メールペットな僕たち   作:水城大地

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タイトル通り、仮想サーバーへ落とされたアルベドの話。
まずは、彼女が落とされた時の話になります。


仮想サーバーへ落とされたアルベドと、一つの小さな出会い 前編

アルベドが、その異常を最初に感じ取ったのは、自分の部屋で趣味の一つである編み物をしている時だった。

何かが、ゾワリと背筋をゆっくりと這い上がる様な、そんな我慢出来ない違和感を。

 

「……お父様は、今、【ナザリック】での定例会議に出ていらっしゃるのに……」

 

もし、これが誰かが仕掛けたウィルスの攻撃の気配を感じ取ったものだとしたら、対応するべきなのかとアルベドは少し悩む。

彼女もまた、他のメールペットに比べて割と高性能なタイプではあるものの、ウルベルト様の所のデミウルゴスの様に、自分でウィルスに対して直接対応出来るだけの能力は与えられていないからだ。

多分、彼以外でそんな能力を持っていそうなメールペットは、ヘロヘロ様のソリュシャンとるし☆ふぁー様の恐怖公位じゃないだろうか?

 

それ位、自分を含めたメールペットの基礎能力は、それほど高くないのである。

 

正直言って、自分に対応出来る様な案件ではない時は、「強固な障壁がある自分の部屋に引き籠ってやり過ごす様に」と、父であるタブラ様からはっきりと言われている以上、アルベドはこの場から動く事が出来ない。

下手に〖 外に出て対応しようとした結果、ウィルスに感染しました 〗では、自分以上にお父様が困るからだだ。

本音を言えば、デミウルゴスの様にあらゆる意味でお父様の役に立ちたいと思う。

思うのだが、残念ながらそれだけの能力が無い自分が無理をして動き回れば、逆に被害を受けて迷惑を掛ける事を理解しているだけに、今回の様にウィルス関連と思われる状況の場合、アルベドは動くに動けなかったのだ。

 

じりじりとした時間が、ゆっくりと過ぎて行く。

 

そうして待つ間も、作り掛けの編み物をずっと続けていたのだが、苛立ちから手元の編み目が乱雑になり掛けている事に気付いた所で、一旦手を止めた。

このままだと、編み目が不揃いな失敗作にしかならない事に気付いてしまったからだ。

小さく溜め息を吐き、編み掛けの編み物や毛糸などを纏めて籠にしまうと、アルベドはゆっくりと立ち上がり……そして、ある事に気付く。

 

メールペット同士でやり取りする場合の、【メールが送られてきています】と言うサインが浮かんでいる事に。

 

普段、こんな風にメールペットの間で自動送信のメールを使う事は少ない。

直接会って、話した方がお互いに楽しいからだ。

何事かと手に取った彼女は、そのメールの内容をざっくりと確認した途端、それまでの美しく優雅な仕種をかなぐり捨て、バッとその場から飛び出していた。

 

『 アルベドへ

 

今まで、君には多くのメールペットたちが泣かされてきた。

それこそ、君の行動で泣かされたメールペットの数は、全体の九割と言う驚異的な数字だ。

一応、我々の主たちと君の主であるタブラ様の話し合いの結果、〖 改善点を何とかして様子を見る 〗と言う話になっていた為、タブラ様の顔を立ててある程度は大目に見てきたと言っていい。

