妹が殺人鬼で家族が暗殺者、なのに俺だけ平和主義 ―殺し屋リーベルの勘違い無双―   作:里奈使徒

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第六話 「殺人中毒(シリアルキラー)」

 マキシマム家を出て、ヴァンニック市に入る。

 

 改めてこの世界を説明しよう。

 

 ここはシーロッパ大陸の東に位置している。どこかで聞いた響きの通り、大陸の大きさ、気候等、環境は前世のヨーロッパとほぼ同じである。

 

 文明レベルで言えば、前世基準でだいたい西暦1920年代後半から1930年代前半程度だ。だから、スマホもなければ、インターネットもない。電話とラジオはあるけど、テレビはない。

 

 飛行機は民間レベルではないけれど、世界有数の大富豪、あるいは国が所有している。だから普通の旅行者は、列車で移動するのが基本だ。

 

 そして、大きな違い。殺し屋が実在している。前世でもいたかもしれないが、大っぴらに市民が認知しているのだ。

 

 どういった歴史を辿れば、そうなるのか知らないけどね。

 

 そんな時代背景の中、俺達はヴァンニック市からオレゴン市の郊外へと移動している。

 

 できるだけ実家から離れたい。ヴァンニック市は、マキシマム家の影響が大きいからね。

 

 速攻、交通機関を使った。列車でまずは市外へ移動する。

 

 駅のプラットフォームに立った瞬間、カミラの瞳が星のように輝いた。

 

「うわぁい! お外だ。お外!」

 

 カミラは、生まれて初めて乗る列車に興奮している。靴を脱ぎ座席の上に座ると、列車の窓から外を眺めていた。小さい子が初めて列車に乗ったら、よくやる奴だね。

 

 その姿を見て、俺の胸に温かいものが込み上げてきた。

 

 これだ。これこそが俺の求めていた光景なのだ。無邪気に外の世界に興味を示すカミラ。殺しではなく、普通の子供らしい好奇心に満ちた表情。

 

「カミラ、これが列車だ。速いだろ?」

「うん♪ まるでパパの背中に乗っているみたい」

 

 カミラがはしゃぎながら答える。

 

 他の乗客達も、カミラの微笑ましいセリフに慈愛に満ちた表情を向けてきた。そこらかしこで「可愛らしいお嬢さんね」と賛美の声が聞こえてくる。

 

 素晴らしい。

 殺人、マーダー、キル、KILL……。

 ここには、そんな殺伐としたものが存在しない。

 

 ふふ、まるでパパの背中に乗っているみたいかぁ~。

 

 実際、親父は、列車並みの速度で走れるけどね。カミラの言葉通りなのだが、まぁそれは置いておく。

 

 今は、この空間を大事にしたい。

 

 そういや俺の家族って列車並に走れるんだった。瞬間最高速度で言えば、列車よりも速い。

 

 ……近くだと安心できない。

 

 改めて、遠くに行こうと決意する。

 

 列車の旅路は穏やかだった。

 カミラは窓の外を流れる風景に見入り、時折質問を投げかけてくる。

 

「お兄ちゃん、あの建物なあに?」

「教会だよ。人々が神様にお祈りをする場所だ」

「神様?」

「そう、天の上にいる偉い人のことだ。みんなの幸せを願ってくれるんだ」

 

 カミラが首をかしげて考え込む。

 

「みんなの幸せ……? 悪い人も幸せになっちゃうの?」

「うーん、それは難しい質問だな。神様は悪い人には罰を与えるって言われてるよ」

「罰? 殺しちゃうの?」

「い、いや、そういう罰じゃなくて……」

 

 冷や汗をかいた。カミラにとって「罰」イコール「殺し」なのだ。どんな会話でも殺人に結びつけてしまう思考回路が、既に完成してしまっている。

 

 家では神様なんて教えられていない。マキシマム家にあるのは殺しの技術だけで、心の平安につながるものは皆無だからな。

 

 これも更生への道のりの険しさを物語っている。

 

「あ、今度は大きなお家!」

「あれは貴族の館だね。お金持ちの人が住んでいるんだ」

「すごーい! うちより大きい?」

「……いや、うちの方が大きいかな」

 

 そう答えながら、実家のことを思い出した。

 

 マキシマム邸は、まさに要塞と呼ぶにふさわしい巨大な屋敷だった。敷地面積だけで小さな町ほどもあり、本館だけで五階建て、別館や使用人棟を含めると十を超える建物が点在している。

