妹が殺人鬼で家族が暗殺者、なのに俺だけ平和主義 ―殺し屋リーベルの勘違い無双―   作:里奈使徒

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第三話 「決死の脱出劇(前編)」

「ふふ、ど・れ・に・し・よ・う・か・な?」

 

 カミラが心底楽しそうに獲物を見定めている。舌なめずりする肉食獣の如くだ。

 

「お、おやめください!」

 

 さすがに歴戦の執事達もカミラの純粋な殺気に気後れしているらしい。

 

 まぁ、カミラ自身マキシマム家の血筋を受け継いでいるだけに相当の手だれだ。それに主人の娘だからね。怪我をさせるわけにはいかない。そんなところに、殺る気まんまんで挑んでくるからな。

 

 手加減する側と本気で殺しにかかる側。この絶望的な力の差が、惨劇を生むのだ。

 

 ……同情するよ、執事達に。

 

 だが、これも必要な犠牲だ。カミラを外の世界に連れ出すためには、どんな手段を使ってでも。

 

 さて、あまり向こうの心配ばかりしてられない。

 

 こちらも片手間で相手できる相手ではないのだから。

 

 エスメラルダを見る。

 

 完全に臨戦態勢だ。俺の一挙一動を見逃すまいとしている。月明かりが彼女の美しい横顔を照らしているが、その瞳には冷徹な光が宿っていた。風が夜の庭園を吹き抜け、彼女の黒髪を静かになびかせる。

 

 エスメラルダ。

 

 マキシマム家筆頭執事にして、元SS級賞金首。その美貌に秘められた恐ろしい実力を、俺は嫌というほど知っている。

 

 彼女がまだ賞金稼ぎだった頃、親父との一騎打ちは三日三晩続いたという。結果的に敗北したとはいえ、親父をここまで苦戦させた相手は他にいない。その実力は、下手をすれば俺以上かもしれない。

 

「最終通告だ。そこをどけ!」

「リーベル様、後生です。おやめください。旦那様や奥様が悲しまれます」

 

 エスメラルダが申し訳なさそうに言う。遠慮がちな物言いだが、その纏っている闘気は真逆だ。力ずくでも行かせないという鉄壁の意志を感じる。

 

 その構えは完璧だった。重心は低く保たれ、いつでも攻撃と防御の両方に転じられる。足の配置、腕の角度、視線の向け方——全てが戦闘のプロフェッショナルそのものだ。

 

 ひく気はないようだな。

 

 ならば、こちらも本気で行くしかない。

 

 全力でいく。

 闘気を上げ、足に力を込める。

 

「いくぞ、カミラ!」

「うん!」

 

 カミラに声をかけると同時にダッシュする。黒豹の如きスピードでエスメラルダに迫った。

 

 今まで昏睡させてきた平使用人達とはレベルが違う。手加減をしていたら、こちらがやられてしまう。

 

 全力でエスメラルダの身体に拳を入れ――

 

 しかし、エスメラルダは軽やかに後方に跳躍し、俺の攻撃を回避する。

 

 予想通りだ。この程度で仕留められる相手ではない。

 

「さすがはリーベル様。ですが……」

 

 エスメラルダが微笑む。その笑顔には氷のような冷たさがあった。

 

 瞬間、エスメラルダが反撃に転じた。短剣を構え、俺に向かって突進してくる。

 

 その速度は尋常ではない。まるで風のように滑らかで、音すら立てない。これがSS級の動きか。

 

 俺も再び構えを取り、エスメラルダと正面から激突した。

 

 短剣と拳が激突し、火花が散る。

 

 金属と骨の衝突音が夜空に響いた。周囲の執事達が息を呑む音が聞こえる。

 

 だが、エスメラルダの技術は俺を上回っていた。

 

 一瞬の隙を突かれ、俺は地面に投げ飛ばされる。

 

「ぐっ……」

 