だが……流石に今回、君が私の端末にした悪戯は容認しかねると言っていいだろう。

君が行った、実にくだらない悪戯のせいで、現在進行形で私の主であるウルベルト様は【リアル】で職を失い、最悪の場合は自身の死を覚悟されているのだから。

私だけにしか影響が出ないなら、この程度の悪戯など笑って受け流しただろう。

だが、君の悪戯が原因でウルベルト様に多大な被害を与えた時点で、私は君の事を到底許す事が出来ない。

この件は、既に他のメールペットたちも通達済みだし、彼らも私の意見に同意してくれていてね。

実は、以前から〖今度君が大きな迷惑を掛ける行動をした時に、それ相応の対応が出来る様に〗と開発していた物が我々の手にはあり、今回はそれを使わせて貰う事になった。

実際に、君も自分が居るサーバーに違和感を感じている筈だ。

その理由を、君に教えよう。

今の君がいる場所は、我々メールペットシステムを作る際に、ヘロヘロ様が用意して放置されていたミラーサーバーを、我々の手で改変して作り出した仮想サーバーだ。

君がいるタブラ様のサーバーだけではなく、我々全員が居るメインサーバー全てが君のいる仮想サーバーと重なり合う形で構築されている。

君が移動出来る場所は、全てメインサーバーに重なっている仮想サーバーの中だけだ。

嘘だと思うなら、それを確認する為に我々のサーバーまで出向いて確認してみるといい。

後、これも見ておくべきだ。

君が犯した罪によって、タブラ様がどう対応する事になったのか、それが良く判るだろう。

 

アルベド、君は自分の罪深さを理解するべきだよ。

 

そこに映っているタブラ様の行動に免じて、君がその場所から脱出する手段は残しておくとしよう。

但し、〖どうすればそこから脱出出来るのか?〗と言う方法に関しては、君自身が自分だけの力で探す以外方法はないと言っておく。

では最後に、自分の罪深さを理解出来た君と再会出来る事を祈って。

 

メールペット一同代表 デミウルゴス 』

 

デミウルゴスが代表と最後に記された、このメールに書かれていた内容は、とても信じられるものではなかった。

幾ら、デミウルゴスがメールペットの中で飛び抜けて優秀で、そんな彼に他のメールペットが協力していたとしても、そんなものを実際に構築出来る筈がない。

そう思うからこそ、アルベドは状況を信じられず状況を確認する為に、外へと飛び出したのだ。

 

〘 多分……あれは、私の悪戯に対するデミウルゴスからの意趣返し的な、そんな意地の悪い悪戯メッセージよ。

だって、そうじゃなきゃそんな事などあり得ないもの! 〙

 

必死に、彼がメールに書いてきた事はあり得ないと、自分の中で繰り返しつつ足を進めるアルベド。

だが……そんな彼女の予想は、大きく外れていた。

取り合えず、一番近場にあるメールペットのサーバーを訪ねたのだが、ドアをノックして訪ねて来た事を知らせても、何の返事もない。

不在かと思い、いつもの手順で慣れた様子でドアを潜れば、そこのメールペットはのんびりと寛いでいて。

何故で迎えなかったのかと思いつつ、アルベドはその相手に対して幾ら話し掛けたのだが、まるで自分の存在に気付かないのである。

苛立ちつつ、全く自分の存在に気付かない相手の肩にちょっとだけ手粗に触れようとして……それは出来なかった。

何故なら、スッと手が相手の身体に触れる事無くすり抜けてしまったのだ。

驚きで目を見開くアルベドだが、相手はこちらの様子には一切気付いていないらしい。

そう思った瞬間、先程のデミウルゴスからのメールの内容が頭に浮かぶ。

 

『 君が移動出来る場所は、全てメインサーバーに重なっている仮想サーバーの中だけだ 』

 

確かに、あのメールにはそう書かれてあった事を思い出し、ゆっくりと頭を振る。

いまだに信じられないが、今の自分は何らかの強制を受けている事だけは、間違いない事が理解出来た。

もう一度、きちんとメールの内容を確認するべく自分のサーバーへと戻ったアルベドは、デミウルゴスから送られてきたのはメールだけではなく、他にも添付されている物がある事に気が付いた。

「一体何か?」と改めて確認すれば、添付されていたのは動画ファイルだと判って。

正直、デミウルゴスから送られてきた画像データと言う時点でかなり嫌な予感がするものの、この状況下では内容を見ておかないと情報が足りなさ過ぎる事を理解しているアルベドは、仕方がなくその画像データを再生し……絶句する羽目になった。

それも当然だろう。

 

