妹が殺人鬼で家族が暗殺者、なのに俺だけ平和主義 ―殺し屋リーベルの勘違い無双―   作:里奈使徒

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第二十七話「降下する絶望」

 オッス、おいらリーベル。

 

 現在、屋上から真っ逆さまに転落中だ。

 

 風圧がすさまじい。

 Gが身体に直撃している。

 

 落下スピードも徐々に増していくし、このまま手をこまねいていたら地面に大激突するかも!?

 

 くぅ〜なんてこった。下手したらペシャンコだ。こんな状況なのに、おいらワクワクするぞ〜……ってするわけないだろ!

 

 マキシマム家にとって、この程度の高さからの落下など何ら問題なし。

 

 ガキの頃からやってた十点着地を使う。

 

 【十点着地】とは高い場所から飛び降りる際、着地の衝撃を足の指十本に分散させる技である。この技術は親父から叩き込まれた、マキシマム家秘伝の着地法だ。通常なら死に至る高度からでも、確実に生還できる究極の技術である。

 

 まず最初は右足のつま先だ!

 

 地面すれすれまで急降下していく。風切り音が耳を劈く中、俺は完璧なタイミングを見極める。

 

 そして、重力に逆らうように身体を制御し、右足のつま先を地面に着ける。そのまま右足の親指、人差し指、中指、薬指、小指の順に重心を移動させ、衝撃を完全に分散。最後は左足で着地を完了する。

 

 ドォォォンッ!!

 

 雷鳴のような爆音が響き渡り、地面に巨大な亀裂が走った。着地点を中心に蜘蛛の巣状にひび割れが広がり、周囲の石畳が砕け散る。土煙が舞い上がり、まるで隕石が落下したかのような光景となった。

 

 足が少しだけジーンとしたが、骨にも筋肉にも異常なし。

 

 余裕、余裕!

 

 両手を大きく広げ、スキーのテレマークターンのポーズを決める。この優雅さこそが、マキシマム家の真骨頂だ。

 

 着地の痛みはない。それよりも、カミラに頭突きされたお腹のほうがよほど痛いくらいだ。

 

 まったくまったく……妹め、手加減というものを知らないのか。

 

 お腹をさすりながら周囲を観察する。

 

 突き落とされた受験生たちの死体があった。ソフィアに突き落とされたビリー君もいる。

 

 えぐい光景だ。

 

 彼らの顔は、恐怖と怒りで歪んでいた。

 まぁ、信頼していたパートナーに裏切られたのだからな。その気持ちは、十分に理解できる。

 可哀想に。

 

 見知らぬ他人ではあるが、あまりにも哀れである。

 特に、ビリー君には同情する。同じ性悪女に関わった者として、共感しまくりだ。

 

 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。成仏してくれ。

 

 片手で軽く拝む。

 数分ほど合掌し、気持ちを切り替える。

 

 ここは、そのうち死臭が立ち込めるだろう。早く移動したいが……カミラが気に入ってしまったこの場所、後で何とかしないといけないな。

 

 そんな俺の思考を遮るように、悲鳴が聞こえた。それも複数だ。

 

 上か!

 

 上空を見上げる。

 

 なっ!?

 

 屋上から何かが落ちてきた。

 

 パラパラと雨あられのように……

 

 その何かがだんだんと大きくなっていく。

 

 もちろん視力8.0を有する俺の目をもってすれば、これが何なのか瞬時に判別できる。

 

 人間だ。

 

 次々と人間が落ちてきている!?

 

 受験者だけではない。審査をする団員たちもだ。

 

 とうとうやったか!

 

 ピンときた。

 

 彼らを突き落としたのは、十中八九カミラだろう。

 カミラの暴走に全員が巻き込まれたに違いない。

 

 であるならば!