 受け身を取ったものの、衝撃は大きい。エスメラルダの実力は噂以上だ。

 

 地面に叩きつけられた瞬間、芝生が舞い上がり、小石が飛び散った。庭園の美しい花壇が一部崩れる。

 

「リーベル様はまだお若い。経験が足りませんわ」

 

 エスメラルダが立ち上がる俺を見下ろしている。その余裕の表情が、逆に俺の闘志を掻き立てた。

 

 くそ、さすがに元SS級は格が違うか。だが、まだ終わりじゃない。

 

 俺がエスメラルダと格闘している間に、カミラは――

 

「きゃははは♪ つかまえたー!」

 

 カミラの楽しそうな声が響く。

 

 振り返ると、執事の一人がカミラに腕を掴まれて困惑していた。

 

「カミラ様、お止めください! 危険です!」

 

 執事が必死に懇願する。額に脂汗が浮いている。マキシマム家に仕える執事は皆、カミラの恐ろしさを知っているのだ。

 

 しかし、カミラには聞こえていない。

 

「わーい♪ おにんぎょうさんみたいー♪」

 

 カミラが無邪気に笑う。執事を人形扱いしている。

 

 その笑顔は本当に無邪気で美しい。まるで天使のようだ。だが、その天使が今まさに悪魔の所業を行おうとしている。

 

 執事は反撃しようにもできない。相手は主人の愛娘だ。傷つけるわけにはいかない。せいぜい、優しく制止するのが精一杯だった。

 

「カミラ様、どうかお止めを……」

 

 執事が懇願するが、カミラの瞳にはもう理性の光はなかった。代わりにあるのは、純粋な殺意と楽しさだけ。

 

 まるで新しいおもちゃを手に入れた子供のような無邪気さで、人を殺そうとしている。

 

「えいっ♪」

 

 カミラが執事の足を蹴った。

 

「うわっ!」

 

 執事がバランスを崩して倒れる。カミラはまだ暗殺者の卵だが、それでもマキシマム家の血筋。その一撃は見た目以上に重かった。

 

 鈍い音と共に執事の身体が地面に叩きつけられる。芝生に人型の跡がくっきりと残った。

 

「やったー♪ 一人目〜♪」

 

 カミラが満足げに手を叩く。

 

 ただ執事はすぐに立ち上がった。さすがに上級執事、そう簡単にはやられない。

 

 だが、その顔は青ざめていた。足が微かに震えている。

 

「カミラ様、危険ですからお止めください」

 

 執事が優しく制止しようとする。額に汗が浮いている。主人の愛娘を傷つけるわけにはいかないが、このままでは自分が危険だ。

 

 それでも、カミラには通じない。

 

「つぎは〜、あのひとー♪」

 

 カミラが別の執事を指差す。

 

 指差された執事の顔が一瞬で土気色になった。

 

 執事達は困惑していた。本気で戦えば勝てる。しかし、相手は主人の娘だ。

 

「どうすればいいんだ……」

「カミラ様を傷つけるわけにはいかない」

「このままでは我々が……」

「しかし、手出しできない」

 

 そんな混乱の中、カミラは二人目の執事に向かっていく。

 

 今度の執事はより慎重だった。カミラの動きを警戒しながら、距離を保とうとする。

 

 両手を前に出して防御の構えを取り、後ずさりを続ける。

 

「カミラ様、どうかここは……」

 

 その時、カミラは予想外の行動に出た。

 

「ねぇねぇ、おはなししよー♪」

 

 カミラが無邪気に近づいてくる。

 

 執事は困惑した。警戒していたのに、普通に話しかけられると拍子抜けしてしまう。

 

 この子は本当に危険なのだろうか。こんなに可愛らしいのに……。

 

「カミラ様、お話でしたら後ほど――」

 

 その瞬間、カミラが執事の足首を掴んだ。

 

 小さな手が、大の男の足首を鷲掴みにする。

 

