俺、津田正治。どこにでもいる高校生。
今、客が来ていて、台所でお湯を沸かしつつ煎餅を用意している。
来客とは、ついこの前やってきたアストーザとかいう子供? いや、子供じゃないよな。ありゃあ化け物だ。
まぁ、その化け物の相手を、かーちゃんが台所のそばの居間でやっているわけだ。
しっかし、台所ってどうしてこんな暗いかな。まだ昼間だってのに。
小さい窓がひとつだけなのが悪いんだよな。うん。
「うむ。一人暮らしだ。だが心配はいらぬぞ。われは魔王の夢の落とし仔だからして、万能の存在なのだ」
「じゃあお隣のヒャーデスさんとおんなじなのねぇ。それなら安心だわ~。ウチのバカ息子のこと、よろしくお願いしますね」
持っていた玉露入りの茶筒を思わず落としてしまった。蓋はしたままなんで、中身を床一面にぶちまけることはなかった。
しかし、ヒャーデスさん? 隣はそんな家だっけ? 隣家は、猪俣さんと笹本さんだったはずだけど、いつからヒャーデスさんとかいう人が引っ越してきたんだ?
つか、それになんでそんなバケモノに俺をよろしくさせるんだ?
なんだ? 俺がおかしいのか?
「もちろんだ。われが惚れた男だからな。死んだあともよろしくする所存だ」
茶筒を取ろうとしゃがんだところで、またおかしな台詞が聞こえてきた。
お前はあれか。惚れたら、体をガムかなにかみたいに引き伸ばして二階建ての家屋を包み込むのか。
よくご近所さんが一一〇番しなかったよ。
わけわかんねぇ。
「……死んだ後もって、なにをどうよろしくするつもりなんだよ!」
とうとう我慢できなくなって、台所から突っ込みをいれてしまった。
俺にだって我慢の限度はある。
まぁ、限度だらけだけどさ。
「さっきから黙ってきいてりゃなんだよ一体。大体となりは猪俣さんと笹本さんで、ヒャーデスさんなんてわけわからん人はいねーよ!」
あー、すっきりした。言いたいことを言い切った後って、おろしたてのパンツをはいたときみたいに気持ちいいよな。
落とした玉露入りの茶筒を拾って棚に戻し、番茶の入った茶筒をかわりに取り出した――あんなのには番茶でももったいないぐらいだ。
つか、新しい茶葉を出すのももったいないな。風呂の残り湯で十分だ。
「こら正治、許婚にむかってなんてこと言うの!」
許婚? 誰が許婚?
「よいよい、母上。旦那様の暴言も笑って受け入れるのが嫁の甲斐性」
「どこのどいつが旦那だよ」
「いや、実はな。ハスターの眷属神がここに住みたいというからな。一昨日、わざわざ土地を作って家もこしらえてやった。苦労したぞ」
え? 今なんつった? この人外。
とちをつくっていえもこしらえた?
その前に俺の質問に答えろよ。華麗にスルーしやがって。
「登記簿とかどうなってんだよ! っていうか、突っ込みどころしかねぇじゃねぇかよ!」
「ちゃんと役所に土地が広がったことを報告して、申請もしておいたぞ。一日で測量からなにからなにまで全部クリアーさせるのには苦労した。わっはっはっ」
などといって、老婆のようなロリ声で高らかに、そして豪快に笑う。
「わっはっはじゃないよほんと……どうなるんだよ、俺の日常……」
おもいっきりため息をついて、台所で頭を抱えた。台所で頭を抱えたことも、肺の空気がなくなるようなため息をついたことも、これまで一度だってなかった。
というか、そもそもこんな頭のおかしい、ついでに体もおかしいヤツと会うこと自体、俺の短い人生の中で、一度もなかったんだが。
「われとちゅっちゅっする日常がまっておるぞ」
「まってねぇよ!」