 

 すぐさま行動に移す。

 

 カミラの殺人を阻止する。

 

 屋上にいた連中は、全員悪人ではある。傭兵集団【鉄の掟】の団長、団員は言うまでもない。合格した受験生たちも、自分の命惜しさに信頼する友人や身内を裏切った卑劣漢だ。

 

 だが、悪人とはいえ、女子供は別である。

 

 子供は情状酌量の余地があるし、女性には優しく接するべきだ。俺たち兄妹はフェミニストを目指しているからね。

 

 くわっと目を見開き、落ちてくる人の特徴を把握する。

 

 よし!

 

 男は無視。女性と未成年の少年をロックオン。

 

「うわああああ!」

 

 十歳ほどの少年が落ちてくる。全力でジャンプし、空中でキャッチ。そのまま地面に軟着陸させる。

 

「ひぃいいい!」

 

 今度は二十代の女性だ。恐怖で失神しそうになっている彼女を、優雅に受け止める。

 

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 

 助けられた人々が涙ながらに感謝を述べる。その声に応えながら、俺は次々と救助を続けた。

 

 同時に三人が落ちてくる。距離は十メートル以上離れている。

 

 瞬間移動のような速度で移動し、一人目をキャッチ。地面に降ろすと同時に次のポイントへ跳躍。二人目、三人目も完璧に救出。

 

 周囲の人々が息を呑む。人間業とは思えない身体能力に、誰もが言葉を失っていた。

 

 取りこぼしたらカミラが女子供を殺した殺人者となってしまう。

 それは絶対に嫌だ。

 

 根性を入れて救助していく。

 

 救助対象者たちは、屋上から突き落とされた衝撃でしばらく呆然としていた。

 

 そして、多少落ち着いて正気に戻った者から、慌ててこの場を離脱していく。余裕のある者は、帰る前にお礼を言ってくれた。

 

「あなたは神様ですか?」

「命の恩人です。一生忘れません」

 

 うん、やはり人助けは気持ちがいい。

 

 そして……

 

「ば、ばかなぁあああああ!」

 

 一際野太い声が周囲に響いた。

 

 スキンヘッドで隻眼の男が空から落ちてきている。

 

 特徴的な服装に特徴的な顔、忘れるわけがない。

 傭兵集団【鉄の掟】の団長だ。地獄に落とされたかの如く、絶望の表情を浮かべている。

 

 位置的にちょうど俺の真上だ。助けるには絶好のポジションといえる。

 

「た、助けてくれぇえええ!」

 

 やなこった。

 

 ひょいと避けると、爆音が響いて地面が陥没した。

 

 あれま!?

 

 思ったより派手に沈んだな。見た目よりもずっしりと重かったらしい。筋肉の塊のような身体だったからな。体重は軽く百キロは超えていただろう。

 

 さて、団長はどうなった?

 

 そっと様子を確認してみると、団長の首があり得ない方向に曲がっていた。

 

 死んだか?

 

 ひゅうひゅうと団長の口から空気が漏れている音がかすかに聞こえる。辛うじて命はあるようだが、虫の息といったところだろう。

 

 まぁ、遅かれ早かれ息を引き取るに違いない。

 

 人を道具としか思わない傲慢な男の末路としては当然の結果だ。因果応報というものである。

 

 これで傭兵集団【鉄の掟】は全滅になるのか。

 

 そろそろ上から落ちてくる人間も打ち止めのようだし、改めて事情を聴取したいところだ。

 

 しかし、誰に聞けばよいのか?

 

 救助対象者の大半は恐慌状態に陥り、雲の子を散らすように逃げ去ってしまった。【鉄の掟】の幹部連中は全員、落下の衝撃で死亡している。

 

 となれば……

 

 腕を組み、しばらく待機する。

 

 来たか?