 

 中庭には訓練場が三つ、地下には武器庫と拷問室、屋上には狙撃用の展望台。庭園の美しい花壇の下には、実は地下通路が張り巡らされている。

 

 一見すると優雅な貴族の館だが、実際は世界最強の暗殺者一家の本拠地。美しい薔薇園の向こうには、毒草栽培場が隠されているのだ。

 

「お兄ちゃん、どのくらい大きいの?」

 

 カミラが興味深そうに尋ねる。

 

「そうだな……この貴族の館が十個くらい入るかな」

「うわぁ! すごーい!」

 

 カミラが目を輝かせる。

 俺の心は複雑だった。あの巨大な屋敷も、結局は殺しのための施設でしかないのだから。

 

 そんな他愛もない会話を続けながら、列車は最終駅に到着した。

 

 俺達は列車を降り、国境を越えるため山間部に入る。

 

 ここまでくれば少しは安心するな。

 

 山道は静寂に包まれていた。木々のざわめき、鳥のさえずり、遠くで流れる小川のせせらぎ。自然の音だけが響く空間は、都市部の喧騒とは正反対の世界だった。

 

 ほっと一息、カミラの様子を見る。

 

 それまで、いろいろな物を見て、感激していたカミラの表情が暗い。

 

 はしゃぎすぎて疲れたか?

 

 いや、よそ様の子供じゃないんだ。あの程度で疲れていては、マキシマム家で一日たりとも生きていけない。

 

 カミラは無口になり、何かに耐えているようだ。

 

「カミラ、どうした? 元気がないな」

「ねぇ、お兄ちゃん」

「なんだい?」

「お腹すいた」

 

 そうか。お腹が空いて元気がなかったんだな。

 

 う~ん、本当にそうなのか?

 

 釈然としない。

 

 俺達一家は、七日七晩絶食しても平気で動き回れる。水さえあれば、一か月だって可能だ。そんなマキシマム家の人間らしからぬセリフである。

 

 だが、カミラは初めて外へ出たんだ。緊張と疲れで必要以上にカロリーを消費したのかもしれない。

 

 無理やり自分を納得させる。

 

 そして、鞄に入れていたオニギリをカミラに渡す。ふっくらと握られた白い米粒が、パリッと焼かれた海苔に包まれている。海苔の香ばしい匂いと、ほんのり塩味の効いた米の甘みが鼻をくすぐった。少し冷えているが、それがかえって米の甘さを引き立てている。手作りの温かみが感じられる、素朴で美味しそうなおにぎりだった。

 

「……いらない」

「遠慮するな。お腹空いているんだろ?」

「そっちじゃない」

「そっちじゃない?」

「うん」

「……食べ物じゃなくて?」

「うん、こっちだよ」

 

 カミラがクィーっと首をちょん切るジェスチャーをする。

 

 あ~そっちね。

 

 今度は納得した。悲しいことに納得してしまった。

 

 ()べたいってことか。

 

 家を出てから早三日。

 あれからカミラは、一度も殺しをしていない。禁断症状が出てきたようだ。

 

 カミラは、あからさまに殺気を振りまいている。

 

 まずいなぁ。

 

 この調子だと、通行人を襲いかねない。

 

 国外に出る前に、カミラの殺気を抑える事から始めるか。

 

 改めてカミラを観察した。

 

 顔色は蝋のように青白い。額だけでなく、手のひらにまで冷や汗が浮いている。小さな手は痙攣するように震え、瞳孔が異常に拡張していた。呼吸は浅く早く、まるで溺れる者のように酸素を求めている。

 

 これは医学的に見ても完全な禁断症状だ。

 

 カミラにとって殺しは、もはや麻薬と同じレベルの依存物質になってしまっている。セロトニンやドーパミンなどの神経伝達物質が殺人行為と結びついて、それなしでは正常な精神状態を保てないのだ。

 

 時折、カミラの目に凶暴な光が宿る。理性の最後の砦が崩れかかっている証拠だった。

 

 この状態が続けば、カミラは確実に暴走する。そうなったら、俺でも制御できない可能性がある。

 

「カミラ、聞け」

「なに? お腹すいた。あれ()べていい?」

 

 カミラは荷物を背負った中年の男を指差す。

 

