助けて」と懇願していた。そんなソフィアに少し容赦なかったかもしれない。

 

 ふむ、裏切られたせいか、俺は相当頭にきていた。地獄の使者、閻魔様の如く、ジャイアントスイングをかましたもんね。

 

 もちろん手加減はしている。俺の本気なら、ジャイアントスイング一発で首の骨が砕けて即死だ。それでも、恐怖から絶叫するソフィアの断末魔は相当なものだった。

 

 ソフィアはもちろん、見ていたマリアも恐怖したに違いない。

 

 美しい声が絶望と恐怖で歪み、最後には獣のような悲鳴に変わっていた。あれを間近で聞けば、誰だってトラウマになる。

 

「マリア、聞いてくれ。これには事情が――」

 

 マリアがいやいやと後ずさりする。

 

 殺さないでという意思表示だろうが、もちろんだよ。

 

 マリアは、子供のために巨悪に立ち向かう勇気を持っている。そんな良い人は、世界の宝だよ。死なせたりするものか。

 

 俺は「大丈夫だから」と手を差し出し近づくが、その分マリアが離れていく。

 

 よ、よし。

 ここは一旦引こう。

 

 今は何を言っても無駄のようだ。

 

 マリアが落ち着いてから、話しをすればいいさ。時間が解決してくれるだろう。

 

「カミラ、引き上げるぞ」

 

 カミラに声をかけるが、カミラがいない。

 

 あれ? どこいった?

 

 悪党の死体を弄んでいたカミラがいつのまにか消えていた。

 

 どこに?

 

 ぐるりと首を回転させる。

 

 ん!?

 

 いた。

 

 カミラは、とことことマリアに向かって歩いていく。

 

 しまった!

 

「カミ――おぉ!」

 

 カミラは、休憩も終わりとばかりにマリアに飛び掛ろうとしていた。

 

 カミラの目がギラリと光る。あの表情は、獲物を見つけた時の顔だ。マリアの恐怖に満ちた表情が、カミラの狩猟本能を刺激したのかもしれない。

 

 やばい!

 

「やめろぉおお!」

 

 すぐにカミラにとび蹴りを食らわす。

 

 危機一髪である。

 

 カミラは、マリアと反対側の壁に勢いよく吹き飛んだ。衝撃でパラパラと埃が舞い落ちる。

 

 ドカン!という鈍い音が響き、古い石壁に亀裂が走る。マキシマム家の身体能力は、幼いカミラでも侮れない。

 

 コラ! だれかれ構わず()べようとしない。この人は()べちゃダメ! 悪人と善人の区別をつけろと何回言えばわかる!

 

 心の叫びも空しく、カミラは壁から剥がれ落ちてきた。

 

 さて……。

 

 マリアは、俺が妹に躊躇なくとび蹴りを披露したせいか、ますます怯えている。

 

 普通の兄なら、妹を蹴り飛ばすなど考えられない行為だろう。だが、マキシマム家では日常茶飯事だ。むしろ、手加減した方である。

 

 もう説得は無理だね。さっさとずらかろう。

 

 壁に激突して気絶しているカミラを抱っこし、そのまま部屋を後にする。ドアを開け外に出ると、ファンファンとベルが鳴り響いていた。

 

 どうやら警察のお出ましのようである。足早に数人の警察官が駆け寄ってきた。近所の誰かが通報したのかな。

 

 まぁ、あれだけ騒ぎを起こせばね。ソフィアの絶叫は相当響いていただろうし、建物の振動も激しかった。

 

 それじゃあ、まずは事情聴取に協力するか。

 

 殺人許可証を懐から取り出し、駆けつけた警察官に見せる。

 

 警察官の驚いた顔。伝説の暗殺一家を目の当たりにして、目を白黒させている。毎度の事だね。

 

「マ、マキシマム家の方ですか?」

 

 警察官が震え声で確認してくる。

 

「あぁ、そうだ。今回の件は、ビトレイの残党狩りの一環だ」

 

 簡潔に説明すると、警察官たちは納得したような顔を見せた。

 

 それから……。

 

