妹が殺人鬼で家族が暗殺者、なのに俺だけ平和主義 ―殺し屋リーベルの勘違い無双― 作:里奈使徒
私、ソフィアは心の中で計画の成功を確信していました。
事前情報で入手していた傭兵集団【鉄の掟】の闇の部分。
協会で働いていた頃から、噂では知っていた情報でした。
強固な信頼関係を築くために、互いに信頼できるペア同士で殺し合いをさせる!
ふふ、なんと楽しい——いや、なんと恐ろしい集団なのでしょう!
いつか訪れてみたいと思っていましたが、ついに機会が巡ってきました。私の監査官でもあるリーベルさんが金を稼ぎたいと言うではありませんか!
早速、この素晴らしい傭兵集団【鉄の掟】を紹介して差し上げました。
リーベルさんは最初、私の提案に疑念を抱いているようでしたが、他に良い案もなく、最終的には折れてくれました。カミラちゃんのためなら何でもする——その兄としての愛情が、彼の判断を鈍らせたのです。
後は下準備でした。
傭兵集団【鉄の掟】は、いわくつきの集団とはいえ、れっきとした国が認可する運営機関です。入団試験を受けるにしても、最低限の身元保証が必要でした。
リーベルさんは有名な暗殺一家の息子で、私は前科者です。まともに窓口へ行けば、書類審査で弾かれる可能性が高い。書類を偽造するという手段もありましたが、短時間では不可能でしょう。
だ・か・ら、別の手段を考えました。
私の美貌に群がる愚かな男たちを利用する作戦です。その中で最も役に立ちそうな者をピックアップし、現地でビリーという純真な冒険者を発見しました。
ビリーさんは地元名士の息子でした。彼が私たちの身元保証をしてくれたおかげで、書類審査を難なく通過することができました。
パチパチパチ、よくできました。
本当に男性というのは単純ですね。美女が少し微笑みかけ、困った表情を見せるだけで、喜んで協力してくれるのですから。
そして、
ビリーさん、褒めて差し上げます。
私はビリーさんと仮初めの恋人となり、彼が最も聞きたがっている言葉をかけて差し上げました。何度も何度も、背中の痒いところに手が届くような甘い言葉を囁いて差し上げたのです。
「ビリーさん、あなたって本当に優しいのね」
「私、こんなに安心できる人に出会ったのは初めて」
「ビリーさんがいてくれるだけで、怖いものなんて何もない」
「あなたのような方と出会えて、私は本当に幸せです」
「もしかして、私たち……運命なのかしら?」
このような台詞を、私は完璧な演技力で語りかけました。彼の心の奥底が求めている言葉を的確に見抜き、それを惜しみなく与えて差し上げたのです。
男性心理の分析は、私の得意分野の一つです。特に純真な男性ほど、甘い言葉に弱いものなのです。ビリーさんのような育ちの良い坊ちゃんなら、なおさらです。
すると、ビリーさんはもうにやけてにやけて、これ以上ないほど幸せそうな表情を浮かべるようになりました。本当にたまらない光景でした。
男性というのは、こうも簡単に美女の言葉に騙されるものなのでしょうか。それとも、ビリーさんが特別に純真だったのでしょうか。
いずれにせよ、彼の反応は私の期待を大きく上回るものでした。愛が深ければ深いほど、後の絶望も深くなる——まさに理想的な展開でした。
その後すぐに裏切り、絶望の表情を見せてもらいました。
う〜ん、実に快感でした。
愛が深ければ深いほど、裏切られた時の絶望も深くなる。これは人間心理の基本原理です。そして私は、その基本を完璧に利用したのです。
私を拘束し続けているマキシマム家の長男にして監査官——リーベル・タス・マキシマム。
この男を始末し、真の自由を手に入れる。
もちろん、今までの報復も含めて、たっぷりと絶望を味わわせることも忘れずに。
リーベルさんは暗殺一家のエリートです。非常に腕が立つのに、人を殺すことに躊躇いを持っている偽善者である。
そのギャップが、私には非常に興味深く映りました。強大な力を持ちながら、それを制御しようとする意志。殺すことができるのに、殺さないことを選択する矛盾。
ぜひとも、その偽善の仮面を剥がして、絶望を味わわせてあげたかった。
口八丁で騙し、この楽しい楽園に連れてくることに成功しました。
リーベルさんの最大の弱点——それは妹への愛情でした。カミラちゃんのために金を稼ぎたい、カミラちゃんに普通の生活をさせてあげたい——その一心で、危険な仕事にも手を出そうとする。その兄としての純粋な愛情を、私は徹底的に利用したのです。
そしてついに計画が実を結びました。
カミラちゃんがリーベルさんを屋上から突き落としたのです。
あぁ、実の妹から突き落とされるなんて、リーベルさんは何と哀れなのでしょう。
哀れすぎて笑いが止まりません。
突き落とされた時のリーベルさんの驚愕した表情といったら、もう、もう、もう!