 

 俺の鋭敏な聴覚が、わずかな悲鳴を聞き逃さなかった。

 

「きゃあああああ! リ、リーベルさん、リーベルさん、助けてぇええ!」

 

 上空を見上げると、ソフィアが真っ逆さまに落下してくるのが見えた。

 

 こいつも団長と同様、極悪非道な人間である。落下して命を落としても自業自得というものだろう。

 助ける義理など微塵もない。

 

 にやりと笑みを浮かべる。

 

 ソフィアは俺の表情を見て、見捨てられると確信したのだろう。その美しい顔が恐怖で歪み、この世の終わりを迎えたかのような絶望的な表情を浮かべていた。

 

 ああ、その顔だ。俺を騙そうとした時の聖女の仮面はどこへ行った?

 

 くっくっくっ、実に気分がいい。

 

 俺を陥れようとするから、このような目に遭うのだ。

 

 せいぜい後悔に苦しむがよい――と言いたいところだが、まぁ、助けるんだけどね!

 

 非常に、非常に残念ではあるが、ソフィアは女性だ。

 性悪女とはいえ、カミラに女子供を殺害させるわけにはいかない。

 

 ただし、お仕置きは必要不可欠だ。

 

 ソフィアには、たっぷりと反省してもらわねばならない。

 地面すれすれまで落下させてやろう。恐怖の味を存分に味わうがいい。

 

 そのまま自由落下を続けさせる。

 

 地面まで残り十メートル、五メートル、三メートル……

 

 ソフィアの顔が青ざめていく。死への恐怖が彼女の心を支配する。

 

 一メートル、五十センチ……

 

「いやああああ!」

 

 ソフィアの絶叫が響く。

 

 そして、地面に激突する――寸前。

 

 ピタリ。

 

 数センチの距離で受け止めてやった。

 落下時の負荷はそれなりのものだったが、十分に許容範囲内だ。

 

 マキシマム家にとって、この程度の負荷など朝飯前である。

 

 ソフィアは完全に意識を失っている。恐怖のあまり気絶してしまったらしい。顔は真っ青で、冷や汗がびっしりと浮かんでいる。

 

「生きているか?」

 

 ぺちぺちと頬を軽く叩いてみた。

 

 反応なし。

 

 しかし、何度か叩き続けていると、うつろだったソフィアの瞳にようやく焦点が定まってきた。

 

「は、は、はぁ、はぁ、はぁ、リ、リーベルさん……」

 

 その声は震えていた。先ほどまでの余裕など微塵もない。

 

「ふふ、どうしたのかな? マドモアゼル」

 

 フランス紳士のごとく優雅に問いかけてみる。

 

「た、助けるなら早くしてください。し、死ぬかと思いました」

 

 ソフィアが息も絶え絶えに返答する。その美しい顔には、まだ恐怖の残滓が刻まれている。

 身から出た錆という言葉を、十分に理解するといい。

 

「まぁ、これに懲りたら非道な行いは慎むことだ。君の美貌も、神から与えられた才能だ。それを悪用するのはよくないね」

「ひ、ひゃい」

 

 ソフィアの額に軽くデコピンを施し、お仕置きを完了させた。

 

 あとはカミラを迎えに行こう。

 

 屋上に足を向けようとした時――

 

「たのしぃいいいいい!」

 

 カミラの楽し気な声が上空から響いてきた。

 

 まさか!

 

 急いで上を見上げる。

 

 カミラだった。

 

 カミラが屋上から飛び降りているのだ。

 

 しかも両腕を大きく広げて着地姿勢を整えている。

 

 テレマークを決めるつもりか?

 

「おまっ!」

 

 思わず声を上げる。姿勢が悪い。それでは体重移動が不十分だ。

 

 受け止めようと全速力で走るが、間に合わない。

 

 ダンッと凄まじい音が響いた。

 

 カミラが地面に激突し、そのまま勢いでごろごろと転がっていく。最終的に道路端の塀に衝突して、ようやく止まった。

 

 うん、あれは相当痛いはずだ。

 

「カミラ、大丈夫か?」

 

 カミラの元に駆け寄り、声をかける。

 

 反応がない。

 

 小さな身体がぐったりと横たわっている。普段なら元気よく跳ね回っている妹が、まるで壊れた人形のように動かない。

 

「カミラ!」

 

 今度は声を大きくして呼びかけるが、カミラはぴくりとも動かない。

 

 ……だ、大丈夫だよな?

