妹が殺人鬼で家族が暗殺者、なのに俺だけ平和主義 ―殺し屋リーベルの勘違い無双―   作:里奈使徒

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第二十九話「撃てなくなった男」

 【鉄の掟】を壊滅させた俺たちは、西へ向かって数日間の船旅を経て、ルネッサという街に辿り着いた。ここで俺とカミラは宿屋で身を寄せている。ちなみに、ソフィアは街の教会で慈善活動を手伝っているようだ。定期的に報告をもらっているが、特に怪しい動きはない。ただ、あの女の性根は理解している。余計な悪さをしないように釘は刺した。悪事が発覚すればジャイアントスイングスペシャルバージョンをかましてやろう。

 

 そんな中、俺は敵を前にして「撃てませぇええん」という人物の話を聞いたのだ。

 

 ラノベや漫画のヘタレ主人公によくある症状だ。敵を前にして命を奪う行為に躊躇してしまう。たいていが読者のヘイトを高める要因となる。

 それで仲間が危機に陥ったり、さらに言えばヒロインが死亡などすれば炎上、お祭りだ。

 

 実力も戦績も抜群の天才と言われていたのだが、撃てませぇん状態になったらしい。

 

 いい、すごくいいぞ。

 

 そんな人物を受け入れたら、カミラの殺人衝動も薄まる。まかり間違えば、更生してくれるかもしれない。

 

 で、その男の名はガルスという。元A級賞金稼ぎでありながら、ターゲットを前にして「撃てなくなった」ために引退したらしい。

 

 前世のアニメの主人公のように、敵だと分かっていても相手の人間性を感じ取ってしまい、戦えなくなってしまう優しすぎる心の持ち主。あの白いモビルスーツのパイロットが「殺したくない!」と叫んでいたのを思い出す。

 

 こういう人物こそ、カミラに必要なのだ。

 

 人を殺すことに躊躇を感じる人間。相手の中に人間性を見出してしまう価値観。カミラの更生には、こんな人間と交流させることが一番効果的と思う。

 

 現在、ガルスはこのルネッサの街で商店街組合の会長をしているらしい。

 

 俺は即座に決断し、彼に会いに行った。

 

 そして……

 期待は裏切られなかった。

 ガルスは、まさに俺が求めていた人物だった。

 

 ガルスは四十代半ばの男性で、がっしりとした体格をしている。元賞金稼ぎの面影を残す精悍な顔立ちだが、人当たりは非常に穏やかだった。商人たちからの信頼も厚く、トラブルが起これば必ず彼のもとに相談が持ち込まれる。

 

 商店街の組合事務所で、俺はガルスに建前の事情を話した。

 

「実は、妹が賞金稼ぎという仕事に憧れを抱いているんです」

「賞金稼ぎに? 随分と物騒な憧れだな」

「ええ。でも俺としては、現実をきちんと知ってもらいたくて。もしよろしければ、経験豊富なガルスさんから、賞金稼ぎの在り方について聞かせてもらえませんか?」

 

 真摯な態度でお願いする。もちろん真の狙いは、ガルスの優しさに触れさせて、カミラに人間らしい感情を芽生えさせることだったが、それは言えない。

 

 賞金稼ぎにおけるトップ中のトップであるマキシマム家だぞ。賞金稼ぎの現実なんていくらでも知っている。知らない人は、マキシマム家で一日でも過ごしてみればいいよ。すぐに現実わかるから。

 

「そうか...」

 

 ガルスが少し困ったような表情を見せる。

 

「すまない。賞金稼ぎ時代の話は...あまり人に話すようなことでもないんだ」

「お願いします! 妹の将来を真剣に考えているんです」

 

 身を乗り出して訴える。この人だ。この人こそカミラに必要な人間だ。

 

「妹さんには、もっと平和な道を歩んでもらいたいと思うなら、俺なんかの話より教会で教えをうけなさい」

「いえ、あなたのような方から話を聞かせてもらいたいんです」

「君、随分と熱心だな...」

 