「うわあああ!」

 

 執事が転倒する。カミラは小さな体だが、意外に力が強い。それもそのはず、マキシマム家の血筋なのだから。

 

 どさりという重い音と共に、執事の大きな身体が地面に倒れた。

 

 執事もすぐに体勢を立て直した。

 

「カミラ様、もうお止めください」

 

 執事が立ち上がりながら、優しく制止する。

 

 だが、その声は震えていた。恐怖を隠しきれていない。

 

 カミラはきょとんとした顔をしている。

 

「えー? まだ二人しかあそんでないよー?」

 

 二人「しか」って……。

 

 執事達の表情が青ざめる。カミラにとって、彼らは遊び道具でしかないのだ。

 

 周囲の執事達がざわめき始める。

 

「これは……想像以上だ」

「どうする?」

「逃げるわけにもいかないし……」

 

 この時、エスメラルダが念を押した。

 

「計画通り進めます。私はリーベル様を! あなた方はカミラ様を!」

 

 すでに決まっていた役割分担の確認だった。エスメラルダ自身は俺との対峙を続ける構えだ。

 

 数的には圧倒的に執事達が有利だ。しかし――

 

「わーい♪ みんなであそんでくれるのー?」

 

 カミラが無邪気に喜んでいる。

 

 この状況でも楽しそうなカミラを見て、執事達は改めて戦慄した。

 

 人を傷つけているという認識が、完全に欠落している。これが一番恐ろしかった。

 

 一方、俺はエスメラルダとの戦いを続けていた。

 

「まだやりますか、リーベル様」

 

 エスメラルダが構えを取る。

 

 その構えは先ほどとは微妙に変わっていた。より攻撃的になり、殺気が増している。

 

 ここで諦めるわけにはいかない。

 

 カミラを救うために、俺は何としてでもここを突破しなければならない。

 

 スイッチが入った。

 

 全身の神経が研ぎ澄まされ、筋肉が最適な緊張状態に入る。呼吸を整え、心拍数を戦闘に最適化する。視界が鮮明になり、周囲の音が明確に聞こえるようになった。

 

 これまで何百という標的を仕留めてきた時と同じ感覚。冷静な計算と、爆発的な瞬発力。殺し屋としての本能が目覚める。

 

 エスメラルダの呼吸、筋肉の動き、視線の向き——全てが手に取るように分かる。

 

 俺の身体が、完全な殺人兵器と化した。

 

 今度は俺から仕掛ける。

 

 エスメラルダの位置を感知し、一直線に突進した。

 

 さっきとは明らかに速度が違う。気配も殺気も、段違いに上がっている。

 

「!」

 

 エスメラルダが初めて驚愕の表情を見せる。

 

 俺の拳が彼女の顔面に迫る。

 

 ガキィン!

 

 またしても短剣で受け止められた。だが、今度は違う。

 

 エスメラルダの右手が明らかに震えている。足も半歩下がっている。

 

 火花が散り、金属音が響く。庭園の静寂を破る激しい音だった。

 

「さすがはマキシマム家の跡取り……これが本気の殺気」

 

 エスメラルダが微笑む。その額に汗が浮いている。

 

 俺の一撃は確実に効いている。

 

「ですが、まだまだですわ」

 

 エスメラルダが反撃に転じた。

 

 短剣が閃光のような速度で俺を襲う。

 

 一撃目――俺は身を捻って回避。短剣が頬をかすめ、一筋の血が流れる。

 

 二撃目――左腕で弾く。腕に痺れが走った。

 

 三撃目――間一髪で後方へ跳躍。つま先に短剣の風圧を感じる。

 

 エスメラルダの攻撃は止まらない。

 

 四撃目、五撃目、六撃目――

 

 必死に回避と防御を繰り返す。反応速度は格段に上がっているが、エスメラルダの技術は予想以上だ。

 