 事情聴取は意外にスムーズに進んだ。マキシマム家の仕事なら、どんなに凄惨な現場でも警察は納得する。殺人許可証の威力は絶大だった。

 

 今回の事件をきっかけに、ビトレイの悪事はすべて明らかになった。

 

 殺人、人身売買、脱税、児童虐待……。

 

 聖人として名高いビトレイの不祥事に、周囲は驚愕している。ビトレイの名声は一気に地に落ちた。悪事に加担した幹部たちは、全員お縄になったのである。

 

 ビトレイの下で甘い汁を吸っていた連中にようやく天罰が下ったのだ。長年の悪行に見合った報いを受けることになった。

 

 ただし、教祖を始め、教会を運営する幹部が軒並み逮捕されたから、当初は教会も揺れに揺れた。指導者の欠如、脱税による追徴金、被害者への補償が教会経営に重くのしかかったのである。

 

 ビトレイたちは自業自得だが、住んでいる孤児たちに罪はない。

 

 孤児たちの住む家がなくなろうとしている。

 

 そんな状況を打破するため、マリアを筆頭に見識ある人たちが教会存続に動き出したのである。資金については、ビトレイの奴が裏でかなり溜め込んでいたから、もっけの幸いであった。国に没収される前に教会運営に使わせてもらった。

 

 ビトレイが守銭奴だったおかげである。これだけあれば、十分にやっていける。うんうん、ある意味、ビトレイの奴、死んで初めて孤児たちの役に立ったじゃないか。

 

 皮肉なものだ。生前は子供たちを苦しめていた男の遺産が、今度は子供たちを救うことになるとは。

 

 そして、ビトレイに変わり、教会代表はマリアが務めることになった。教会存続のため、いや、子供たちのために必死で頑張ったマリアが相応しいと周囲から推薦されたのである。

 

 俺も大賛成だ。協力を惜しまなかった。ビトレイが持っていたあらゆる権利をマリアの名義に変えてやったよ。マキシマム家の権利を行使したね。権力は、こういう時に使わないと。

 

 教会のトップは、清廉でなければならない。マリアなら安心である。

 

 

 

 ☆★

 

 

 そして現在——

 

 秋の日差しが教会の尖塔を美しく照らしていた。

 

 俺は教会の敷地の前で立ち止まり、感慨深げにその光景を眺めた。子供たちが教会の敷地で元気に遊び回っている。心なしか皆、以前よりも明るい気がするね。

 

 素晴らしい。

 

 じっとその様子を見つめていたら、教会代表のマリアがこちらに気づいたようだ。笑顔でこちらに手を振ってくる。

 

 よかった。

 

 ビトレイ粛清直後は、あんなに怯えられていたけど、今ではマブダチだからね。教会存続のため、子供たちのために頑張ってきた。そんな俺たちはいわば同志だから。

 

 マリアが笑顔で手を振り、俺も手を振りかえす。子供たちのために頑張った人たちだけにある暖かな空気が、そこにはあった。

 

 いいね!

 

 俺たちの真意を理解してもらえたよ。

 

 ただ、そんな幸せな瞬間は、長くは続かなかった。マリアが俺の背後にいる人物に気が付いたからだ。

 

 マリアは露骨に嫌な顔を示す。

 

 ふ~そうだね。わかる、わかるよ。俺にはマリアの気持ちが十分に理解できる。なんでそいつがいるのって事でしょ。

 

 チラリと背後を見る。

 

「リーベルさん、リーベルさん♪ 早く悪人を懲らしめに行きましょう!」

「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お腹空いた。あれ、()べていい?」

 

 振り返ると、左後に金髪の美女ソフィア、右後には、幼くも美しい銀髪の美少女カミラがいる。両手に花だと思う人もいるかもしれない。

 

 街に入れば、ヒューと指笛を吹いて野次を飛ばす連中もいるだろう。やっかみを受ける事は、確実だ。

 

 だが現実は甘くない。

 

 くそ、どうしてこうなった!