 ガルスが苦笑いする。

 

「まあ、落ち着け。まずは食事でもしながら話そう」

 

 その日から、俺たちは宿屋の食堂でよく一緒に食事をするようになった。

 

 最初の夜は、ガルスが商店街の成り立ちについて語ってくれた。

 

「この街に来た時は、商店同士の諍いが絶えなくてな。価格競争で皆が疲弊していた」

「それを組合でまとめられたんですか?」

「まとめるというより...話を聞いただけだ。皆、本当は協力したかったんだよ」

 

 その穏やかな物腰に、俺は確信を深めた。この人なら、きっとカミラにも良い影響を与えてくれる。

 

 三日目の夜、ガルスは賞金稼ぎ時代の厳しさについて語り始めた。

 

「君の妹さんみたいに純粋な子には、とても勧められない世界だ。血と悲鳴が日常のようにはびこるんだぞ」

 

 もしカミラの正体を知ったら、ガルスは何と言うだろうか。

 残念ながら、カミラがもっとも喜ぶ世界なんだよ。

 

 一週間が過ぎた頃、ガルスはより深刻な話をするようになった。修行の厳しさ、仲間を失った悲しみ、そして常に死と隣り合わせの緊張感。

 

「凄腕とまで言われた俺でも、賞金稼ぎは続けられなかった」

 

 ガルスが重い口を開いた。

 

「将来の仕事にするもんじゃない。もっといい仕事がある。命の危険は隣り合わせだし、一瞬の油断で背中に風穴を開けられた仲間もいた」

「それほど厳しいから引退されたんですね?」

 

 もちろん違うことは知っている。俺は既に酒場での噂で「撃てなくなって引退した」という話は聞いている。だが、その詳しい経緯を本人から聞き出すにはこう誘導するしかない。

 

「厳しいってのもあるが...それだけじゃない」

 

 ガルスが言葉を濁す。

 

 来た。

 

「よろしければ、その理由も聞かせてもらえませんか? 妹には、賞金稼ぎの現実を全て知ってもらいたいんです」

 

 ガルスが少し迷うような表情を見せる。

 

「恥ずかしい話なんだが....」

「そんなことありません。ガルスさんの話なら絶対にためになります」

「ふっ、しかたがないな。実は最後の仕事で、俺は...撃てなくなっちまったんだ」

 

 遠い目をして、本当の理由を語り始めた。

 

「その日は風も穏やか、絶好の狙撃日和だった」

 

 ガルスの声が低く、重くなる。

 

「依頼主からの情報は完璧だった。ターゲットは毎朝十時きっかりに街角カフェへ現れる。習慣的な行動パターン、決まったテラス席、常に一人。俺は三日間張り込んで、行動パターンを確認した」

「三日も張り込みを?」

「A級の仕事だからな。手抜きは許されない」

 

 ガルスの目に、職人としての誇りが宿る。

 

「カフェに向かう道順、到着時間、座る席の位置まで完璧に把握した」

 

 ガルスの手が、まるで見えない銃を握るかのように動く。

 

「当日の朝、俺は四時に起きて準備を始めた。武器の最終点検、風向きの確認、ターゲットの到着時間の再確認。完璧だった。これまでの仕事の中でも、最も準備の整った狙撃だったと言える」

「それほど慎重にですか」

「あぁ、そしてターゲットは定刻通り現れた。いつもの黒いスーツ、いつもの新聞、いつものような余裕の表情。テラス席の定位置に座り、新聞を広げる。スコープ越しに見えるそいつは、今日も完全に無防備だった」

 

 ガルスの声が震え始める。

 

「風向きを読む。微風、南東から北西へ、風速約二メートル。ほぼ無風と言っていい条件だ。呼吸を整えて照準を合わせる。心拍数を落とし、引き金に指をかける。三百メートルなら外すはずがない距離だ」