動画に映っていたのは、自分の主であり父であるタブラ様が、ギルメンたちの前で土下座してアルベドの事に関して詫びを入れている画像が音声付きで映し出されていたのだから。

 

どことなく憔悴した口調で、自分の事を語りながら詫びるタブラ様の姿が動画として再生されていると言う状況を前に、アルベドは呆然とするしかない。

こんな風に、ギルメン全員の前でタブラ様が土下座して詫びる様な状況になった理由が、この時のアルベドには判らなかったからだ。

どう考えても、自分がした悪戯でそこまでする必要はない筈だと彼女自身は思っていたからこそ、画像データを握り潰しそうになった所で、ハッと一つの事を思い出した。

 

先程のメールの中に、もう一つ気になる事が掛かれていなかっただろうか?

 

『だが……流石に今回、君が私の端末にした悪戯は容認しかねると言っていいだろう。

君が行った、実にくだらない悪戯のせいで、現在進行形で私の主であるウルベルト様は【リアル】で職を失い、最悪の場合は自身の死を覚悟されているのだから。

私だけしか影響が出ないなら、この程度の悪戯など笑って受け流しただろう。

だが、君の悪戯が原因でウルベルト様に多大な被害を与えた時点で、私は君の事を到底許す事が出来ない。』

 

その事を思い出した所で、アルベドが急いでもう一度メールを広げて確認してみれば、そこに書かれていた内容は一字一句間違っていなくて。

どこをどう読んでも、怒り狂うデミウルゴスの姿しか思い浮かばない内容に、ハッと彼女の頭の中に浮かんだのは、普段は滅多に無い早朝のメール配達の時の事だった。

確かにあの時、アルベドはデミウルゴスの端末へと悪戯をしている。

それを実行する前、そう……彼のサーバーに訪れた際に、セキュリティシステムに焼かれないギリギリの位置で、何とか彼のサーバーに張り付こうとしているウィルスの存在を視界の端で確認したのに、だ。

 

あの時、自分は何を考えていた?

 

〘 もしかしたら、データを並び替えている最中にほんの一瞬だけ小さなセキュリティホールが発生するかもしれないが、これだけ強固で分厚いセキュリティシステムがあるなら、すぐにフォローしてそれも消えてなくなる筈 〙

 

そう……あの時の自分は、デミウルゴスの端末への悪戯をしながら、そう高を括ったのだ。

仮に、アルベドの行動で小さなセキュリティホールが発生したとしても、それが発生したままずっと存在し続けるのなら問題だが、すぐに消えてしまうなら大丈夫だ、と。

そもそも、デミウルゴスの……ウルベルト様のサーバーは、幾重にもセキュリティに護られた場所にある。

復活したセキュリティシステムが、万が一ウィルスが入って来ていてもすぐに焼いてしまうだろうと高を括り、何食わぬ顔でサクサク自分のサーバーへ戻ったではないか。

 

帰りには、サーバーの境界線ギリギリにいたウィルスを、行きと同じ様に視界の端に移さなかった事に、何の異常も感じずに、だ。

 

「あ……あぁぁぁぁぁあっっ!!」

 

一つ思い出してしまえば、後はデミウルゴスの……ウルベルト様のサーバーで、一体何が起きたのか想像する事など、アルベドにはいとも簡単な話だった。

あの時、サーバーの境界線でアルベドは視界の端にその存在を認めながら、〖デミウルゴスのセキュリティなら、あの程度のなら侵入出来る筈がない〗と、気にも留めていなかったあのウィルスが、自分のした悪戯によって発生したセキュリティホールから侵入し、セキュリティが回復する前にデータを荒して行ったのだろう。

その後に、ウィルスに荒された状況をメールの配達から戻ったデミウルゴスが確認し、どうしてこうなったのか原因を探った結果、端末に触れた自分に行き当たったのだ。

 

最悪なのは、このウィルス侵入によってウルベルト様が【リアル】で職を失うと言う事態に発展し、死すら覚悟する必要がある事なのだと、メールペットのデミウルゴスが理解する程の状況に陥っている事だろうか?