 

 いくらカミラがマキシマム家基準で非力とはいえ、あの親父の娘である。この程度の衝撃で命を落とすはずがない……と思う。

 

 でも、まだ十歳の女の子だ。いくらマキシマムの血を引いているからといって、無敵ではない。

 

「カミラ、カミラ! しっかりしろ!」

 

 内心で冷や汗をかきながら、何度も声をかけてカミラの肩を揺すり続ける。妹の身体は予想以上に小さく、軽く、そして儚い。

 

 俺がこんなに動揺するなんて……親父が見たら何と言うだろう。

 

 しばらくして、ついに反応があった。右手がぴくぴくと動き、カミラがむくりと身体を起こす。ぱちぱちと瞬きも始める。

 

 良かった。心底ホッとした。

 胸に詰まっていた重いものが、一気に解放される。

 

 まったく、心配させやがって……

 

「カミラ、心配したぞ。大丈夫か?」

「……大丈夫じゃない」

「そ、そうか。どこか痛むのか?」

 

 慌てて全身をチェックする。外傷は? 内出血は? 骨折は?

 

「うん、痛い」

 

 答えながら、カミラが足を示してきた。その小さな足首が、見るからに腫れ上がっている。

 

「どれ、もっとよく見せてみろ」

 

 カミラのスカートをめくり、足首を確認する。足首が真っ赤に腫れ上がっていた。

 

 これは……

 

 軽い触診を行ってみる。

 

 カミラの足首から指先まで、細心の注意を払って触れていく。妹の肌は驚くほど柔らかく、温かい。普段は気づかないが、やはりまだ子供なのだ。

 

 ふむ、くるぶし周辺から数センチにわたってひびが入っているようだ。靱帯は切れていない。カミラの回復力なら、全治一週間程度だろう。

 

 不幸中の幸いだ。

 

「痛い、痛い。うぁあああん、足が痛いよ、痛いよ。ジンジンする」

 

 カミラが泣き始めた。

 

 蝶よ花よと育てられたカミラは、痛みに対する耐性がない。何度も言うが、マキシマム家基準での話だ。それでも、この子にとっては人生初の大怪我かもしれない。

 

 あぁ、だからあれほど言ったのに。

 

 でも、今は説教している場合じゃない。

 

 リュックサックから包帯を取り出し、カミラの足に巻いていく。

 

 マキシマム家では、下手な医者以上の医療知識を習得している。テーピング一つ取っても、一流医師が施術するのと同等の技術を有しているのだ。

 

 俺は丁寧に、慎重に、カミラの足首を固定していく。少しでも痛みを和らげてやりたい。この小さな妹が、これ以上苦しまないように。

 

 包帯でのテーピングを施すと、痛みが和らいだのだろう。カミラは泣き止み、徐々に平静を取り戻していった。

 

「兄ちゃん、上手だね」

 

 涙をこすりながら、カミラが小さく微笑む。

 

 その笑顔を見ると、俺の胸が熱くなった。

 もう無茶はするな、と言いかけて、俺は言葉を飲み込む。

 

 そんなことを言っても、この子には通じない。それより……

 

「カミラ、兄ちゃんが悪かった。無理をさせて、すまない」

「ううん、お兄ちゃんのせいじゃないよ。僕が勝手に落ちただけ。痛かったけど、面白かった。僕、ここで働きたい」

 

 カミラがぶんぶんと首を振り、笑顔を向けてくる。

 

 純粋な愛らしい顔だ。

 

 兄として肯定したくなる。

 でも、無理だからな。お前が団員を全員突き落としたせいで、この職場には誰もいなくなったんだぞ。

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