 

 まるで当時の状況を再現するかのように、ガルスの身体が緊張する。

 

「十時三分。ターゲットは新聞を畳み、コーヒーを注文した。俺はその瞬間を待っていた。飲み物に集中している隙が、最も確実に仕留められる時間だからな」

「それで...」

「ウェイターがカップを運んでくる。そして俺は初めて見た——そいつがコーヒーに砂糖を入れる姿を。一個、二個...三個。かなり甘めに作って、ゆっくりと混ぜている」

 

「くっく、大の男がって笑われるかもしれないが、俺もあの甘い味が好きでな。まさか同じ嗜好の奴がいるとは思わなかった。しかも、俺が殺そうとしているターゲットがだぞ」

 

 ガルスが小さく笑う。

 

「そいつ、一口飲んでから『ああ、うまい』って、本当に幸せそうに笑ったんだ。俺がいつもやってるのと同じように、カップを両手で包んで温めながら、湯気に顔を近づけてな。まるで一日の疲れが全部抜けていくような、そんな安らいだ顔をしてた。きっと今日も良い一日になるって、そう思ってるような表情だった」

 

 ガルスの手が、まるで見えないカップを握るかのように動く。

 

「その瞬間、ターゲットが人間に変わっちまった。それまでは『始末すべき対象』だったのが、『俺と同じ小さな幸せを知ってる一人の人間』になった。もしかしたら、そいつにも家族がいて、毎朝こうやってコーヒーを飲む時間を楽しみにしてるのかもしれない...そんなことを考えたら、もう引き金は引けなかった」

 

 そう言って遠い目をしているガルス。

 

 わかる。わかるぞ。人間ってのはそうでなきゃな。

 

 いい話だ。久々に感動した。

 妹よ、ちゃんと聞いたか。これだよ、これこそが人間として生きることだ。

 

 俺がそう思ってカミラを見ると、あまりに退屈な話だったのか眠そうにしている。

 

 くそやはりか!

 

 カミラめ、ガルスが賞金稼ぎとして血しぶきあげて戦っているシーンを話していた時は目をランランとさせてたのに。

 

「あー、すまない。夜も遅いし、子供には辛い時間帯だったな」

 

 ガルスがカミラの様子を見て気を遣う。

 

「カミラちゃん、もう遅いからこれくらいにして寝るか?」

「うん...おやすみなさい」

 

 カミラが眠そうに答える。

 

 ガルスは夜更かしさせてしまったと思っているようだが、実際は単に人間の情の話に興味がないだけだ。マキシマム家の人間は不眠不休で三日ぐらい平気で起きてられるからね。

 

 カミラが部屋に戻った後、俺とガルスは二人きりになった。

 

「いい子だな、君の妹は」

 

 ガルスが心から言う。

 

「本当に純粋で、素直で...ああいう子が賞金稼ぎの世界に足を踏み入れるなんて、絶対にあってはならない」

「そうですね。今日の話を聞いて、少しは考えが変わってくれるといいんですが」

「きっと変わるさ。あの子なら、きっと人を大切にする仕事を選ぶだろう」

 

 ガルスが慈愛のまなざしで話す。

 

 くっ、いい人だ。実にいい人だ。こんな良い人をいつまでもトラウマを抱えさせるわけにはいかない。

 少し励ましてやるか。

 

「あとお話を聞いて思いました。ガルスさんがお落ち込むことはありませんよ。撃てないからなんなんです。それは人間である証拠ですよ」

「違う。私はただの臆病者だ」

 

 それがいいんだって。躊躇もしないやつなんて、愚かにもほどがある。

 

「外野は他人事。言いたいやつには言わせておけばいいんですよ」

 

 俺は冷静に言い返した。

 

「例えばだ」

「はい」

 

 ガルスが俺を見つめる。

 