 

この状況に陥った原因を考えてみれば、間違いなく自分の悪戯から発生している事であり、それに激怒したデミウルゴスがアルベドへの報復を考えてもおかしくはない。

むしろ、自分だって同じ様な事をされてタブラ様がそんな状況になってしまったとしたら、絶対に黙ってなどいられないのだから、デミウルゴスのこの反応は正当なものだと、頭の中の理性的な部分で理解出来てしまう。

それと同時に、どうしてあの動画の中でタブラ様がギルメンたちに対して土下座する羽目になったのかと言う理由まで、アルベドは理解出来てしまった。

 

〘 お父様は、自分が今までメールペットたちや他の方々を相手にして、行ってきただろうそれまでの積もり積もった問題行動を詫びる為に、あんな風に土下座していたのだ 〙

 

と言う事が。

その瞬間、今までの自分の行動を振り返ったアルベドが感じた絶望感は、血の気が引くなんて可愛いものじゃなかった。

ガタガタと身体の芯から震えて、どうしても止められない。

今度こそ、お父様に愛されなくなってしまうのではないだろうかと思うだけで、このまま消えてしまいたくなるほど恐ろしくて仕方がなかった。

 

アルベドは、ただ自分の主であるお父様からの愛が欲しかっただけなに、どうしてこんな事になってしまったのだろうか。

 

もちろん、最初の頃はお父様から愛されてないなんて思っていなかった。

余り触れ合う事もなければ、お声を掛けて下さる事も無かったけれど、それでも自分の事を愛してくれているから大切にされていると、本当に思っていたのだ。

お声を掛けて下さらなかった理由は、つい一月ちょっと前に判明したし、それから沢山のお手紙をいただいているから、今はそれほど気にはしていない。

だけど、あの頃は他のメールペットとその主である方々との接し方と、自分とお父様との接し方を比べて見たら、全然違っているのを知ってしまった事で、気付けば私の中にあった嫉妬と羨望の念を掻き立てて堪らなかった。

 

〘 どうして、お父様は私にあんな風に優しく声を掛けて抱き締めてくれないの? 〙

 

そんな思いを抱えながら、自分からその理由を聞く勇気はとてもなくて。

心の底から、お父様の事を慕っていたからこそ、もしお父様の自分に接する態度が他の方がメールペットとの接し方が違う理由が、「彼らの様にアルベドの事を愛していないからだ」とでも言われてしまったらと思うと、とても怖くて聞けない。

だから、アルベドはこう思う事にした。

 

〘 お父様は、他の方々の様にベタベタと接しなくても、ちゃんとお父様なりに自分の事を愛してくれている 〙

 

事実、全くアルベドの事を気に掛けていない訳ではない。

忙しいのか、一緒に居られる時間は余り多い方ではないけれど、それでも自分が学んだり見たりした事に関して、どんな風に感じたのかを話していると、静かに耳を傾けつつたまに頷いて相槌を入れてくれて、最後には優しく頭を撫でてくれていた。

だけど、どうしてもお父様の声を直接聞いたり抱き締めたりして貰えない寂しさが、アルベドの心の奥底で積み重なっていく。

 

そんな寂しさを抱いていた彼女の行動が、変な方向へと向かい始めたきっかけは、実に些細なものだった。

 

最初は、お父様へのメールを運んで来ただろう相手に対して、ちょっとした嫌味だったのだ。

一体誰が相手だったのか、軽い嫌味など沢山口にしているアルベドはすっかりと忘れてしまっているけれど、それでもその相手がきっかけだった事だけは覚えている。

彼女は、初めて沢山のメールを預かった事ですっかりと慌ててしまい、メールペットたちの間で決められていたノックのルールを守らなかったのだ。

アルベドとしては、ただマナーがなっていないと言いたかっただけなので、その場は軽い注意だけで済んだのだが……数時間後、お父様の返事を持ってその相手の所へ向かった時に、それを相手の主に告げた時の〖こっそり隠そうとしていた、自分の失態を主にばらされた〗彼女の苦痛に歪んだ顔と、〖失敗を隠そうとしていた事を良く教えてくれた〗と彼女の主が自分の頭を撫でながら褒めてくれた事を、今でも良く覚えている。