 一撃一撃が致命傷を狙っている。だが、同時に絶妙に手加減もしている。殺さずに無力化しようという意図が見える。

 

 七撃目――ついに俺の防御を破り、短剣が俺の肩を掠めた。

 

「ぐっ!」

 

 血が滲む。浅い傷だが、確実にダメージを受けた。

 

 シャツに赤い染みが広がっていく。

 

「まだ甘いですわ、リーベル様」

 

 エスメラルダが追撃の構えを取る。

 

 その動きに一切の迷いがない。美しくも恐ろしい殺人舞踊だった。

 

 俺も負けてはいない。

 

 殺し屋としての技術を全て解放する。

 

 右拳、左拳、右膝、左肘を立て続けに繰り出した。

 

 連続攻撃の嵐。一撃一撃が岩をも砕く威力を持っている。

 

 エスメラルダは短剣で一撃目と二撃目を受け流すが、三撃目の膝蹴りは避けきれない。

 

「くっ!」

 

 エスメラルダが後方に飛ばされる。それでも、空中で華麗に回転し、完璧な着地を決めた。

 

 その身のこなしは、まるで舞踏家のようだった。

 

「見事です。ですが――」

 

 エスメラルダが構えを変えた。片手の短剣から、両手に一本ずつ。二刀流だ。

 

 その瞬間、エスメラルダの雰囲気が一変する。

 

「これが私の本気ですわ」

 

 瞬間、エスメラルダの気配が変わった。

 

 今まで以上の殺気が立ち込める。まるで別人のようだった。

 

 これがSSランクの真の実力か。

 

 俺も構えを取り直す。

 

 互いに間合いを測りながら、ゆっくりと円を描くように移動する。

 

 まるで猛獣同士が睨み合っているようだった。一瞬の隙が命取りになる。

 

 先に動いたのはエスメラルダだった。

 

 二本の短剣が十字に交差しながら俺を襲う。

 

 その美しさと恐ろしさに、思わず見とれそうになる。

 

 後方に跳躍して回避するが、エスメラルダは追撃を止めない。

 

 左の短剣が俺の胸部を、右の短剣が俺の腹部を狙う。

 

 両腕でガードするが、その瞬間――

 

 エスメラルダの足払いが俺の足元を襲った。

 

「しまった!」

 

 バランスを崩し、体勢が乱れる。

 

 これが二刀流の恐ろしさか。手だけでなく、足も武器になる。

 

 そこにエスメラルダの追撃が――

 

 ガキン、ガキン、ガキン!

 

 必死に防御するが、二刀流の連続攻撃は予想以上に厳しい。

 

 左右から同時に攻撃が来るため、防御が追いつかない。

 

 ついに一撃が俺の頬を掠めた。

 

「ちっ!」

 

 距離を取るため、大きく後ろに跳躍する。

 

 エスメラルダは追撃を緩めない。まるで影のように俺に張り付いてくる。

 

「逃がしませんわ」

 

 エスメラルダの二刀が俺を追い詰める。

 

 このままでは――

 

 最後の力を振り絞った。

 

 全身の力を右拳に集中させ、渾身の一撃を放った。

 

 これで全てを決める。俺の持てる力の全てを込めた一撃だった。

 

 エスメラルダは短剣でガードするが――

 

 バキン!

 

 短剣が砕け散った。

 

 金属片が四方に飛び散り、月光を反射してキラキラと輝く。

 

「なっ!」

 

 エスメラルダが動揺を見せる。

 

 その表情に、初めて恐怖の色が浮かんだ。

 

 俺の拳はまだ止まらない。そのままとどめとばかりにエスメラルダに向かって――

 

「やめんか!」

 

 突然現れた祖父ちゃんに俺の拳は、すんでのところで止められた。

 

 アルフレッド・マグヌス・マキシマム。

 

 マキシマム家の先代当主にして、伝説の暗殺者。

 

 祖父ちゃんの登場により、戦闘は一瞬で終結した。

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