 

 そう、カミラはいるのは当然として、なぜか極悪犯人のソフィアが同行しているのだ。

 

 マリアの視線にいたたまれなくなって、その場をそそくさと移動する。

 

 あ~どうしてこんな。

 

 まぁ、俺のせいだけどね。俺が教会存続ばかりにかまけてたから。この女のポテンシャルを舐めてたよ。

 

 そう、ソフィアは、精神疾患を理由に刑を免れたのだ。大女優だったソフィア。ソフィアの色香に惑い鼻を伸ばしていたとはいえ、マキシマム家一の才能ある俺を籠絡したその手口。口八丁で裁判官を手玉に取るのは造作もなかっただろう。

 

 あの法廷での演技は見事だった——今思い返しても、ぞっとするほどに。

 

 法廷に現れたソフィアは、まるで別人のように弱々しく見えた。いつもの華やかな美貌は影を潜め、代わりに病的な青白さが支配していた。震える手、うつろな瞳、時折見せる不安定な言動——すべてが計算され尽くしたパフォーマンスだったのだ。

 

「私は何も覚えていません」「あの人に言われるままに従っただけです」「怖かったんです」

 

 涙ながらに語るソフィアの姿に、法廷にいた全ての人間が同情を寄せていた。裁判長でさえも、その巧妙な演技に完全に騙されていた。あの時、俺は傍聴席から彼女を見つめながら、背筋に悪寒が走ったのを覚えている。

 

 これほど完璧な「被害者」の演技を見たことがなかった。

 

 ソフィアは自分を「ビトレイに脅迫された哀れな女性」として描き出した。時には記憶が曖昧になり、時には恐怖で震え上がり、時には自分を責めて泣き崩れる——その全てが、観客の心を操るための演出だった。

 

 特に印象的だったのは、被害者遺族が法廷に現れた時の反応だった。ソフィアは彼らを見つめると、まるで自分も同じ苦しみを味わっているかのような表情を浮かべ、静かに涙を流した。その姿を見た遺族の一人が「この人も被害者なのよ」と口にしたのを、俺は忘れることができない。

 

 悪魔的な手腕だった。

 

 精神鑑定の結果も、見事に彼女の思惑通りになった。「極度のストレス状態による一時的な精神錯乱」「被害者でもある」「社会復帰への意欲が認められる」——これらすべてが、彼女の緻密な計算に基づいたものだったのだ。

 

 そして最後の決め手は、「更生への強い意志」のアピールだった。

 

「もう二度とこのような過ちは犯しません」「社会に償いたい」「子供たちのために尽くしたい」——美しい涙と共に語られた言葉に、誰もが感動していた。

 

 あまりに完璧すぎて、逆に不自然さを感じたのは俺だけだったようだ。

 

 で、でだ。

 

 俺が保護監察官としてソフィアの面倒を見る事になった。経緯は色々あったが、今はしゃあないと思っている。他の奴に、この毒婦は任せられない。もう俺が立候補しちゃったよ。

 

「あぁ、早く悪人達の絶望に染まった顔が見たいです」

「僕も、僕も!」

 

 ソフィアが恍惚とした表情で話す。カミラが、殺人欲旺盛に話す。

 ある意味、似た者同士だ。

 

「カミラ、新しいお約束覚えてるか?」

「はーい♪」

「じゃあ確認するぞ。どうしてもお腹が空いて、どうしても我慢できない時はどうする?」

「は~い♪ ソフィアを()べる!」

「よし、よく覚えたな。えらいぞ」

 

 カミラの頭に手をあててなでなでする。

 

「えへへ」

 

 カミラは嬉しそうに、されるがままだ。

 

 その無邪気な笑顔と恐ろしい約束の内容のギャップが、何ともシュールである。

 

「――って、なんなんですか! なにいい兄妹しようとしているんですか。冗談じゃありませんよ。私をなんだと思ってるんですか!」

 

 ソフィアの仮面が剥がれた。いつもの優雅で計算された美しさが消え失せ、代わりに露骨な恐怖と怒りが顔を支配している。

 

「そうだな。お前はカミラの――非常食だ」

「はぁ――ぁあ! なんなんですかぁあ!」

 

 ソフィアが絶叫するが、気にしない。性格破綻者の連れが増えたのだ。これくらいの役得がないと、やってられん。

 

 とりあえず、俺たちの奇妙な共同生活が始まろうとしていた。

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