信じていた者を殺し、信じていた者に殺される。
これよ、これなのです。人間の生の感情を感じる瞬間は。
実の妹に殺される兄——なんと刺激的な光景でしょう!
しかし、興奮に浮かれている場合ではありません。計画は成功しましたが、もう一つ気になることがありました。
カミラちゃんは今、どのような気持ちなのでしょうか? 兄を突き落とした罪悪感に苛まれているのか、それとも——
人の絶望を愛でる私の趣味として、これほど興味深い心理状況はありません。
カミラちゃんに近づき、声をかけます。彼女の心の奥底にある感情を、この目で確かめてみたかったのです。
「カミラちゃん、今どんな気持ちですか?」
「た〜のしい! 楽しい楽しい! 最高!!」
カミラちゃんはその場でぴょんぴょんと飛び跳ねながら、全身で喜びを表現しています。
……この子は、私とは違う意味で完全に壊れてますね。
とにかく私は他人の絶望が見たいのです。嬉しそうにされるのは、釈然としません。この子は、兄を突き落としたことを楽しんでいる。普通の兄妹なら罪悪感を感じるはずなのに、この子は純粋に「面白い遊び」として捉えている。
「カミラちゃん、胸に手を当ててよく考えてみてください。突き落としたのは今までのような犯罪者ではないのです。あなたのお兄さんなんですよ。あんなにもカミラちゃんの更生を願っていた、大切な大切な家族ではありませんか!」
「そうだよ。大事な兄ちゃんだよ」
カミラちゃんは不思議そうに首をかしげています。
何を当然のことを言っているのだ、という顔をしています。
もしかして状況を理解していないのでしょうか?
それなら少し説明してあげましょう。
「大切な家族ならなおさらです。そんなに喜んで……リーベルさんが可哀想です」
「なんで?」
「なんでって、あなたは実の兄を突き落として殺したんですよ」
カミラちゃんはきょとんとした表情を浮かべています。質問の意味を理解していないらしい。
馬鹿なのでしょうか?
いや、これまでの言動を観察するに、非常識な行動は取っていましたが、知能が劣っているようには見えませんでした。
なのに会話が成立しません。
私が言うのも何ですが、狂人の思考回路は理解できません。
なんだか悔しいものがあります。もう一度、現実を突きつけてあげましょう。
「カミラちゃん、改めて申し上げます。あなたはお兄さんを突き落として殺したのです」
「ソフィアは何を言っているのかな? 兄ちゃんは死んでないよ」
「えっ!? だって真っ逆さまに落ちて……」
「ソフィアは馬鹿だな。このくらいで兄ちゃんが死ぬわけないでしょ」
馬鹿な!? あの高さを何階だと思っているのでしょうか。
すぐに屋上の端まで移動し、下方を確認します。
……高い。
地面まで軽く五十メートル以上はある距離です。
ずっと下を向いていると、高所恐怖症でもないのに自然と身震いがしてきます。
なんという高度でしょう。
これで死んでいない?
本当に生きているのでしょうか?
ここからでは下の様子が判然としません。しかし、カミラちゃんの確信に満ちた表情を見る限り、どうやら本当にリーベルさんは生きているようです。
マキシマム家の人間は、常識では測れない存在だったのです。
「やっぱり兄ちゃんはすごいな。僕も後でやってみよう。でん、テレマーク♪」
カミラちゃんがぴょんぴょんと飛び跳ね、着地の真似事をしているように見えます。
まさか屋上から飛び降りようとしているのでしょうか?