 

アルベドが、ついそんな風に褒められた事が嬉しくて、相手の主の腕に抱き付いて甘えた途端、押し付けられた胸の感触に思わず相好を崩したのも。

 

そんな彼の態度から、今の自分の行動が始まったのだが……それを今更言った所で、意味はないだろう。

相手だって、多分自分がそんな行動をした事すら覚えていない筈だ。

それ位、相手側からすれば細やかな事でしかなかった筈だった事を、アルベドが変な思い込みをしてしまっただけ。

 

そう……ただあの時褒められた事が嬉しかったと言う感情から、彼女が勝手に余計な事を学習してしまっただけなのだから。

 

「……私はただ、ちょっとだけ困ったデミウルゴスの顔が見たかっただけなのに……

まさか、ウルベルト様がそんな状況になるなんて思っていなくて……私、ウルベルト様に対して、なんて事をしてしまったのかしら……」

 

少なくても、お父様があんな風に土下座して謝る様な状況になったと言う事は、本当にウルベルト様が置かれている状況は良くないのだろう。

それを考えるだけで、アルベドの心の奥が酷く痛む。

彼女としては、普段から意識してなのかそれとも無意識なのかはさておき、アルベドに対して〘 自分は主に一番愛されている 〙のだと、これ見よがしに自慢してくるメールペットたちが、酷く妬ましかった。

だから、彼らがちょっとだけ困る状況になればいいとは思っても、その主である方々に対して迷惑を掛けるつもりは欠片もなかったのだ。

そう言う意味で考えるなら、ウルベルト様に多大な迷惑を掛けてしまった時点で、現在自分の置かれている状況は妥当だと思えるものの、それでも突然一人きり隔離されてしまったのだと理解してしまうと、酷く心が寒くて仕方がない。

胸の痛みと共に、ホロホロと涙が零れ落ちるままその場に座り込んでしまったアルベドの側へ、ふわりと何かが落ちてくる。

 

どこか、ぼんやりとした様子でそちらに視線を向ければ、それはいつもお父様がアルベドへの手紙を送る際に使用している封筒だった。

 

それに気付いた途端、アルベドはハッと我に返ってそれと手に取ると、急いで封筒の封を開ける。

すると、その中には彼女の予想通り、何枚もの便箋にびっしりと文字が綴られている、お父様からの手紙が入っていた。

一体何が書かれているのか、戦々恐々としながらゆっくりと目を通せば、そこに書かれていたのは現在のアルベドの状況の説明と、彼女へのお父様の気持ちが便箋に余す事無く書き込まれていて。

 

そこに書かれていたのは、普段の手紙には語られる事が余りない、お父様のアルベドへの愛しさを隠す事ない気持ちが、切々と語られていた。

この手紙の内容を読むだけで、アルベドが前から想像していた通り、お父様は彼女に対する自分の気持ちを行動で示す事が苦手だっただけで、本当は愛してくれていた事が良く判る。

特に、いつここから元の場所に戻れるか判らない自分に対して、〖いつまでも、お前が帰ってくるのを待っているよ、私の愛しい娘〗と書かれていた所を読んだ途端、アルベドの涙はますます溢れて止まらなくなった。

 

「お父様……おとうさま……お父様ぁぁぁ!!」

 

なんとも言えない悲痛な声で、その場で今までの自分の行動を嘆くアルベドを宥める者は居ない。

当然の話だ。

今の彼女の側には、誰一人存在していないのだから。

そんな事になった原因は、全て今までの自分の行動のせいだと解るから、ただ嘆くしか出来ない。

 

