「斜向かいの空き家に引っ越してきた。わが名はアストーザである。よろしく頼むぞ、少年」
白髪ロンゲ灰瞳白ワンピの少女は、引越しのご近所周り途中、俺の家にやってくると開口一番高らかに宣言した。
少女がそう宣言した場所は、築三十年の一軒家の、いい加減外壁リニューアルが恋しい自宅。
紺色のスウェットで対応に出たのは俺。
津上正治。
津上家長男で高校二年生。
二人きょうだいで、姉が一人、東京の大学に通っている。
ちなみにただいま恋人募集中。毎日洗顔して、眉毛も整えてます。もちろん、ネイルケアも欠かしません。彼女いませんか。ええ、いませんね。
「いや、正確にはちゃんとした名前があるのだが、人間では正しく発音できんのだ。だから、便宜上アストーザと名乗っている」
目前の身長百五十センチ強の少女は、偉そうに腰に手を当て胸張って――いや、はれるだけの肉はないのだけど――ω口になってむふー、と鼻息を荒くしていた。まだ、どやぁ、と口にしないだけましだろう。
まぁ、引越しの挨拶でいきなり自分語りを始められても、その、困るわけだが。
「……はぁ……」
俺は、ただあっけにとられながら、所在無さげに頭をかく。
「察するところ、家人はどうやらキミ一人だけのようだが、あれかな? 留守番かな?」
ちらちらと、俺を見下すように見下ろし視線で俺をみるんだが、俺、何かした?
顔色も名状しがたい白色に染まってるし。
太鼓と笛のへんな曲――いや、これ曲か?――聞こえてくるし。
ついでに、少女の足元で、白い雲みたいな生き物? がぐるぐるまわってる。そいつらは、笛と太鼓みたいなものをもってた。ひょっとして、この曲? はこいつがならしてるのか?
……見なかったことにしよう。
「いや、そう、ですけど……その。初対面の人にいいたかないけどさ。なんでそんなに偉そうなの」
「われは偉いからな。なにしろ、この宇宙の中央に位置する巨大ブラックホールの重力井戸の底で、夢を見ている白痴の魔王の夢の残滓であるからして、偉いのはあたりま」
俺はため息をついて、幼女のわきの下に手を差し込んでひょいと抱え上げると、ぞうりをつっかけてそのまま外に出る。
「な、なんだなにをする。少年、初対面なのに積極的」
玄関の外に置くと、おもむろに安普請のドアを閉めてすばやくチェーンロックをかける。
うん。
あれはただのキチピーだ。
「おいこら無礼だぞ少年! 君の両親は来客をそう扱えと教えたのか! 両親が悲しむぞ!」
聞こえない聞こえない。
俺はきびすを返して玄関をはなれようとする。
が、その足は動かなかった。
目の前に、さっきの少女がいて、ドアに全身でべたーっと張り付いた姿勢をとっていたからだ。
いや、そう見えただけだろう。現実問題、そこに少女はいないのだから。
だが、その少女はぐにゃあ、と顔を、体を油粘土のように変形させ、家全体を覆わんとしていた。
目の前でそれが行われているわけではないのだが、今現実に外で実行に移されている行為だと、本能的に理解してしまった。
事実、玄関の屋根のあたりから間延びした声が聞こえるじゃないか。年寄りなのにロリに聞こえるあの声が。
「しょおねぇ~ん、すこしぐらいわぁ~はなしをきいてくれてもいいじゃないかあぁ~」
「ひっ」
俺は、短い悲鳴をあげた。家全体が、少女の声を届けるスピーカーになったみたいだ。
「こうみえてもわれわあぁ~~、はくちのまおうのゆめのおとしごでええぇぇ~~、ちちでありははのなはあざとおぉすといってええぇぇ」
「ぎゃああああああああああああああああああああああああ」