 五十代くらいだろうか。

 日焼けした顔には深い皺が刻まれ、長年の重労働を物語っている。大きな荷物を背負い、ふーふーと荒い息をつきながら坂道を登っていた。額から流れる汗を手の甲で拭い、時折立ち止まって息を整える。

 

 きっと行商の途中なのだろう。家族のため、生活のために、こうして毎日重い荷物を背負って山道を歩いているのだ。その後ろ姿には、真面目に働く庶民の誠実さが滲み出ている。

 

 お仕事、ご苦労様です。

 

 思わず、その男性に向かって小さくぺこりと頭を下げる。誰も見ていないが、働く人への敬意を表さずにはいられなかった。

 

 こんな善良な市民を、カミラは殺したがっているのだ。ありえないぞ。

 

「だめだ」

「お腹すいた! すいた!」

 

 カミラはバンバンと俺を叩いてくる。その遠慮のない拳は、確実に急所を当ててきた。しかも、大木に当てれば、それが幹ごとへし折れるぐらいの力でである。

 

 さすがマキシマム家の娘と言ったところか。相手が俺でなければ、肉を抉られ、骨を断たれ、最後にはミンチができ上がってただろう。

 

「ち、ちょっと待て、待て。落ち着け。兄ちゃんの心臓を抉り出そうとするんじゃない」

「う~う~」

 

 カミラは不満たらたらだ。

 

 目は血走り、野獣の如く獲物を求めている。先程まで、外の世界を見て目を輝かせていた可愛げな童女の姿じゃない。

 

 これが人格の二重性というやつか。平時のカミラと戦闘時のカミラでは、まるで別人だ。というより、戦闘という表現すら適切ではない。今のカミラは、純粋に殺戮を求めている。

 

 家にいる時は、侵入してくる敵という明確な標的があった。だが、今は違う。周囲にいるのは全て無関係な一般人だ。そんな状況でも、カミラの殺人衝動は変わらない。

 

「カミラ、お外では簡単に殺しをしちゃだめなんだ」

「やだ、やだ! お腹空いた!」

 

 カミラがさらに興奮して俺を叩く。抹殺しかねん勢いだ。さすがの俺の肌もカミラに叩かれすぎて、少し赤くなってきたぞ。

 

「カミラ! あまり我儘言うんじゃない」

「う、うぁああん! お腹空いた。()べたい。()べたい。()べられないなら、お家に帰る!」

 

 カミラが泣き叫ぶ。火がついた赤子のようだ。

 

 しかたがない。実家に帰られては本末転倒である。

 

 俺はカミラの肩に手を置いて、しゃがみ込んだ。

 目線を合わせて、できるだけ優しい声で話しかける。

 

「わかった。わかったから泣くのをやめろ。()べていいから」

「うっ、うっ。ほ、本当?」

 

 カミラが涙を指で拭きながら、こちらを見ている。

 

 苦渋の決断だ。

 

 ここでカミラの機嫌を損ねたら、実家に帰られてしまう。それでは、カミラ普通の子計画が頓挫してしまいかねん。

 

 そもそも、俺一人でカミラを物理的に制止するのは困難だ。本気で暴れられたら、被害は計り知れない。

 

 完全に野放しにするわけにもいかない。

 

「あぁ、本当だ。ただ、ちょっとだけ待ってろ。すぐに()べていい場所に連れていくから」

「早く、早く!」

 

 カミラが薬の切れた麻薬患者(ジャンキー)の如く、せっぱつまった声を出す。

 

 カミラは、殺しの魅力にどっぷりと浸かっている。いきなり殺しをやめろと言われてもやめられるわけがない。麻薬中毒者がいきなり麻薬をやめられるかと言えば、Noと言えるだろう。

 

 薬を絶つには、徐々に減らしていくしかない。

 

 カミラは毎日、殺しをやっていた。その依存性は、言わずもがなである。

 

 早急に治療しなければならないのは、確かではある。だが、一気にやっても反発を招くだけだ。だから、殺しの回数を段階的に減らしていく。

 

 最終的には「キャー、血が出てる。喧嘩怖い、お兄様助けて!」とか言うぐらい大人しくなってくれればね。

 

 期待に満ちた目でカミラを見つめる。

 

「お兄ちゃん、早く、早く。血、臓物、シュパーンしたい」

 

 カミラは悶えながら身体を震わせている。

 