その時でした。
「貴様、何をとろとろしてやがる。合格者はこっちに集まれと言っただろうが!」
【鉄の掟】の団長ががなり声を上げて指示を出します。
「は~い」
カミラちゃんは、右手を上げて楽しそうに団長の指示した列に向かって行きます。
「わーい、入団できた。こんなに楽しいバイトがあったんだね。やっぱりお外に出てよかった。最高♪」
無邪気にはしゃぐカミラちゃん。本当に心の底から楽しんでいるようです。
しばらくして、説明員の説明が終了します。新人団員の多くが素直に拝聴した中、
「それじゃあ次は何しようかな? そうだ。僕が入団テストのお手伝いする!」
カミラちゃんは元気よく答え、とことこと説明員に近寄ります。
「ばかか、入団テストはもう終わりだ。列に戻れ」
説明員は馬鹿にしたように言い放ちます。
「え~終わりじゃないよ。突き落とすだけじゃ足りない、足りない」
「新人が何を抜かしやがる。ごちゃごちゃ邪魔しやがるなら懲罰して――ひゃああ!!」
説明員が悲鳴を上げて地面に落下しました。
はは、なんてことでしょう! カミラちゃんが団員を屋上から突き落としたではありませんか!
カミラちゃんの顔を見ると、にっこりと笑みを浮かべていました。満足げな様子ですね。
カミラちゃんの凶行に唖然とする団員たち。そして、事態を把握したようです。
「貴様、歯向かう気かぁああ!!」
団員たちから怒号が飛び交いました。
「わぁい、わぁい。入団テスト楽しいなぁ♪ 楽しいなぁ♪」
カミラちゃんは怒り狂う団員たちをよそに楽しそうにその周りをスキップしています。
はは、はは、あっはあっはははははは!!!
笑いが止まりません。この子は、本当に頭がぶっとんでいる。
この場に残れば、あいつらと同じ目に遭うのは明白です。早く逃げろと生存本能が危険を知らせています。
なのに、なのに。逃げないといけないのはわかっているのに、足が動きません。
この後、確実に起こる楽しい殺戮を前にして、逃げることができましょうか、いや、できません。
自分は関係ないと安心していた団員、合格して安堵していた受験者たちがカミラちゃんによって、次々と屋上から突き落とされていきます。
まさに天国から地獄。
楽しい。すごく楽しい。
私もカミラちゃんのことを言えませんね。彼らの絶望に染まった顔を見ていたい、生の感情を感じたい。もっと近くで!
阿鼻叫喚の中、カミラちゃんの近くに移動します。
カミラちゃんは、あらかたの団員を突き落とした後、【鉄の掟】の団長と対峙していました。
「貴様、殺されたいようだな」
団長が斧を構え、じりじりとカミラちゃんに近づいていきます。
「ねぇ、ねぇ、僕が勝ったら団長になってもいいかな、かな?」
「ほざけぇええ!」
団長が斧を振り上げ、襲いかかります。カミラちゃんはそれを難なく避け、そのあばらに容赦なく一撃を入れました。
「ぐほぉっ、ごほっ……ぎ、きさま!?」
団長の顔が苦悶の表情に変化します。よほどカミラちゃんの一撃が堪えたのでしょう。あばら骨の一本や二本は折れたかもしれませんね。
楽しい♪
この瞬間が私の心を最高に躍らせてくれます。他人の痛み、絶望、そして恐怖——それらこそが私の生きる糧なのです。
「お、俺様によくも――ち、ちょっと待て」
「はっけよい、残った、残った。えい、えい、えい」
カミラちゃんは怒り狂う団長に向かって張り手をぶつけます。カミラちゃんの激しい攻撃に、団長はどんどん屋上の端に寄せられていくではありませんか!
これは期待できる展開です♪
「待て、待て……ちょっと待て、どこにそんな力が!?」
団長の焦る声、そして……
「あ、危ない。あぶな、やめ――ば、ばかぁなあああああ!! ひゃあああああ!!」
屋上の端まで押された団長はバランスを崩し、悲痛な叫び声を上げながら遥か下方へと落ちていきます。
あは、あはははあはははは!