ただひたすら、泣いて、哭いて、泣いて……

 

床に顔を伏す様な姿で、お父様の事を信じ切れなかった自分の愚かさにボロボロと涙を流すアルベドの元に、再び一通の手紙が降ってくる。

今度は、彼女の頭の上にそっと落ちてきた封筒は、どこか温かみを感じるもので。

ふわりと頭に触れたそれは、まるで頭を撫でる時に壊れ物を扱うかの様に、そっとお父様が撫でる時と同じ様な感覚を覚えて、慌てて手紙を手に取った。

 

『アルベドへ

 

これからの事だけれど、お前には今まで通りにメール配達を続けて貰う事になったけど、お願い出来るだろうか?

配達先には、それぞれ不在時に受け取る為のメールポストが設置されているから、そこに配達してくれるかい?

多分、それぞれの場所へメールを配達する度に、お前はそこに居るメールペットと主が仲良くする姿を見る事になるだろう。

それによって、お前が辛く寂しい思いをする事も判っている。

だが……それでも、このままその仮想サーバーの中で一人何もしないで籠っているよりは、お前の気が紛れると、私は思うんだ。

主に頼まれてメールを運ぶ事は、メールペットとしての本分にも関わる事だからね。

もしかしたら、仮想サーバーの中に居るお前の存在に気付かない事によって、彼らの別の顔を見る事が出来るかもしれない。

出来れば、それがお前にとって成長の糧になる事を祈っているよ。

お前が成長して、彼らから許されるのを何時までもずっと待っている。

だから、何があってもちゃんと私の元へと帰っておいで、私の可愛い娘。

これからも、毎日お前にこうして手紙を必ず書くから、心折れる事なく帰ってきて欲しい。

私の可愛い娘のお前が、無事に戻る事を祈っている。

愛しい私の娘、アルベドへ

 

            タブラ・スマラグディナ』

 

 

あふれる涙を抑えつつ、二通目の手紙を読み終えたアルベドは、漸く覚悟を決めた。

やっと、自分がお父様からちゃんと愛されている事を理解出来たのだ。

それなのに、このままお父様の元の場所へ帰る事を諦めたくは無かった。

 

「……えぇ、そうよね。

お父様は、私が帰ってくる事を信じて待って下さっている。

それなのに、私の方が諦めてしまったら、お父様に申し訳なくて顔向け出来ないわ……」

 

一度そう決めれば、こんな所で泣いてなどいられないだろう。

油断すると、すぐに溢れそうになる涙をグッと堪え、手持ちのハンカチで涙を拭い取るとアルベドは大きく深呼吸をした。

まずは、この仮想サーバーの事を自分なりに把握する必要があるだろう。

どうすれば、自分が元の場所に戻れるのかを探す為には、まだまだ情報が足りなかった。

手元にある手掛かりは、今の時点では三通の手紙だけ。

最初のデミウルゴスからの手紙と、お父様からいただいた二度の手紙を読んでから考えるなら、間違いなく自分が元の場所に戻る為の手段はあると考えていい。

その鍵は、「自分が成長する事」なのだと言う事も察している。

今は、それが何を意味するのかまだ解らないけれど、必要な事だけはちゃんと理解出来た。

だから……

 

「……待っていて下さいね、お父様。

アルベドは、必ずお父様の元へ戻れる様になってみせますから……」

 

そう心に誓う彼女は、決意に満ちていた。

まだ、それが実際にはどれだけ辛い事なのか、理解していなかったから。

 




話が長くなり過ぎたので、前後編に分けます。
タイトルの後半部分に関しては、後編で出て来ます。
本来、一話分の内容としてのタイトルなので、ご了承ください。
という訳で、アルベド側から見たギルド会議の最中から終わった後に彼女の身に起きた話になります。
今まで、他のメールペットの視点でしか語られていなかった、彼女の行動の原点にも触れています。
そう……今までの彼女の行動に関しては、ただ一方的に彼女だけが悪かった訳じゃないと言う。

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