俺、津田正治。どこにでもいる高校生だといいなぁ、と願っている。
アストーザに嘗め回され、べっちょべちょの枕のはずなのに、新品下ろしたてのさらさら肌触りな枕にびっくりしながら、そのままべっちょべちょのはずの枕で熟睡し――いや、自分でも驚いたけど、ばっちりがっちり熟睡できた――、翌日、すっきり爽快で学校へ登校した。
俺が通っている夜刀浦高校は、普通科のどこにでもあるような公立高校で、特徴もなにもない。そりゃ、卒業生にどこぞの中小企業の社長とかいるらしいけど、そんなことが自慢になるほどなんにもない。
まぁ、今日からは、どこにでもない世界で唯一の高校になるんだろうけどさ。
「今日、転校生くるんだって?」
「すげぇ美少女らしいぞ」
「うそ、まじか!」
「なぁんだ、男子じゃないのか」
「がっかりだよねぇ」
がやがやと、朝のHR前の教室内がうるさい。原因は転校生がくるからだ。
俺は、事前にあいつから今日転校する、と聞かされていた。聞いた覚えはないが、そういう設定になっていたので、そういうことなんだろう。
どうやら、あのアホ娘に記憶操作されてるようだ。
ご丁寧に、そういう設定です、という記憶までつけられてるのがなんとも腹立たしい。大体、人の記憶を操作できるなら、なんでもありじゃないか。
いや、感情までは操作してないからなんでもありではないのか?
ともかく、窓際の自分の席に座ると、にぎやかな教室からは目をそらして窓の外を見る。
窓の外は、からっと晴れていて四日間も続いた雨が嘘のようだった。
眼下のグラウンドは、まだ雨水がたまってまともに使えるものではないが、この天気ならすぐに使えるようになるだろう。
何人かの生徒が、必死になって校門からグラウンド、生徒用玄関へと駆けていく。
がんばれがんばれ。もうすぐ予鈴がなるぞ。
きーんこーんかーんこーん……
あ、なった。
ちんたら走ってた生徒が、猛ダッシュして玄関に飛び込む。内申をあきらめてる生徒は、それでもだらだらと登校してくる。
ああいうのって、先生から注意されても全然気にしないんだよなぁ。
そして、あんなのでも大学にいけるんだから凄いわ。
がらら、と教壇側のドアが開き、
「生徒ー、着席だー。転校生がくるからってさわぐなよー」
生徒ではメガネカマキリとあだ名がつけられている青井教諭――担当は現代文――が、出席簿と教科書やらなにやらを持ってやってきた。それぞれ仲良し集団で集まっていた生徒たちが、ざっと蜘蛛の子をちらしたようにばらばらになって、席に着く。
クラスの生徒がここまで素直に従うのも、メガネカマキリが合気道有段者で、武勇伝がいろいろと残されているからだ。
外見が外見なんだから蟷螂拳使えよと、オタクからは陰口を叩かれていたりする。
二七歳で、信じられないが既婚。近所の合気道の道場主の娘さんだそうだ。
「耳の早いお前らだから知ってると思うがー、今日、転校生がくるー。おーい、アストーザ、はいってこーい」
ああ……やっぱりくるんだ。
畜生、人の記憶勝手に改ざんしやがって。あとで徹底的な仕置きが必要だな。
「はーい、失礼しまーす」
老婆のようなロリ声が教室内に静かに響き、バカ娘が入ってきた。
声を聞いた何人かの生徒が、その自然な不自然さになにやら眉を潜めていた。まぁ、そうだよな、普通。
外見年齢、明らかに中学生ぐらいなんだが、よく学校先生全員騙せたなって、まぁ、記憶改ざんできるんだから問題ないのか。
つか、今の今まで気づかないふりしていたけど、あいつの年齢いくつだよ。
「えー、今日からー、この学校に転校することになったー、アストーザ・アザトースだー。アストーザー、自己紹介しろー」
「うむ。転校生であるから当然だな」
いちいちえらそうだ。
しかもメガネカマキリ、つっこまねぇし。
クラスのみんなもどんび……あれ? 普通に受け入れてる? 妙に静かなんだけど。
「はじめまして。われは宇宙の中央に位置する巨大ブラックホールの中に存在する、白痴の魔王が見る夢から生まれた落とし仔だ。卒業まで、われと仲良くすることを許してあげるんだからねっ!」
……聞いてない。俺は何も聞いてない。
校庭を眺める。
空がきれいだなー。
「それから、われはそこな津田正治の忌むべき許婚であるので」「忌むべきってなんだよっていうか、黙ってきいてりゃすき放題べらべらしゃべくりやがってみんなドンビキじゃね……ぇ……え?」
忌むべきってなんだよ! 誰が忌むべきだよ! 我慢できねぇ!
俺は、席を立って突っ込みをいれてしまったが、教室は静かなままだ。
疑問に思って教室を見回すと――全員それぞれの姿勢のままで気絶してた。
ああ、通りで静かなはずだ。
そうだよなー、普通そうだよなー。
俺はため息をつきつつ、アストーザに対して虎王をしかけたのだった。