 う、うん、目標は高く持たないと。

 

 さてさて、ここら辺で殺してもいいような、ゲロ以下の存在がいなかったか。

 

 記憶の引き出しを探る。

 

 悲しいことに俺の頭には、指名手配された世界中の賞金首の情報がインプットされている。それは顔写真だったり住所だったりターゲットの得意な戦術だったり様々だ。俺が前世の記憶を取り戻す前は、鍛錬をしているか、殺しをしているか、賞金首の情報を覚えているか、そのどれかしかしていない。

 

 青春真っ只中の十七歳のする事じゃない。

 実にアホだった。

 

 俺、前世と違ってイケメンなんだぞ。両親譲りの整った顔立ちをしている。ファンタジー小説に出てくる主人公ばりの甘いマスク、すらっとした背丈、身体は引き締まってて、いわゆる細マッチョだ。街角でナンパすれば、どんな美女でも九割以上の確率で成功する自信がある。

 

 ひと夏の恋、一夜のアバンチュール、憧れのマドンナとのデート、幼馴染の美少女とのキャッキャ、ウフフな展開。俺のルックスならどれも十分に可能だ。

 

 それなのに今までの俺。

 

 女? くだらん。それより鍛錬だ。死合だ。賞金首のリストを見せろ。

 

 ……こんな感じだったよ。

 

 くそ、どれだけフラグを叩き折った事か!

 

 あぁ! 今、考えれば仕事で色んな可愛い子と出会ってたのに。悪党の賞金首に苦しめられる少女達。そんな彼女達を賞金首を狩ることで救ってきた。大半は怖がられたけど、中には感動して俺にアプローチしてきた子もいたんだよ。それも凄い美少女にだぞ。

 

 俺はそんな美少女の誘いをにべもなく断っていた。実につれない、相当つれない態度を取っていたのだ。

 

 あぁ、実にもったない。

 本当、今までの俺は大バカだよ。

 

 世の男子高校生が好きな子の写真を眺めていた時に、俺は賞金首のおっさんの顔写真を眺めていた。世の男子高校生が好きな子の趣味や特技を調べていた時に、俺は賞金首のおっさん達の殺しの手口を調べていた。

 

 はは、凄いだろ。そういう次第で、俺はそんないかつい強面のおっさん達数百人以上の情報が頭の中に入っているんだぜ。

 

 か、悲しすぎる。

 

 激しい後悔に襲われたが、その経験が今回は役に立つ。それだけが救いだ。

 

 記憶の引き出しを開いた結果……。

 

 ここから一番近い場所にいる賞金首は、ボムズだな。

 

 麻薬王ボムズ。

 

 名前からして如何にも悪役然としている。本名はガルヴァン・ボムズ・ヘルンクロム。五十二歳。身長百九十センチを越える巨漢で、顔には無数の古傷が刻まれている。右目には眼帯、左頬には十字の傷跡。まさに絵に描いたような悪党面だ。

 

 その経歴もまた凄まじい。元は西家お抱えの武闘派だったが、あまりの残虐性に見限られて破門。その後、カライム通り一帯を牛耳る犯罪組織ヤゴル会を立ち上げた。

 

 ボムズ率いるヤゴル会は、非合法な犯罪組織だ。カライム通り一帯に勢力を広げ、殺人、麻薬、売春と幅広く手がけている。たしか西家の資金源の一つになってたかな。

 

 まぁ、やりすぎてその西家から切り離されてたみたいだけど……。

 というのもボムズ暗殺を西家を通じて、うちが依頼されていたからだ。しかも、任務を言い渡されたのは俺。前世の記憶が戻ってなければ、今頃ボムズ邸へ暗殺に向かってただろう。

 

 俺が家を出たから、ボムズ暗殺の後任が他の誰かに決まっただろうね。そいつには悪いが、獲物は譲れない。カミラの様子を見る限り、一刻の猶予もないからね。通行人を無差別にKILLする前に殺る。

 ボムズよ。カミラの禁断症状を抑えるための犠牲になってもらおう。

 

 ボムズは間違いなく極悪人だ。殺しても罪悪感を感じる必要はない。むしろ、世のため人のためになる。

 

 俺達は暗黒街の最奥部へと進んでいく。カミラの禁断症状を抑えるために、そして彼女を救うために。

 

 これが、妹を正常な少女に戻すための第一歩となることを、俺は心から願っていた。

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