俺は、またか、と思いながら玄関のドアを、不承不承あけた。のぞき穴から見えた女性は、髪の毛が透明であるにも関わらず、地肌が見えない無気味さに眼を瞑れば、美人とか美女とかに分類してもいい外見の持ち主だった。
体を包んでいる白いタイトスーツも、よく似合っている。
あ、いや、アストーザもあれは外見だけみれば一応は美少女にみえないこともないのだが、今ここでそれをおおっぴらに認めてしまうと、呼んでもいないのに目の前に現れて、
「そこまで我のことを憎んでおったとは、我もさすがにき」
と、突然テレポートしてきたあげく、背中をこちらに向けて言い出したので、思わず足が出てしまったのもしかたないところだろう。
思いっきり膝裏に右足刀をぶち込んだあと、そのまま後ろによろけてきたあいつの後頭部を左足で蹴り上げ、今度は右足でブルースリーばりのサイドキックをお見舞いする。
すると、来客の女性はそれを見て、自分のところにとんできたあいつを右の鉄槌で叩き落し、バウンドしたところで地面から伸び上がるようなアッパーでさらに浮かせて、一歩踏み込み軽く跳躍すると、ぐるんと空中で前転回転、かかと落としで地面に叩きつける。
できる。
俺は直感した。
同時に、ある部分において俺と彼女は仲間だということも理解した。
「あいつの同類と思いましたが、どうやら違ったようです。失礼しました」
「あいつ、などといってはつけあがりますわ。それ、もしくはあれ、で十分です」
乱れた透明な髪の毛をかるく手櫛で整えながら、きわめて冷静に言った。動作一つ一つが様になっていて、スタイリッシュだ。
外見を無視すれば、超有能な美人女性秘書。それが、俺が彼女を見たときの印象だった。
「だいたい、今は私のシーンなのです」
ごす、とうつ伏せで倒れているあいつの頭をピンヒールで踏みにじり――ひぎぃ、とか、らめぇ、とか聞えてくるのは気のせいということにしよう――きっぱりと言い切る。
「こ・れ・が!」
がす、がす、ぶちっ!
三度、あいつの頭を踏みつける。最後の擬音は踏み抜いた音だ。
足元では、なぜかあいつは鼻水と涙をだだもれさせながら、幸せそうに白目をむいていた。
「この忌まわしき落とし仔が私のシーンを邪魔するなど、すべてにおいて許されないのです。私的にもルール的にも、絶対に。これは絶対的な決定事項なのです。覆すことは、たとえお前の親だろうと許されません。わかっていやがりますか、この脳みそ永久フォーマットメンヘラ屑マゾ魔王が」
なんのルールなのかは知らないが、俺は今、彼女の許されない領分に踏み入ってきたらどうなるのか、まざまざと見せ付けられた。
「失礼致しました。私、先日隣に引っ越して参りました、H.H.Aと申します。本名の発音は困難であると思われるので、気兼ねなくハー、と親しげにお呼びください」
懐から、厚めの和紙で作られた縦書きの名刺を取り出し、俺に差し出してきた。
住所には、ヒアデスだのアルデバランだの、あまり見たくない文字が書かれていたが、こんなにしっかりした人物? だ。見なかったことにするのはやぶさかではない。
しかし、ハー……ねぇ。
「それから、私、明日より養護教諭として貴方様の通う高校に赴任することになりました。もし学校であったときは、ハーさん、と優しく声をかけてくださいましね?」
「はぁ」
そのハーさんの足元では、らめぇ、ひぎぃ、と啼くアストーザ。
家の外では、なぜかカラスがさびしげに鳴いていた。