小娘と侮り簡単に殺された……無様で憐れな団長の顔を見たら、ご飯が三杯はいけますね。このような絶望に満ちた表情こそが、私の心を最高に満足させてくれるのです。
「あ〜面白かった」
「そうですね、楽しかったですよね」
「うん、楽しかった」
「それじゃあ帰りましょうか」
私もカミラちゃんの感想に同調します。本当に素晴らしいショーでした。こんな素敵なショーを見れるなら、どんなに高価なプレミアムチケットでも購入しますよ。
「待って。ソフィアも入団試験を受けないと」
カミラちゃんが私の袖を引っ張り、帰路を阻んできます。
くっ、このまま事態を収束させてくれるほど甘くはありませんでした。この子の純真な残酷性は、時として私の計算を狂わせるのです。
「カ、カミラちゃん、私は既に合格していますよ。ほら、相方のビリーさんを突き落としましたよね? 見ていたでしょう」
「うん、見てた」
「でしたら私は試験を受ける必要がありません」
「ううん、足りない、足りない。突き落とすだけじゃ面白くないよ」
「そ、それはどういう意味でしょうか?」
質問せずとも答えはわかっているのに、つい口にしてしまいました。この子の思考回路は、時として私さえも予測不能にするのです。
「だから、今度はソフィアが突き落とされる番だよ」
カミラちゃんが純粋無垢な瞳で、じりじりと私に近づいてきました。
こ、怖い。
まさに猫に狙われたネズミの心境です。カミラちゃんの放つ圧倒的な威圧感に押され、後ずさりを余儀なくされます。
これは想定外でした。リーベルさんを陥れることばかりに気を取られ、カミラちゃんの制御不能な側面を甘く見ていたようです。
「あ、あの……カミラちゃん、理解していますか? 私はあなたやリーベルさんとは違うんです。突き落とされたら確実に死んでしまいます」
「そうだった。ソフィアは弱いもんね。すぐに壊れちゃう」
カミラちゃんは今気づいたかのような表情でこくこくと頷きます。
やっと理解してくれました。
「そうでしょう、そうでしょう。わかってもらえましたね! では帰りましょ——」
「うん、だからそっと落としてあげるね♪」
「えっ!?」
カミラちゃんが、私の背中をぽんと押しました。
「そっと」と言った割には、相当な力です。大の男が本気で突き飛ばしたほどの威力がある。
身体がよろめき、バランスを崩します。
あ、あ、あ!?
既に屋上の端近くまでカミラちゃんに追い詰められていた私は——
つまり……
「い、いやぁあああああ!!!」
ついに屋上から転落してしまいました。
視界が激しく回転し、地面が急速に迫ってきます。
これが死というものなのでしょうか。今まで他人の絶望ばかりを観察してきた私が、ついに自分自身で体験することになるとは。
皮肉なものです。まさに自業自得というものでしょう。
「ひ、ひぃいいいいい! た、助けて!」
必死に助けを求める中、リーベルさんの姿が見えました。
リーベルさん、助けてください。
死に物狂いで救助を叫んでいると、リーベルさんがにやりと不敵な笑みを浮かべるのが見えました。
あぁ、もう駄目かもしれない……
あの表情は、私を見捨てるつもりでしょう。当然です。今まで散々彼を弄んできたのですから。この状況こそが、まさに因果応報というものです。
死を覚悟し、地面に叩きつけられる寸前——リーベルさんに救出されたことに気づきました。
まさにギリギリの救出劇でした。
はぁ、はぁ、はぁ、本当に怖かった。
死ぬかと思いました。
これが恐怖というものなのですね。他人に与えてきたこの感情を、自分自身で味わうことになるとは……
人の絶望を愛でる悪魔だった私が、今度は自分が絶望を味わう立場になってしまいました。世界というのは、本当に皮肉に満ちています。
リーベルさん、私はか弱き乙女なのですよ。お仕置きの内容が過酷すぎます。今度こそ本当に死んでしまうかもしれません。
当分の間、リーベルさんには逆らえそうにありません——そう心に誓いつつも、また同じことを繰り返してしまうだろうという自分がいることも、よく理解していました。
性というのは、そう簡単には変わらないものなのでしょう。