「リーベル君、君はそう言うが、もし君が撃たなかったせいで妹に危険が及んだらどうする?」

 

 うーん、たいていの敵の前では余裕で殺せる実力を持つカミラ。

 そんな敵はそうそう現れない。現実味がない想像である。

 

「俺は撃ちませんよ。危険だって乗り越えます。さすがに殺されるのは困りますが、相手にも人生があるって、命の大切さを教えてやれますから」

「甘いな。お人好しだ」

 

 いいんだよ。その甘ちゃんになりたいんだよ。

 

「だが、俺は嫌いじゃないよ」

 

 ガルスが口角を上げてほほ笑んだ。

 

 俺の胸が熱くなった。

 この人こそ、カミラに人間の尊さを教えてくれる人物だ。

 

 

 

 ☆★☆

 

 

 

 鳥のさえずりで目が覚めた。

 

 ルネッサの街は、俺が想像していた以上に平和で美しい場所だった。石畳の道に並ぶ商店、花で飾られた窓、行き交う人々の穏やかな表情。すべてが調和して、まるで絵画のような街並みを作り出している。

 

 中心部にある商店街は、朝から夕方まで活気に満ちていた。パン屋からは焼きたてのパンの香りが漂い、八百屋では新鮮な野菜が色とりどりに並んでいる。鍛冶屋の槌音が規則正しく響き、仕立て屋では美しい布地が風に揺れている。

 

「おはよう♪」

 

 宿屋の廊下でガルスと出会ったカミラが、天使のような笑顔で挨拶する。

 

「おはよう、カミラちゃん。今日も元気だね」

 

 ガルスが優しく微笑み返す。この二週間で、すっかりカミラを可愛がってくれていた。

 

 朝食後、俺たちは商店街に向かった。

 

 商店街に着くと、ガルスは組合の事務仕事に取りかかった。俺とカミラは、いつものように街をぶらぶらすることにする。

 

「お兄ちゃん、今日は何するの?」

 

 カミラが無邪気に尋ねてくる。

 

「特に予定はないが...街の様子でも見て回るか」

 

 実際には、カミラの監視が主目的だった。この平和な街で、妹が何をしでかすかわからない。

 

 そんな時だった。

 

 背筋に、妙な感覚が走った。

 誰かに見られている。

 

 マキシマム家で鍛えた直感が、確実に危険を告げていた。この感覚に間違いはない。何者かが、この街を——いや、俺たちを監視している。

 

 俺は表情を変えずに、さりげなく周囲を見回した。

 

 商店街を行き交う人々。主婦らしき女性が買い物袋を下げて歩いている。商店主たちが店先で談笑している。子供たちが路地で遊び回っている。すべてが平和そのものに見える。

 

 だが、その中に——確実に異質な存在がいる。

 

 視線の方向を探る。右から来ているのか、左からか。それとも上からか。

 

 一見、何の変哲もない街の風景。

 しかし俺には分かる。この中に、明らかに場違いな存在が紛れ込んでいる。

 

 歩く速度。視線の動き。立ち位置。呼吸のリズム。

 

 長年の経験が告げていた。プロがいる。

 

 商店街の向こうから歩いてくる男。自然に見えるが、歩幅が一定すぎる。

 

 八百屋の前で野菜を眺めている女。野菜に興味を示しているふりをしているが、実際には俺たちの動きを追っている。

 

 角の向こうに立つ少年。遊んでいるようで、実は見張りの役割を果たしている。

 複数いる。チームで動いている。

 

 マキシマム家を舐めるなよ。

 

「お兄ちゃん、どうしたの?」

 

 カミラが興味深げに見上げてくる。さすがに俺の緊張を感じ取ったようだ。

 

「何でもない。ちょっと街の様子を確認しただけだ」

 

 嘘だった。俺の警戒心は最高レベルまで高まっていた。

 

 敵の正体は不明。目的も不明。

 

 この平和な街に、本格的な危険が迫っていた。

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